29・立ちはだかるモノ
暗く薄暗かった森の中は先程から凄まじい音が聞こえてくる。仮面が進む度にその道の木はなぎ倒され、そして魔物の死体が転がっていた。
「雑魚、雑魚雑魚雑魚雑魚。悲しいほどに雑魚しかいない」
うんざりしたように言う仮面。また二匹の蛾のような魔物が襲いかかるも仮面に近づく前に地に落ちた。普通に飛んできた小さな虫を払うかのように向かってくる魔物全てを倒して進んでいく。
「一方的な程、実力差があるほどつまらんものだ。やられる方もやる方もな」
何処からか魔法が飛んでくる。雷を纏った竜巻のようなそれは辺りにいた魔物も巻き込んでいく。が、それも一瞬であった。その中央にいた竜巻を起こしていた魔物が鎖よって引きずり出されていく。鎖に巻かれたそいつはたった一発の銃声が鳴り響いただけで物言わぬ死体にへと成り果てていく。
仮面の得意とするものは剣だ。だが先程から手には剣を持たない。剣を持たず得意としない銃で倒せるレベルというのは仮面にとって本当に取るに足らない雑魚なのだろう。
「やっと出口かな?」
森を抜けた先には白い壁があった。その白い壁には扉のようなものが見える。その扉は一瞬にして破壊された。まるで風の爆発を受けたかのようにして扉は飛んでいく。
その扉の前、仮面は森を抜ける手前で立ち止まった。何かを探すように見渡し、その地点に移動する。そして手を前に出す。すると手は見えない壁に当たる。波紋のようなものが浮き出ており、ここに何か壁のような物が存在するようだ。
「……よし、結界は壊れてないようだな。後はすり抜けるだけっと。ええと、この場所から抜けられそうかな?」
結界らしいそれを手探りし、少しだけ左に移動する。そこからまた手を伸ばすと……見えない壁を手はすり抜けた。その場から体もすり抜けさせ、仮面は見えない壁の外側にへと移動する。
ガッ――背後から凄まじい衝撃音が鳴り響く。振り向くとそこにはあの黒い昆虫が数匹いた。だが昆虫達はあの見えない壁に阻まれて、仮面の元へと行けないようだ。
「あはは、悔しかったらその壁を破壊するんだな。だけどその結界はお前たちを出さないように作られた高度な物だから無理だろうけどね」
必死にこちらに向かってこようとする虫にひらひらと手を振る。この結界、この中の魔物を出さないように作られた物だろうが人も出さない。それ相応の手順を踏めば出入り可能だが、仮面がそのような手順を持ち要らずに出てきた。
「姉御が見たら狂喜乱舞しそう……いや流石の姉御もそこまでじゃないか。まぁいいや、じゃあね」
仮面は背を向けて扉の先へと行く。後ろでは集まっていた昆虫たちが今だに壁の前で山のようにいた。だがそれもすぐに収まる。なにせその後ろからやって来た獣の魔物に無残にも食われていったからだ。この森での食物連鎖が垣間見てとれた。
◆ ◆ ◆
白い無機質な廊下が続いた後、また扉が見えてくる。
「……また環境は逆戻りぽいな」
その扉を前に仮面ががっかりしたように呟く。しかしすぐに手に剣を持ちその扉を破壊して開けた。その先はまた白い廊下のようだ。人工の光が照らし出す、温かみなどない廊下だ。
「なんて書いてあるんだろう?」
出てきた扉を振り返ると、その上に何やらプレートに文字が書かれていた。古い文字だ。だが今の時代の文字に近いため辛うじてまだ読める。
「せい……生態、実験、なんとか試験室? うわぁ」
何が書かれているのか理解した仮面が嫌そうに顔を顰める。あの部屋の異質さに薄々気がついていたが、どうやらあの部屋は何かの実験室のようだった。
「生物実験ってやつ? 悪趣味だな」
その実験体らしき物を何体も倒してきたというのに、この調子であった。
「と、こんな事をしている訳には行かないよね」
その部屋について考えるのは無駄だと思ったのか、仮面はさっさと背を向けて歩き出す。
長い廊下が続く。時に廊下が交わり道が別れていく。
「……どっちだろ」
十字の道の真ん中で仮面が立ち止まる。今自分が何処にいるかのさえ分からない。その上でこのように分かれ道がある。自分はどちらに行くべきなのだろうか?
「まぁどっちに行こうが俺が迷子なのは変わらん。こういうのは直感だよ、こっちだ!」
右の道を選択した仮面はその角を曲がる。そしてしばらく歩くと後ろからガシャンといった音が響いた。振り返るとその先には道がない。白い壁が突如として現れていた。
「……間違えたかもしれんな」
そう思わず呟きつつも、また前を振り返り仮面は進むことにした。
◆ ◆ ◆
またしばらく長い廊下が続く。その永遠と続く両側の壁には扉など見当たらない。ただひたすら長い廊下が続く。
不安になるほどに続いた廊下は不意に終わる。その道の先から光が溢れ出したからだ。光の中を歩いているという錯覚を起こすほどの光は徐々に収まる。そして光が収まると辺りは広い室内だった。規則正しく続くいくつもの柱、その上の天井は暗闇ができるほどに高い。奥に続いていく部屋の先、そこにはこの白い空間では目立つ色がぽつりといた。
「あぁ……お前か」
大きな扉を守るように立つのは黒い人のような存在だった。仮面が黒機士と呼び、何度も仮面と剣を交えた存在。
「何? 俺の邪魔しに出てきたんじゃないのか?」
黒機士はあの光線剣を持たず仮面を見たままであった。きっと仮面の事を排除しに出てきたのだろうと思ったが何やら行動がおかしく見える。
「どうしたの? 俺を倒さないとあの子を連れて行っちゃうかもしれないのにさ」
あの黒機士がここにいるということは、きっとあの存在もここにいることだろう。黒機士の役目はあの存在を外に出さない事だ。
「まぁいいや、俺の目的はあの子じゃないし」
その言葉に驚いたのか、どこか黒機士の体が少しだけ揺れる。
「言っとくけどね、俺がここに来た第一の目的はお前だよ黒機士。俺に怪我負わせてくれた借りを俺は返しに来たんだ」
仮面は黒機士を指差す。仮面は二度ほど黒機士と戦った。その戦いは決着がついていない。いや、二回目で仮面は負けたことにでもなるのだろう。
「散々俺をコケにしてくれた事を後悔させてやる。さぁ剣を持て、正々堂々と勝負をしようじゃないか!」
それが仮面にとって根に持っていたようだ。だからこの帰れるかも分からない時期だというのに、ここへやってきた。あの黒機士との決着をつける為に。
だが黒機士は剣を持たない。ただそこに立ち尽くすだけだった。
「……おい剣を持て。せっかく俺がここに来てやったっていうのによ。お前を倒さないと帰れないんだ」
そんな仮面の言葉を聞いても黒機士は剣を取らない。無防備な相手に斬りかかる事もしないのか、仮面も動かなかった。
「あぁそうか」
しばらくして何かを思いついたように仮面はニヤリと笑って言う。
「理由がないんだな、俺と戦う理由が。お前が戦うのはあの子の事に関係しないと戦えないんだな? そうだろ?」
仮面は自信のある声で続ける。黒騎士の目のような赤い光はまっすぐ仮面を捉えていた。
「確かに俺はお前と戦いたくてここに来た。だけどまぁさっきは目的じゃないとは言ったよ? でも二つ目の目的くらいにはあの子の事も気にしてるさ。せっかくここに来たのにあの子の事を無視するわけないだろ」
その言葉に反応するかのように黒機士の腕から光線剣の柄が飛び出す。それを片手に取った黒機士の姿に、仮面は笑みを深める。
「お前を倒さないとあの子には会えない、そして俺はお前を倒したい。いやぁ片付けなきゃ行けない事がまとめて片付けられるから楽でいいね」
クスクスと仮面は笑う。いかにも楽しくて楽しくて仕方がないといった感じの笑いだ。その笑いが不快なのか、黒機士は光線剣を展開し構える。
「……全力を出せ。こちらも全力を持って答えよう。お前はその価値のある相手だと俺は思うからな」
その言葉には真剣味があった。そう言う仮面の手にはいつの間にか金色の腕輪。それを右手首に装着し何やら操作し設定を終わらせる。そして袖口から滑り出た剣を片手に構えた。同時にコートの内側から足元に鎖と色とりどりの宝石が数個落ちる。
「さぁ理由はできただろう、黒機士さん? 騎士のお前が剣を持って姫を守ってみせろよ。姫を攫いに来た山賊――いや魔王からよ!」
その今の姿はまさに魔王といえるかもしれない。剣を片手に立つ仮面の笑みは実に狂気に満ちていた。




