ハジマリ
幸せは突然やってくることはない。
長い年月をかけて、作成して、完成した時には死んでいるかもしれない。
あー、例えば、モテない男子の元に突然自分のことを好きな美少女が転校してくることはないし、貧乏人の元にお金が降ってくる事などない。
いじめられっ子が、突然不思議な力が宿って強さを手に入れるなんて事もない。
モテない奴はモテるための勉強をして女の子の元へ行くし、貧乏人は金儲けのために働く。
いじめられっ子は体を鍛えなければ強くなることもない。
そうやって人は、その人なりの幸せを手に入れるのだ。
不幸は逆だ。
愛する人が突然事故で死んだり、何かのミスで突然リストラされたり、フラれたり、不幸なんてものは突然やってくることの方が多い。
強さとは。
突然身を襲った不幸と決別することなのではなかろうか、と俺は思う。
きっと知らぬところでそうなる為の出来事はあったのだろうが知らなければ同じ事だ。
俺からしてみれば、突然兄が死んだのだ。
そして突然、裏切り者が居た。
そんな過去を乗り越えた、なんて言えば聞こえはいいが、やはり自分はその不幸な出来事を忘れようとして、決別したに過ぎない。
黒間弾に勝つことができなかったあの瞬間に、俺の過去は終わった。
終わらせてくれた。
…今はその黒間弾が、過去と決別しようとしている。
今まで不幸と共に生きてきた奴だ。
決別する機会は幾度となくあったはずだ。
自らの一族を皆殺しにしたり、自分を欺いた国の長を殺したり。
それでも奴が決別できなかったのは、やはり桜庭一族の一件があったからだろう。
黒間の一族を皆殺しにしても、桜庭美波の一件の根底に黒間の恨みが残っていたのだ。
桜庭一族の一件を終わらせることで、奴の不幸は清算される。
決別される。
つまりなんていうか、奴は今からラスボスを倒すような気持ちなのだろう。
この先どんな不幸が襲ってきても、それはもう、過去の“黒間”が原因の不幸と関係があるわけではなく、未来の“黒間”が原因だからだ。
そんな大決戦を前にした、かつてのライバルに声をかけることなんて、差が大きくあいてしまった俺にできるはずもなかった。
だから、今ここで出来ることは。
「………頑張れ、弾。」
そう呟くことだけだった。
休日、校長に、桜庭美波の退院と同時にことが起こることを伝え終わり、校長室から出て、九条が教えてくれた案でどうにかなるかなと不安に感じていたところだった。
明王院学園の最寄駅が、凄まじい音を立てて爆発した。
もちろん人もいるはずで、警報は鳴り響き、人々は悲鳴と共に逃げ出した。
幸い電車は来ていなかったようで、何より感心したのはさすが明王院学園の地区だ、これだけの事があれば九条の親父の一件の時のように、瞬時に大勢の人間が避難を済まし、明王院学園の校区には人はほとんどいなくなっていた。
爆破のニュースを伝える為か、報道のヘリも上空を飛び回っている。
あぁ、また醜態を全国に晒されることになるのかなんて呑気に構えていた時だった。
「弾くん。久しぶりですね。」
目を疑うほどの美少女が、塵となった廃駅から出てきた。
…見覚えのある男と共に。
「やっぱあんただったか。」
「おいおい、嬢ちゃんを無視してやるなよ。」
悪魔に成り下がったであろう、かつての恩人だった。
「…えらく派手に登場しますね、ここが何処かお分かりで?」
あくまで俺は明王なのだ、といった態度で向かう。
そこにいる儚くて美しい少女との約束だから。
「明王院学園の地区、か?ここで暴れれば明王が制裁に来るわけだ。偉くなったな?あ?弾!」
男はガハハと下品な笑いを浮かべる。
「かつての守られるだけの俺とは違うぜ、おっさん。お前が素顔を見せたところで、仮面の男に変わりはない。全力でぶっ殺してやる。」
さて、ここまで穏やかな口調で話してきたのだが、俺は内心酷く激昂していた。
冷静さなど、かけらもなかった。
眼にはすでに奇眼が浮かんでいたし、身体中からはオーラがあふれ出ていた。
と、次の瞬間、俺の体が吹き飛び、駅の前にある大きなビルに突き刺さった。
ビルはまるで砂のように崩れ落ちた。
瓦礫の中から立ち上がる。
おっさんの速さは、俺の眼が捕らえられるレベルを超えていたのだ。
加えてこのパワー。
奇眼を呼応させてなければ死んでいた。
すでに肋が一本逝ってるし。
「…黒間も落ちたもんだな、弾。」
そう口走った男の元へ、俺は駆け出した。




