20・潜む影
丸い部屋、四方の殆どはガラス張り。そのガラスの向こうには青い空が今日も広がり、この白い街の空を覆っている。偽物でありながら、まるで本物のようだ。
『…………』
その窓際に小さな光る影。空をジッと見つめるように、顔のない顔を向けている。
『貴方は言った、綺麗な空だと。でも、私にはそれが理解できない』
感情のない声であった。だが、まるで吐き捨てるかのように聞こえる。
『否、私は本物を知らない。だから比べようがない』
青い空を映すガラスを見つめる。そこにかの光る影は映らない。だが、一つ黒い影が映りだした。
『……貴方はどう思いますか? この空は綺麗だと思いますか?』
その黒い影に向けて質問する。だが返事は帰ってこない。
『貴方に聞いたのが間違いでした』
分かりきっていたが、どこか落胆するように言う。
『……貴方はいいですね。決められたことを守ればいい。私にはそのような設定はない。しいて言えばここにいることだけ。私には存在意義がありません。いえ、私が造られた時より、存在意義なんて無かったのでしょう』
羨みと哀れみが含まれたその言葉を、淡々と呟く。
『……そろそろ行きます。彼らの行動を観察しなくては。ご安心を、“私”はそこにいるではありませんか。貴方の役目はその“私”を誰の手も触れないように守ることでしょう?』
黒い影に振り向くと、小さな影は部屋の中央を指差す。まるで棺のような白い台座が部屋の中央に鎮座していた。
『機械の貴方に言った所で、すでにプログラムされた行動は変わりありませんね』
そして小さな影は静かに消え去った。
――残された黒い影はある一点を見つめていた。それは台座ではなく、ガラスの向こうの空。
◆ ◆ ◆
『今日も来たのですか。貴方達は揃いもそろって物好きなようですね』
「それは言えてるな」
今日も調査隊のメンバーとして、仮面はこの〈白塔の都〉に来ていた。そして街に着くなりまた現れた幽霊のユウに話しかけられたのだ。
「あの、何かいいましたか?」
「なんでもないよ、リンリー」
しかも今回はあの半獣人のリンリーがいた。独り言を言っているように見える仮面を、虎耳をぴこぴこと動かしながら不思議そうに見ている。
「それにしても貴方様とこうして、任務が行える事がとても嬉しく思いますであります!」
リンリーはこれでもかと言わんばかりに、笑顔満載にさせて仮面に言う。心なしか、歩く足も浮き足立っていた。今まで市内の任務をしていたリンリー。今日は久々にダンジョン内での任務についたのだ。その任務が憧れの仮面と共にできるとあって嬉しいようだ。
「嬉しいこと言ってくれるね。でもきちんと任務はするんだよ? にしても、なんでバイク持ってきているんだ?」
そんな様子を見せるリンリーに仮面は優しくそう言いつつ、リンリーが先程から引いているバイクを見る。それは以前、ルーサによって造られた魔力式自動二輪車である。構造は普通のバイクであるが、燃料を魔力としクリーンな運転ができる環境に優しいバイクである。その半面、魔力を持たない者や少ない者は乗れない、人に優しくないバイクだ。
「こいつがどうしてもっていうから持ってきたんだ」
ルーサが困ったようにそう言う。ちなみに今日は助手はいない。彼は地上で他の仲間の面倒を見ているのだとか。
「だってこれ凄いんですよ! 自分の足で走ること無く、それ以上の速さで走れるであります! そして何よりもこのバイクの出す音……ずっと聞いていたいくらいであります。風を切りながら、この轟く音を聞きつつ走るのはとても開放感が溢れましてですね……あぁ、後ろに乗りませんか! 大丈夫です、練習いたしましたので今度は転けないでありますから!!」
とても早口にかつ熱のこもった言い方でリンリーは言う。仮面を見つめるその目も、どこか輝いて見えた。
「えっあ……考えておく」
呆気に取られる仮面は、そんなリンリーの誘いにたじろきながらもそう返す。
「ええー! 凄いんですよ、ぜひ乗って欲しいであります。今日も時間があればテスト走行する予定でありますから――」
「俺は乗らないって。どうしてもって言うんなら井原隊長が代わりに乗ってくれるから」
「はぁ、何の話だ?」
諦める様子のないリンリーの誘いから逃げるように、仮面は井原の後ろへと隠れた。
「僕は貴方様に乗っていただきたく……」
「俺は遠慮しておくからー! 代わりに井原を乗せてやれー」
「……リンリーといったか? こいつは乗り物はダメみたいでな、無理に誘ってやるな」
「えっそうだったのでありますか!?」
「あーてめぇ! そのこと言うなよ!」
驚く声を上げるリンリーと怒る仮面。そんな二人に挟まれて、井原はげんなりしていた。
◆ ◆ ◆
今日の調査は中心街であった。ガーディアン達との戦闘もあったが、彼らも手慣れたもので、治安局位の者達が魔法を用いて撃退していく。そして、この街で一番高い塔の前へとたどり着いた。
「この塔は数々の冒険者が入ろうとして入れなかった塔だな」
「あぁ、そうだ。俺も入れないか試したけど、扉が頑丈でね」
空高くそびえる塔を見上げる井原に、仮面がそう答える。白い壁が永遠と空に続いており、窓という物は見当たらない。地上に視線を戻せば、入り口はある。だが、固く閉ざされており開けられる気配がない。
「ここは私の出番だな。おいリーシャ、手伝いたまえ」
「仕方ねーな……」
そう言うなりケビンが鞄から爆弾を取り出す。ケビン手製の爆弾であり、その威力は彼のみぞ知る。それをリーシャと共に扉に貼り付けていく。
「新たな私の子供の晴れ舞台だ」
「前口上はいい。さっさと爆発しろよ」
「フン、せいぜい爆風には気をつけておけ」
リーシャに急かされつつも、ケビンは躊躇なく爆破ボタンを押し込んだ。その瞬間、大きな轟きと共に爆発が扉を襲う。
「チッあの扉は相当頑丈な用意だな。計算では《鉄蟻の王》の体をも吹っ飛ばすはずなのだが」
煙が晴れた後、そこには傷一つ付いていない扉があった。それを見てケビンは不機嫌そうにしつつも、光る画面に向けて実験結果を書き込んでいく。
「あらら、ケビンの爆弾でもダメだったのか」
『無駄です。あの扉はそう簡単には敗れません』
扉を調べる調査隊を遠巻きに見ている仮面に、ユウが答えた。この扉は相当硬いらしい。
「純粋に硬い素材だけでなく魔方式も組み込まれていると見た。いやーここまで厳重にするとは……この塔の先には何があるんだろうな?」
『……さぁ、何があるかのか私も知りません』
調べられている扉を見つめたまま、ユウは答える。その言葉に若干の疑問を持った。
「なぁ……」
ユウに話しかけようとしたその時。あたりの異常を感じ取る。妨害電波の多いこの街であるが、仮面はある程度であればその電波を除去できるようになっていた。その為に、今回は見逃さなかった。
「ねぇユウちゃん。ガーディアンがいっぱいここに集まってきてるようなんだけど……気のせいかな?」
『……どうやらこの街のセキュリティレベルが上がったようです。原因は先程の爆発かと。アレは扉を壊せませんでしたが、威力は十分危険なものと判断されてしまったようです』
「はは……そいつはヤバイや」
爆弾の威力も、これからの状況も。仮面はすぐさまこの事態調査隊の面々に伝えていく。すぐに撤収となり、この塔の入り口からも離れていった。
『今日の観察はここまででしょうか』
彼らが地上へと戻ればまたこの街は無人の街である。いや、心通わぬ物たちしかいない寂しい街に戻るのだ。それはもう何百年も同じ状態が続いていた。だから今更、彼らが居なくなった所で問題はないはずだ。
『…………』
去っていく者達の背。その背が眩しく見えた。ずっと彼らの行動を観察していた。彼らの間にはけしてシステム化され決まった法則でしか動かないものたちとは違う。
気がつけばその中の黒い背に向けて手を伸ばしてしまった。初めて“言葉”を交わした者に、会話をしたあの黒い者に。
『私の思考回路にエラーが発生。修正を加えなければ……』
しかし黒い背を薄く透過するその手はすぐに下ろされた。自分は今一体何を? いつもならばすぐに出る答えも検索すれば出てくる情報も見つからない。
答えの出ぬまま小さな影の姿が消える。だが、姿は消えても彼らを追うことはやめていないようだ。
――その一つの小さな影が消えた後。開くはずもない扉から黒い影が出てきた事に、誰も気づかなかった。




