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黒き仮面剣士の異界道中  作者: 彩帆
第一章 白塔の幽霊と黒き剣士
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5・砂漠の海にて

「俺も馬鹿だよな。たかが仮面ごときに何命かけているんだと思うだろ?」


 灼熱の日差しが照りつけ、陽炎がゆらりと景色を歪ませる。砂塵の風が吹き抜ける白い砂漠が、見渡すかぎりにあるその場所に仮面はいた。


「だがな、この仮面一体いくらかかったと思う? すげー高いんだよ、欲しかったスペアを惜しんだくらいに。それがダンジョン探すだけで三個もくれる? それを考えれば〈白塔の都〉だろうがなんだろうが探し当ててやりますよ! 俺のアイデンティティの為だ、このやろう!」


 相も変わらずこの暑さの中、真っ黒なコートを着込んだ仮面の者は自暴自棄気味に叫ぶ。


 一応報酬に関しては追加で現金の支払いも約束させたが、その金額はそんなにない。


「ルーサの奴、絶対俺の仮面作った時に出たあまりを報酬として利用したに違いない……!」


 ルーサがこの依頼を仮面に頼んだ理由が分かってきた。きっと安上がりに済ませる為に、仮面の者は利用されたのだ。何せ、報酬金の削減と誰にも売れない在庫品(仮面)を処分できるのだから。こんな依頼、仮面がギルドから依頼を受けない仕事人だから出来た事であろう。


「まったく……俺色んな人から言い様に使われてね?」


 自身の受けた依頼を振り返って見れば、どれも割に合わない仕事が殆どだ。その中にはろくに報酬金が貰えなかった事もあった。ギルドで依頼を受けていればこんな損をする事もなく、自身の実力ならば今頃高ランク者として名を馳せていたかもしれない。


「でも俺ギルドに登録してないから依頼を受けられないし……というか名を馳せたくないからこんなボランティア紛いの事をしている訳で……いや、それ以前に一応は自分の意思でやってるからな、これ!」


 うだうだと考えていた仮面だがいつの間にやら明るい口調でそんな事を言い出した。


「いやー悩みが解けたよ。これも釣り(・・)していたからかなッ!!」


 そういった瞬間、仮面が素早く腕を振る。それと同調するように袖口から垂れ落ち、足元の砂に埋もれていた鎖が動く。まるで袖口に吸い込まれるように巻かれる鎖は砂の深い地中に埋まっていたようで、なかなか全てが巻き取られない。そして数秒後、鎖の端が来る頃に仮面の目の前の地面が盛り上がった。


 大きな砂埃を巻き上げて地中から出てきたのは、硬いウロコと魚のようなヒレをを持つ大体六十メートルくらいの存在。無数の鋭い歯をこの地下だというのに存在する空に向けて、パクパクと開けては閉じる。


「砂漠の海の(ぬし)、一本釣りってね!」


 魚のような図体の癖に虫のような複眼が調子よく言う仮面を睨んだ。いや、見ていたのは仮面の持つ鎖に繋がれた餌である。だがそれよりも上物と思われる餌を見付けた魚は、その者を食らいつくさんとするように尖った歯が並ぶ大きな口を上げて食いついてきた。


 それをひょいと仮面は飛び上がってかわす。仮面の足元には砂の地面に頭を突っ込んだあの魚。それが巻き上げた砂煙が辺りに勢い良く飛び散る。


「……俺まで食わないでよ? 人間っておいしくないってば……俺は食ったことないから分かんないけどさ。まぁとにかくカツ丼よりはまずいはずだから、その腹ん中のもの(・・)取り出してやるよ!」


 調子良く言う仮面は腕を振った。その動きに合わせて鎖が音を鳴かせて動く。鎖は仮面を喰らい尽くそうと出てきた魚の口の中に入って行った。口の中の闇にどんどん吸い込まれるようにして鎖が体内に入り込んでいく。


「グギャアアァ!?」


 異物を入れ込まれた魚が悲鳴のような叫びを上げると、それに合わせて急速に鎖は巻き取られる。瞬時に巻き取られた鎖の端……その端には何かが巻き付けられており、それも一緒に魚の口の中から飛び出てきた。


「よっと!」


 宙で鎖から解かれたそれを仮面が受け止める。それは人のようだ。だが長い黒髪を分けるように人の耳の部分に当たる場所から黒と白模様の大きな虎耳が生えており、手先も若干毛に覆わた尻尾がある小柄な半獣人。その半獣人はべっとりとした液体に紺色の制服共々全身を濡らしていたが、仮面はそれに構うこと無くその者をしっかりと抱きかかえる。そして暴れる魚のヒレなどにあたる事無く地面に着地。


「……こんな可愛い子をこんなにしたんだ。その償いはしてもらおうか?」


 仮面が半獣人を抱えたまま、右手の袖口から何かが滑り落ちる。地面に落ちる前に手に取ったそれは剣だ。それと同調するようにまた幾つもの鎖が仮面の足元に落ちた。


 そして何の魔法も施されていない普通の剣を片手で器用に回すと、地に落ちた鎖がそれに合わせて動き出す。



「――今紡ぐは虚無なる言の葉。……応えよ、そこに在りし視えざる存在よ」


 紡がれた詠唱の声がこの広い砂漠に響く。その声は砂塵の向こうに潜む怪魚にも聞こえていた。地面の砂にその巨体を素早く隠した魚であるが、その事に構うこと無く仮面は紡ぐ。


「光り輝く闇夜の()、日々移ろうその身に宿りし水無の海が一つ――〈蛇の海〉」


 地面に潜り姿が見えなくなった魚。見えない場所からの一撃を食らわすのがこの魚の攻撃方法だ。やがて砂の中より突如と姿を表した魚が仮面の真後ろから迫る。しかし、それを待っていたかのようにして鎖が素早く動き出し、まるで無数の蛇がその巨体を包み絡めとるかのように魚を縛った。

 縛られても必死に動く怪魚。その周りの砂が突如として動き出した。するどく尖らせた無数の砂の針が仮面を襲う。しかし剣の一薙ぎで防ぎ、その一薙ぎが周りの砂を吹き飛ばす。周囲の砂が大きなクレーターを作り上げる勢いで竜巻を上げながら吹き飛ぶ中、仮面の声が響く。


「鉄蛇の海に沈みしこの砂漠の(ぬし)一時(いっとき)の終わりを与えよう」


 仮面が剣を振った。その剣より凄まじい程の衝撃波が走り、縛られた怪魚を襲う。放たれた衝撃波によって怪魚は逃げることは許されずに、その身を三枚おろしのように捌かれた。ちなみにその身を縛っていた鎖は衝撃波に当たる寸前に素早く魚を離れている。若干巻き込まれていくつかバラバラになったようだが。


「……砂漠で魚を(さば)く……なんてね!」


 目の前には怪魚だったらしい物体とクレーター。さらに衝撃波が作り上げた道が谷のようになってしまった砂漠を前に、その原因の一端である仮面が軽い調子でそんな事を言うのであった。


「ねぇ、今の面白かったよね?」


 仮面が聞いた。その言葉は今回は明確に誰かに向けられた物である。その相手というのは自身の胸に抱いた者――半獣人の子であった。


「えっ、えっとあの……」


 半獣人はつい先ほど目が覚めたようで、戸惑いの表情を仮面に向けている。というのも、魚を倒した仮面を見ていたからかもしれない。あの魚はフロアボスほどではないがとても強い魔物であった。この階層は中級者の冒険者がよく訪れる場所であり、そんな場所に出現するあの魚は並大抵の者では倒せない程の大物だ。だというのにこの仮面はあっさりと、しかも一人で倒したのだから驚くのも無理はないのかもしれない。


「……もしかして見ていた? なら今見たことは秘密な?」


 抱いていた半獣人の子をゆっくりと地面に立たせると、仮面は唯一見える口元に人差し指を立ておどけたような笑みを見せる。


「えっあ、はい!」


 半獣人の子はその言葉に条件反射的に返事を返した。


「リンリー! ご無事ですか!」


 遠くからそんな声が聞こえて来た。その声に半獣人の子が耳をピコピコと動かしながら振り返る。砂漠の向こう側より、半獣人の子と同じ制服を着込んだ数人の者たちがこちらに走ってきているのが見えた。


「お迎えが来たみたいだな、それじゃ俺はこれで。もう魚に食われたりしないように気をつけてね」


「助けていただき、ありがとうございました! あの、お待ち下さい! お名前を……」


 半獣人の子が振り返ると……もうそこには仮面の姿は居なかった。


「リンリー!」


 その半獣人――リンリーと呼ばれた子の近くに制服姿の者たちがやってきた。皆慌ててやってきたようで疲れた表情をし、息を切らせている。それだけこのリンリーの事が心配だったのだろう。


「リンリー、怪我はありませんか?」


 その中の一人がリンリーに話しかけた。こちらは狼の頭を持つ純粋な獣人だ。


「はい、ボクは大丈夫であります。怪我一つありません!」


 リンリーは心配を掛けぬように笑顔で答える。確かにあんな大きな魚の腹の中に居たというのに怪我ひとつない。これも丸呑みされた事と早めの救助のお陰だろう。


「部隊長、そして皆さん……ご心配をおかけして申し訳ありませんでした!」


 リンリーは周りの者達に頭を下げた。リンリーは任務中に不注意から、あの魚に食べられてしまったのだ。自身の不甲斐なさと足を引っ張った事に関して、責任を重く感じているようだった。


「……謝ることはありませんよ、リンリー。貴方のお陰で救助は成功いたしました」


「そうよリンリー! 謝ることないから!」


「そうだそうだ!」


 駆けつけた部隊長を含めた部隊員がそう声をかける。


「皆さん、ありがとうございます!」


 皆の心温かい言葉にリンリーは嬉しそうにまたぺこりと頭を下げた。


「しかし……この光景は一体何があったんだ……」


 部隊員の一人が、目の前に広がる光景に思わず呟く。彼らの目の前には魚の死体と地形が変わってしまった砂漠。


「これ……まさかリンリーがやったのか?」


「ち、違うであります! えっと……ボクは通りすがりの冒険者さんに助けて貰って……これはその人が……」


 リンリーの言葉に皆が驚きの表情をしつつ、一体誰の仕業かを言い合う。これだけの事だ、きっと名のある冒険者に違いないだとか、はたまた数名の中級者のパーティだとか様々な推測が飛び交っていた。しかし彼らは知らないだろう。これを為したのが名のある冒険者どころか、ギルドに所属していないたった一人のはぐれ者の仕業であると……。


「もうその話題はいいでしょう。調べたければ上に戻ってからにしてください。とにかくリンリーも戻りました。これより本来の救助任務に戻ります。行方不明者の保護をしている部隊との合流に急ぎますよ!」


「「ハッ!」」


 リンリーを含めた制服姿の隊員たちが、部隊長の言葉に敬礼をして答えた。そしてリンリーを労りつつも、砂漠の砂を踏みしめて任務に戻っていく。





「……こんな下の階まで救助活動とは、〈治安局〉の人たちも大変そうだなー」


 去って行く彼らの姿を遠目に仮面が一人ポツリと言う。治安局とはその名の通りこの都市の治安を守る者たちだ。彼らの任務にはこの広いダンジョンで、行方をくらませた者達の捜索というものがある。先ほど出会った半獣人達はその捜索部隊の者達だったのだろう。


「しっかし見つからないねー……あの〈白塔の都〉への入り口。以前ここでルーサ達を見付けたからここかと思ったんだけど……」


 仮面は辺りを見渡す。遠くで砂を巻き上げて作る竜巻が時折見えるそんな砂漠にて、あのルーサ達と仮面は出会ったのだ。


「……ここから通じる〈転移門(ワープゲート)〉の転移先は〈暗黒深海〉地区だったしな」


 仮面はがっくりと肩を落とす。ここへ来た目的を果たせなかったからだろう。


 ここのダンジョンは森林や洞窟といった特徴あるダンジョンがいくつかあり、それぞれがそのダンジョン内のどこかにある〈転移門(ワープゲート)〉を通して繋がっている。いわばアリの巣状態で無数のダンジョンが繋がっているのだ。


「まぁルーサ達はいくつもの〈転移門(ワープゲート)〉を通ってこの砂漠に着いたらしいし、ここから繋がってるわけないか……」


 無数に広がるこのダンジョン郡は一度迷えば出られぬ迷宮と化す。一体何人の者がこのダンジョンの海に消えていったか。


「出直しかな? ……情報板でも覗いて情報収集するかぁ」


 最初からそうすれば良かったと思いつつ仮面は街に戻るために、来た道を戻っていく。


「……あ、復活(リポップ)してるし。ここのフロアは結構早いなー」


 その道中、ふと振り返ると吹き抜ける砂塵に紛れて元気に泳ぐ巨大魚がいたが、それはこのダンジョンでは当たり前のこと。仮面は面倒事を避けるようにさっさと去るのであった。




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