24・二つの黒
剣と光線剣を打ち合う黒機士と仮面は睨み合うように対峙する。黒機士は目のような赤き光を輝かせ、仮面はニタリと口元に笑みを乗せていた。
しかしそれもすぐに終わった。仮面の剣が溶け落ちていくからだ。光線剣によって焼き切られる前に捨てるようにして剣から手を放す。そして今度は右腕から新しく出した剣を手に斬りかかる。
二人が打ち合う度に鉄の焼ける匂いと地面に剣が落ちていく。
「あぁもう! これだから安物は!」
また一つ使えなくなった剣を捨てつつ、後ろに下がる。その後に続くようにして黒機士が仮面の懐に滑り込んでくる。光線剣を持たない左手から撃ちだされた拳は、腕の機械のうねりを上げて仮面の腹に食い込む。
「ぐっ」
その重い一撃は、体の空気を口から無理やり吐き出させるほどだ。殴られた勢いは凄まじく、仮面の体は飛び向かい側の建物の壁に激突した。壁にめり込んだ仮面にすかさず追撃が入る。突進するような攻撃をした黒機士の攻撃によって、仮面もろとも壁を吹き飛ばした。
黒機士は先の攻撃によって壁に空いた穴から建物に入り込む。その場所は机ばかりが置かれ何かの仕事部屋だったようだ。その規則正しく並べられていた机や椅子の一部は吹き飛ばされ、壁の瓦礫とともに部屋の一角に山を作りだしていた。
「いってなー! 殴るなんて酷くないか!」
そんな声と共にその瓦礫の一部が吹き飛ばされた。煙のように埃が舞い視界が悪くなる。その埃の煙から勢い良く飛び出してきたのは複数の鎖だった。黒機士の手足や体に巻きつき、拘束していく。
「力の出し惜しみはするなと言われてるけど、この環境じゃ出したくとも出せないのが残念だ」
視界が良くなってくる。薄暗い部屋の中から仮面が現れた。その足元には何やらキラリと光る石のような物が粉々の状態で落ちている。
「でも、これぐらいのハンデがあったほうが楽しいよな? それにこれは俺が課したハンデじゃないし仕方ない」
そう言う仮面の手には半透明の赤と青の石が二つあった。少しだけ差し込む光を浴びて、それはキラキラと輝いておりまるで宝石のようだ。その石の中央にはまるで炎のようにユラユラと揺れる光がある。
「あと、このハンデなんていつでも無くせるしな!」
仮面は二つの石を上に投げる。その瞬間に鎖が弾けるようにして壊れる音がした。どうやら黒機士が鎖の拘束を解いたようだ。まだ鎖の破片が飛ぶ中、仮面に向けて黒機士が剣を届かせる。
「ほらこっちだ」
そんな黒機士の攻撃をかわして、黒機士の頭に手を付いた。まるでその頭の上で逆立ちするかのようになり、そのままこの部屋の天井まで飛び上がる。
そして天井の壁を蹴ってまた飛ぶ。そんな宙を飛ぶ仮面の目の前に先ほど投げた二つの石。それを剣で砕くように斬る。斬られた石は徐々に色みを無くし、中の炎のような光が空気に溶けこむようにして消えていく。
落下の攻撃をかわした黒機士の目の前に、仮面が着地する。そのまま黒機士に向けて迫った。だがその姿を追えたのも、手に持った剣を手首で器用に回した瞬間までだ。目の前にいたはずの仮面の姿は突如として消え去ったのだ。
「さっきの仕返しだよ」
見失った黒機士の背後からそんなふざけた声が聞こえてくる。黒機士の背後を取った仮面が背中から斬りつける。手にした剣で黒機士の背中に大きな傷跡を残した。ありえないはずだ。なにせ仮面の持つ剣はすぐに壊れる脆い剣である。そんじょそこらの魔物と比べ物にならない硬さを持つ黒騎士の体を斬りつけるなど無理だったはずだった。
背中に傷を負った黒機士であるが、まだ倒れない。後ろに振り向きながら仮面に向けて光線剣を振るう。
「今回はそう簡単に折れないよ」
だがその光線剣は仮面の剣によって防がれた。それも完璧に。剣は溶けて壊れる気配もない。ただ打ち合う剣同士から火花が飛び散るだけだ。その剣は先ほどから使っている何の変哲もない剣である。剣が変わったわけではなさそうだ。
すると不意に黒機士は左手を動かす。その左手は打ち合わせた仮面の剣の刃を握った。
「あ、待った!」
そんな仮面の声など無視してそれは起こった。黒機士の手が剣に触れた瞬間、剣は突如として先ほどと同じように打ち合う光線剣の部分から溶けだしたのだ。まるで何かが掛かっていた物が消えたかのように、仮面の剣は安物の壊れやすい剣に戻った。
「そうだった。お前の左手って魔法を消してたね。……魔法以外も消しされるみたいだけど」
剣を手放すようにして黒機士から離れた仮面は今一度目の前存在を観察する。黒機士の左手は以前、触れた魔法を消し去っていた。どうやら同じ原理で仮面が何かをしたものを消したらしい。
「はぁやだやだ。本当お前って俺に似てて嫌だよ。これ以上のキャラ被りはやめてくれよ」
うんざりするように仮面は言う。一体どこか似ているのやら。ただ黒一色な所が似ているだけではないのだろうか。
「まぁ今の俺ってキャラが不明瞭なんだけどな。今絶賛迷走中だから」
どこか愚痴るように仮面は言う。そんな仮面を変わらずに黒機士は無言で見ていた。
「やっぱ無口キャラで行けばよかったかな? 無駄に喋らなくていいし。ちょっとだけお前を真似してみよう」
仮面は静かに走りだした。その手には武器はない。黒機士はその仮面の行動に戸惑うように固まった。目の前まで迫った仮面の姿。すると勢いをつけて右手を伸ばしてきた。こちらを掴むために伸ばしたのだろうか。そう判断した黒機士は回避行動に移る。だが、その瞬間仮面の袖口から剣が現れた。黒機士は素早く光線剣でその剣に対応し、なんとかその剣を抑える。
「ごめんね~。俺真似は得意だから」
舌を出して謝るがまったく反省の色などない。先ほどの行動は前に一度黒機士がやった光線剣を一度しまってまた出す行為に似ていた。
「でも無口なのはどうも真似できん。やっぱ俺はこのままでいいな」
抑えられた剣はもう使えない。また新たな剣を左手に取り出す。先程まで右手の剣と打ち合っていた黒機士に向けて、左から斬りかかった。胴体に入った剣は残念な事に傷は付けられなかったが、そのまま黒機士の体を吹き飛ばす。建物の壁を破壊して、飛んでいった。その後を仮面が追う。
「おやこれは……」
黒機士が飛んでいった先は何やら動く乗り物だった。宙に吊るされるようにして細長い胴体が蛇のように動いている。その中の箱の中に窓を割って仮面は入り込んだ。
その室内は奇妙だった。長細い場所で両壁の殆どは窓だ。その窓の外の景色は街が見えており、こちらが動いているため後ろへと景色が流れていく。そしていくつもあるソファのような座れるところがあり、中央の道に沿うようにして、丸い輪っかのようなものが紐に繋がれて沢山天井からぶら下がっていた。時になにやら放送のようなものが聞こえる。機械の声で喋っているが、仮面の知らない言葉の為分からない。
「……次の駅はスクラップ工場がいいかい?」
一通り辺りを見渡した後に仮面は目の前に立つ存在にそう話しかけた。黒機士だ。飛ばされたというのに先ほど仮面に付けられた背中の傷以外にはない。しばらく互いに相手の出方を伺うように見ていた。
二人の発する音はない。あるのはこの乗り物が立てる音だけだ。
不意に黒機士が動く。手にした光線剣を仮面に向けて振りかざす。だがここはとても狭い室内だ。案の定、光線剣は辺りを傷つけた。それでも構わずに黒機士は振りかざす。
「お客様、そんな危険な物を振り回されては困りますよ!」
仮面はふざけながらもかわし、鎖を出した。袖口から飛び出した鎖は黒機士の光線剣を持つ手を絡めとり、近くにぶら下がる丸い輪っかと結ばれた。拘束された黒機士に向けて、仮面は取り出した短剣を向ける。黒機士と違い、仮面の剣ではこの狭い場所では不利である。だからリーチは短いが小回りの効く短剣を取り出したのだろう。
だが拘束されても黒機士は拘束されていない手を使って、短剣を退ける。そして鎖を引っかかっていた輪っかごと引っこ抜いて拘束を解いた。
「器物損害で訴えられるんじゃない? まぁ俺のじゃないけどさ!」
そういう仮面も先ほど窓を割っている。お互い様であった。腕に絡まったままの鎖を利用するように黒機士は振る。背を低くして仮面は避けると短剣を逆手に持ち変え、攻撃する。その攻撃を黒機士は左腕で防御し、短剣の刃と固い金属の腕がギギギと音を立てて擦れた。
「うおっと」
そのまま黒機士は左手で仮面の短剣を持つ手ごと掴む。右手に持った光線剣で突くように攻撃するも、腕を取られ離れられないというのに仮面はひょいひょいと体を逸らしてかわす。だが、一撃だけ食らうスレスレの攻撃があった。
「……へぇ」
まるで自分の動きを見抜いたかのような攻撃だ。それを見た瞬間、仮面の口元が少しだけ引き結ばれて真面目になる。
「いい加減手を放して欲しいなぁ。そうしないと痴漢容疑で治安局辺りに突き出すよ?」
だがそれも一瞬のことで元のふざけた笑みになり、仮面は自分の手ごと膝蹴りする。その反動で二人は離れた。その時だ。この乗り物がカーブに差し掛かったのか、部屋自体が右に曲がり初め大きく揺れ始めた。
「……なぁ次の駅はまだか! 俺酔ってきたんだけど!?」
揺れる室内に思わず口元に手を当てた仮面だった。この乗り物は動き揺れる。つまりは仮面の苦手なものだ。
そんな仮面に向けて容赦なく黒機士は一撃を食らわせた。直撃には入らなかったが、仮面を吹き飛ばし、後ろの部屋へと続くドアを突き破って飛んで行く。そのまま飛んでいき、最後尾の部屋をも通り過ぎ、最後には窓を突き破って仮面は外に放り出された。




