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黒き仮面剣士の異界道中  作者: 彩帆
第一章 白塔の幽霊と黒き剣士
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2・迷宮都市

「この女狐! あの洞窟にあんな奴がいるとは思わなかったぞ!」


 そんな大声とともに部屋の扉を乱暴に開け放ってその者は入り込んできた。


 大きな棚に置かれた様々な薬草やら何かの昆虫などが詰められた瓶達がガチャリと音を立てる。鼻につく独特の薬品の匂い。散らばる何かの紙にうめつくされた木床。一目見れば片付けのなっていないごしゃごしゃとした怪しい実験室といった感じの部屋。


「うるさいわね、今ちょっと忙しいのよ。これの調合終るまで待ってくれるかしら?」


 大きな鍋にグツグツと煮えたぎる色が紫や緑の変わる液をかき回しながら、この部屋の主は言う。緋色の詰襟で裾の長いドレスのような服がこの薄暗い奇妙な部屋で目立つ。

 長い黒髪と引き締まりしなやかな身体と、豊満な胸を持つ女性であった。そこまでならば普通の女性。だが彼女の頭には黄色のふさふさとした獣耳が二つ。良く見ればスリットから覗く太ももの近くに揺れる四本の尻尾が見える。


 鍋をかき回し時々薬品を新たに投入しているそんな獣人らしい狐の背を見つつ、適当に物を退かしてその者はソファに座り込む。部屋の暗闇に紛れるかのように全身は黒一色。手先さえも黒い手袋をしており、その顔の殆ども黒い仮面に覆われていた。そんなはっきり言えば真っ黒な怪しい仮面の者は暇そうに辺りを見渡した後、唯一見える口元にふざけた笑みを乗せる。


「……なぁ狐ばあさんやまだかー?」


「あと少しよ、あと次ばあさんなんて言ったらまた新薬の実験台にしてやるわよ?」


 ばあさんと呼ぶのはおこがましいほどにシワひとつない美しい獣人は、どこか不機嫌そうにだが面白そうにニヤリと笑う。


「悪かった! 謝るから前みたいな薬は持って来ないでくれ、狐の姐さん!」


 口元を引き攣らせて怯えたように両手を上げる仮面に狐はクスクスと笑う。そして一段落したのか、鍋から離れてこちらにやってくる。歩く度にスリットから見える太ももとたゆんと揺れる胸元が目に毒だ。さらには頭で時々動く狐耳とゆらゆらとこちらを誘うように揺れる尻尾がこの女性の魅力に拍車をかける。


「それで……帰ってきたと言う事はちゃあんと頼んだものは持ってきたのかしら、仮面?」


 近くの机に寄りかかりながら、勝ち気な緋色の瞳が見つめた。並の男ならばその瞳と彼女の魅力に囚われてなんでも言うことを聞いてしまえそうだ。


「あぁ、依頼の品はちゃんと採ってきたよ」


 だが、仮面は目の前の極上の美女を前にしても特に気にもせず、懐から取り出した袋を投げる。ぞんざいに投げられた袋を狐は受け取り、中身を確認する。中身は黒い薬草。状態を確かめるように一つ一つの葉を取り出し眺める狐。


「相変わらず綺麗に取ってくるわねー。こっちとしては嬉しいけど」

 

 綺麗に刈り取られた黒い葉にはきちんと魔力が状態良く宿っている。このような魔力をもった薬草は特殊な手順を踏まなければ採取できない貴重な薬草。それゆえにこの薬草は熟練の採取者でなければ採取できない代物であった。


「……まったく、割に合わん仕事だ。行く道中に〈フロアボス〉に襲われるは、採取場所には〈ユニークボス〉が居るは……」


 狐に向かって恨めしそうに言う仮面。腕を組んで疲れたようにため息をつく。その隠れた目線はきっと目の前の狐を睨んでいることだろう。


「……あらよく言うわね。あなたにとっては簡単な仕事だったくせに」


「労働と危険度が今回の報酬と釣り合っていないと言っているんだ」


「そんなのいつものことじゃない。あなた何回私から依頼を受けているのかしら? そんなに不満があるならギルドで依頼を受ければいいのにねー」


 狐は悪びれなくクスリと笑う。そんな彼女を表情は仮面に隠され見えないが、態度からきっと面白くなさそうに見ている事だろう。


「ふふ、不満そうね。そんなに今回の仕事は気に食わなかったのかしら? それとも……暴れられなかった?」


「…………」


 狐の言葉に仮面は何も答えない。だがそれが図星だったのだろうと狐には分かった。狐は腕に着けた半透明な腕輪を叩く。そこから現れたのは半透明な板。彼女の前に宙に浮くその板に手を伸ばして何かを操作する。


「情報掲示板で話題になっていたわ。〈隠しゾーン〉の入り口が塞がってたって……ああ、それからあの五十層の〈フロアボス〉がなぜか気絶していたと話題にもなっているわね」


「……まじかよ、あの〈隠しゾーン〉は昨日発見されたばかりだろ……しかもあの層だから人は来ないと思っていたのに……」


 狐の言葉にその者は慌てて仮面に手をトントンと叩くように触れる。今やその黒い者の仮面には今目の前の狐の前に浮く半透明な板と同じ情報が映し出されている事だろう。


「ふむ……まぁいいか。それより割にあわない報酬金をくれ」


 しばらく仮面の内側に映し出される情報を見ていたが、それもすぐに興味が失せたのか見終えると黒い者は狐の方を向く。


「はいはい……これが今回の報酬金よ」


 狐は半透明な板を操作するとその板に手を突っ込んだ(・・・・・)。突っ込まれた手の先は板を通りその先から消えていた。まるでどこかに繋がっているらしい板に狐は鞄に入った何かを探し当てるように、数度腕を動かしてから板から手を引き抜く。引きぬかれた手には先ほどまで持っていなかった袋が板から現れた。


 それを仮面に向けて放り投げる事はせずに仮面の座るソファの前にある机に置く。といっても机の上は様々な物に占領されており、その一つの山と化していた本の上にその袋は置かれた。

 置かれた袋を手にとって中身を確かめた仮面は一つ頷いて、コートの内側に入れるようにしてそれをしまう。


「どうも。本音を言えばもう少し奮発して欲しかったけど」


「あのね、これでもギルドを通した依頼より割高よ? あっちは契約金やら差っ引かれるんだからね」


「でも相場よりは安いよね?」


「採取依頼としては高いわよ。危険を伴わないならだけど。……知らなかったのよ、〈ユニークボス〉がいるなんてねぇ?」


 狐はとぼけたように笑う。その笑みさえも妖艶な魅力を持っていた。


 そんな笑みに誤魔化されてはいないものの、仮面は諦めたようにため息をつく。この街でこの仮面の者が依頼を、稼ぎを得ることが出来るのはこういうギルドを通さない依頼ばかりしかないからだろう。お得意先であるこの狐の依頼が受けられなくなれば飯も食っていけない。


「……まぁいい。それじゃ俺はこれで帰るよ」


「はーい薬草ありがとうね。また何かあったら呼ぶわ」


「ああ、またね狐の姐さん」


「ええ再見(ザイジエン)、仮面」


 仮面はソファから立ち上がると静かにその奇妙な実験室から出て行く。狐の獣人に手を振られて。











 大陸の東には一つの都市国家が存在していた。


 その都市の地下には無数に広がる迷宮(ダンジョン)の数々。その迷宮に夢を栄誉を財宝を求めて冒険者や様々な者が集う、そんな夢と欲望渦巻く迷宮都市エルリアス。


「もう、こんな時間か」


 仮面を着けた者は冒険者らしき者達が歩く道でふと立ち止まって上を見た。夕方の光が差し込んでいるがここは下層に近いため上層の階層に遮られ昼間でも薄暗い。


 この都市はポッカリと地面に出来た縦穴の中にある。まるで巨人が気まぐれで掘ったかのようにあいた縦穴に、ハチが作る巣のように幾重にも網目状の浮島と浮き橋が折り重なっていた。


 そんな浮島の道の上に仮面はいたのだ。下層ゆえに少し薄汚い路地を歩く。冒険者向けに営業している商店街を通りぬけ、宿泊街のある島に繋がる橋の上を通りすぎようとしていた時だった。


「止まれ、そこの仮面を着けた不審者!」


 後ろから厳しい声が聞こえてくる。仮面は声に従うように立ち止まりゆっくりと振り返った。


 そこには一人の男性。歳は三十歳くらい。ボサボサの茶髪と無精髭を生やしている。一見すればなんだが頼りないおっさん。だがその手に持つ物の黒いバレルの先がこちらを向いている。それを手に持つ者は緑色の迷彩柄で動きやすそうな戦闘服を着ていた。


「ちょっくら俺と一緒に来てもらおうか、仮面?」


「……やれやれ。まさか隊長に見つかるとは」


 小口径の自動小銃を片手に隊長と呼ばれた者はふざけたようにニヤリと笑う。





 都市の中でも中層の浮き橋。住宅区と中心区を結ぶ橋の上でひっそりと立つ屋台。上層の橋の影に隠れ、吊るされた赤ちょうちんがこの屋台の存在を教えてくれる。


「……なんでカツ丼じゃなくておでんなんだ?」


「いきなり何言ってんだ仮面」


「取り調べと言えばカツ丼だろ?」


「あの流れまだ続いてたのかよ!? というかお前この前カツ丼は不味いとか言っていたじゃねえか!」


 ぐつぐつと鍋で煮え出汁のいい匂いが香るおでんの屋台。その屋台のカウンターに座り、出されたおでんを手を付けず、じっと見ているはずの仮面と隣りに座る隊長と呼ばれた者がいた。


「ああ、確かにね。でも君の奢りなんだろ? ならカツ丼でも良かったんだけど……というかさ、俺はおでんもそう好きじゃないぞ?」


「んなもん知ってるつーの、俺がおでんと酒飲みたかっただけだ。奢ってやるんだから文句言わずに食え!」


「はいはい……」


 奢りと言われれば何も言えない仮面は有難くこの隊長に奢られることにした。


 試しにおでんの大根と思われる物を一口。以前どこかで食べたことのある味にそっくりで、使われている食材は違うだろうが殆ど同じだ。そこから溢れる風味豊かな出汁の味。じっくりと染みこんだ汁が噛み締めた大根のような食材の柔らかな味わいと共に口に広がる。


 まさにおでん。これと共に一杯やるのはとても美味いだろうと思える。


 だがなぜか仮面にはそう思えない。確かに舌に広がる味は以前(・・)の味その物。しかし今ではどこか別の味のように感じ、そしてそれは美味しいとは思えない。


 そんな風に複雑そうにしながらもおでんを食べる仮面の隣では、実に美味しそうにおでんを食し、酒を飲む輩。そして聞こえてくる愚痴。


「あの戦闘ギルドめ、腹立つ! 俺らが先に狩場にしてたのにあとからいきなりやってきては、異界の流れ者は退けだと!?」


 酒の入った隊長は今日の出来事を仮面に向けて話す。こうして仮面が彼の愚痴に付き合うは良くあることだ。この隊長とは迷宮内で出会ってから少しばかり付き合いがある。それは二人が同郷のよしみというのもあるのかもしれない。


「クソが、狩場の独占なんぞマナー違反だ! 親父! 酒追加な!」


「……まいど」


 隊長の言葉に店主が短く答えて頷く。隊長よりもさらに歳上の男性。頭はちょうちんの光を跳ね返すほどに何もないそんな店主だ。


 しばらくして新しい酒を店主はカウンターの上に置いた。それを隊長がすぐに取り、コップに注いでいく。


「……潰れるなよ、隊長。君を送っていくのは面倒だからもし潰れたら道端にでも置いていくよ」


「大丈夫だっつの……ひっく」


 呆れる目線が黒い仮面の下から送られてくる中、隊長はコップに注いだ酒をあおった。





「だから言ったろ、潰れるなって……」


「それなら止めろよ……うぇ気持ち悪い」


 案の定、というか潰れるまで飲んだ隊長を仮面が送っていかなくてはならなくなった。仮面に支えられながら歩く隊長は覚束ない足元だ。殆ど引きずられているといっていい。


「確かここだっけ?」


 酔いつぶれた隊長を引きずってたどり着いたのは下層にある一つの屋敷だった。その屋敷のベルを鳴らして待つ間、地面に座り込むと言うより寝転んだ情けない中年を見やる。


「いい歳しているんだからもう少し酒を控えたらどうだ?」


「うるせぇ! 俺はまだ若い!」


「三十路超えてるだろ? このおっさんが」


「黙れよお前も中身はおっさんだろ! この記憶持ちがってうわああああああ」


 言い終わる前に隊長は投げられた。投げたのは他でもない仮面である。投げた先はちょうど下の層が見える場所。


「俺はまだ十六だ。隊長の半分もいってない……いってないたらいってない!!」


 下層に落ちていく隊長に向けて仮面が断固として認めない意思でそう言っていた。


「…………仮面、何している?」


「おい、今オレらの隊長が落ちていかなかったか?」


「あ、こんばんは」


 屋敷から出てきたのはカエルのぬいぐるみを抱きしめた小さな女の子とこれまたグラマラスなエルフの金髪美女。タンクトップからは谷間が見えている。そんな女性の方は先ほど下層に落ちた隊長と同じ軍服を着ていた。その後ろ、屋敷の窓からも同じような服装をした者たち数人がこちらを見ている。


「ハァイ仮面さん、お久しぶりで。んで、なんでうちの隊長を投げ飛ばした?」


「酔いを覚まそうとね。この高さからの紐なしバンジーをすれば誰だって覚めるだろ?」


「そいつはまたクレイジーな考えだなぁ!」


 そして二人して笑いながらなんでもない事のように仮面と女性は話す。少しは人の心配をしたらどうだろうか。


 だがそんな酷い二人とは違い小さな女の子の方は心配そうな表情をしつつ、仮面に近づくと黒いコートの裾を引っ張りながら聞く。


「……カイ、無事?」


「えっと、隊長の事だよな? 安心して大丈夫だよ。隊長ならあと数秒したら……」


 仮面が言い終わる前に彼女らの目の前の道に瞬時にして何かが現れた。まるで転移するかのように現れたのは一人の人間。その人間は、


「グハッ!?」


 少しの高さから地面に落とされ、呻き声を上げつつうつ伏せに転がった。きっと最下層に落ちきる前にこの都市の安全装置が発動したのだろう。


「ほら落ちてきた(・・・・・)


 こうなることはすでに分かりきっていた仮面がしれっと言う。


「てめぇこの仮面野郎……許さねぇ……」


 うつ伏せになったまま、酔いから覚めたらしい隊長からそんな恨めしい言葉が聞こえてくるも、仮面は知らんぷりだ。むしろここまで連れて来てそして酔いを覚ました感謝をしろと態度で言わんばかりである。


「……カイ」


 そんな隊長に近づくのは先ほど彼を心配していた小さな女の子だ。無事を確かめるのかと思われたが……なんと倒れる隊長の脇腹を蹴りだした。


「カイ遅い、何処行っていた、早く起きる」


「い、痛い! 悪かった、タマ! 謝るから!」


 しばらくして隊長は起き上がる。蹴られていたとはいえ小さな女の子の蹴りだ。そう痛くはないはずなのだが彼は脇腹を擦る。


「……俺の仕事は終わったな。それじゃこの辺で帰らせてもらうよ」


「ああ、仮面さんありがとな。うちの隊長さん連れて来てくれて」


 仮面は少し遠くで女の子とやり取りをしていた隊長を一瞥してから去って行った。





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