第52話 桜庭
いつの日か、もうきっと覚えてもいないくらい昔なんだろう。
俺には、慕っていた人がいた気がする。
気が…する。
そいつはきっと、今の俺のように、自分を犠牲にして俺を守ってくれていた。
輪廻。
廻る世界では、役回りも廻って行く。
そいつの役目が損だなんて思ったこともないし、守られていた俺は、守られたことしか覚えていない。
ただ、思うのは、恩返しが出来たのかどうかだ。
そいつが命をかけてまで守った俺の命は、今まさに危機に晒されている。
いや、自ら晒している。
まぁ、役回りが廻ればこそなんだが。
中途半端に守ればきっと役目は廻り、廻り続ける。
この連鎖を終わらせるには。
その役目を無くすしかないのだ。
きっとそう考えていたのは、俺だけではないはずだ。
成功か失敗か。
その結果は、残されたものの命運を左右するのだろう。
涙が流れても、胸が張り裂けるような思いをしようと、結果も、状況も、何1つ変わりはしなかった。
「…話の続きです。僕は仮定を持って来たと言いましたね。当たっていればでいい、教えて欲しい。」
「えぇ、その時はもちろん。きっと問いは、何故私が生きているのか。何故貴方の前から姿を消したのか、ですよね。」
「はい。今は俺も、引ける状況ではないので、色々考えてきましたよ。」
桜庭さんの顔に笑みが戻る。
「ずっと…ずっとずっと、ずぅっと、見てきましたよ。貴方が妹さんやお友達を守ろうと決意した事も、地元を制した事も、明王になってからなんてのはもちろん。」
「…今はその話はいい。」
4代目明王としての俺の顔に、桜庭さんは寂しげな表情をみせる。
それだけで、伝わってくるから、なんとも言えないほど切ない。
「…問いはあっています。3つの家庭のうち、1つは。」
これはまぁない。
もはや、ただの俺の願望だ。
「…貴方はあの後、奇跡的に一命を取り留めた。しかし黒間の追っ手を逃れるため、俺との縁を断ち切って、第二の人生をはじめた。」
桜庭さんは嬉しそうに微笑みながら、首を横に振る。
「…2つ目は、あの時死んだのは貴方ではなく、替え玉だった。初めから貴方は、黒間の陰謀に気づいていたため、俺から逃げるためにその策をとった。」
これも間違い。
そしてこれは、外れていて欲しいとすら思う。
でも、俺は生まれてこのかた、大事な局面での希望を叶えられたことはない。
「……3つ目は、貴方は一族の跡取りだった。何らかの原因で黒間の一族と貴方の一族は揉めており、貴方は一族から黒間の貴重財産である俺の抹殺を命じられた。」
反応が正解を示す。
「しかし病弱で力のない貴方は、たまたま俺が貴方に好意を寄せていた事を利用し、俺を自殺させる方向に絞った。自らの命と引き換えに。」
精神的なダメージを受けていた俺にとって、やはりあの事件は俺にとどめを刺した。
誤算は、俺が自殺を決意したのではなく、全ての復讐を決意した事。
「流石ですね、4代目。」
もう俺を、弾とは呼んでくれない。
「…大方正解ですよ。大昔、それこそ黒間阿修羅の時代より前に、桜庭一族はある島を帝国として率いていました。今の四国です。」
桜庭一族は、かつて四国を桜庭帝国と名付けて支配していた。
支配と言っても、その心はいつも民を思いやり、和気藹々とした国だった。
しかし、そこへ黒間が介入する。
黒間阿修羅より前の時代、黒間が介入した事で桜庭帝国は破綻、もはや黒間帝国として再建国されてしまった。
しかし、黒間はあくまでも桜庭一族を長として置き、自らは本州の指揮をとり、裏で四国を動かした。
極悪非道、自己利益の塊…。
黒間の行う政治は力で抑圧する、愛のない政治だった。
当然国民の反乱を買ったが、それは長である桜庭一族に向けられた。
そこへ、黒間阿修羅時代が訪れる。
黒間と鳳との壮絶な戦争は帝国にも影響を及ぼした。
やがて阿修羅が戦争を沈め、平和が訪れた。
かに見えた。
阿修羅率いる平和派が本州の大阪を拠点とした為、過激派は四国に拠点を置いて平和派滅亡の時期を待った。
その間、黒間は拠点付近で極悪非道を働いた。
耐え兼ねた国民は桜庭一族を迫害する。
時は経ち、過激派は再び大阪を拠点とし、四国を棄てた。
帝国は支配者不在のもと、国民の向上心で、長い年月を経て今の温かい国を作り上げた。
しかし、桜庭一族に居場所はなかった。
桜庭一族はここまでの経緯を、恨みを忘れぬよう。
復讐を必ず遂行するよう。
後世に期待し、いや託し、物語として引き継いだ。
伝承させた。
“桃太郎”
として。
鬼ヶ島は黒間の拠点を指し、鬼は黒間を指す。
そして。
「そして、桃太郎はずっと復讐の機を伺っていました。そして今、この時代で私は桃太郎として、一族から任命されたのです。」
睨むように俺を見て桜庭さんは続ける。
黒間阿修羅の生まれ変わりである黒間弾を殺せば、そこから崩し、黒間を滅亡させられる。
そう考えた桜庭一族は、桜庭美波を桃太郎に任命した。
しかし、あろうことか、桜庭一族は残り少なかった上に、不慮の事故で桜庭美波1人となってしまった。
残ったのは、桜庭美波の体に遺された、桜庭一族が伝承してきた呪術のみである。
「…悪魔と契約し、その悪魔と運命を共にする。悪魔が死ねば私が死ぬし、悪魔が貴方を殺しても、対価として私の命は悪魔に奪われます。しかし、一族は契約だけをして私を遺した為、もうどうする事も出来ません。」
悪魔が監視役となり、もはや元の人生には戻れない。
「…なるほど。でも、黒間を滅亡させるとなると、真希も殺すとなるんですよね?」
「えぇ、もちろんです。」
歪みがない。
隙もない。
「なら、俺はその悪魔を…貴方を殺すしかないようだ。」
これが運命だ。
長い年月を果てて出来た、たった1つの事件なのだ。
「…今の私には、悪魔が十分に暴れられるほどの体力がありません。回復を待たなければならない。すぐではなく、きっと何年もかかってしまう。だから貴方は、それまでに強くなってください。強くなって、強く、強く、強くなって、そして…。」
瞳が潤う。
「…私を、殺してください。」
黒間弾なら、きっとこの人と駆け落ちを考えていたかもしれない。
桜庭美波を救うことだけを、考えていたに違いない。
しかし、4代目の目には、涙すらうつらなかった。
「えぇ。勿論そうします。」
非情な目をする。
「…貴方はきっと私と戦うまでに、何度も修羅場を潜り抜けなければならないでしょう。私が言うのもおかしな話なんですが。」
言葉を遮る。
「…黒間弾くん。どうか無事でいて。どうか幸せでいて。どうか…負けないで…。」
黒間弾に向けられた、刹な願いだった。
「…勿論です、桜庭さん。貴方こそ、必ず俺の前にまた来てください。では。」
黒間弾は、なんとか言葉をふりしぼり、滝のように涙を流しながら病室を後にした。
ドアが閉まるのと同時に、ドアにもたれかかり、座り込む。
中から、少女の悲痛なまでの叫び声が聞こえた。
それを聞いて、黒間弾は、声を押し殺して、しかし殺せず、左腕で両目を覆って、泣き叫んだ。
悔しかった。
愛する人を救えない、ただの黒間弾が。
自らを責めた。
そして…これから潜らなければならない修羅場を、死ぬ気で突破することを誓った。
俺も知っていたんだ。
桜庭さんとやる前に、やらなければならないことを。
俺を襲ってくる人間のことを。
「…必ず…この運命は、俺が潰す。」
目の奥に感じる、熱いものを俺は信じ、立ち上がって、病院を後にして、暑くなりつつある晴天の下を歩き、帰路に着いた。




