第75話 成績
桜庭さんの事を恨む感情は、私にはない。
しかしそれは、黒間としての意識の低さだと思う。
黒間を嫌っていただけで、兄や私を嫌っていたわけではないと、割り切っているから。
優しくて、綺麗な大人のお姉さん。
そんなイメージだったから、一緒に暮らすことになったのは普通に嬉しかった。
まぁ、一果ちゃんや九条さんは面白くない顔をしていたけど。
兎に角、意識の低さとは不幸をもたらす。
…話だけ聞いていれば、最初は幸せかもしれない。
でも、大好きなお兄ちゃんが傷だらけになるのは、少なくとも幸せではない。
話は、私が父と顔を合わせたことから始まる。
「…お父さん?」
両親は私が物心ついてすぐくらいの時に死んだ。
だから覚えていないけど、顔を知っている。
何故なら、彼らの遺影に毎日手を合わせていたからだ。
その片方の、お父さんの方の顔をした人が、大型の乗り換えに利用している駅の改札の前に居た。
たまたま帰りが1人な時に、たまたま会ってしまった。
「……真希か?」
嬉しそうに、でもどこか儚げに笑いながら、父は話しかけてきた。
「うん、え、本当にお父さんなの?」
私は混乱していた。
まぁ当然だろう。
「弾は!」
突然大きな声になった父は、自らの声に驚き言い直す。
「…弾は、元気か?」
「お兄ちゃんのことを、知らないの?」
あれだけ大きく取り上げられているのに?
「弾に何かあったのか!?」
その目は本気で心配している様だった。
「…変わったよ、お兄ちゃん。私はどんなお兄ちゃんでも大好きだけどさ。」
「生きているか?」
「一応…。」
良かったと、本気で胸を撫で下ろしていた。
そして、まるで私が独り言を言っていたかのように、突然父の姿は消えた。
混乱の中、兄に話さないことだけを決めた。
秋が始まり、楽しかった夏休みはその時の私は忘れていた。
高1の、夏休み前。
直前。
というか、終業式。
俺たちは式の後、教室に残され、ある資料の記入を強いられていた。
進路調査票と、成績表の確認欄。
因みに進路調査票は志望大学を書かされ、それによって面談が行われる為、ふざけた事は書けない。
後の言い訳の方が面倒だからだ。
高1で志望大学って、と思ったが日本一の進学校なら妥当なイベントか、と頷いた。
そしてさらに目を通したくないのが、もう1つの資料。
期末試験の成績表。
5教科受けて、1000点中991点、学年4位。
馬鹿げているだろう、この点数で上に3人もいるのだ。
しかも、3位の鳳は992点の一点差。
2位は一果の994点。
そして1位はもちろん。
「貴方、何点だった?今回はあまり良くなかったわ。」
「お前、1位って書いててなくそんなこと言えんな、なに?自慢なの?」
嫌味な顔をした隣の席の九条さん。
本当、いい性格してやがる。
「いいえ、現代文は貴方に負けているし、生物は貴方と同じ点数だわ。」
俺は現代文が満点で、生物が一問間違いだった。
九条も完璧人間ではないようで、詰めの甘さが伺える。
かっこわらい。
「何がかっこわらい、よ。馬鹿にしているのは貴方じゃない。」
だからエスパーかって。
てか、機嫌悪すぎだろ、そんなに俺に負けたのが嫌だったのか。
ちらっと彼女の進路調査票を見ると、第一志望には王都大と書いてあった。
この国一番の国立大。
最高偏差値を誇る、最難関大学だ。
全国模試も一位のこいつなら通るだろうなぁ、と頷いた。
ちなみに俺の全国模試の成績は最下位だ。
…寝てた、白紙回答で出した。
一果は確か清峰大と言っていた。
東京にある、日本一の私立大学。
したい研究があるのだとか。
…正直、大学なんてどうでもいい。
今更、この先の人生など見えない。
寿命が随分縮んだのだ。
高校を卒業し、明王を引退したら2年ほどしか生きれないのだ、謳歌してやろうと思っていたから。
「…王都を受けて、行かないってのも手だな。」
「…馬鹿なの?いえ、馬鹿だったわね。」
軽蔑した目で隣の子が見てくる。
これから真希の面談に保護者役で行かなければならないのもなかなか面倒くさい。
ちなみにあいつ、中学三年になって一果や九条や、桜庭さんと遊びすぎて、成績が大きく下がった。
こないだ真希の担任とすれ違った時、
「黒間!お前の…明王の妹があの成績ではいかん…こんどの面談、覚悟しとけよ…。」
とニヤついた顔で言われた。
ハァ…。
帰りてえ…、と背中を反ると、椅子が倒れてこけた。
笑い者。
眠たいし。
最悪だ。
かっこわらい。わら。




