第49話 憂国
この声が聞こえるか…?
問いかけても、返事はない。
気持ちで負けていたんだ。
だから、どこの誰かもわからない奴に体を乗っ取られた。
ハハッ……。
いやもうほんと、笑うしかない。
起きている事態も、解決策も、分かっているのに。
体は全く、いう事を聞かない。
それに何より気に入らないのは、なぜ九条に好意を寄せてるかだ。
いや、こいつのおかけで知らない九条を知る事は出来たが、所詮それまでのことだ。
まぁ、体を返してくれるまでは暇つぶしにこの茶番劇を見ていてやらんでもない。
ひとしきり涙を流した後、僕は1人校門を出て、帰路に着く。
学園の最寄り駅まで20分くらい。
普段、みんなと帰るときは早く感じるこの時間も、1人で帰ると無駄に長い。
考えなくていいことまで、考えてしまう。
九条さん…。
すぐ頭に浮かんできてしまうあの人は、そんな時の僕の中を支配する。
「………決めた。」
明日、僕は九条さんに告白しよう。
この決心は、固いのだ。
不思議と、気分が、心が、踊った。
顔に笑みが浮かぶ。
僕は駅まで駆けて行き、着ていた電車に乗って、大きな駅で人が少ないローカル線へと乗り換える。
ローカル線で揺られながら、約30分。
着いた地元は、もはや愛で満ちていた。
好きな場所、いや、落ち着く心。
改札を出て、階段を降りて、
……まぁ、僕は散々、翻弄される人物なのだろうと感じた。
最寄り駅の前は、かなり広い広場になっており、クリスマスとか、そんな日にはここでイベントをしたりするのだが、なんの記念日でもない今日も、ここでイベントが行われそうだった。
広場には大勢の人が佇んでいて、僕の目の前には1人、その代表のような人が立っていた。
金髪、短髪、顔に傷、はち切れんばかりの肉体、僕をゆうに越す長身。
「…黒間弾、だな。」
「…えぇ、…あの、なにか?」
眼光は、鋭く、でも恐怖を感じなかったのは、鳳くんを見ていたからだろうか。
「…少しこっちまでま来て欲しい。」
リーダーだと言うその少年が言うには、黒間弾は地元民から忌み嫌われている、屑人間なのだそうだ。
憂国同盟。
そんな風に言っていた。
……もうたくさんだ。
前の黒間弾のせいで、僕がこんな想いをするのは、もう嫌だ。
そう、思った時だった。
…なら代われよ。…
そう聞こえた。
周りを見ても、そんな事を言う人はいない。
同盟軍が、不思議そうに僕を見る。
ふと、目がとてつもなく熱くなる。
熱いというか、焼けるように痛いというか。
痛みに耐えながら、なんとか目を開き、同盟軍を見た。
「…なんでだよ。鬼の黒間弾は、もう死んだんじゃなかったのかよ!」
「…奇眼だ…やばい…うわぁぁぁぁぁぁ!」
みな、口々にそんな事を叫び、逃げ出す。
だだっ広い広場に、ぽつりと僕は残された。
ふと、目の奥がまるで殴られたかのように痛くなり、目を閉じてしまった。
「…やっと返してくれたよ、体。」
俺は顔に薄ら笑いを浮かべながら、鳳の家を目指した。
どうやら、あの人格は俺の“逃避”だったようだ。
かつての哲学者、フロイトが提唱した“防衛機制”の、“逃避”だ。
まぁ、乗り越えてしまえば、失敗、挫折をしたという過去は財産だ。
2度と奴の人格が出てくる事はないだろう。
そんな事より、俺はやらなければならないことがある。
4代目に返り咲き、そして……。
「…なんで生きてんだよ、なんで居るんだよ、……桜庭さん……。」
嬉しいような、焦りのような感情は、ひたすら俺を鳳邸へ急がせた。




