4・始まりの依頼
迷宮都市下層地区第七フロア。陽の光が届かぬほどの地層に存在するこの地区は貧困層が多く住む。街の雰囲気も上層より暗くどこか小汚い。
そんな下層の中でも上階に存在する一軒家。太陽の代わりである目が痛くなりそうな白い光に照らされた広い庭。その庭には何やら訳の分からないガラクタや機械が積まれていた。中には異界の物と思われる縦長の箱の中を冷気で満たし食材を保管する装置や、強力な吸引力でホコリなどを取るホースがついた機械などが乱雑に置かれている。
「おーいルーサ! 来てやったぞ!」
近くに置かれた箱から頭が痛くなりそうな音量で流れるノリの良い音楽に、負けぬような大声が響いた。そんな音が反響するガレージの中で、車輪が二つ付いた機械を弄っている者にフードと仮面を被った黒い者はもう一度大声で話しかける。
「ルーサ! 聞こえねーのか! 帰るぞ!」
「聞こえているってーの! それより助手は何処に行ったんだ! 客が来たぞ、対応してくれよ!」
作業していた手を止めて、ルーサと呼ばれた男が言う。ドレッドヘアーと褐色が特徴的なまだ若い、と言っても二十歳は越えていそうな青年だ。着ているのは油汚れの目立つ上下の繋がった作業着であり、その腕の左腕は鈍い銀色をしており機械腕と思われる。分厚いゴーグルの下の目は、キョロキョロと辺りを見渡しながら誰かを探していた。
「はいはい、お呼びでしょうか?」
そう言ってガレージの奥、隣の家に繋がる扉を開けてやってきたのは二メートルは越えそうな図体を持った人間――ではなく〈魔導人形〉。古代の魔法である魔導技術で動く、硬そうな身体のスラっとしたフォルムを持つその者は、お盆を手にこちらへとガシャガシャと独特な足音を響かせて近づいていくる。
「すみませんお待たせしました。えっと仮面さんでしたっけ? ……あ、お茶入ります?」
「……いただく」
「あれ、それ俺のお茶じゃないのか!」
「お客人が優先ですよ、ルーサ」
飛んできたレンチをひょいと交わす助手。そんな光景を出された茶を飲みつつ仮面が見ていた。
「……はぁもう一つ追加で注いで来てくれ。仮面、ここで話してもいいか?」
「構わない」
ルーサは分厚いゴーグルを外しつつ油まみれの手を拭きながらこちらにやってきた。助手はもちろんお茶を注ぎにまた扉の奥に消えていく。
「それで、依頼ってなんだ?」
茶を片手に大きな音を轟かせていた箱の音を止めた仮面が聞いた。
「〈白塔の都〉を知っているか?」
助手の持ってきた茶をすすりながら、ルーサは相手の反応を見るように聞いてきた。互いに木箱に座っており、その真向かいに仮面が座る。仮面の下で表情は分からないが態度から思い出すように考えているらしく、間を少し置いてから答えた。
「……噂には聞いたことがある。白く長い塔のような細長い建物が沢山建ってる、この迷宮の何処かにあるというあの街のことか?」
「そうそれ、俺が〈異界門〉を通ってこっちに来た時に最初に居た場所だな」
ルーサがにやりと笑う。彼もまた流れ者、機械技術と魔法技術が発達した世界からやってきたそうだ。ゆえに彼は流れ者の中でも珍しい魔力を持った流れ者である。それでもこの世界の基準からしたら少なく、魔法もあまり使えないようだが。
「元々他のフロアと繋がることは滅多にない場所だったみたいでな。まぁここのダンジョンは改変の影響で常に入れ替わってるからってのも理由の一つだろう」
この都市のダンジョンの特徴として改変なるものがある。それは月に一度、ダンジョン内の状態が初期化される事、そしてダンジョンの場所が入れ替わるのだ。
「そこは多分〈大魔導時代〉の頃の街だったんだろうな。こいつが居たくらいだし」
「ルーサの言うとおり、その可能性が高いでしょうね。まぁあっしはルーサに起こしてもらうまで機能停止であの場に転がっていたし、記憶メモリーにもなーんにも記録が残ってないんでなんとも言えませんけど……」
ルーサからコップを受け取り、新しくお茶を注いだ助手はどこか申し訳無さそうに話した。〈大魔導時代〉とはこの世界の昔の時代の事だ。
「んで、依頼の話なんだが……その〈白塔の都〉を見つけて欲しいんだ」
「……理由は?」
助手から新しいお茶を貰いながら仮面が疑問を口にする。その言葉にルーサは意地の悪そうな笑顔を見せながら言う。
「そこに残っているモノが欲しいんだよ。技術者として〈大魔導時代〉のモノが気になっていてな。それに、もしかしたらこいつみたいな〈魔導人形〉がまだあの街にいるかもしれないだろ?」
「ル、ルーサ、まさかあっしの仲間の心配を……」
「…………いや、完全に機能停止した奴ならバラしてもいいかと思っ!?」
「ルーサの人でなし! この人形殺し! 一瞬感動したあっしの感情思考を返してくだされ!」
研究熱心なルーサの言葉に戦慄した助手が持っていたお盆でルーサの頭を叩く。
「悪かったって! ……まぁとにかくその街に繋がる道だけでいいから探してきてくれ」
「大体依頼内容は分かった。だが依頼を受ける前にもう一つ質問だ。……俺に依頼するのはなんでだ? これくらいならギルドでもいいだろ?」
特定のダンジョンへ通じるルート捜索依頼などはわりとギルドの依頼板に上がっている。この手の物ならばわざわざこの仮面の者に依頼する意味はない。
「別に俺が誰に依頼を出そうがどうでもいいだろ?」
だがルーサは笑ってそう言う。どうも仮面に依頼するのは特に理由はないらしい。
「まぁ、しいて言えばあんちゃんはあの〈白塔の都〉を出た俺たちを見付けてくれたくらいだ。俺の勘が言うんだ、あんちゃんなら見つけられるってね!」
「そんな理由で俺は死と隣り合わせのダンジョンに放り込まれるのか……」
「ほぉーそう言うって事はこの依頼受けてくれるんだな!」
「なわけあるか、報酬を聞いてから考える!」
仮面の言葉にああ、そうだったといった具合にルーサは立ち上がる。近くに置かれた机の上に行くとそこに置かれた何かを手にすると、それを仮面に投げ渡した。
「なんだこれは……俺の仮面?」
仮面が手にしたのは今まさに自身が顔に付けているのと同じ形をした仮面だ。黒く硬い材質で冷たいそれは内側に魔方式と思われる魔法の模様が彫られている。
「スペアが欲しいと言っていたろう? 報酬はそれでどうだ、三個作ってやるよ。今なら暗視機能とか付けたい機能を今しているの含めて付けてやるぞ?」
「……――お前、俺を舐めてんのか? そんなんで俺が依頼を受けるわけが……」
手渡された仮面を見つめる仮面の者。こんな板切れ三個がこの依頼の報酬だという。ダンジョンは下の階層に行く度に出てくる魔物が強くなる。〈白塔の都〉が一体どこのダンジョンから繋がっているかもわからない、それこそこのダンジョンの最奥にでも行かなければ辿りつけないかもしれない。
そこに至るまでに一体どれだけの労力と危険が伴うだろうか。自身の持つ実力は並の者達より抜きん出ていると思うがけして無敵の力ではないと分かっている。結局は仮面も人の子。一歩間違えば命を落とす危険だってあるのだ。
そう風に思いこの依頼を断ろうとした仮面だったが……
「これの値段、一ついくらだっけ?」
ルーサが満面の笑みを仮面に向けながら言う。この仮面、今付けているこの一つ。これを作るのに一体どれだけの費用がかかったかと思い出した瞬間――
「………………やります」
そんな了承の言葉が口から滑り出てしまったのであった。