第44話 喪失
事態の収束は、驚くほど速やかだった。
薬物を使用した元警官、九条が4代目明王によって殺された。
九条が死ねば、引き連れていた部隊もすぐさま引き上げた。
「罰ゲームは終わった。」
そう口にする者もいた。
翌日、明王院学園は再開し、北海道へ行っていた生徒も帰阪。
学園に集まっていた不良達も、死者、重傷者を1人も出さずにそれぞれの地へ帰っていった。
俺はこの戦いの功労者として、感謝状を府から貰った。
…もう1人、受け取るはずの人物が居たのだが、そいつがもらう事は無かった。
なんとなく予想はしていた。
不思議と怒りも悲しみも湧いてこなかった。
全身に穴をあけ、血塗れで、全身を焦がしくたばっている俺の友の表情は、何故か俺を落ち着かせた。
これが、黒間弾。
奇眼の影響もあってか、腹部に直径15センチほどの穴を開け、全身に傷と火傷をつくりながら、なんとか命は取り止めた。
が、意識は戻らない。
彼の妹や、クラスメイトには伝えていないが、医者は意識が戻らない事も覚悟しろと言った。
医者曰く、現実逃避だそうだ。
沢山の管を体に繋がれた友を見る。
鬼とも呼ばれた男にはとても見えなかった。
それから約2ヶ月。
クラスでは、弾の現状は語られてはいないが、皆それぞれ、予想はしているだろう。
真希ちゃんも、一果さんも、皆虚ろな目をしたまま、俺たちは卒業を迎えた。
もちろん、いちばん居るべきはずの人間は居なかった。
俺はまたもや、臨時の明王に就任した。
でも、今度は訳が違う。
奴は、本当に寝ているのだ。
目を覚ましてはいないのだ。
臨時がいつまで続くかは、分からない。
高校の入学式にも、おそらく出られないだろう。
悲しさよりも、何より、脱力感が、俺を支配していた。
俺だけではないはずだ。
口数も、確実に減っただろう。
奴の存在は、それほど大きかったのだと、今になってやっと実感した。
目がさめると、病院のベッドの上だった。
体から何本もの管が伸び、酸素マスクまでしていた。
僕は…誰だろう。
一番に頭に浮かんだのは、そんな事だった。
すぐにナースさん達が駆けつけ、僕に何かを叫び、医者の元へ案内された。
その後色々な検査をされ、また部屋へ戻された。
管も取れたし、マスクも取れた。
そうしていると、目覚めた時は朝だったのに、もう暗くなっていた。
1人、高校生くらいの男が入ってきた。
イケメン、そう思った。
「…今何月何日がわかるか?」
突然、男は聞いてきた。
「…いや。」
「だろうな。」
と言って男は笑った。
「…お前、記憶喪失なんだってよ。どう?色々納得いったんじゃない?」
驚いた。
が、納得できたのも事実だ。
「…それでか。いや、僕は自分が誰だか分からなかったんだ。今がいつかも、何がどうなってるのかも。」
実際そうだ。
何をしてここにいるかも、自分が何者かも分からない。
忘れた。
記憶の全てに、濃いモザイクがかかっている感じ。
でも全ての記憶が無いわけでもない。
自分は、学生。
それくらいは分かるし、ここが大阪だという事くらいは分かる。
家の場所も、どこに何があるかも。
ただ、忘れているのは自分が何者か、誰と、どんな風に育ったか。
その程度のようだ。
「…そうか。まぁいい。俺は鳳大輝だ。一応、お前とは親友をしていた。」
「あの鳳組の!?」
鳳君は少し寂しそうな顔をして続けた。
「そしてお前は黒間弾だ。今年で高校一年になる。黒間真希ちゃんという妹がいる。そして…明王院学園に通う、4代目明王だ。」
え…!?
僕が、あの明王だってのか?
武力行使のスペシャリストで、正義のヒーローの?
信じられない、が。
「…だが、お前は全て忘れていい。にわかに思い出すくらいなら、新しく、生まれ変わったつもりで生きていけ。」
という言葉でそんな事はどうでも良くなった。
「回復次第、明王院学園の高校一年として、転校生扱いで入学してもらう。今は、余計なことを考えず……ほんと、生まれ変わったつもりで回復だけに専念してくれ。何人か面会には来るかもしれないが、俺からはこれだけだ。」
そう言って、鳳君は病室から出て行った。
……記憶喪失かぁ。
そっかぁ。
忘れていることもあるが、忘れていないこともある。
彼のいう通り、生まれ変わったつもりでいこう。
どの道、足掻いてもきっと無駄なんだろうし。
数日が経ち、検査や診断を繰り返し、時間とともに体は回復していった。
リハビリもあるよ、と言われ、少し泣きそうにもなったが、なんだか長い夢から覚めた、清々しい気分だった。
肩の荷が下りた、というか。
数日が経ち、歩けるほどには回復し、もうすぐ退院か、という頃には面会に来る人も沢山いた。
妹だという真希ちゃんに、幼馴染だという一果さん。
クラスメイト代表の九条さんに、ちらほらクラスメイトの子達も来てくれた。
皆んな、優しくて、嬉しかった。
真希ちゃんと一果さんは、笑いながら泣いていたけど。
四月の末に退院が決まった頃には、院内を歩き回っていた。
動けることが、気持ちよかった。
退院の前日も、そんな感じで特に用もないのに売店まで歩いていた。
そんな時、僕は廊下で1人の少女とぶつかった。
「あ、ごめんなさい!」
清楚で、上品で、綺麗な人だった。
「いえ、僕の方こそ。」
そう言って彼女が落とした荷物を拾い、僕は彼女に渡した。
すると、彼女は僕の顔を驚いた表情で見つめてきた。
「……あの…、どうかしましたか?」
「い、いいえ、何でもないの!拾ってくれてありがとうね!」
焦って彼女は駆け出していった。
ふと、彼女が落としていったカードに気付く。
見た所、学生証のようだ。
「…桜庭…美波さんかぁ。」
そこに書いている名前を呟き、僕はそれをナースカウンターへ渡し、妙に浮ついた気分で病室へ戻った。




