第87話 瞬息
世紀の暴力団の組長をして、もう3年が経つ。
何一つ、組長らしいことはしていないし、ド派手な事もしていない。
…いや、命を危険には幾度となく晒してきた。
だが、弾の近くにいると、それも霞む。
昔、弾に挑んだ時のように、イケイケの俺であれば、きっと今よりも鳳会を大きくするんだ、と日本中を回っていた事だろう。
しかし、そうしないのはきっと、戦っても戦っても、弾を超える成功が無いからだろう。
黒間弾。
かつては俺も、奴と同格とか言われていた。
それが今では、奴は俺の憧れだ。
少し、思い出すことがある。
前総理大臣の真中、黒間弾は奴さえも殺したのだが、俺とあいつとの差が空いたのはあの時だったのではなかろうかと思う。
「だが…細胞を自力ではなく他力で活性化させる分、体に与えるダメージは計り知れない。それでも、弾君は…それを望むかい?」
「いや、しないでしょ。」
何を言ってるんだと思ったが。
だが、同時に奴はこう答えた。
「はい。青眼の研究を進め、是非その眼の開発をお願いします。」
奴の眼に、迷いなどなかった。
強くなる為、身に抱える荷物を守る為、他のものは見えていない、そんな目をしていた。
きっとあの時空いた差が、きっと埋まらずに広がっていき、俺は補佐というポジションが型にはまってきたのだろう。
このままではいけない。
いや、このままでは、終われないのだ。
「なぁ弾。」
初代明王に会いに行く途中で、俺は弾に語りかけた。
「んだよ。」
ピリついた空気なら、弾は基本的に目先の事以外は後回しにしがちだ。
だからこそ今言うのだ。
断られないように、笑われないように、理由を聞かれないように、今。
「落ち着いたら、俺と一度、勝負をしてくれないか?」
沈黙が続く。
「……またその時に言え、あいにく俺は記憶力が悪いのでな。」
さぁ、生き残ろうか。
今度は俺が、成長する時だ。
あと2日だけは、観光する猶予を与えた。
というのも、この場で確かめなければいけない事に2日程かかりそうだったからだ。
鳳が合流し、俺は自分の耳を疑った。
「…弾、お前初代や2代目、歴代の明王を仲間に引き入れるって言ったよな。」
「あぁ、どうかしたのか?」
「実は冴香に調べさせていたんだ。そしたらな、3代目が死んでいた。それだけじゃ無い、理由を聞いて驚いたぜ。」
「もったいぶるなよ」
今思えば、この会話をするには明らかに場違いだった。
「……3代目は殺されていたんだ、おそらくお前のクローンと思われる人間に。」
「…………は?」
「だから、殺されてたんだよ!お前が桜庭さんの事で決着をつけている頃、かつての黒間組の本家があった場所で!」
何で…何でそんなところにいたんだよ。
何で勝手に殺されてんだよ?
ショックで頭がおかしくなりそうだった。
「…ショックなのは分かるが、続きを聞いてくれ。足取りは掴めるかもしれないんだ、しかもこの長崎で。なんでも犯人の名前まで冴香は調べてくれたらしい。出身地は長崎、名前まで分かっている。どうだ弾。たどる価値はありそうだろ?」
空気がざわついている気がしていた。
怖い。
久しぶりにそう感じた瞬間だった。
「名前は?」
「…名前は…」
無駄に溜めやがる。
「……白間瞬。」
瞬?
まどか?
いや待て、名字が違う。
俺の知っている瞬の名字は、河元だから。
「弾。これはあくまで俺の予想だから、検証に越したことはないんだが、おそらくその白間瞬はお前のクローンの成功個体だ。だが、下の名前に瞬の文字を取ったことは偶然ではないとするなら、そして今現在、暗殺をこなして身を潜めていることを考えると。」
「…今いる河元瞬を殺し、瞬になりすましてこの先の一生を生きようってのか?」
「それだけじゃない。もしそうなってしまえば、お前は親戚内部から攻撃される。平たく言うと、外堀を埋められているわけだ。」
「鳳、平たく言えてねぇぞ。」
久しぶりにブチギレてしまいそうだった。
「ざけんじゃねぇぞ…。瞬は殺させねぇよ、絶対よ。クソ…もう誰も殺させねぇ…。」
「取り敢えずは足を運んでの調査しかあるまい。弾、あいつらのことは阿部や杉田に任せて、俺たちは白虎を連れて行こう。」
「あぁ。」
ここまでが、先ほど交わした会話だ。
そして今からは…
簡単に考えていた、クローン撃破の難航を物語る、物語だ。




