22・三者三様
「それで、お前は一体何なんだ? いきなり出てきてよ」
大通りに出た辺りで仮面は足を止める。後ろを振り返れば自分を追ってきた黒い人がいた。見た目はあまり白いガーディアン達と大差ない。彼らよりも少し大きく、二つの赤い光が目のように仮面を見ていた。
仮面の言う通り、黒い人はいきなり現れた。今までこの街含めて白ばかりだった中に、突然現れた黒色……それだけで他のものと違うと分かる。
「ねぇ、俺の話聞いてる? おーい……ってうわ」
仮面が話しかけている途中にも関わらず、黒い人はいきなり斬りかかってきた。
「人の話を邪魔するし無視する……君ってモテないでしょ。そんなんじゃ女の子にモテないよ~」
それをひょいひょいとかわしながら、仮面は口を閉じるのを止めない。そんな仮面の頭を狙うかのような縦斬りも、仮面がステップでかわす。
「何、図星だった? だったら返事の一つでもして欲しいものだな」
『返事なんてしません。かの“モノ”に意思などありませんから』
「そうなの? にしてもこいつやたらと俺に対する攻撃が激しいんだけど、気のせい?」
ユウと会話していると、その間に入り込むようにしてまた黒い人の攻撃が来る。仮面は改めて距離を取ると、今一度黒い人を見つめた。
「まぁいいや、相手してやるよ。第一、お前と俺はキャラが被ってるんだよ。全身黒色なんて俺の専売特許なんだからね!」
そう言うなり仮面は袖口から剣を取り出すと、黒い人に斬りこむ。黒い人も今までの攻撃を避けられていたが、そこまで弱くない。仮面の攻撃を光線剣で受け止めた。
「そーそー剣持つ所とか俺と丸かぶりじゃん。しかも寡黙でクールな所も!」
『……貴方の一体何処に寡黙でクールさがあるのですか』
ユウの思わずのツッコミを聞く中、仮面は手に持つ剣に違和感を覚える。それは打ち合った光線剣と接する剣の刃が溶けるようにして折られたからだ。黒い人が剣を斬った後、武器の無くなった仮面に追撃を与えるようにして横薙ぎに斬る。
だがまた新しく剣を袖口から取り出した仮面はその剣で光線剣を受け止めた。しかし、すぐに焼き折れる事が分かっていたからか、折れた瞬間に仮面は後ろへと身を引かせる。
「ねぇ、どうしてくれるのさ! この剣って一点物で高いんだ、弁償してくれよ!」
『何の魔術も施されていない、見るからに安物の剣だったと識別できましたが?』
ユウの言う通り仮面の剣は安物だ。駆け出し冒険者が使うような何処にでもある普通の剣で、名のある剣ではない。
「一見そう見えるだけで実は……っていっても信じてくれないよな。せっかく賠償金を請求しようと思ったのに……」
請求したとしてあの黒い人が払うすべがないだろう。残念そうに仮面は返しつつ、袖口からまったく同じ剣を取り出し手に持つ。
「今度は折らないようにね。その分だけ買い足さないといけなくなるからさ!」
黒い人目掛けて仮面は走り、斬りこむ。しかしその攻撃は、黒い人の左腕で防がれる。キンッとした金属同士のぶつかる音が響く。
「お前の体は一体何使ってるの? 結構な勢いで斬りつけたらから並の人間だったら腕が切れているのにな」
その質問に答えを返さず、黒い人は光線剣を仮面に向けて突くように斬る。仮面はさっとしゃがむとそのままの体制で足払いを掛けた。
黒い人は倒れるも、地面に突き刺すようにして攻撃してくる仮面の攻撃を転がりながら回避する。素早くまた立ち上がるやいなや、仮面向けて斬りこむも避けられる。
「危ない危ない」
そう零す仮面はいっさい息が乱れていない。対する黒い人も機械だからか、疲れている様子を見せない。すると仮面が何かに気がついたのか、黒い人からは目を逸らさずに言う。
「ん……井原達の気配が消えたって事はこのダンジョンから出たか」
『よく分かりましたね。こちらでも彼らの反応が〈転移門〉付近で消えております』
「ふむ、それじゃもう君を引きつけておく必要は無くなったわけだけど……」
仮面が黒い人を見据える。突然調査隊を襲った黒い人の注意を逸らして、仮面はここへと導いてきた。調査隊がこの区域から居なくなった時点で目的は達成している。ここは仮面も離脱するべきだろう。だが、仮面はその素振りを見せない。静かに立ち止まったまま、黒い人を見続ける。
「ねぇ、君はあいつの事をよく知っているんじゃないか?」
仮面はちらりと隣を見て隣に浮く小さな存在に語りかけた。半透明な幽霊のようなホログラムの存在であるユウに。
『なぜそう思うのです?』
「君はこの街の事をよく知っている。ならあいつの事も知っているんじゃないかと思ってね」
確かにユウはこの街の全てを知っているかのように博識だ。街の外である情報を知り得ていたり、誰も見つけられなかった〈魔導人形〉の居場所を知っていた。先ほども黒い人に関しての情報を言っていた事からそれ以上の情報も知り得ているだろう。仮面の問にしばらく黙りこんだ後に、ユウは応えた。
『かの存在の守備管轄はとても狭く、市中の防衛エリアからは外れている存在です。だからこそ、あれがここにいるのはおかしな事です。とてもありえない事のはずですが……』
黒い人の存在は明らかに白い人たちとは違う。それは一目見ても分かる違いであるが、どうやらそれだけではないようだ。ユウの言うことが正しければ、かの黒い人が防衛するエリアは別の場所という事になる。
「不思議だね。お前の役割は街を守ることじゃない。なのに調査隊を狙った。その後は俺を付け回す……調査隊が狙いなら途中で俺から狙いがそれてもおかしくはない。ならなぜ、お前はここにいる?」
仮面が黒い人に問う。黒い人は答えず、ただ仮面とその隣のユウを赤い光の瞳で見ていた。
「答えない。ならば君に聞く。なぜあいつはここにいると思う、ユウちゃん?」
仮面がまた問う。今度は隣のユウに。
『……あれは、あの存在は――』
だが出てきた言葉はそれだけだった。喋ろうとして言葉が喉につっかえたように、機械的な声は言葉にならない声を出す。
「君が答えられないなんて珍しい。いや、それとも答えたくないのかな? なら無理に話す必要はないよ。俺の予想が当たってるならね」
『予想……?』
なんでも知り得ているはずのユウは答えなかった。それでも仮面はその答えが分かっているかのように話す。そんな仮面がどうして知り得たか不思議で、そしてどこか恐ろしかった。
「あいつの狙いは君なんじゃないの、ユウちゃん。調査隊を襲った時は無差別だったけど、俺とユウが話した時からあいつの行動は変わった気がするよ。ねぇ、あいつには見えているんじゃないのか、君の事がさ」
仮面の言う通りであった。最初こそは無差別に調査隊を襲っていた黒い人であったが、仮面がユウと話していた時にそれは変わった。明らかに仮面が狙われ、今もこうして対峙している。それは仮面本人を狙っているというより、ユウと話をしている仮面が狙われているという感じであった。そこから察するに、目的はユウなのではと予想できる。
『……確かに、あれには私を認識できます』
「他のガーディアンは認識できていないよね?」
『認識できないというものではありません。彼らには認識する必要がありませんから』
「あ、そうなんだ。……ということはあの黒いのはユウちゃんを認識する必要があるってことか」
どこか満足そうに頷く仮面をユウは黙って見ていた。そんな時だった。黒い人が話していた仮面に斬りかかる。迫り来る光線剣を手元の剣で防いだ。バチバチと剣が溶けながら火花を仮面と黒い人の間で飛び散らせる。
「敵側の掟は知ってるかい。主人公側が会話をしている時は何も手出しせずに待たなきゃいけないんだよ?」
誰が主人公なのだろうか? そうぬかす仮面に対して黙れと言いたげに黒い人は光線剣を振るう。仮面は剣で防ぐも先ほど打ち合った時の影響か、あっさりと剣は溶け斬れる。
「えっ俺は主人公じゃないだろって? じゃあ俺は敵側だったのか……それなら会話を邪魔されても納得……なわけあるか」
そう喋る仮面は光線剣を避ける。光線剣が間近で空気を焼く様を肌で感じながら、黒い人の横を通り過ぎた。ジャラジャラと鎖を落としながら。仮面の姿を追う黒い人の足に鎖が巻き付いた。それに気がついた頃には仮面が鎖をひっぱり、黒い人の体制が崩れていく。
新たに取り出した剣で仮面は斬りつける。固い体に一筋の傷ができた。だが、それだけで終わる。黒い人が足に巻き付いた鎖を光線剣で焼き切り拘束を解いた。
「俺は悩んでいるんだ。お前を倒すべきか、倒さないべきか……まだその為の判断材料が足らない」
焼き切られた鎖の端を片手に仮面が言う。一体どこに悩む要素があるというのか。自分を殺そうとしている存在が目の前に居るというのに。
「それを答えてくれそうな君は黙ってるし。ねぇ、どうするべきなんだ? 俺たちは戦う意味はあるのか?」
『私は……』
ユウは先ほどから何も語らない。そして問いかけられた黒い人も何も話さない。仮面もまたこの場を去るつもりはないのか、残ったままだ。三つの“もの”が動かず少しばかり静かに時が流れた。そして仮面を見ていたがちらりとユウを見た黒い人がまた動き出した。
「……なんかした? さっきより動き速くない?」
黒い人の動きが速い。本気でも出したのか、先ほどと比べると明らかに動きが速くなっていた。
「あはは、お前って結構できる奴? なら面白そうだ」
先ほど戦う意味はあるのかと言っていた仮面であるが、なにやらスイッチが入ったのか低い声で喋る。黒い人の目にも止まらぬ剣さばきをかわすと、手に持った鎖を投げた。投げられた鎖は光線剣を持った黒い人の腕に絡みつく。しかしその鎖も黒い人の手が手首から一回転に回り出し、振り回された光線剣の刃によって無残にも鉄くずへと変わり果てる。
「流石ロボットと言えばいいのかな? 人じゃできない事をやってくれるね」
相変わらず喋る仮面に向けて光線剣は突き出された。仮面はまた剣を右手に取り出すとそれで防ごうとする。二つの剣が打ち合うかと思われたその時、片方の剣の刃が突如として消えた。光線剣だ。光線剣の柄部分の突起。その部分が押し込まれた瞬間、光線剣の刃は消え失せた。それが光線剣の起動スイッチだったのだろう。
「……うわっそんなのあり?」
仮面は存在しない刃を防ぐ体制を取ったままだ。虚を付かれ反応が遅れ、光線剣の柄はそのまま仮面の剣を通り過ぎた。そして光線剣はまたボタンを押された。
柄の部分より光線が伸び始め、そのまま仮面の体を貫ぬこうとする。だが仮面が左手で光線剣を持つ黒い人の腕を抑えた。それによって貫こうとした光線の刃は仮面の体を逸れ空を焼く。
しかし黒い人の攻撃はそれでは止まらなかった。抑えられた反動を利用してか、その場で一回転するかのようにして回し蹴りを仮面に放つ。
足の機械部分から機械音が唸るように鳴り、その蹴りの威力は上げられていた。そんな蹴りを受けた仮面は受け身を取っていたにも関わらずに吹き飛ばされ、背後の壁に激突する。
「……久しぶりだな、痛みを感じる戦いなんて」
瓦礫を払いながら仮面が立ち上がる。あの一撃の衝撃は並の人間であれば死んでいるだろう。そうでなくてもしばらくは立ち上がれない強烈なものだ。だが仮面はなんでもないように体の調子を整えるように体を動かす。
「俺がお前と戦う理由はないような気がするけど、まぁこの際どうでもいい。お前とならきちんとした戦いができそうだ。久々に戦いらしい戦いがさ」
仮面はニヤリと笑いながら剣先を黒い人に向けた。
「お前に戦う理由があるなら俺を殺す勢いでやれよ。そうじゃないとつまらないからな」
機械である黒い人にその理由はあるのだろうか。ただ命令されたままに動く機械に。そんな存在に向けて仮面は言う。
その言葉に黒い人は答えなかった。だが、一瞬だけ剣先を地面に向けて仮面だけを見ていた。その赤い光る目で何を見出したかは分からない。その一瞬の間もすぐにまた繰り広げられる戦いに消えていった。
「同じ手には引っかからないよ」
黒い人が突き出した光線剣が一瞬だけ消えた。だが今回は予想できた範囲だ。仮面は素早く体を逸らすようにして展開される光線剣の二回目の突きをかわす。
「あ、うそでしょ、それもやるのか!?」
しかし黒い人もかわされるのは計算済みだったようだ。かわされた瞬間に手首が回転を始める。先程鎖を斬ったように光線剣を持つ手が手首ごと回ったのだ。それは人ではけしてできない離れ技だ。
一瞬対応するのに遅れたが、仮面は受け身の体制を整えた。その後、速さの増した黒い人の攻撃が仮面の腕をかすめる。焼け焦げる匂いと共に仮面の腕に切り傷が残った。
「あはは……やってくれるね。こんな残る傷は本当、久々だよ」
仮面はニタリと笑う。なぜ傷つけられて笑うのか。仮面の右腕は服が破れ、赤い血が滴るほどに流れていた。だが流れていた血もすぐに止まる。傷が治ったわけではないようだ。だが流れる血だけが止まった。
「体内の魔力を操ればほら簡単。血なんて簡単に止められる。痛みだって誤魔化せる。少しの傷ならすぐに治せる。まぁ……この切り傷は流石に無理だけど。でも嬉しいな。だって治せない傷をお前は付けてくれた。それだけお前は強いってことだ」
斬られた傷が残るままの右腕で剣を向ける。あれほどの傷ならば普通であれば傷の痛みで剣どころか物を持つ事が難しいはずだろうに。
だが仮面は体内に持つ魔力を持ってそれを可能にしてしまったのだ。それはたとえこの世界の者でも難しいことだ。体内の魔力を操作する事の難しさをユウは知識として知っていた。
『その怪我でまだ戦うつもりですか』
「まぁね」
『……この都市にあなたが訪れてから六時間三十二分が経過しています。魔素のない環境で生きられる時間は限りがあります。そして今までの戦闘による消耗、さらにその怪我は体内魔力の消耗を速めます。測定されたあなたの魔力量ではもうすでに尽きていたはずです』
「流石だ、お見事。確かに俺が普段見せてる魔力量じゃもう尽きて死んでるね」
ユウは仮面の魔力量はそれほどないとしていた。これまでの行動からもうすでに危険な状況であると把握していたが仮面自身は微塵も焦りもしていない。
『やはり測定値に間違いがあるようでしたか。……いえそんなことより、早急にここを立ち去る事を推奨します』
この地に魔素はない。魔素から作られる魔力を必要とするこの世界の人である仮面に、この地はまさに酸素のない地であると同義だ。実際にはどれほどの魔力量を持つか分からない仮面であるが、そんな場所にいつまでも居続けるのは危険である。
「えーまだ大丈夫だよ。だからもう少しだけ、ね!」
だが仮面はユウの忠告を無視してまた戦いを始めた。切り込んできた黒い人の攻撃をかわし、反撃を食らわそうと仮面が動く。しかし、二つの黒い影の間に青い影が光とともに割り込んだ。その瞬間、黒い影達はお互いに剣を止めた。
『もう、いいでしょう。これ以上戦う理由はありません』
「なんで? 俺はともかくそっちはあるんじゃないの?」
仮面が透明な青い影の向こうを見る。黒い人は目のような二つの赤い光を間の青い影に向けていた。
『あなたの言う通り、このモノの目的は私です。……私を連れ戻しに来たのでしょう』
ユウは後ろを振り向く。赤い光の目線と合った気がした。だがきっと気のせいだろう。この目の前のモノに意思はないのだから。
『であるならば、私が元の場所に戻ればこのモノも所定の位置に戻るはずです。戦う理由は無くなります』
「なるほどね」
『ですからもう戦う意味はありません。あなたも地上にお帰りください。いつまでもこの場に居続けるのは危険ですから』
「……分かった。今日の所はこれでおしまいだ」
そう言うと仮面は剣を仕舞いこんだ。右腕の服は破れているからか、その袖口は使わず懐のコートの内側から剣を仕舞いこむ。
『ええ、そうですね。今日でおしまいにしましょう。――何もかも』
「どういうことだ」
ユウの言葉に仮面が反応する。ユウの言うおしまいとは一体何を意味しているのか。
『……ただ終わりが早まっただけです。どうせこの先、この都市は外との繋がりが閉じます。そのことはご存知でしょう?』
「〈改変〉か。確かにダンジョンの改変が起きればこの地に繋がる道は無くなってしまうだろうな。同じように繋がる〈転移門〉もすぐに見つかるとも思えん」
この〈白塔の都〉が繋がったのは偶然だった。普段は幻のダンジョンと称されるほどに希有な存在だった場所だ。その場所がもう一度繋がる道をまたすぐに見つけられるとは、到底考えられないだろう。
「だが改変はまだ先だ。だからまだ……」
『それでも、あなたとはもう会えなくなる。それがただ早まっただけ』
「……確かにそうだが。何が早まるんだ」
『もう私はあなたの前には現れない。それだけのことですよ』
淡々と機械の声は言った。ただ事実を述べるだけのように。だが逆に不思議と心に響いた。
「……そうか」
ただその言葉だけしか出なかった。いつもならば軽く笑って言える言葉が震えているのを仮面は感じ取る。どうしてという思いに至る前にユウの体が光を帯び始めた。
『ええ、ですから今日でおしまいです。あなたとの会話はとても有意義でした。――さようなら』
その言葉を最後にユウは消えていく。ひどくあっさりと消えていった。
「……で、お前はどうするんだ? さっきの続きでもするか?」
透明な小さな影が消えた後、残ったのはあの黒い人のみだった。取り残されたかのような黒い人に仮面は思わず話しかける。先ほどまで剣を打ち合った仲だというのに。
黒い人は何も答えず黙って仮面を見つめた。しかし仮面から興味を失せたように視線を反らすととある方向を見る。そのままそちらに向けて走りだし、黒い人は消えていった。
「ハァ……なんだか選択肢を間違えた気分だ」
仮面が黒い人の消えた方角を見つめたまま、後悔したように呟く。見つめた方角は中心街。白い大きな塔が空の青色を反射しながらそびえ立つのが遠くに見えていた……。