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黒き仮面剣士の異界道中  作者: 彩帆
第一章 白塔の幽霊と黒き剣士
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6・混沌の街

 薄暗い店内をオレンジ色の光が淡く照らす。その店内に置かれた箱の上で丸い黒の円盤がグルグルと回り、そこに突きつけた針が音を奏でる。その記録された音色と歌声はどこかある者にとっては懐かしい、ある者にとっては最先端、はたまた未知の曲……と聴く者によって印象は違う。だが一つ同じなのはこの店に訪れた者達は奏でられる旋律に耳を澄ませてゆっくりと過ごしている。


「……なぁマスター、〈白塔の都〉ってどこにあるか知っているか?」


 音色に混じって低い声が聞こえてくる。煎じた豆のいい香りが漂うコップ片手にカウンターに座る者がそう口にした。それは真っ黒な衣装にフードを被り、さらに顔に仮面をした者だ。こんな格好をした者などこの街では一人しか居ない。


「…………」


 そんな仮面に話しかけられたこの店のマスターは静かにコップを磨いている。その姿はこの街に来たばかりの者ならば驚くことだろう。なにせカウンターのその向こう、台の上に乗って顔を出しているのは全身真緑で耳が長く小さな背の者。その姿は魔物のゴブリンと呼ばれる種族にそっくりだ。いや、むしろゴブリンである。


「情報掲示板とか覗いてみたけどさっぱりだよ……噂程度しかなくてさぁ……」


 そんなマスターの姿にも返事が帰ってこない事にも気にもとめずに仮面は話を続けていた。この都市ではこんな光景など日常的なのだ。

 仕方ないので仮面の内側に表示される文字の羅列を見つめるも、やはり何処にも白塔の都に関する情報はない。この都市には特有の魔導式情報通信網(ネットワーク)が構築されている為、その情報のやり取りにより特定のダンジョンを探すことは容易い。だが中には見つからないダンジョンも存在し、その中の一つに〈白塔の都〉が入っているのは当然の事だろう。


「マスター……俺どうすればいい?」


 仮面がどこか藁をもすがるようにマスターを見る。地道に探すにしてもあの入り組んだ迷宮を宛もなく探すのは難しい。それこそギルドランクS級の探索家にでもお願いしたい所だが、この世にそんな都合の良い人は存在しない。


 そんな風に仮面がどうするべきか悩んでいると……


「誰かと思えば仮面ではないか」


 カウンターではなくテーブル席から幼い声が聞こえてくる。二人がけのソファが対になるように置かれたテーブル席。そのソファの背からこちらを振り向き覗き見ている小さな女の子。どこか爬虫類を思わせる琥珀の瞳がこちらを見ていた。


「……ん? あぁ、ラーちゃんお久しぶり」


「うむ、久しぶりであろう」


 果実らしきジュースをストローで飲みながら答えたラーちゃんと呼ばれた女の子。その下半身に足はなく代わりに蛇の尾が伸びていることからラミアと思われる。その尻尾で器用にコップを持っていた。


「珍しいね、今日は一人なのか?」


「そうとも、今日はお供に休暇を与えておる。じゃから余は今一人なのだ」


 どこか胸を張ってラミアのラーちゃんは答える。この女の子には保護者的な存在の者がいるのだが今日は居ないようだ。


「んで仮面よ。貴様は〈白塔の都〉を探しておるようだな?」


 ジュースを音を立てて飲みつつ、今度はどこか意味ありげな表情をしながらラミアの女の子は仮面に話しかけた。


「えっもしかしてラーちゃん知ってるの?」


「ふっふっふっ……余が知らぬ事などないのである!」


 そう言ってまた胸を張る。この前仮面が会った時は今飲んでいるジュースという存在すら知らなかったというのに。だが、このラミアの女の子は元はダンジョンに住んでいた魔物という経歴を持つ魔物の中でも変わった存在だ。ダンジョンについてなら何か知っていてもおかしくはない。


「で、どこにあるんだ?」


「そうであるな……教えて欲しくば“けーき”とやらを余に捧げるのだな!」


 ラーちゃんは口元から先の割れた舌をチロチロと出しながら、どこか期待するように仮面を見つめる。


「余はまだけーきを食したことがないのだ! であるからそのけーきを余に供物として捧げるのだ! けーきとやらを用意出来たら教えてやらんでもないぞ!」


 ラーちゃんは最近までダンジョンに居たのだ。彼女にとってこの街で見るもの全てが初めて見たものばかり。その中で今はケーキとやらにご執心らしい。


「えー……」


 仮面が迷うように懐から財布を取り出す。そしてマスターの方をちらりと見る。


「あの……ケーキってまさかあったり――」


 仮面が言い終わる前に口は閉じられた。何せカウンターには赤き一粒の雫を純白なる柔らかな身に乗せたショートケーキなるものがすでに用意されていたのだから。


「マスター用意早いよ……」


 どこか諦めたように仮面はお代を差し出した。この都市においてケーキとはそこそこ値段の張るものとだけ言っておこう。







「ほぉ……これがけーきというものか! とても甘く美味である! まるで余のために生まれてきた存在であろう!」


 そんな事を言いながらラーちゃんはケーキを頬張る。その様子はとても幸せそうだ。


「ね~ラーちゃん、〈白塔の都〉について教えてよ~」


「あぁ、そうであったな」


 パクリと一口ケーキを頬張った後、ラーちゃんは真向かいのソファに座った仮面を見る。


「先程この店に来ておった緑の服の者達が話をしていてな。なんでも今日ダンジョンから見つけてきた流れ者が仮面の探しておる〈白塔の都〉を抜けて来たのではないかと言っておったぞ」


「本当か! ラーちゃん!」


「うむ、余は嘘をつかんぞ。ますたーも聞いておったろう?」


 ラーちゃんの言葉にカウンターに立つマスターが静かに頷いた。


「そうかー……ん、という事は……」


 仮面が振り返り今一度マスターを見やる。今ラーちゃんから聞いた情報はこの店に居れば知り得た情報であった。


「マスター……知ってたんじゃん」


 仮面下から恨めしそうな目線を投げる中、マスターは相変わらずコップを磨いていた。











 上を見上げれば生い茂った緑の天井。その幾重にも折り重なる葉っぱの隙間から少しの光が見えるのみでこの森林は薄暗い。


 その森からは時折軽い連続した音が鳴り響く。


「はい、外れ」


 その音の原因を間近で聞いていた仮面は素早い身のこなしで木々を利用するように回避する。先程まで仮面が立っていた場所を何かが通り過ぎていった。


「は、外した!?」


 その場所から離れた茂みでそんな声が上がる。草木の影に隠れるようにしていたのは緑の迷彩柄の服を着こみ、手に自動小銃を手に持った者たちだ。


「嘘だろ、真後ろからの不意打を……」


「不意打ってのはこうするもんだよ?」


「なっ!?」


 驚く二人の真後ろからそんなふざけた声が聞こえてくる。素早く振り返るよりも先に片方の人間の喉元にはナイフが突き付けられていた。


「……や、殺られた……」


「クソッ」


 ナイフを突き付けられた男が残念そうに言うと、隣に立っていた二人目の男が銃を仮面にへと向けて発砲する。勢い良く飛び出たのは弾丸――ではなくBB弾。それが仮面に当たろうとするも寸前でしゃがむようにして避けられる。いくらエアガンとはいえ発射された弾を避けるなどこの世界の普通の人でも難しいだろう。しかし、それを簡単にやってのけた仮面に間合いを詰められ、ゴム製のナイフを男は突き付けられた。


「はい、君も死んだね?」


 背を低くしたまま仮面は唯一見える口元をにっこりとさせる。そして仮面が男から離れようとした瞬間――


「この厨二仮面め! いい加減死ねや!」


 仮面の真後ろから近づいてきたまた別の者がそんな事を言いながら銃を放つ。


「厨二いいじゃないか! 後死なねーよ!」


「えっちょ待――いだだだだッ!?」


 仮面は死体(・・)と成り果てた目の前の男を掴むとその男を盾に取った。もちろんその男の背中に玉が当たったため仮面には当たっていない。


「おま……卑怯だぞおおおおお!」


 死体の男を軽々と持ちそれを盾にしながら仮面はそんな絶叫を上げる男に突っ込んだ。手に持っていた男を投げ飛ばしてまだ生きて(・・・)いる男を転倒させ、その首元にナイフを突き立てる。


「卑怯? これをしたらダメとは聞いてないなぁ? ……てことで君も死亡。これで終わりだ、そうだろう隊長さん?」


 仮面が上を見上げる。生い茂った葉っぱの一部が透け、その先が見えるようになった。


「もうちょっと手加減してやれよ仮面……そいつらまだまだ新人なんだが……」


 そこには仮面をなんとも言えない表情で見下ろす隊長の姿があった。




 先程まで仮面達が居た森林が消えていく。まるでその場に生えていたかのように存在感のあった木々は消え、地面には何やら一定の規則を用いて描かれた模様のみが残る。


 ここはギルド連合組合が運営する訓練施設だ。先ほどのように様々な状況を魔法で再現し、その状況で訓練が出来るのだ。


「さぁお前らの訓練を手伝ってやったんだ。〈白塔の都〉について教えろ!」


 水を飲んで一息ついた仮面が隊長に迫る。ラミアのラーちゃんに教えてもらった事、それは緑の服の者たちが〈白塔の都〉について話していた事だった。緑の服を着る者達でさらにあのゴブリンの営業する異界かぶれのカフェに来るような客など、この隊長率いる流れ者ギルド〈チーム・フロッグス〉の者達以外にいないだろう。


「はいはい……分かってる。そう急ぐなよ」


 やれやれと言った具合に隊長は話し始めた。


「今ここには居ないが昨日保護した流れ者がいてな。そいつはどうにもあの幻のダンジョンと噂される〈白塔の都〉ぽい場所を抜けてきたようだ」


「それは本当なんだな?」


「多分な……でっかい細長い建物が沢山ある街みたいな場所で銀色の人のような魔物に追い掛け回されたって言ってたしな」


「……細長い建物に銀色の人のような魔物ねぇ。そんな表現をするという事は今回の流れ者さんは魔物のいる世界の人か……」


 仮面が何やら思いついたフシがあるように言うと、隊長がにやりと笑う。


「まぁそうみたいだ。しかし、やっぱり分かるようだな、仮面。つーことは俺と同年代だろ?」


「……なんでそうなる。というかこっちで元の時代や情報を詮索することはあまりしてはならないんじゃなかったか?」


「あっちのことは言わない、詮索しない、持ち込まないが俺ら〈流れ者〉での暗黙の了解。よっぽどのことがなければこれだな。だがそれはあくまで流れ者同士の話。〈記憶持ち〉はまた別な気がするが……まぁ聞かれたくなかったのなら悪かったよ」


 謝る隊長もまたあの世界にて同じような時代を生きていた者らしい。この世界に流れ着く者達は実に様々な時代や場所からやってくるのだ。その中でも仮面や隊長たちの技術がそこそこ発達した時代からやってくる者たちが多い。


「まぁ別にバレてもどうでもいいことさ。今の俺にとっては関係ない事のような気がするし……」


 目の前に居る流れ者の者達と記憶持ちである仮面には明確な違いがある。それはその世界に戻れるか否かの差だろう。今の仮面にとっては今いるこの世界こそが元の(・・)世界なのだから。


「……それより、そいつは結局どこで見つけたんだ?」


「〈銀雪の丘〉だ。あそこで拾ってきた」


「なるほど……情報ありがとう、隊長さん」


「いいや、こっちも助かった。訓練相手を急に頼んで悪かったな」


「別にいいさ。今度頼むときは報酬を支払ってくれよ?」


「おう、まかせろ! エルフ族に人気の――」


「それは却下。というかきちんと金で払え!」


 そんなこんなで隊長より情報を手に入れた仮面は、もう用事は済んだとばかりにさっさと立ち去っていった。






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