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第59話 指標

ある者が、漁を生業としており、舟を作って海へ出る。


荒れた航海をすれば舟は傷み、壊れる。


傷んだ箇所、壊れた箇所を他の木材を用いて修理して使い続け、自らの死に際に同じ漁師である息子に舟を託す。


父の形見でもある舟を息子は大切に扱い、壊れた箇所は丈夫な木材を用いて丁寧に修理した。


そしてまた、孫へと舟は受け継がれる訳だが、その時には既に、初代の使っていた舟の木材は何処にも残ってはいなかった。


形は同じだが、最早その舟は初代の舟ではないのではないかと、偽物ではないのか、と。


孫は考えた。


というギリシャの「テセウスの舟」という話があり、議題となっていた。


ここで俺の意見を言わせてもらえるのなら、答えは偽物ではない、だ。


この話は物質が変化すればレプリカになるのかという事だが、人間は物質に依存しているだけであって、物質は違えどそれに依存していればその事実にすら気づかないのだ。


極端な話、舟でなければどうだ。


かつて過ごした故郷に、数十年ぶりに戻ったとする。


のどかな街だったその場所は発展し、都会へと変わった。


その時、帰郷した人間は故郷を失くした、と思うのだろうか?


思わない、こう思うのだ。


「ここも随分変わったなぁ、しかし昔と同じく、のどかな街だ。」


そんな訳がない。


同じのどかでも、形も材質も違うのに。


そいつはだから、その土地に依存していたというだけの話だったのだ。


船の話に戻ろう。


舟を作った当人はその舟という物質に依存していた。


しかし、息子は尊敬する父の形見であるという事実に依存していた。


そして孫は、それが受け継がれてきた伝説に依存する。


現代でも同じなのだろう。


しかし、それでもきっと、俺が今も昔も変わらずバカみたいに崇拝し、依存しているのは…。


「…あんただよ、弾さん。」


飛行機のアナウンスが、関西国際空港に到着したことを知らせる。











ジジイを殺してもう1週間になる。


あれ以来は、俺は平和を取り戻したかのように、いつものメンバーと登校している。


というのも、全員の安否を一番確認しやすい、という理由だけだ。


仮面の男の出没頻度が高くなってきた。


危険度を考えると、共に行動することは最善手であると考えられる。


で、珍しく当たった。


その日、いつも通りに登校していた時だった。


真希や一果、鳳たちと他愛のない話をしていた時。


学校の敷地内に足を踏み入れたまさにその瞬間。


異様な雰囲気を感じ、その方向へ防御態勢をとった。


バチィィィィィィィン!


鈍痛が防御した左手に走り、感覚がなくなった、が、それどころではない。


「鳳!」


「おうよ!」


鳳は俺のその一声で、俺の周りから人を遠ざけた。


まぁ、衝撃波に驚き既に結構な人間がその場から離れていたのだが。


「………………………………。」


俺はいきなり殴りかかってきた少年を黙って睨みつけた。


いや、表情としては、そこまで険しくなかったかもしれない。


ただ目を細め、眉を落としてそいつを見ていた。


「…お久しぶりです、弾さん。流石ですね、噂はかねがね。」


おとなしい口調でそいつは語る。


「…久しぶり。」


正体に確信を持つ。


派手な金髪に所々入っている白のメッシュ。


大きい目をしているが、少しつり目で、愛想のない表情。


変わったというか、変わっていないというか。


白城虎美。


「白虎、だろ?」


「えぇ。」


ガードしている左手に右手を添える。


着地した白虎は、下半身の力も殴りかかった右腕に込めてきた。


「…変わったな、口調も。」


「俺も昔ほどバカではないんで。」


あのアホが敬語を使っている。


まぁそんな事実は置いといて、だ。


「…どうした、わざわざこんなところまで。」


「帰ってきたんですよ、俺たちがかつて過ごしたあの場所に。したら事もあろうに壊滅してた。しかも犯人はあんたときた。」


なるほど、報復か。


ジジイの話が本当なら、信じていた、指標にしていた人間の変わり様に絶望したのだろう。


そして、指標を美しいまま記憶して、汚くなった物は壊してしまおう、といったところか。


「…校庭へ来い、相手をしてやる。」


明王院の校庭は、野球グランドを5面敷き詰めるほどの広さがある。


野球部の、いや、他の部活も、練習場はそれぞれ他に設置されているため、ここはイベントや遊び場、溜まり場となっている。


それだけこの学園はやはり馬鹿のように広い。


そこなら、馬鹿な生徒が野次馬しようが、俺たちが派手に暴れようが、鳳の防衛もあれば被害はないだろう。


「…お手合わせ……願います。」


爽やかになって、バカさ加減が抜けたように見えるそいつを、俺は黙って校庭まで誘導した。




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