第6話 鳳編 ガキの俺は
兄である一輝が死んだことは、こちら側の世界では有名になっていた。
日本一の極道の組長が死んだ。
こうなれば、下剋上を企む奴らは、この隙をついてくる。
兄はそこを心配して、俺にあんなことを言ったのに、俺はそんなことにすら気付けなかった。
俺は兄の側近であった戸住茂に話を聞いた。
「この世界で、恨みを買わずに生きることなんてのは不可能です。それでも…一輝様は、本当に優しい方でした。」
話を聞いた時、茂は目に涙を浮かべていた。
兄の死の真相を探り始めたこの時、俺はもう14になっていた。
本当に…何もかもが遅かった。
この時の俺は組の内部に敵がいたなんて考える事もなかったし、きっと兄を殺したのは外部の人間だろうと勝手に決めつけていた。
茂から話を聞いた一ヶ月後、近衛から自分の考えを聞いてほしいと相談があった。
姉のように慕っていた近衛だったが、俺はもうあの時のように人を信じることができなくなっていた。
人を見れば、
「こいつが兄を殺したのかもしれない。」
という目で見てしまっていた。
兄の言葉なんてのは、覚えているようで忘れていた。
…いや、真意を理解していなかっただけかもしれない。
近衛は俺の部屋に来ると、胡座をかいて座る俺の前で、まるで土下座をするかのような低い姿勢で座り、話し始めた。
「元組長の事、大輝様も薄々感じておられるかとは思いますが、一輝様は殺されることを、すでに予測していたのではないでしょうか?」
近衛はおそるおそる俺の目を見た。
俺はそんなに怖い目をしていただろうか?
「なぜそう思う。」
「…黙っていた事からお詫びしたいのですが、実は私、一輝様が亡くなる直前に呼び出され、大輝様を頼むと言われておりました。」
だいたい分かっていた。
俺だって兄にあんなことを言われた事を不思議に思っていた。
「そうかもしれんな。近衛、お前はまさかそんな事を言うために来たんじゃないだろうな…」
脅すような口調で俺は聞いていた。
「……これはあくまで私の推測ですが、一輝様が亡くなられる事で、得をする人間というのは、組内でクーデターを企てる者か、外部の下剋上を企てる者しかありえません。後者では、自分の死期を予測するなどいくら一輝様と言えど、不可能です。となると…」
「この組内にクーデターを企てる者がいる、という訳か。」
「はい、そして一輝様自身が狙われていることに気づくということは、一輝様の身近な人間になります。…そして、一輝様の身近な人間で一輝様の死によって得をするのは…」
ガチャリ、とピースか歯車がきれいにあった感じがした。
説得力とかではない、でも納得していた。
「…茂か…。」
「…はい。一輝様が亡くなれば、まだ12歳だった大輝様が鳳組を継ぐのは早すぎます。そうなれば、臨時で…」
言いかけていたところで、俺たちの横の襖が蹴破られた。
蹴破った男はどすどすと入ってきて、
「臨時で組長になって、世襲制を変えて、俺の一族…つまり戸住一族が鳳組を支配する…ってか?何だ面白れぇ話ししてんじゃねぇか。」
いきなり入ってきて、喧嘩を売るような口調で話す茂に、近衛はすぐ戦闘体型をとったが、俺は何故か茂をただじっと睨み、ピクリとも体を動かさなかった。
「ビビってんのか?大輝ぃ。お前の兄は強かったが、お前はただの落ちこぼれだもんな、立ち向えるわけもないか。」
確かに兄はずば抜けて強かった。
俺は落ちこぼれだった。
戸住一族でありながら、組長の側近まで上り詰めたこの老人も、水を操る強さがあった。
…しかし、決して恐れて竦んでいる訳ではなかった。
何故かはわからないが、いやに落ち着いていた。
蝉が夏の終わりを知らせるように、うるさく、切なくなく中、俺は大きくため息をついて、
「やっぱお前だったか、茂。皮肉なもんだな、兄貴も。組の者を大事にした結果がこれだ。…なぁ茂。もうお前明日なに食べようかとか考えてねぇよな?」
と静かに言った。
茂は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにフフッと笑って
「えぇ、明日は朝から鳥を焼いて食べようと決めてる。鳳なんて鳥はどうだろうか」
と言った。
「うまそうだな、それ。でもお前はそれを食べられねぇな」
おれは多分この2年で一番大きな声でそう叫び、茂に殴りかかっていった。




