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黒き仮面剣士の異界道中  作者: 彩帆
第一章 白塔の幽霊と黒き剣士
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25・許されざる遺産


「随分荒い途中下車だな」


 口元に手を当て宙に浮く中、そう一人愚痴る。先ほどまでいた乗り物は高い位置にあった。しばらく浮遊していた仮面であるが重力には逆らえない。そのまま頭から真っ逆さまに落ちていく。その後に続くようにして黒機士も飛び出してきた。


「まったく、しつこいよね」


 空中で一回転して仮面は着地する。その目の前に、黒機士も着地した。あたりは相変わらず白い市街地だ。その道路の真ん中で黒い二人は対峙していた。


「さて、次はどうしようか? いい加減剣を打ち合うのも飽きて来たよ」


 仮面は脱げ落ちてしまったフードをかぶり直し、黒機士を見る。黒機士は仮面の言葉などお構いなしなのか、また光線剣を手に切り込んできた。


「そんな攻撃当たらないって……」


 そう言いつつ仮面はかわす。速い速度で黒機士は切り込んでくる。その速さは並の者では捕らえられない。仮面はその動きについていけるため、今まで簡単にかわして見せていた。しかし……


「……あれ?」


 異変を感じた仮面はすぐに黒機士から距離を取る。そして自分の体を見回す。すると服のあちこちが斬られていた。今まではその服にすらかすりもせずに避けていたのだが、なぜか気づかぬ内に斬られていたようだ。


「ふーん。もしかして機械だから俺の動きでも覚えたかな?」


 また斬りこむ黒機士の攻撃を避ける。しかし今回もまた服を斬られてしまう。その動きは明らかに仮面を捉えた動きであり、仮面の動きに酷似していた。


 その仮面の読みは正しかった。どうやらあの黒機士は戦えば戦うだけ相手の動きを分析し、次にどう動くか予測できるようだ。さらに相手の動きさえもコピーしてしまう。強い者と戦えばそれだけ強い者の動きを学び、その力を手にする……。


「あー本当、お前は俺にそっくりだな」


 鏡合わせのように同じ動きで構えを取る黒機士を前に、仮面はぽつりと零した。


『……これ以上戦うのは止めたほうがいいでしょう』


 不意にそんな“声”が仮面の耳に響く。光の粒子が集まりだし、徐々に人の形を整形しだした。


「あーユウちゃんじゃん。ごめんね、君の事少しだけ忘れてたよ」


 そういうなり仮面はユウに手を振る。だがユウの反応は薄かった。


『どうしてまだ余裕があるのですか。あなた自分が不利で危険だと分かっているのでしょう?』


 その通りだった。黒機士に動きが読まれてしまえば、仮面も避け続けるのは難しいだろう


「そうだね。俺はかつてないほどに不利で危険なのかもしれないね。だからこそ楽しいよ。スリリングで本当、ワクワクが止まらなくて仕方ないよ!」


 口元は満面の笑みだった。だがその笑みはどこかズレたものであると、ユウは感じる。


「お前はどこまで強くなるんだ? 俺を倒せるほどに強くなってくれると嬉しいんだけど」


 ユウから目線を変え、黒機士にへとその笑みをぶつける。


『そんな事になったらあなたは死にますよ。現に今だって危険な状態であると理解しているはずでしょう』


「……もしかして心配してる?」


『え……』


 ユウは言葉を失う。自分は心配をしているのだろうか。この者を。そうでなければこうして話したりしないだろう。


『ち、違う。私は……私は……』


 また頭を抱えてユウは首を何度も横へと振る。


「どうして君はそんなに――おっとお前を無視したつもりはないんだけどな!」


 話していた仮面に割り込むように黒機士が迫る。光線剣が一振りされる度に辺りの道路にヒビが入る。当たればそうとうなダメージを追うだろう。


「チッ」


 初めて焦りを見せた仮面は手に取り出した半透明な石を割る。それによって仮面自身の動きが速くなるが――


「おいおい、まじかよ」


 黒機士もそれに合わせて動きを速める。もはや目には見えない。残像がうっすら見えるだけでほぼ瞬間移動していると言っていいほどに、二人の間の時間は速まっていた。


「ち、力の出し惜しみはダメじゃないかな?」


 そういう仮面もしているではないか。それで一撃を貰ったとしても自業自得だろう。先も言った通り、黒機士は仮面の動きを掴み始めていた。これだけ戦っていれば……もう動きを掴んでもおかしくない。


 それは一瞬の出来事だった。もはや速すぎてゆっくり見え始める黒機士の剣が仮面を捉える。


「さっくりやられないよ」


 自分に当たる寸前に仮面は半透明な石を三つ投げた。盾にするにはあまりにも頼りないそれは、光線剣によって砕かれていく。キラキラと舞い散る石の欠片、迫る光線剣の光。その光に照らされ反射する欠片に映る仮面の口は……にやりとした笑み。


 ――その直後、無音の爆発が起こった。仮面と黒機士を巻き込んで、辺りの地面すら引き剥がされるようにして爆発と爆風は起こる。


 舞起こった土煙が晴れるとそこには左腕を抑えながらも立つ黒機士と地面に大の字で倒れる仮面。


「やっちまったよ。お前って無効化があったね」


 頭を抱えながら起き上がる仮面。その首元に光線剣が当てられた。左腕は力を無くしたようにだらんと下がっているが、それ以外に黒機士に傷はない。


「おやおや、お前を強くしてやったというのにこの態度か。いわば俺は師匠みたいなものだろ? やれやれ……嫌な弟子だな」


 一体何様なのだろうか。いつの間にか仮面は師匠になっていて、黒機士はその弟子になっている。そして、剣先を向けられているというのに仮面はこの態度だ。


『……お止めなさい』


 その二人の側にユウが現れた。半透明の実態のない手は黒機士の剣を持つ手を、止めるように重ねられる。


『その方は私の……私の……?』


 その言葉の続きを言おうとしてユウは悩む。なんと言えばいいのか。形容する言葉が出てこない。


「……友達?」


 その小さな言葉に思わずそちらを見る。友達……仮面は確かに今そう言った。だがそれは……


『いいえ。違います……あなたとはそのような関係ではない』


「じゃあ、好きな人だ! そうだろ?」


『それも違います!!』


 否定するあまりユウは大きな声が出てしまった。おかしい。なんだかざわざわする。先ほどから不安定だ。――あぁ、この感じは懐かしくも忌々しい。少しだけ昔に戻ってしまったかもしれない。


『時間がなさそうなので早めに言います。もう私たちは会うべきではありません』


 突き放さねば。何としても“これ”だけは封じ込めなければ。もう……あんな思いはしたくないから。


「……理由は?」


 仮面が適当な言い訳ではいそうですかと引き下がるようには思えない。そんな嘘なんて見破ってしまうだろう。もう、隠し事はできそうにない。


『Dr.レナードを知っていますね?』


「あぁ、知ってるけど。そいつがどうした?」


『……Dr.レナードの研究品は全て教会により破棄されました。ですが、彼らでも手出しできなかった物があるんです。それはなんだと思いますか?』


「……それは初耳だな。教会が手出しできないねぇ……あいつらに手出しできないものはなさそうだけど。しいて言うなら竜神だけで……まさか」


『ええ、そうです。彼らは竜には手が出せない。あなたも知っているでしょう? Dr.レナードのとある作品には竜が材料として使われていた。だから彼らはその作品には手が出せなかった。いくら死体の竜でも彼らには手が出せない。それを壊す事は無理だった。仕方なくその作品は封印され、今なお残り続けることとなったのです』


「ねぇ……今その話をするって事は……もしかしてさ」


『貴方の想像通りです。私こそが、かのDr.レナードの創りだした最後の作品。禁忌を犯して創られた、存在してはならないモノですよ』


 ユウははっきりと宣言した。自分はあの偉大な魔導学者の最後の作品であると。この世界最大の禁忌を具現化させたモノであると。


 この目の前の幽霊のような存在の正体に驚いたのだろうか。その言葉を聞いた仮面は黙ったままユウを見続けていた。


『……私は神と呼ばれた竜を生け贄に創られたモノ。あなた方人にとって忌むべき存在』


 仮面の反応がユウの存在に引いたかのように見える。だからだろうか、ユウは自虐的に自分をそう評した。


「へぇーそれで?」


 だがとうの仮面の口から出た言葉は軽かった。そんな反応にユウは驚くようにその半透明な体を揺らす。


『それでですって? ……それだけですか?』


 もっと驚くとか、自分を罵倒する言葉の一つでも飛んでくるものだろうとユウは計算していた。目の前の仮面はまだ光線剣を喉元に突き付けられた状態だというのに、ヘラヘラと笑いつつ言う。


「何? 君は俺に罵倒でもして欲しかったの? なんてことだ! 竜神様のお体を使った罰当たりなモノだ! とか? 生憎とね、俺は竜神なんて信じてないんだ。信仰心のないこの世界の住人でごめんね」


 そんな仮面の調子に拍子抜けしたのか、ユウはどこか脱力する。重大な告白だったのだが、自分の予想と大きく外れた反応をされるとは。いくら嫌われていない反応だったとはいえ、どこか納得がいかない。むしろ怒りさえ湧いてくる。


『……もういいです。どうせ私たちはもう会わないほうがいい。あなたもその方がいいでしょう』


「自分が禁忌のモノだから関わらないでとか言わないでよ? 俺そういうのはもういいよ」


 ぐっと言葉に詰まる。自分の思いなんて見通していた。この仮面の下の目は一体自分のどこまでを見通すのか。


『どちらにせよ。私はもう会わない。あなたと関わるつもりはない。これ以上関わってしまえば、別れが辛い……から――』


 はっとしたようにユウは口を塞ぐ。思わぬ言葉を零してしまった。


「機械の君が辛いなんて感情を持つなんておかしいね」


 追い打ちを掛けるかのように仮面の言葉が聞こえてくる。


『あなたに会わなければよかった。そうすればこんな思いもしなくて済んだというのに……』


 憎々しげにユウは言う。もう自分の中に封印していたそれを――感情を隠さずに。そんなユウの姿に仮面は淡く笑いかけながら手を伸ばす。


「俺の手を取るつもりはないか?」


 地面に座ったまま、天に向けるようにユウに手を差し伸べた。黒の手袋に覆われたその手を掴めば、この“空”の向こうにさえ行ける気がした。


『……望まれぬモノに、選択する権利はない』


 先程まであった感情を押し殺して、その機械的な声は冷たく声で手を払いのけた。


「あくまで機械を貫き通すか」


 残念そうに呟く仮面は手を下ろす。その姿を見とめたユウは仮の姿である影を消すかのように、光の粒子と共に消え去ろうとする。


『……もう出会わないことに私は願います』


 その言葉を残してユウの姿は消え去った。ユウが消え去ると黒機士も光線剣をしまい、仮面を一瞥して離れていく。


「もう会わないね。……それはどうかな?」


 空を仰げばポツリと一滴の水が降り、鉄の仮面をつたう。いつしか雨が降り出し、一人残された仮面の独り言は雨の音にかき消された。






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