27・もう一度
機材があちこちと点在し、まばゆく白い光に照らされたそんなガレージの中。
その部屋の中央にある大きな作業台の上には人がいた。いや人の形をした機械――〈魔導人形〉だ。それの胸元部分は大きく開けられており、機械に埋もれるようにある透明な宝石が見える。その周りにはコードが伸びて作業台の周辺に置かれた別の機械へ繋がっていた。
「結局、あの街ではこいつら以外には何も見つからなかったな」
ルーサがスパナを手に機械を弄っていた手を止めて思わずと言ったように呟く。
「博士の目当てのモノは見つからなかったな」
「博士言うな。俺は研究者じゃなくて技術者な方なんでな。……まぁその通りだ仮面」
机の上の一角に別の機材を置いて作業していたルーサが、椅子に座ったまま後ろを振り向く。壁に背を預けこちらの作業を見ている仮面の姿があった。
「こいつらを調べてはいるがなかなか難しいよ。まぁ技術的な物は分かるんだが、魔方式の言語がな……なにせこっちの言葉の昔のやつだ。〈流れ者〉にはさらに難しい」
渋い顔をしながらルーサは〈魔導人形〉を見る。ルーサは何かと腕の立つ技術者であるが〈流れ者〉だ。この世界の住人でもまだ解読出来ていない〈大魔導時代〉の物を理解するのは難しいことだろう。
「そのちょっとしたヒントにでもなればと思ったんだが……そうやすやすとレナードの遺産なんて見つからんか」
「まーたそんな事言ってるッス。とにかくレナードの遺産なんて見つけたらダメッスよ。だから自力でなんとかして下さいッス。あっしも仲間の為に協力はしますから」
ルーサの言葉に茶を注いできた助手が釘をさすように言う。そしていつの間に仮面さんに話したんですかと言いたげにルーサを睨んでいた。
「そんな遺産を見つけて持ってきたらどうする?」
かのDr.レナードは偉大な魔導学者であったと同時に世紀の禁忌者とも呼べる人物だ。そんな人物の遺産の扱いに関して気になったのか、仮面が二人に質問した。
「そりゃ仮面、調べ上げるに決まってるだろ」
「即教会に通報するッス」
そんな両者真反対な答えが帰ってくる。ルーサの答えは予想通りだったが、少し助手の答えが疑問だ。
「なぁそこのでかい助手さん。君は仲間を助けたくはないのか? あの遺産さえあれば助かる見込みもあると思うけど?」
「確かにそうかも知れないッスけど、あとで見つかったら怖いじゃないッスか。この前もあっしの存在について教会の人らに色々言われてしまいましたし」
「あん時か……」
助手が悲しそうに言うと、ルーサが苦虫を潰したような顔をする。教会の一部には〈大魔導時代〉を否定する一派があると聞く。進んだ文明を持っていたあの時代が滅んだのは、その進みすぎた技術が神の怒りに触れたからだと言われているからだ。その原因を作った一人には言わずもがな、Dr.レナードも関わっていると見られる。
「教会とはあまり関わりたくないッス。そんな彼らを刺激するような物をいくらあっしの仲間達の為にとはいえ、持っているのは無理ッス。あっしらも体良く処分されかねないので」
「さっき通報するって言ってたけど、それならなおさら言わないほうがいいんじゃないか? 君からの通報なんて教会が聞くかな? それこそ体良く一緒に処分だろうよ」
「……それもそうッスね。まぁどうせ遺産なんて出てこないッスよ。あのダンジョンへの道は閉じましたから。それにレナードの遺産なんて出てこない方がいいんスよ」
この話はこれでおしまいといい、助手は仮面に茶を渡す。一般的に考えればそうなのだろう。出てこないほうがいい物、存在してはならない物。それがかのDr.レナードの遺産というものだ。
「にしても幽霊に会えなかったのは残念ッス」
「……会わない方が良かったよ」
無邪気な助手の発言に、仮面はどこか複雑そうに笑いながら言う。そのまま茶を飲みつつ助手と会話をしているとルーサが作業台から振り返った。
「出来ぞ、仮面。注文通りに調整してやった」
「やっとか、遅いぞ」
ルーサは何かを投げた。キラリと光りを反射するそれを仮面が受け取る。それは腕輪だ。金色でキラキラと光りを反射するその表面には魔方式の複雑な模様が描かれていた。
「魔力放出の腕輪じゃないッスか。仮面さん過多魔力症でも患ったんッスか?」
過多魔力症とは膨大な魔力を体に溜め込み過ぎてしまう病だ。その使い道は魔力が多く、しかし魔力の制御がうまくできない子供に付けられる一種の制御装置である。
「いや、違うよ。ただ必要だったから。このままだとすぐ制限されちゃうからちょっとだけルーサに改造してもらったんだ」
助手にそう説明し、仮面はそれを懐へとしまう。そしてルーサに向き直る。
「ルーサ、さっき話した通りだ。お代は以前の報酬が払われていない。だからその報酬分から差っ引いておいてくれるとありがたいよ」
「ああ。こっちもまだ以前の調査隊の報酬が来てないからな。それまで待っててくれ」
「了解した。……あぁそうだルーサ、一つ聞きたい」
「なんだ?」
仮面がルーサの元に近づいた。まるで内緒話をするかのように声を潜めて言う。
「〈魔導人形〉の弱点ってどこにある?」
「種類にはよるが大体胸のコアだ。ほらあそこの宝石ぽいやつだよ」
声を潜めたのは助手に配慮してか。ルーサも仮面にならい声を潜めつつ、とある一点を指差した。それは台の上に寝転がる〈魔導人形〉。その開けられた胸元、その中心の透明な宝石を差す。
「あれは俺らにとっての心臓部分だ。あそこで魔素を魔力に変換しているようだ。あれを壊せば動かなくなるだろうな」
「ふーん、なるほどね。いやー助かった。〈魔導人形〉ってさ、魔力が視えない作りしてて弱点が探せなく――っていやなんでもないよ」
急に喋るのを止めた仮面を訝しむようにルーサは見る。魔力って見えるもんだったか? と疑問に思うルーサであった。
「なんでそんなことを聞いたんだ?」
「ちょっと気になってね」
誤魔化すように一つ笑みを見せて仮面はルーサの元を離れていく。
「それじゃ、俺はこれで失礼するよ。色々と必要な物を買いに行かないと行けないんでな」
「次来た時はきっと報酬金を払わせるッスからね!」
そう別れを告げて仮面は去っていった。
◆ ◆ ◆
迷宮都市エルリアス。中層・ポータルステーション区画。ここにはダンジョンへと続く入り口〈転移門〉がある。普段であれば冒険者で賑わいを見せる場所だが、二日後に〈改変〉を控えた今、殺風景な広場が広がるのみだ。
「準備に時間を掛けてしまった……。こりゃ改変前に戻ってこれるかな?」
そんな広場に一つの人影が現れた。まさに人の影。全身を包み込む黒いコート。フードの下から覗く黒い仮面は目の前の大きな門を見つめた。
閉じられた門の扉。その前には何人かの紺色の制服の治安局の者達が見える。黒い者が門の前に近づくと彼らの内の一人が口を開いた。
「止まれそこの者。迷宮安全条例に従い、今現在〈改変〉の影響によりダンジョンへの立ち入りは禁止されている。ダンジョンに行きたいならば〈改変〉後にしたまえ」
扉を背にその治安局の者は言う。どうやらここの隊を率いているものらしい。
「悪いけど俺は今から行きたいんだ。大丈夫だ〈改変〉前には戻ってくるから」
そんな治安局の忠告など無視してその者は彼の隣を通りすぎようとする。そんな行動をされ、驚いた治安局の男。慌ててその黒い者の腕を掴んで止める。
「貴様、まさか知らないのか? 〈改変〉は――」
「ダンジョン内の状態リセット。倒されたモンスターの成長リセットから地形のリセット。さらに加えてダンジョン同士の繋がりも再設定される。再設定中は常にダンジョン同士の繋がりが入れ替わるから、その間にダンジョンに入るとそのフロアのダンジョンと一緒にこのどでかい迷宮の中を彷徨うことになる。最悪地上に戻る道が断たれて戻れなくなるかもしれないんだろ?」
「そこまで分かっているならば、なぜ入ろうとする。この期間に冒険者がダンジョン内に入ることは禁止されて――」
「俺冒険者じゃないんで。それじゃ」
「ならばなおさらだ! 冒険者でない者は入れられん! それに今は門が閉まっている、我々でも開けられんのだ。諦めろ!」
それでも行こうとする黒い者の腕を引っ張る。しかしどれだけ足をふんばろうが、治安局の男は黒い者を止められなかった。腕を掴んだまま、治安局の男はズルズルと引きずられていく。その様子に慌てて他の者達も黒い者を抑えに行こうとしたその時だった。
「……何やってんだ、仮面」
広場の方から声が聞こえてくる。男を引きずっていたその黒い者――仮面が足を止めて振り返った。
「げ、井原……」
「なんだ? そんなに俺に会えて嬉しいか。そうかそうか」
緑のジャケットに同じズボン。茶髪に無精髭と着ている服に似合わず、頼りない印象がまずくる三十代のおっさん。偶然通りかかったらしい井原にとって、ゲート付近での騒ぎを見かけ見にやってきたらその騒ぎの中心が知り合いだったという状況だろう。
「こんな時期にダンジョンに何しにいくつもりだ。死にたいのか?」
その目元は少しだけ鋭く仮面を見ていた。辺りの治安局の者達を見渡し、瞬時に仮面が何をしようとしたのか井原は理解したようだ。
「残念だけど俺は簡単には死ぬつもりなんかないね」
やれやれといったように仮面は井原に言葉を返す。
「だろうな。じゃあなんでダンジョンに行く? 改変後でもいいだろう」
「ちょっと忘れものをしてきたからさ」
「そんなに大切なものかそれは?」
「さぁどうだろう? 大切かなんてまだ分からないね。ただここで行かないと俺の気が収まらないから」
いつものように仮面は口元に笑みを浮かべて言う。その笑みは確かにいつものものだ。だがどこかいつもよりも、ふざけていない。そんな気がすると井原は感じた。もしも本当にふざけているのであれば、こんな事をしでかすような者ではない。
「……ここの代表はお前か?」
「はっそうでございます!」
先程まで仮面の腕を掴んでいた男が井原に向けて敬礼をする。その彼を見てもう一度仮面を見た後、半透明な腕輪から呼び出したモニターで何やら操作をしだす。しばらくして治安局の男の前にも小さなモニターが現れた。
「……きょ、局長命令!? な、なぜ!?」
モニターを眺めていた男が驚いたように声を上げた。局長とはこの治安局――正式名エルリアス治安管理局を束ねる者である。そんな組織の中でもトップからの命令が突然と飛んできたのだ。驚くのも無理は無い。
「そういうことだ。開けてやれ」
そんな彼を腕を組んで見ていた井原がさらに言う。局長からの命令がなんであるかまるで知っているかのような態度だ。その言葉にビクリと男が跳ねながらも、局長からの命令には逆らえないのか部下達に指示を飛ばしていく。
「……井原、お前何者だよ」
そんな一部始終を見ていた仮面が思わず呟く。井原はそんな仮面の珍しい本物の驚き顔を、面白そうに眺めつつ言う。
「ちょっとお願いしただけだ。俺はこう見えて人脈は広いんだよ」
見なおしたかと言わんばかりに井原はニヤリと笑う。しかしすぐに真面目な顔にへと変わる。
「仮面、お前がなんでダンジョンに行くのかは知らねぇ。事情は聞かねぇ。だがそれなりの、並ならぬ理由があると見た。俺や俺たちのギルドはわりとお前に借りがある。これはその借りの返しだ」
そう言って井原はまた笑う。事情も知らないというのに、これから危険な状態になろうとしているダンジョンに向かおうとしているというのに、井原は止めなかった。それどころか手助けまでをしてくれるとは。
「井原、お前……――これを俺相手にやるなよ。変な勘違いするからもっと可愛い女の子にやれよ。気色悪いなぁ」
「お前は素直に感謝の言葉も言えんのか!」
が、せっかくの井原の親切心に反応はこれである。酷い言われようだ。
「いやだってさお前、何の見返りもなくここまでやる奴があるか普通」
「借りを返しただけだと言ったろ。それに俺にその気があったら、今ここでお前を全力で止めているだろうが!」
「あっそれもそうだな!」
納得したとばかりに仮面はポンと手を叩く。そんな仮面に思わず頭を抱えた井原だった。
二人がそんなやり取りをしている間に〈転移門〉の扉が開いていく。いつもの見慣れた〈転移門〉のある大きな部屋と天井が見えてきた。
「井原、感謝はしているさ。……もし戻ってこなかったら花の一つでも供えてくれ」
「そう言うな。戻ってきたら酒の一杯でも奢ってやるからよ」
「どうせ君が飲みたいだけだろう」
「バレたか。まぁ付き合えって事だ」
「……分かったよ。潰れたら運ぶ役が居なくなるもんな」
〈転移門〉に向けて歩いて行く仮面の背を井原は見送る。背を向けたまま仮面はこちらにむけて手を振り……そのまま消えていった。
しばらくして扉が閉まっていく。扉が閉まりきり井原も立ち去ろうと背を向けた瞬間、彼の半透明な腕輪の端末に通信が入る。耳に手を当ててその通信に出た。
「……あぁ、連絡は来るだろうと思いましたよ」
『感心しませんねぇ、井原さん。あまり議員の力を乱用されては困りますよ?』
若い男の声だ。言葉では責めているように聞こえるが声はいつものように聞こえる。本当に咎めるつもりはないようだったので井原もいつものように答える。
「今回はそんなの使っていません。ただティエンさんにお願いしただけですから」
『私にお願いしても良かったんですよ?』
「あなたが出てくるともっと面倒でしょうが……」
『あはは、確かにそうですね。……どういう事情で扉を開けたのかは分かりませんが、あまりこういう規則外の行動は謹んでください。いいですね?』
井原が答える前にその通信は切られる。あの人も人の事は言えんだろうと思いつつ、井原はその場を立ち去った。