9・白塔の都
光が収まり目の前に広がっていたのは、先ほどの暗く寒い空洞ではなかった……。
――白い、眩しいほどの白が目に飛び込んできた。
だがその白は雪の白さではなく人工的な白色だ。足元も硬い白色で、細長いこれまた白い建物が不気味なほどに規則正しく立ち並ぶ。そして空は曇天ではなく、青い青空を映す。
……だが、その空は綺麗過ぎる。作られた美しさとはまさにこの空の事を指すのだろう。その向こうに続かない空がこの美しくも薄ら寒いほどの静けさを持つ白い都を覆っていた。
「……なるほどね」
仮面が辺りを見渡す。噂通りのこの場所はあの探していた都市だろう。どうやら仮面達は、あの幻のダンジョンと噂される都市――〈白塔の都〉に辿り着いたようだ。
「……思った以上にこれはまた近未来な都市って感じだな。俺らが通ったのは〈転移門〉じゃなくて〈異界門〉のほうじゃないか?」
井原が辺りを見渡しながら思わずそう口走る。確かにどこぞの世界の、さらにその先の未来の都市を思い描けばこの〈白塔の都〉そっくりになるだろう。白い長方形の建物が左右に立ち並び、その間に通る広い道は中心街と思われる場所に繋がっていそうだ。
立ち並ぶ建物の間を縫うように、道の上を蛇のように何列にも繋がった箱の体を持つ“大きなもの”が、空中に張られたレールに吊らされて動いている。その先の中心街の方に一つ、飛び抜けた塔が精巧に創られた陽の光を反射していた。
少なくとも、今のこの世界とは全く違うと思える、街並みを持つ場所にへとたどり着いてしまったのだ。
「〈大魔導時代〉とかいう超古代文明があったとされるこの世界だぜ? すでに意思を持つ“魔導人形”が迷宮都市にいるんだ。これくらい予想の範囲内だろ」
仮面はというと特に驚きもせずにそう言う。確かにすでにあのルーサの助手を見ていた仮面からすれば、この光景は予想できたものであろう。
「……俺も伝え聞いた話でそうなんだろうとは思っていたが……あまりにもここは違いすぎる!! さっきまでのファンタジーな世界は何処へ行った!」
「その世界観をぶち壊しているお前らが言うなよ」
そんなSFチックな都市に迷い込んでしまったどこぞの軍隊員が叫ぶ様に、思わず仮面がツッコむ。井原達は地上のあの街よりも、この街の風景のほうがあっているかもしれない。
「うるせい! 昔は俺だってなぁ転移した頃はまだ銃が見つかってなくて剣を手にモンスターと戦って……」
「あーそうなんだー大変だったんだなー」
「そうなんだよなぁ……って先に行くなよ!」
井原の話が長くなりそうだと思ったのか、仮面は適当な相槌をしつつ、スタスタと彼を置いて歩いて行ってしまう。
「俺を置いていくなー! 今の俺は銃を持ってねーんだよ!」
「武器を落としたのは知らん。だが拳銃くらいはあるだろ?」
「そりゃあるがな……」
井原が不安そうに自動拳銃を取り出しながら仮面の後を付いていく。そして不思議そうに仮面のその背を見る。どこか雰囲気からして焦っているのか、歩く速さが早い。井原が気を抜くと置いて行かれてしまうほどのスピードだ。
「おい待て、どうしたんだ? なんでそんなに早く行くんだ?」
「……ここにはあまり長いしたくないんだ。……ここには“あれ”がないからな」
足を止めて振り返った仮面が早口に言う。やはりどこか焦っている。その様子から一刻も早くこの場所から出たいという意思が見て取れた。そして先ほどから調子が悪そうであった仮面であったが、さらに悪化しているように思える。
「……おい大丈夫か? ……もしかしてここの環境はお前にはダメなのか?」
「まぁそんな所だ。とにかく出口を――」
その時、彼らの後方に何かが動く存在が現れた。遠目に見て人の形をしている。だが明らかに“人”ではないと断言しよう。
「井原、どうやらここには人は居ないが別の存在はいるらしい」
「別の存在……まさか」
いち早く気付いた仮面が井原を守るように前に出る。そんな二人の前にその存在は近づいてきた。
それは人の形成している。腕があり、体があり、足があり、頭があるのだ。だがその肌はこの街の如く白い。その白い肌は硬い金属製の物だろう。身長はあの二人と同じくらいだ。その“白い人”は顔に当たる部分の大半が、真っ赤な大きな“目”になっている。不気味なほどに光る赤い目がレンズ越しに彼らを捉えた。
『…………識別コードナシ。敵性存在ト確認。タダチニ排除スル』
性別の判断もつかぬ、感情もない電子的な声と共にその白い人のようなモノが動く。手に持っていた井原達が持ち歩く銃に似た物の銃口を二人に向けた。迷いも無く引き金を引かれ、銃口より銃弾ではなく光線が走る。青い色合いをしたそれが彼らを貫こうとするが、寸前で仮面が井原を引っ張りつつ回避した為、当たらなかった。
「なんだありゃ!? 光線銃とかそんなやつか!?」
井原が慌てて先ほどまで居た場所を見る。彼らが居た場所に光線が当たった瞬間、その場にジュッとした焦げた音と匂いがしたのだ。そして、赤く溶けた地面の表面が現れていた。もしも当たった場合の事を考えれば、彼らの体は容赦なく溶けていただろう。
「まったく……いつもならここまで接近されなくても気づけたんだがな……」
仮面が舌打ちをする。周りを見渡せばあの“白い人”が一体だけでなく、数十人と現れ始めていた。
「ど、どうするんだよ!!」
反撃とばかりに井原が拳銃を撃ちこむ。的確に“白い人”に撃ちこむもあまり効いてないようだ。
「クソッ……っておい仮面! お前も突っ立てねーでなんかしろよ!」
「んなこといったってな……あぶね!!」
そんなやり取りをしている二人目掛けて幾つかの光線が飛んでくる。仮面は井原の腕を引いて、というより引きずるようにしてなんとか回避した。回避した後、仮面の袖口よりするりとリボルバーが現れる。
「いいだろう! この俺の真の実力を見せてやろう!!」
どこか威張るように自慢しながら、仮面は一体の“白い人”に銃弾を撃ちこむ。
――だがその自信とは裏腹に……六発ほどの銃弾は全てあらぬ方向へと飛んでいった。
「ほーら、全弾外れ」
「何が全弾外れだぁ! ふざけるのも大概にしろよ!」
外れた事に対してふざけて言う仮面に井原が怒鳴った。確かに普段の仮面ならば絶対に外さない腕を持っていたはずだ。だというのに全弾とも外れ、これはふざけているとしか思えない。敵が目の前にいるという状況で、ふざけるのは間違っているだろう。
「そんなに怒るな、井原。悪かったよ」
少しだけ真面目なトーンで仮面が言った後、また飛んできた光線から逃れるように井原を連れて走る。その速さはさすがこの世界の人と言うべきか、井原の足では出せないほどの速さだ。
「とりあえず、この場から逃げるってことでいいか?」
「もう逃げてるだろ……まぁそれでいい! というか早く逃げ切って下ろしてくれ!」
気づけばまた仮面に担ぎあげられている井原が青い顔をして言う。ただの人である彼はこの速さには慣れないらしい。それもあるだろうが後ろから追ってくるあの“白い人”の軍勢を見たからかもしれない。
「りょーかいしましたよっと!」
仮面の調子のいい声が、後ろから響く光線の音に紛れて井原の耳を通り過ぎていった。