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黒き仮面剣士の異界道中  作者: 彩帆
第一章 白塔の幽霊と黒き剣士
23/35

23・そのモノは

「毎度言ってるじゃない、油断はしない慢心しない力の出し惜しみをしないって――」


「分かった分かったから、姐さん傷を治しながら傷をつねらないで! 治療中は痛覚切れないんだからさ」


 苦しそうに呻く仮面に、容赦なく怒るのは狐の獣人だった。ここは狐の店だ。黒い人との一戦で右腕に傷を負った仮面が治療を頼みに訪れたのだ。そんな仮面の姿を見た狐の最初の一言はいつも決まっている。


「まったく無茶はしないでっていつも言ってるじゃない。この傷だって自分じゃ治せないくせに」


「まぁそうだけど、俺はできる無茶しかしてないよ」


 そしてその答えを返す仮面の言葉もいつも一緒だ。せっかく忠告をしているというのにまったく聞き耳を持たない仮面に狐はため息を付いた。


「それに姐さんだって俺に危険な依頼を押し付けてくるじゃないか。この前の依頼だってそうだ」


「私はあんたにとって危険じゃない依頼をあげてるだけよ。一緒にしないで欲しいわね」


 狐の獣人はまた一つため息を付く。治療魔法による処置が終わると、半透明の腕輪を操作し光り輝く画面を呼びだすとそこから塗り薬と包帯を取り出す。それを仮面の腕に塗り包帯を巻く。


「それで、今度は何したのよ。火山地帯でマグマダイビング? それとも倒しても復活しまくる巨大人食植物と二十四時間耐久戦闘かしら?」


「……おかしいな。こう言われると俺ただの脳筋バカに聞こえてくるよ」


「実際そうでしょう」


 狐の獣人が呆れたように仮面を見る。そこそこの実力を持っており、滅多に怪我をしない仮面だ。だが時たまこうして深い怪我を負ってやってくる。その理由を聞くと大体無茶苦茶な事をやって来た帰りだったりするのだ。どうしてそんな事をするのか、普通ならば理解ができない。だがなんとなく、狐にはその理由が察していた。


「別に危険を犯さなくても、生きていけるでしょう?」


「……まぁね、でも楽しくない」


 そう言って仮面は笑う。こういう話をすると決まって笑って誤魔化す。それ以上追求しようにも、多分仮面は答えないだろう。狐はこの話に関して諦めると別の話をし出す。


「で、もう一度聞くけどなんでこんな怪我したんだい? このコートって高度な防御魔方式が掛かってるのに斬られるなんて相当じゃないわ。……というかこれ防御魔法自体を壊したわけじゃなくて無効化しているじゃない」


 治療のために滅多に脱がない仮面のコートは机の上に置かれていた。それを手にとって狐は右腕の袖部分を見る。仮面がとあるダンジョンで見つけたというこのコートはあの〈大魔導時代(マギナ・アエラ)〉の物だという。現代でも使える貴重なそれはこの時代のどんな物よりも高性能な物だ。

 コートの大部分には空間魔方式が組み込まれている。よくあるのは《魔法鞄(マジックバック)》という代物に使われる魔方式で、亜空間に繋げ物を大量に入れ持ち運べるようにする魔法だ。


 狐もよく使っているものだ。〈GNS〉の端末であるカードやらリングを通してその機能を使える。繋がる場所は亜空間ではなく契約している倉庫だが、仕組みは同じようなものだ。それを《魔法鞄(マジックバック)》代わりに仮面が使っている。


 そんな機能以外にもこのコートは様々な機能を備えている。その中である程度の攻撃ならば受け付けない魔方式も組み込まれていた。簡単に破れることも壊れることもないコートが、ここまでの斬り傷を許すとは相手した存在は相当な強者だったと分かる。


「そうみたいだね。まったく魔法の無効化なんて……本当キャラ被ってるなあいつ」


 ブツブツと文句を言う仮面はコートを狐から取り上げる。右袖の破れた穴に手を当てると破れた部分が徐々に修復していった。コートの自己修復機能が作動したのだろう。仮面の持つ魔力を燃料に自己修復機能は起動し、コートの破れた部分を直したのだ。


「どうせ〈白塔の都〉に行ってたんでしょう? 魔素がないから魔力の補給ができないダンジョン内でも屈指の危険地帯だってのに……それにあそこは何もない稼ぎもできない場所って聞くけど」


「いや、面白い子がいたよ」


「面白い子?」


 治療代を机の上に置いて出ていこうとする仮面を見送るように立ち上がった狐は、不思議そうに狐耳を動かす。


「そー、不思議で面白い子……だったね。また会いたいけどもう会えない気がするよ。だからまたあの街に行くかは悩んでるな」


 少し残念そうにそう言って仮面は店の扉を開けて出て行った。


「落ち込んでるなんて珍しいわね。もうちょっと話を聞いておけばよかったかしら? 結局戦った敵についても聞き出せなかったし――あら?」


 治療代の置かれた方を見ると何やら一枚の紙が残されていた。


『ごめん。今手持ちがそんなになかったよ。今度また依頼を受けるから、これで許して』


 圧倒的に足りないお代とそんな一言の書かれた紙が残されていた。


「まったくあんたって子は……そんなにその面白い子が気になるのかい?」


 それを見た狐は少しだけ呆れたように笑うのであった。





 ◆ ◆ ◆





「はぁ……」


 白い建物が列なる場所。その建物の屋上にため息を零す仮面がいた。またこの〈白塔の都〉に来てみたが目当てのものは現れない。すでに一時間以上この街に居るが希望は薄そうだ。


「……うーん、今日は曇か」


 暇そうにしつつ、仮面は空を眺めた。いつもならば晴れ晴れとした青い空が広がっているが、今日は灰色の雲一色だ。白い町並みもあってか、今やこの場所は白に埋め尽くされている。そんな白い中にぽつりと立つがっくりと肩を落とす黒い姿は目立っていた。


「というか今日はいつにも増して人がいない……いやここには俺一人しかいないのかな?」


 あたりにガーディアンが居ることは確認できるが、冒険者のような人は一人として見ていない。どうやらこの街にいる人は仮面だけのようだ。


「何にもないにしても研究者もいないか……なんでだ?」


『立ち入り禁止区域になったからです。あなたはそんな事も知らないのですか?』


 腕を組んで悩む仮面に対してどこか呆れたような声が聞こえてくる。仮面が振り返ると、そこには半透明の小さな幽霊のような存在が浮遊していた。


「うわっびっくりした! いきなり現れないでよ、驚いたじゃないか」


 仮面は驚きの声を上げつつも、口元は笑っていた。そんな仮面に対して姿を現した幽霊――ユウは目があれば冷めた目で見ていたことだろう。


『あなたはなぜここにいるのですか? ここは立ち入り禁止の場所ですよ』


「俺……その情報知らないんだけど」


『……まぁそうでしょうね。今朝GNSを通じて冒険者に発表されたようですから』


 タイミングがいいのか悪いのか。仮面はその情報を得る前にこの場所にへと来てしまった。意図せずして立ち入り禁止区域に入り込んだようだ。


「へぇ~そうだんだ。ダンジョン内だと地上ネットワークと繋がらないから分からなかったよ。でもよく知ってるね、ユウちゃんは」


 仮面が不思議そうにユウを見る。ダンジョン内では基本的に地上のGNSとは繋がらない。なのにこのダンジョン内に存在するユウはどこで仕入れたのか。


『……詳しいことは知らべられませんが、考えられる可能性としてこの都市のデータベースはマザーコンピュータが管理しています。そのデータベースを閲覧した結果ですから、もしかしたらマザーコンピュータとギルドの使うGNSは何らかの方法で繋がっているのでは……と思います』


「あーだから君はそういうことを知り得てるんだ。なるほど。あ、大丈夫? 消えてない?」


 仮面は納得するようにうんうんと頷いた後にユウに心配そうに見る。ユウの今の姿は都市ネットワークを介して現れている。それは正規のやり方ではない。ユウの存在が都市ネットワークのセキュリティに引っかかる行動をすれば即座に対策されるだろう。例えばデータベースを詳しく調べようとしたり、都市の防衛機能に手を出したりだ。


『あくまで私の推測です。詳しく調べた結果ではないので私はセキュリティに引っかかる事はありません』


「そっか。なら良かったよ」


 仮面は嬉しそうにユウに笑いかけた。


『……あなたはどうしてこちらに? 私は会わないと言ったはずですが』


「そう言いつつ姿を現したじゃないか。俺に会いたかったってことだろ?」


 そう言われてしまい、ユウは黙る。確かに昨日ユウは仮面に別れを告げた。だがこうして現れてしまった。


『……私は立ち入り禁止になったことを伝える為に来ただけです』


「おや、俺を心配してきてくれたのか。そりゃ嬉しいね」


『そんな事はありま……せん。きっと……ただ情報を伝えたく……ならなぜ?』


 どうして? どうして自分はここに来たのだろうか。昨日言ったではないか。もう仮面の前には現れないと。なのに現れてしまった。この街に現れた仮面の姿が不思議だったからだろうか。


 もう自分は会わないと言ったのに、立ち入り禁止区域に指定された場所なのにここへ来たからだろうか。禁止区域の情報は今朝発表されたばかりだ。この場所までたどり着くまでに時間を要する。


 朝に迷宮都市を出たのであれば知らない情報だ。だったら教えなければ。だがなぜ教える必要があった? 自分が出なければ仮面は諦めて帰っていただろう。出る必要など無かったはずだ。


『なぜ私はここに現れたのでしょう?』


「俺に聞くなよ。俺だって分からないって」


 やはり仮面の言う通り自分は仮面に会いたかったのだろうか。いいやそれはありえない。ありえなくてはならないはずだった。だってそうしなければならない。だからこそ、昨日別れを告げたというのに。


 ユウはそのままフリーズしたかのように黙ってしまう。そんなユウを見かねたのか仮面は空を見ながら話しかけた。


「まぁいいや。それより今日は曇だな。いつもは青い空が広がっているのに」


『ええ、そうですね。今日はこの後は雨の設定です』


「ここって雨も降るんだ。すごいな」


 仮面は関心したようにどんよりと曇った空を見た。一体何が仮面の興味を引くのか。綺麗でもなんでもない灰色の空を。


『……全て偽物ですよ。本物に似せて作られた紛い物でしかない』


 この街と同じだ。紛い物の人が出歩く紛い物(ニセモノ)の街。住人も空も建物も、そして自分でさえも全て作り物だ。けして本物にはなれない。本物には勝てない。


「紛い物ね。でもいいじゃないか。紛い物は紛い物で素敵だと俺は思うよ。だって本物とは違う魅力があると思うからね」


『……そうでしょうか。本物に似せて作られたのであれば本物を超えることはできませんよ。この空だって本物に似せて作られた紛い物(ニセモノ)ですから』


 本物に見間違うほどの空はこの街が創りだしたものだ。全てが設定され天気が思うままの作られた空だ。本物のように予測などできない空ではない。


「そうかな、だって色んな空を再現できて天気が常に分かるんだろ? それは本物にはない特徴だと思わないか」


 作られた空……それ自体が本物よりも優れていると言う。それこそが欠点ではなく、長所だと言う。


『……ですが私には分かりません。本物は見たことがありませんから』


 この空は果たして本物と同じなのだろうか。それともやはり所詮は紛い物なのだろうか。それをユウには判断がつかない。紛い物しか見たことがないからだ。


「なら紛い物が本物より劣ってることも分からないじゃないか」


 確かに本物を知らない。だからこそ、この今見ている空が本物より劣っていると分からないはずだ。なのに自分はどこか決めつけていた。この空は紛い物だから。だから本物より綺麗じゃないと……。


『……上の空とこの空、どちらが綺麗なのでしょうか』


「それは俺からは言えないな。君が実際に見て判断すればいい」


『私が……ですか?』


 ユウは空を見上げる。その向こうに広がる空を思い描く。その空はこの空と同じだろうか。それとも全く違うのだろうか。


『……見てみたいですね。地上の空を』


「なら外に出るのか?」


 そう言われた瞬間、ユウの半透明な体はゆらりと揺れた。空から目を離し、仮面を見つめるように顔を向ける。


『……それは無理な話です』


「どうして?」


『だって私は――』


 そこからの言葉はでなかった。俯いたユウの姿はどこか葛藤しているようだ。この先を言うべきか、言わざるべきか。


「……どうやら話を続ける暇はなさそうだ。君の護衛役が来たみたいだよ」


 その仮面の言う通り、向かいの建物の屋上にはひとつの影があった。黒い人のような形をしたそれは、手に光線剣を展開させるとこちらに向けて飛ぶ。高く飛び上がった黒い人はそのまま仮面の真上から飛び掛かるようにして剣を振り下ろした。


「あはは、随分と派手なあいさつだな。そんなに俺をそいつに近づかせたくないのか?」


 仮面は後ろに下がってその攻撃をかわす。仮面が居た場所は黒い人の攻撃による衝撃により、地面がめくれ上がったかのように穴が空く。出来上がった穴からは下の階層が見えていた。


 目の前の突如として現れた黒い人は半透明の小さな存在を守るように立つ。その姿はまるで姫を守る騎士のようだ。


「まるでお姫様を助けに来た黒騎士……いや“黒機士”とでも呼ぶべきかな?」


 ユウに性別があるのか定かではないが、そんな風に二人の関係を仮面はそう例えた。黒い人……黒機士は光線剣を仮面に向けたままだ。


『……私を守る騎士? 否、これは私を逃がさないように監視するだけの存在ですよ』


 感情のない声のはずだった。だがどこかはた迷惑そうに、黒機士を見ながら言う。その言葉には迷惑というよりはどうにもならない、諦めのようなものも含まれていた。


「君とそいつには並ならぬ関係がありそうだね」


 その言葉にユウもそして黒機士も答えない。なにやら関係がありそうな彼らだが、分かっているのはユウを監視しているのが黒機士という訳くらいか。


「んーにしてもこの状況……もしかして俺が敵役かな? 姫さまを攫った山賊役ってな感じ?」


 この一場面をそう言い表すとそう見えるかもしれない。油断をしないと言われたばかりだというのに、仮面は未だに武器も持たずに、余裕そうに腕を組んで黒機士を見る。


「ねぇ、ユウちゃん。そいつが邪魔だって言うなら壊してあげるけど?」


『えっ……』


 突然そんな事を言われるのは予測の範囲外だったのだろうか。ユウの声はどこか驚くように震えていた。


「だって外に出たいんじゃないのか?」


『……それは無理な話だと言ったはずですが――』


「いや、聞いているのはユウの気持ちだ。外に出たいのか? この街を出たくないのか? どっちだ?」


『……わ、私……私は――』


 外に出てはいけない。そう、そのはずだ。だから答える言葉も決まっていたはずだ。だがなぜだろうか。その言葉が出てこない。以前ならばその言葉を言えた。だって自分は機械なのだから。人の決めた事を守るのが己の役目なのだからと。


 ではなぜ言えないのか。そんな事は分かっていた。随分前から知っていた。だからこそ目を逸らしていたのだ。“それ”を認めてはならない。認めてしまったらずっとしまいこんで忘れていた“それ”を思い出したら――辛くなる。


「俺は強制はしないよ。選択するのは君だ。この俺の手を取るのかさえもな」


 仮面はユウに向けて手を差し出した。遠くに見えるはずの手がどこか近くに見える。その手に手を伸ばせば、自分を連れて行ってくれるだろうか。本物の空が見える場所に。


 だが――


『否……否!! 私は出てはいけない! そう決められている! 世界も拒絶する! 私は、私は本当はこの世に存在してはならない“モノ”。そんなモノに……“物”が外へ出る権利なんてない。選ぶ権利なんて“物”には存在しない!!』


 その声は……震えていた。ノイズの混じる泣き叫ぶような声。まるで暗闇の中から聞こえてくる悲鳴のようだ。


「……そんな声出してどこか“物”なんだ――ってうわ!」


 仮面は差し出していた手を引っ込めて回避する。突如として動き出した黒機士の攻撃が来たからだ。


「そりゃそうか。泣かしたもんな。だから俺に攻撃するわけだ」


 黙れと言いたげな黒機士の一撃を手にした剣で受け止める。その後ろでは頭を抱えて蹲っているユウの小さな姿が見えた。黒機士が攻撃してきた理由はただあの存在を外へ出さないようにするためかもしれない。外へ連れて行こうとする仮面を排除するべきものと認識したのだろう


「……二戦目かな。お前との戦いもさ」


 焼き切れた剣に構わず新しい剣を取り出して、呟く仮面。その口には笑みが見えていた。







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