第89話 白間
俺は福沢諭吉の、
「ペンは剣より強し」
という名言が嫌いだ。
はっきりというと、大っ嫌いだ。
反吐がでる。
福沢諭吉が世紀の剣豪であったのか否か、それは知る由もないが、少なくとも彼は学問においてこの時代まで名を残している。
偉業によって歴史に名を残すことは確かに素晴らしいことだ。
しかし、2つのことを並行して努力していた時、上手く行った方を讃え、上手くいかなかった方を貶すのは違う。
野球の話に置き換えると分かりやすいかもしれない。
あるプロ野球選手がいたとしよう。
彼の守備はプロレベルだったが、打撃に関してはメジャーレベルだった。
そこまで彼はきっとどちらも同じく努力したのだろう。
しかし、より多く実を結んだのは、打撃だった。
そこで言ったのだ。
「守備など練習しても意味はない、時代は打撃だ、打撃こそが野球なのだ。」
と。
こう言われると、そうではないだろうと思ってもらえるのではないだろうか。
天は、与える奴には、二物も三物も与える。
しかし、忘れてはならない、どんな奴でも、1つは貰っているのだ。
それが何であれ、人はそれを伸ばすべきで、さらには倫理、道徳の上で自らの哲学に従ってその才を使用すべきである。
だから、難しくなったけど、自分が見つけた哲学によって、人を貶すのは良くないということだ。
福沢諭吉は勉学において自らの道を見つけたのだろう、しかしどうだ、彼が発した言葉は今まで剣豪を目指してきた人間の努力を、今までの人生を全て否定するのだ。
いくら優れた人間であれ、それはいただけない。
だから俺は福沢諭吉が嫌いだ。
結局、人には適材適所があるということなんだ。
だからさ、一果。
俺からは何も言わないが、お前が与えられた才を犠牲にしてまで、強さに手を出す必要はないんだよ。
頼むから……俺を止めようなんてしないでくれ。
そうなると俺は…お前を殺さなくちゃいけなくなる。
白虎に話し、聞き込みを開始し、白間瞬の人生の軌跡を辿った。
約四年前、突然母と2人で現れ、まるで普通に越してきた家族のように振舞っていた。
聞くところによると、白間瞬はこの地へ来た時はまだ幼い、幼稚園児のようだったという。
「四年前…お前が明王になった時くらいか?」
彼女の成長速度は凄まじく、あっという間に高校生くらいになったが、ある一定時期に達すると、成長速度は人並みまで落ちたらしい。
そして事件が起きたのは一年前、俺たちが中3だった時だ。
彼女の母親は変死した。
それを機に、彼女はそれまで通っていた中学に姿を現さなくなり、失踪したという。
条件のみ見れば、明らかに俺の…クローンの成功体だ。
失踪した際、彼女達の住んでいた家は売り払われ、手がかりになりそうなものは全くなかった。
もちろん、彼女が通ってた小学校、中学校には足を運んだ。
しかし何の手がかりもなく、強いて言うなら、関係なさげで、どこか引っかかる情報だけだった。
「そういえば瞬ちゃん、ある一時から髪を金髪に染めてきてたな、ブリーチでもしたのか、綺麗な金髪やったよ。」
グレたのか、そう言った鳳にそんな訳ないだろうと突っ込み、俺たちはここまで約2日を費やしていた。
今晩帰らなければならない、その時に頭の悪い白虎が言った。
今の大阪には、誰もいない。
この機を悟られ狙われていたとしたら。
仮定に沿って予想をする。
「まさか目的があるのか?」
「…歴代明王の暗殺、とか?」
鳳の予想に冷や汗をかく。
初代も二代目も、大阪に住んでいる。
まずいな…。
あの2人相手に、例えば俺1人で奇襲したとして、敵う敵わないはさて置き、戦力差はほぼ無い。
こうなると、大阪はまた戦火に見舞われる。
俺のいない時に、だ。
歯止めが効かない、万が一にも明王達が負けでもしてみろ、俺はもうカードがない。
「…戻ろうか、鳳。都合よく明日は帰る日だ。荷造りをして、少し体力を回復しておけ、戻ればすぐ戦争、なんて話も無いことはない。」
「あぁ、」
焦らず言ったつもりだった。
だが、この2人にこの焦りを悟られるわけには行かない。
ここから、スタートなんだ。
俺の、人生を終わらせるエンディングは、このサビ無しでは歌われない。
そんな時に、やはりうまいこと邪魔が入った。
焦らないはずがない。
でも、その表情を表に出さなかったのは、明王としての意地でもあった。
必ず…仇はとりますよ、三代目。
夜空に想ったその言葉は、星空にこだました。




