第67話 保護者
悪魔との契約。
オカルト的、非科学的。
いくら勉強が出来ても、人より頭の回転が早くても、分かるわけない、そんなもの。
だけど頼まれた、自分の命を狙う人まで助けたいと言う、優しい想い人に。
なら回る頭を更に回そう。
使える知識は大量にあるから、何十億通りもある思考を全て試そう。
廃工場で見た彼の目は、…彼は気づいていないけど、淀んでいた。
パーティーも終わり、騒がしい夜は明ける。
日が昇り、沈み、繰り返す。
何も知らず、無責任にまた昇って、沈む。
日付も変わり、また学校も始まる。
いつものように、委員長の仕事をこなし、授業を受ける。
いつものように、名案も思いつく。
はずなのに。
はっきり言って、難しくはない気がしていた。
そりゃそうだ、もう一つ思いついたし。
でも、きっと思いつく事を難しくしていることがある。
「…嫉妬。」
ポツリと呟いてみる。
どうしようもないな、これじゃ父と同じじゃないか。
黒間が悪魔に勝つ、そこ自体に疑いはない。
暴力だけに関して言えば、4代目明王はたしかにスペシャリストだ。
だが、桜庭さんとやらを、彼女を殺そうとしているのはオカルトであって、物理ではない。
ならば対抗手段は一つだ。
桜庭一族の悪魔契約を調べ尽くし、悪魔と“彼女の命を救う”契約をする、もちろん代償は黒間の命だ。
これを彼に話せば、彼は率先してそれを実行するだろう。
…それが良いわけがない、遺されたものは、どういった感情を抱くのか。
かといって他の策は見つけられる自信がない。
猶予はない。
黒間は言った。
「桜庭さんの退院と同時に攻めてくるだろう。時間はないが、よろしく頼む。」
「天才も、そんなに切羽詰まった表情をすると思うと傑作ね。」
そう言って笑ったが、切羽詰まっているのは私なのだ。
彼は彼女を救いたい、私は彼を救いたい。
初めて、彼に恩返しができるのだ。
…生物的な感情が、嫌いになる。
「嬢ちゃん、具合は良くなったのか?」
「えぇ、お陰様で。」
彼女は命を奪う俺にすら、澄んだ笑顔を向ける。
「そうか、退院も近いかもな。」
「…えぇ、嬉しくはないのだけど。」
背中でそれを聞き、病室を出る。
弾の基地から奪って来た仮面をつける。
瞬間移動で屋上へ行く。
もう夏も始まるだろうか。
それでも夜は少し肌寒い、6月だった。
確か奴の誕生日も6月だったか。
遡ろう。
俺は黒間の隠し子として生まれた。
簡単に言うと、弾の父親は俺の腹違いの弟だ。
もちろん、黒間一族と接触することは許されなかったが、それでも俺は充実した日々を送っていた。
そんな時、弾が生まれた事を知った。
阿修羅の生まれ変わりだぁ?
そんな馬鹿げた話があるか、と俺は信じていなかったわけなのだが、まぁ生まれながらに青眼があればそう思うのも無理はない。
その頃俺は、母親を亡くした事でグレて、いい歳して喧嘩に明け暮れていた。
黒間と同じような家業につくのはもはや血なのかもしれない。
俺は弾の事を頭の片隅に置きつつ、その組での地位を上げていった。
強くなる為、無理もした。
「破門だ。」
そう言われたのは、薬物に手を出したからだった。
バレた理由というのがまた傑作で、打った薬が黒間の血に呼応し、奇眼が発動したからだ。
俺は奇眼と共に俺は大三郎のもとを訪れた。
心の何処かで、認めて欲しかったのかもしれない。
だが答えは、
「お前のその目は確かに凄い。だが、我が孫の黒間弾はそれを更に凌駕する。」
もういい。
そう思っていた矢先だった。
弾の両親が、殺された事を知った。
俺は黒間の親戚のふりをして、葬式に訪れた。
腹違いとは言え、弟が死んだのだ。
その時に見たものは今でも忘れない。
まだ小学生くらいのガキが、もっと小さい妹を慰めていたのだ。
お前も慰められるべきだ、と叫びたかったが立場上出来ない。
案の定、奴は裏で泣いていた。
…その時の奴の根性に、俺は惹かれた。
だから、過ちを犯したんだ。
「…黒間弾くん、俺は君の親戚の黒間界というんだが。覚えていないかな。」
怯える黒間に僕だけは君の味方だよ、と慰める。
こんな小さなガキに、何も背負わせたくはなかった。
血って怖いよな。
会ったこともない、嫉妬すらしていたガキが、かわいくて仕方が無かったんだから。
それからの俺はガキを守ることに奔走していた。
ガキの弾をさらい、眼を強奪しようとする黒間会と全面的に戦った。
奇眼に敵う者が居るわけもなく、俺はひたすら奴の盾になっていた。
それでも守りきれなくなってきた時、俺は弾を夢幻流の道場に預けた。
強くなれ。
真実を知って尚、まだあいつが自らを捨てなかったのは、俺がそう言ったからだ。
正しく、美しく、昔話のヒーローみたいに、復讐を成して欲しかったから。
だがそれも上手くはいかない。
桜庭一族が、本気を出して黒間への復讐をしだしたのだ。
俺はそれに巻き込まれた。
桜庭一族から弾を守る為、黒間と桜庭の両家をいっぺんに相手した。
まぁ、普通に勝てるわけもないのに、俺は奇眼があれば、と思ってしまった。
そして騙されたんだ。
「奇眼の上をいく眼をやる。そのかわり俺と契約しろ。」
見知らぬ男の誘いにのった俺はバカだったんだ。
だってそいつ、桜庭の長だったし。
魔眼。
それが奇眼の上をいく眼だった。
しかし桜庭と契約した俺は、奴らの呪術によって悪魔にされてしまった。
そこからはとんとん拍子だ。
悪魔になる、契約を結び嬢ちゃんの命を頂くことで俺は元に戻ることができるようになる、しかし俺は弾を殺す事など出来ないので、結局嬢ちゃんと心中だろう。
悪魔になった俺の存在はオカルトなので、弾には存在を忘れられる。
そして弾は、闇へと突き進んでいく。
見守ったが、見守るしか出来なかった。
「…せめてこの魔眼を、奴にやれたらなぁ。」
夜空に向かってそう呟く。
本気で来て、俺とぶつかって、覚醒しろ。
俺も手は抜かない、いや契約だから抜けないんだけど。
ただひとつだけ、彼に伝えたい。
お前は生まれてこのかた、誰かに愛されていなかった時期など無い、と。
「酷ですよね、この世界は。私にも、貴方にも、彼にも。」
この話をした時、嬢ちゃんはまた澄んだ笑顔でそう言った。
美人でいい子だ。
「…保護者面をするわけではないけどさ、俺は君と弾がくっつけばいいと思うよ。」
そう言うと彼女は、顔を真っ赤にして笑っていた。
ほんと、弾のことは息子のように思うし、嬢ちゃんのことは娘のように思うよ。




