第17話 悪行が成す偉業
イジメには、必ず被害者と加害者が存在する。
加害者はイジメをしているという自覚がある場合が少ないが、被害者は加害者の顔が分かる。
加害者も、いざ被害者が告発すれば心当たりくらいはあるはずだ。
俺は知らない。
愛する妹や、失いたくない人を脅かす存在の顔を。
俺の妹や、失いたくない人は知らない。
自分たちに迫る危機を。
悲劇のヒロインを気取るつもりはさらさらないが、正体不明の存在から、自分以外の人間を守るというとは、想像以上にキツい。
それに、自分というのはとっくに無くした。
中学に入学したての頃、グループに入りきれなかった奴が教師に言い、イジメの様な話になった。
その時の担任が言っていた言葉だが、
「イジメの被害者の心は、ガラスのコップだ。一度落としてしまうと、水は全てこぼれ落ち、粉々に割れ、二度と元通りにはならない。」
笑えた。
イジメでよく命を落とす者がいる。
否定も肯定もしないが、俺自身の意見としては、心底くだらない。
もしその言葉が本当なら、俺のコップの中の水は全て乾ききり、割れることすら許されず、落ち続けるのだろう。
分かっていた事だったが、虚しさというのは意識がなくても襲って来るものだ。
大阪一の不良になった。
明王学園は元々男子校で、その厳格な校則から、世間の生徒に向ける目は、まさに尊敬の眼差し、だった。
不良など創立以来いなかったのに、初の不良はなんと大阪一となってしまった。
しかも、ギリギリの勝負で勝った訳でもなく、圧倒的だったことから、各学校の番格メンバー達は自ら舎弟になることを望んだ。
明王軍団。
俺が統べるその集団は、いつしかそう呼ばれる様になった。
ここまで話題性が出ると、バレない訳がない。
案の定、一果や真希にはバレた。
丁度昨日、酷くどやされたところだ。
今、俺は官邸にいる。
真中の顔は、大阪一をとった俺をねぎらう気もなく、ただただ自分の武器が名刀になった喜びを表現する顔だった。
「約束は約束だ。呪眼をプレゼントしよう。」
真中が嬉しそうに差し出した薬を、俺は受け取った。
「君はもう後に引ける立場ではない。これから先、君に挑んでくる、あるいは襲ってくる連中もいるだろう。」
「一週間とかからずに大阪を獲った…伝説の不良だからな…。」
俺はもう、昔の優しい兄には戻れない。
所詮は…不良なんだ。
どんな理由があったとしても、結局のところ自分は堕ちた。
「まぁそう言うな。これからも気を付けてくれよ。あぁそれと…この眼の使いすぎは良くないぞ。」
俺は立ち上がり、相槌を打つと黙って部屋を出た。
そのまま官邸の外に出ると、少し曇った空になっていた。
「……丁度いい天気だ。」
と呟くと、俺は鳳邸を訪ねた。
鳳は突然の来訪に驚いていたが、持っていた薬を見て何も言わなくなった。
そして、だだっ広い稽古場へと案内してくれた。
鳳邸の稽古場は広くて、周りに何もないため少し派手な技の試し打ち、練習ができる。
「……薬…飲むのか?」
心配そうに鳳が聞いてくる。
「あぁ…飲まなければ、何の為に大阪を獲るなどめんどくさい事をしなければならなかったのか分からん。」
そうか…と呟くと、鳳は何も言わなかった。
俺は真中に貰った薬を飲んだ。
直後、体に激痛が走り、頭がガンガンしてきた。
腹痛もあり、その場でうずくまると、そのうちに血涙が出ていることに気がついた。
鳳と、横にいた冴香さんが驚いた表情をしていた為、眼の色が変わり、既に呪眼を開眼しているのだろうと察した。
痛みも和らぎ、何ともなくなってきたので立ち上がり、右手を握って力を入れてみた。
力が入りやすくなっているだけでなく、禍々しいオーラの様なものまで出ており、触れれば熱を感じた。
足に力を入れて飛んでみると、数十メートルは飛べた。
視野も広がり、物の速さが遅く見えた。
唯一の欠点といえば、眼は、死ぬほど痛かった。
けれど、冴香さんと一果、真希は仲が良くて繋がっている為、痛がっているところは見せられなかった。
上に向かって、
斬刃血っ!
と叫んで、斬刃血を出すと、雲まで届き、やがて雨が降ってきた。
元々雲が多かったからだろうが、斬刃血の炎で熱せられたのだろう。
自然をこの手で動かしたことで少し優越感に浸っていると、鳳が
「お前…誰を見ているんだよ…。」
と言った。
「まだあったことのない、お前らを脅かす危険分子だ…」
と俺は答えた。
俺と鳳の間に、雨は降り注いだ。




