18・とても安直で適当な
「しかしまぁ……本当に何もない街だな」
井原が疲れたように呟く。調査隊が調査を開始して一時間が経過した。何回か白い人……ガーディアンと呼ばれるこの街の警備兵を倒してきたが、それ以外に目ぼしい物はない。建物の中に入っても、何もない。普通ならば何らかの人がいた痕跡などがあるだろうが、何も出てこないのだ。
「調査隊の研究者たちはわりと喜んでいるからいいんじゃねーの? にしても暇な任務だな」
長い金髪をかきあげてエルフのリーシャもつまらなさに言う。彼女の場合、戦闘の殆どが治安局の者達に取られてしまい、今まで出番が何もなかったからかもしれない。
「ただ付いて歩くだけで金が貰えるんだ。いつもの仕事に比べれば簡単な仕事じゃないか。それよりも、ここなら新作の爆弾の実験ができそうだ。しても構わないか?」
彼らのいつもの戦闘服の上に裾がぼろぼろの白衣を纏ったケビンが言う。調査隊とは違った目線でこの街を見ていた。
「一応遺跡扱いだからダメだ、ケビン」
井原より歳は明らかにケビンの方が上だろう。だが井原はしっかりと釘を刺す。この隊の隊長は井原なのだから。
「ふん、たった一つビルを壊した所で何も問題なかろう。同じようなものはそこら中にあるではないか」
「これだから爆弾魔は。それが許されるわけ無いだろ、脳みそに火薬詰まってんのか?」
ケビンの言葉にすかさず反応したのはリーシャだ。そしてケビンも負けじ言う。
「先ほど治安局と揉めていた貴様が何を言う? 貴様は脳の栄養を胸に取られすぎだ」
「てめぇ根暗野郎やるか? この前手に入れたばかりのM16の初めての的にしてやろうか」
リーシャは銃を構える。最近手に入れたばかりだという異界の銃だ。安全装置はかけてあるが、すぐに解いて撃ってしまいそうである。
「ククッ、ならばこちらも新型爆弾の実験台に貴様を用いてやろう。光栄に思え、この脳筋男女!」
ケビンもまたかけ鞄から一つの爆弾らしきものを取り出して言う。手のひらサイズのそれは、見かけによらず周囲を瓦礫に早変わりさせるほどの威力がある。
「お前ら、こんな所にまで来て喧嘩はよしてくれよ……」
そんな臨戦態勢の二人の間に緊張が走る中、井原が割り込む。
いくらいつもの喧嘩で本気でやろうなんてしない事は分かっていても、見せられる方は溜まったものじゃない。井原に止められ、二人はそれぞれ獲物をしまうも口だけは止まらなかった……。
「相変わらず仲がよろしいことで」
そんな井原の肩に手を置いて、このやり取りを見ていた仮面が言うのであった。
『仲が良い? そのようにはまったく見えませんが……』
「喧嘩するほど仲がいいってやつだよ」
幽霊もまた二人のやり取りを見ていたようだ。そんな幽霊に仮面が思わず言葉を返す。
「仮面……誰と喋っているんだ?」
そんな仮面を不思議そうに井原が見る。幽霊に話しかけていた仮面であるが、幽霊の見えない者にとって仮面の行動は、ただ一人で喋っている奇妙な者だ。奇妙というのは仮面にとっては今更であるが。
「まぁ、気にすんなって。それよりまたあの二人を止めに行ったほうがいいんじゃないか?」
「うわ、本当だ。お前らァ、いい加減にしろよ!」
今にも取っ組み合いの喧嘩になりそうな二人の元へと井原が走っていく。隊長というのは忙しそうである。
『……人間の間ではあれが仲が良いという……記録しておきます』
「一概には言えないけど、まぁユウちゃんの好きにするといいよ」
『ユウちゃん?』
幽霊が首を傾げながら、言い合いをしている三人から目を放して隣の仮面を見る。
「そ、幽霊のユウちゃん。いつまでも幽霊なんて呼ぶのも味気ないと思ってね。それとも別のあだ名がいい? あ、でもそういや幽霊ってこっちが勝手に言っていただけだし、他に名前があったりする?」
『私に名前はありません。……訂正、私は知りません。記憶データにそれらしき識別名もありません』
今まで幽霊の名を呼ぶものなどいなかった。だから幽霊は自分の名前を知らないし、名をつけてもらったこともない。……しいて言えば、幽霊というのが名かもしれない。
「なら今日からお前はユウちゃんな。……いや名前がないって言ってるからもっとマシな名前の方がよさそうか?」
『とても安直で適当さが滲み出ておりますがユウで構いません』
「言ったな! ならもう変えてやんねぇよ、お前はユウな!」
安直と言われて少し意地を張った仮面がそう言う。
『ええ、では私は今からユウですね』
「えっ本当に? 本当にいいのこんな名前で……」
『付けた本人がこんなとは言わないでください』
こうして幽霊のユウは適当に名付けられた。こんな雑な付け方をされたというのに、ユウは何故か嬉しそうであった。
◆ ◆ ◆
調査隊は順調であった。いや、調査の具合は順調ではないか。やはり何も物は出てこない。出たとしてもそれは倒したガーディアンの壊れた体である。それ自体はすでに以前から手に入ったもので、さんざん調べ尽くしたものだ。分かったことは〈大魔導時代〉の時代の術式であること、そしてこの時代で使うにはあまりにも魔力が足らず、使えないことだ。
「かの〈大魔導時代〉は魔素が豊富で、今以上に魔力が使えたらしい。だからこの時代の物の殆どは要求される魔力が全て異常なまでに高い……ってのは今までの発掘品からもわかる事だ」
ルーサが先ほど倒されたガーディアンの体を分解しつつ、そんな事を言う。中身は機械の部品だが、その全てに魔法術式の施されていた。
「じゃあこのガーディアン……白い人の名前らしい。んでなんで動けるんだ? 要求される魔力が今の時代で賄えないんだったら、こいつら今動けないはずだろ」
ルーサの隣に立つ仮面が疑問を口にする。確かに、今の時代では動かせないなら、今動いているのが不思議である。
「一個人で考えれば足りないだけだ。もっとでかく考えろよ。たとえば都市一個分の魔素――魔力が用意できれば別なんだ」
「……なるほど、そういうことか」
仮面が白い街並みを見て納得する。この街には魔素がない。つまりこのガーディアンなどの防衛機能に魔素が集められ、使われているとしたら魔素がないのも頷ける。
「都市一個じゃ足らんな……たぶんどこか別の場所からも取ってそうだ」
「そんな事まで分かるのか、ルーサ?」
「こいつ一体の必要魔力を考えて、今まで出会った数を考えるとな。さらに予想だけどこの防衛網を管理しているマザーコンピューターがあるはずだから……そいつを動かす量も考えるとそうだ」
ルーサの言葉に周りの研究者たちの感嘆の声が上がる。彼らもこのガーディアンを分解したりして調べていたようだが魔方式が複雑過ぎたためか、行き詰まっていた。そんな中、ルーサは流れ者であるにも関わらず、この世界の魔方式を完全ではないにしろ理解しているようでここまで結論が出せたようだ。
「まったく……分かりもしないでこれを独占してんじゃねぇよ」
市場に少し流れていたガーディアンの部品。それを買い占めていたのはどうやらこの研究者たちだったようだ。それを知ったルーサがブツブツと文句を垂れながらも作業を進めていく。
『彼は何者ですか? この時代の者は我々の技術を理解できる技術レベルに到達していないと認識しておりましたが……』
「さぁ? 〈流れ者〉でも隊長たちとは別口だから知らないよ。前に聞いた話だと、この世界の魔方式は元の世界の技術に似てるとは言ってたな」
ルーサとの付き合いは長くない。彼がどんな所からやってきたのかも分からなければ、彼が元いた世界に帰りたいと思っているのかすら、仮面は知らないのだ。
『該当するデータを発見。……あぁ、そうでした。そこの〈魔導人形〉を動かして街を出て行った人でした』
「ふーん……なぁ一つ聞きたいんだが、この都市にはあの〈魔導人形〉以外は存在しないのか?」
ルーサの助手をしている〈魔導人形〉はこの都市で停止していた状態で発見された。しかし、今までこの街を探索されてきたがあの助手以外にそれらしき物は発見されていない。
『存在します』
「えっまじで?」
まさかの答えに仮面が驚いたようにユウに振り返る。ユウは作業するルーサとその隣で手伝いをする助手を見ていた。
『ただしあの〈魔導人形〉以外のものは内部魔力が切れたものばかりです。直せたとしても動かないでしょう』
この街には何体か〈魔導人形〉があることをユウは知っていた。だが、あの助手以外に内部魔力を保持したものはいない。
『かの〈魔導人形〉は唯一、内部魔力を保持していた。今動けているのはその保持していた魔力のお陰です』
「なるほどね……ちなみに魔力を補充には……」
『莫大な魔力を消費するでしょう。過去の時代であれば簡単な事でした。今の時代の魔法技術がどれほどのものなのか情報不足でありますが、今までのデータから推測すると難しいことであると言えます』
魔法技術が高度に発達していた過去の時代でならば些細な問題であった。だが、今の衰退した魔法技術と魔素の濃度の違いから難しい事だろう。
「あいつも運がいいのか、悪いのか……」
この事を彼が知ったらどう思うだろうか。仲間はいたにはいたが、動かせないという。
「ちなみに場所って教えてもらえるか?」
『分かりました、座標データを送ります』
「確認した。……後で偶然を装って案内するか」
端末として機能する仮面にデータが送られてくる。内側に表示された画面を見つめると、黒き者はフードを深々と被りながら少しだけ面倒くさそうに呟くのであった。