33・姫と騎士
目が覚めたら白い天井だった。いやその間に何か透明な壁がある。
これはガラスか? そう思って触ろうとする前にそのガラスが上に逃げていった。
「目が覚めましたか」
上げた右手はすぐに小さな手によって掴まれる。そちらを見ると毛先が黒色のグラデーションを作る白髪を持つ不思議な少女がいた。その灰色の透明のような眼がこちらを覗き込んでいる。
「ええっと……」
どうしたものか。半分しか見えない光景に映る少女を前に考える。視界が半分なのは片側を壊れた仮面が覆っているからだ。そう思いながら空いていた左手で体重を支えつつ起き上がる。
……左手は無くなったはずでは? そう思い左手を見る。そこには手袋も袖もないがしっかりと自分の腕があった。指先は動かない。腕全体も少しばかり動かしづらいが自分の腕だ。
「あなた様の腕はこちらの治療機械で治療しました。この状況で電源供給が限られていましたが、なんとか腕の再生はできましたので良かったです」
隣の少女がそう言った。幼い少女だが喋り方と雰囲気が少女らしくない。
「そっか。そりゃありがとう。ところで君、誰?」
仮面が先程から疑問に思っていた事をぶつけた。
「まさか、忘れたのですか? 私はユウです」
その少女はユウと名乗った。
「……冗談だよ。ただ俺の知ってるユウちゃんとは姿が違っててさ」
そう言って仮面は意地の悪そうに笑う。仮面には最初から分かっていたのだろう。
だが確かに、今まで見せてきたユウの姿とは顔のない半透明な幽霊の姿か先の刀の状態くらいだ。
「なんでそんな姿なんだ?」
「私は武器ですが普通の武器ではありません。武器型魔導人形……故に自律的に考え、動く体を持っています」
これがユウの姿なのだろう。武器化する〈魔導人形〉というのがユウという存在らしい。
「ところで、なんでお前までいるんだ黒機士」
仮面がユウから自然を外した。先程からその気配を漂わせていた存在を見る。
そこには体のあちこちは傷つき、そして胸の部分を大きく損傷した黒機士の姿があった。
「……トドメはし損ねたか。俺もまだまだかな? いやむしろよく生き残ってくれたと言うべきか」
コアの部分はひび割れているが、辛うじて動くらしい。その姿を見て仮面は謝るように笑いかけた。
「……あれがあなた様を運んでくれました」
ユウが警戒をしつつ答えた。この場所自体はユウが前もって知っていた場所であるが、仮面を運び入れたのは黒機士だったらしい。
「追撃に来るガーディアン達からあなた様を守りながら、ここへ連れてくることは私では無理でした」
「なるほどね」
ユウの話を聞いて、仮面は黒機士にへと近づいていく。
「あまり不用意に近づいては危険です!」
「あーそれは大丈夫じゃないかな? だよな黒機士。もう俺らを襲わないだろ」
仮面が黒機士を見る。黒機士は何も答えず、青い眼だけを見つめていた。
「信じられません」
ユウはまだ信じられないような視線を黒機士に送っていた。なにせ長年ユウを監視し続けた存在だ。それをすぐに信じることはできなかった。
「ところで、もう一つ聞きたいんだけど」
仮面が今度はユウに振り返った。
「なんで、君は裸なんだ?」
ユウを指差して言う。
確かにユウは何も着ていない。一糸まとわぬ姿であり、肌色を晒した未熟な少女の姿があった。
「……確かに人間というのは服を着ていますね。ですが私はあまり気にしませんので」
「いや、こっちが気になるから!」
仕方ないと言ったように仮面はコートの内側に手を入れた。ゴソゴソと探っていると「あった」といって物を取り出した。
「これは?」
ユウに投げつけられたそれは服だった。少女趣味満載なフリフリの可愛らしい赤のドレス。
「……俺のじゃないぞ。昔押し付けられたんだ。とりあえずそれを着とけ」
ユウの無言の目線から逃れるように仮面は目線をそらした。
とりあえずそれをユウは着る。着た後で後ろのリボンを結ばなければならない事実に気がついた。
それをどうにかしようと手を伸ばすがうまくいかない。だが誰かが後ろに立ったようだ。そして布が擦れる音と共にリボンが結ばれていくのが分かった。
「ありがとうございます」
お礼をして振り返るとそこにいたのは黒機士だった。
結んでくれたのは仮面だと思っていたのだから驚くようにユウは後ずさる。
そしてそのまま後ずさりながら離れ、仮面の元に行った。
「……着替え終わったか?」
どうやらずっと背を向けていたらしい仮面が近づくユウに気がついて振り向いた。
そして服を着たユウをまじまじと見る。
「少し大きいか」
ユウには少し大きいようだ。首元から服がずれ片肩が出てしまっている。
「まぁ何も着ていないよりはマシだろ」
その時部屋に警報が鳴り響く。ユウは近くの端末に表示される画面を見た。
「対策はしていたのですが……。残念ながらこの街のセキュリティにこの場所が見つかってしまいました。すぐにガーディアン達がこの場所に集まってきます」
ユウは画面を見つめる。仮面を匿う為に色々とやっていたがとうとう見つかってしまったらしい。この街のセキュリティ相手によくここまで持ったほうだ。
「じゃあ逃げなきゃな……ッ!」
動こうとして仮面は膝を付いた。片腕は治ったとはいえまだ使えない。それに魔力も血も殆どなくなっている。まだ動けることが不思議だ。
「あまりご無理はなさらないでください」
「へへっ……そう言っても戦いは避けられそうにないだろうな」
心配するユウに仮面が笑いかける。だがこの状態ではまともに戦えないだろう。それはきっと仮面自身も分かっているはずだ。
「とりあえず、もうすぐガーディアン達が来ます。裏口から出ましょう」
「了解」
気遣うユウにそう返答し、仮面は導かれるまま出口へと歩いていく。その二人の後ろを黒機士も付いてい行った。
◆ ◆ ◆
外に出ると相変わらず白い街並みが現れた。少し遠くにあの街の中央にある塔が見える。その上層辺りが穴でも空いているのか、黒く壊れた場所が見えていた。
「……どうやら裏口もダメだったみたいだな」
「そんな……」
暗くなりつつある通りの向こう。そこには何百体という辺りを埋め尽くすほどのガーディアンの姿があった。こちらに向かって来ており、確実にその包囲網を構築していく。
「グォォォオォォォオオオ!!」
――重い咆哮がその場に響き渡った。
「あれは!」
白と銀の非対称な翼を持つドラゴンが真上に現れた。新たな敵が現れたか、万事休すかと思われたその時。ドラゴンが焼き尽くすほどの凄まじい光線を地上に向けて吐き出した。
だがそれは仮面達ではなく、ガーディアン達に浴びせられたのだ。一気にガーディアン達の数十体がその身を焦がして壊れていく。
ガーディアン達は反撃をしようとしない。いやできないのだ。――彼らは竜に逆らうことができるように作られていない。
「どういうことですか……」
目の前の信じられない光景に目を見開くユウ。その目に一筋の光が迫った。
それはガーディアンの一体が放った光線銃の光だ。それは仮面を狙うように撃ち出された。だが仮面の前に現れた黒い影が剣を振るってその光線銃を斬って防いだ。
「すまないな、黒機士」
仮面は目の前に立った存在に礼を言った。その影は黒機士以外に他ならない。その手には光線剣が握られていた。その隣にドラゴンが降り立つ。辺りのガーディアン達を威嚇するように咆哮が轟いた。
「これは……一体……」
仮面を守るように動く黒機士とドラゴンの姿。だが理解ができなかった。
黒機士は本当ならば仮面を排除する立場であり、そしてドラゴンは操る者がいないはずであり動くことはないはずだ。
黒機士が動かしているのだろうが、黒機士も他のガーディアンや街のシステムと同じはずである。
人間に作られた物であるものが、ドラゴンを動かせることはシステム的にありえないことだ。
直後に黒機士はドラゴンと共に駆けた。敵の攻防をいともたやすくすり抜けて、その敵陣のど真ん中で暴れ始める。
「いくぞ、ユウ」
「ですが……」
「今のうちに逃げないとダメだ。あの数だ、その内こっちにも来ちまう。今の俺じゃ対応できん」
彼らガーディアン達よりも上位の存在である黒機士と神に近き存在であるドラゴン。
その両者に攻められ、ガーディアン達は為す術もなくいくつもの個体が次々にやられていく。
だが数では圧倒的だ。その物量を相手にいつまで持つかどうかわからないだろう。
振り返ることなく歩き去っていく仮面。その後ろをユウも付いて行った。




