19・偉大で罪深きもの
「ルーサァァァ、なんとか直してくださいッス、あっしの仲間たちなんスからァアアア」
「機械が泣くな! 出来ねーもんはできないんだよ、諦めろ」
大きくそして鋼鉄の図体を持つ白い〈魔導人形〉の助手の悲鳴が辺りに響く。先ほど調査隊はやっと新たなものを発見することができた。
何の変哲もない白く細長い建物の一室。鍵の掛けられたその部屋の中に、助手と同じ〈魔導人形〉が数体転がっていたのだ。だが、ルーサが調べた結果、動かすには魔力が圧倒的に足りない個体が殆どで動かすことは不可能だと分かった。
「ル゛ゥーザァー」
涙声のような雑音まみれの助手の声。涙が流せていたならば、きっと大粒の涙を流していたことだろう。顔に映る目のような光を点滅させてルーサに懇願している。
「……もう落ち着け。とりあえずもっと詳しく調べたい。そしたら何か解決法が分かるかもしれな――」
「本当ですかルーサ! 本当ですね、分解なんてしたら許しませんッスよ!」
「分かった! なんとかするからやめろ、降ろせェ!」
助手は興奮のあまりルーサの服を掴んで揺さぶる。助手のほうが図体がでかいものだから、ルーサはぐわんぐわんと振り揺すられているのであった。
「助手さん大喜びだねー良かった良かった」
運びだされていく数体の〈魔導人形〉に付き添うように助手が付いていく。それを眺めながら仮面は、ぐったりした様子で座るルーサに話しかけた。
「偶然見つかるとは思わなかったな……俺はもうアイツくらいしか〈魔導人形〉はいないもんだと思ってた」
偶然、そうこの〈魔導人形〉達は偶然見つかったことになっている。仮面がそれとなく調査隊を誘導していた事を知るものはいない。
「いやーこんな偶然もあるもんなんだね」
『とても白々しいですね』
いや、教えたユウのみが知っていたか。これは偶然ではなく、意図的に造られた偶然だと。
「そうだな。それに〈魔導人形〉があったぐらいだ。もしかしたらアイツの研究品なんかもあるかもしれないな……」
「どうやらルーサ、お前もお前で探しものがあるようだな」
「はーなんのことでしょうか~? それより隊の方に合流しにいこうぜ~」
白々しさには仮面に負けていない。急に立ち上がって立ち去ろうとするルーサであったが……
「待てよ、ルーサ。何を隠している? 気になるから教えろよ」
「えぇ……まぁお前なら……でもなぁ……」
「おいルーサ、今俺には背後霊がいる。そいつに聞けば一発で探しものを見つけてくれるぞ?」
『私をなんだと思っているのですか? 私は便利な検索ツールではありません』
ユウのツッコミを聞き流して、仮面がルーサに問い詰める。するとルーサは仮面にだけ聞こえる声で話し始めた。
「背後霊がなんなのか知らんがまぁ、いいだろう。……仮面はDr.レナードって知ってるか?」
「……知らないな」
「まぁそうだろうな、この名前を聞いてもまず出てこない。なら偉大なる魔導学者は?」
「確か〈大魔導時代〉を代表するほどに天才だった魔導学者……だっけ? 昔授業で習ったよ」
「お前……学校行っていたのか」
「行ったことあるようなないような……昔の記憶は曖昧でね」
仮面が本当に学校に通っていたかはさておき、〈大魔導時代〉とは、今の世界よりも高度に発達した機械と魔法技術が栄えた時代である。黄金期とも言えよう。その時代に、今でも語り継がれる偉大な魔導学者がいたのだ。
名前は出てこないが、その功績は今の時代にも残るほどに多大な影響を残している。例えばエルリアスの街に組み込まれた魔導術式を設計したのは彼だとか、この広大なダンジョンを創りだしたのもその魔導学者であるとされていた。
「まぁいい、そいつの名前がレナードってんだ。んでこの〈白塔の都〉は〈大魔導時代〉の都市……どこかにそいつの発明品なり研究資料なんか残ってないかって思ってな」
「なるほど……」
「なんでも魔素についても研究していたとかなんとかで気になるんだ。何年か前に王国の魔術士が魔素についての論文が出て以来、研究は捗ってないみたいだしな」
「……魔素についてなぜ研究するんだ? 別に必要ないだろう」
そう聞いた仮面をルーサが不思議そうに見る。どこかいつもの仮面と雰囲気が違っていたからだ。どこかこれ以上の領域に踏み込むなと、雰囲気が物語っている。しかし、ルーサは仮面をはっきりと見て、しっかりと言う。
「――必要あるんだ。魔素を魔力に変換する技術がな。俺ら人間には備わっている。機械にもあった……ようなんだが……」
ルーサがちらりと助手の方を見る。少しだけ遠く離れた調査隊の中、どこか労るように仲間たちに話しかけているようだった。倒れる仲間たちに魔力はない。しかし一人動く彼は魔力がある。だが動き続ければ魔力が減っていく。――その魔力は補給しなければ、いずれ尽きる。
「アイツを直したといっても実は完全には直っていないんだ。生憎と今の俺じゃその技術を再現するには研究不足でな」
「……そのこと、アイツは気づいているのか?」
「気づいてないな。アイツは機械のくせにバカだからな」
そう言ってルーサは笑う。その笑みはどこか乾いた笑いだった。その笑みを見た仮面の雰囲気がいつものに戻った。
「なら俺は、報酬金を貰えてないのに新たに護衛を引き受ける役をすればよかったかな」
「情けない話、金を使い込んだのは事実だ。……まぁ、話を聞いたからにはこれで共犯だからな、仮面よ」
ルーサは今度はニたりと意地の悪い笑みを浮かべながら、仮面の肩を組む。
「共犯……? 何の話だ」
「偉大なる天才学者。だがその名が数ある歴史書から伏せられている謎は何だと思う? それは彼がこの世界で最大の禁忌を犯した咎人だからだよ」
「なんか……嫌な予感がするぞ」
「きっと仮面の予想は的中している。最大の禁忌っていやぁ竜神以外にないわけだ。しかも〈大魔導時代〉が衰退した原因もこいつとか。まぁ詳しいことは残ってないが、その最後は異端者扱いで教会により処刑されたって話だ」
歴史に存在を残す学者でありながら、教会から異端者扱いをされている。果ては時代の終わりの原因とも言う。だから歴史書には名前が載らない訳だ。むしろ協会側からしたら存在も消し去りたい存在である。だが影響力が強すぎたためか、成した偉業だけが残ったのだ。
「こいつの研究品を見つけたらきっとそれは異端のもの扱い。教会の連中がすっ飛んでくるだろうな」
「やっぱり、そういうことだろうと思ったよ」
歴史上に名前は残りはしなかった、いや残すべきでない罪人だった。そんな人物に関係するものを見つけてしまえば、運が悪ければ異端者の烙印を教会から押されそうだ。
「ま、そういうわけだ。もし見つけたら調査隊の奴らにバレないように俺に教えてくれ」
頼んだっと言わんがばかりに、仮面の背中をバシッと叩いてからルーサは離れて行った。
「あぁーなんか面倒なことに巻き込まれてしまったなぁ……なぁユウもそう思うだろ?」
仮面が面倒くさそうに呟くも、返事は帰ってこない。隣を見ると、ユウはルーサと助手の遠のいていく背を見たままであった。そんなユウの姿に何かを思い付いたのか、仮面が質問する。
「ユウちゃん、もしかしてDr.レナードについて何か知ってる?」
しばらくの沈黙の後、その機会的な声は答えた。
『……ええ。Dr.レナードの研究品は殆ど残っていません。全て当時の教会に処分された、と記録が残っています』
「あちゃー……なら探しても出てこないのか」
ユウの言っている事が本当であれば、この街の何処を探しても出てこないだろう。
「その人、よっぽどの事をしたんだな。……となるとドラゴンでも殺したか?」
ここまで徹底されている。それだけ教会にとって許しがたい事だったのだろう。この世界でもっとも重き罪はもちろん、ドラゴンを殺すことだ。世界を創りし竜と同じ存在であるドラゴンは、今の時代にも生きている。神と同等であるドラゴンを殺すのは、この世界最大の禁忌だ。
『ええ。彼はドラゴンを殺し、その力を利用したのです』
「利用? 一体何のために?」
ユウの言葉に仮面が素早く反応する。その仮面に対してユウは淡々と答えた。
『彼は魔素について研究していました。その実験を成功させるためには、魔素を生成できるドラゴンの力が必要でした。だから彼は死体を用いて実験を行ってました。それも成功させるまでに何百体ものドラゴンを殺したと記録されています』
魔素を生成できる動物はドラゴンだけである。植物も生成できるがその量はドラゴンが創りだす量には敵わない。今の時代が過去の時代よりも魔素が薄いのは、ドラゴンが少なくなったといった推測がされているくらいだ。
魔素がなければ生きていけないこの世界の人々にとってドラゴンとは神であり、また必要な存在であるのだ。その存在をたとえ神と崇めていなくとも、殺すのは禁忌である。だというのに、ドラゴンを殺す者はそれだけ、この世界から逸脱した者と言える。
「あはは! 想像してた規模と違ったよ。そっかぁ何百体もなら、歴史から名前を消されても当然だな」
何が面白いのか仮面は笑う。そんな仮面をユウは不思議そうに見る。
『貴方はこの世界の人ですよね? なぜ笑えるのですか』
この世界の者の殆どは竜を信じている。そうでなくとも、竜を殺す事に難色を示す。笑い飛ばせる者などいないとユウは結論づけていた。
「そうであって違うよ。ねぇそれにしても、ユウちゃんは随分とDr.レナードについて詳しいね」
『……データが残っている範囲を閲覧しただけです』
「へぇ~ そのデータは随分と正確にデータが残ってるね。教会が消し回っていたというのに」
『教会は手出しできなかったデータなので』
「教会が手出しできないデータねぇ……」
意味ありげに仮面が呟いてユウを見る。ここまでのデータをユウは何処から持ってきているのか。この都市のデータバンクであれば、教会の手の届く範囲であろう。都市のデータバンクでなければ、一体どこから仕入れたか、不思議だ。
「しかしDr.レナードも凄い研究者だ。ドラゴンを殺してまで作った物はなんだったんだろうな。きっと凄い物に違いなさそうだが」
『否、ただの愚かな研究者でした。生み出さなくてもいいものを生み出してしまったのですから……』
「それは――」
「おい仮面、今日はもう引き上げるぞ」
ユウと話していると、井原が声を掛けてきた。そろそろここから引き上げるらしい。この都市の環境、つまり魔素のない環境から長居は危険だと判断されたのだろう。
仮面が井原に軽く返事をし、ユウに振り返ったが、そこにはもうユウの姿はなかった。
こうして第一回の調査隊による〈白塔の都〉の調査は終了したのであった。




