17・調査隊
「おぉ、そこの黒いのは仮面じゃないか」
人混みあふれる〈転移門〉の前。その広場を歩いていた仮面を呼び止める者が居た。そちらを見れば緑の迷彩柄が特徴的な〈流れ者〉の姿。
「井原隊長さんじゃないか? 皆んな揃ってこれからダンジョンか?」
駆け寄ってくる井原の後ろには同じ格好をした者達が数十人。そして紺色の制服の者達など、井原の部隊員ではない者達が話していた。
「あぁ、ギルド連合組合からの依頼が舞い込んでな。〈白塔の都〉の調査隊の護衛だ」
「へぇ~組合からの直々の依頼なんて珍しいね」
ギルド連合組合が発行する依頼の殆どは、緊急任務などの特殊な物が多い。それだけ〈白塔の都〉というのは調査すべき対象なのだろう。
「でも、言っちゃ悪いけどお前らにその任務は務まるのか? いくら〈流れ者〉の中でも強い方のギルドとはいえ、結局は〈流れ者〉。この世界の冒険者達には叶わないだろ?」
〈流れ者〉は基本的に魔法は使えない。そして体の作りからしてこの世界の住人ほど頑丈でもない。だというのに井原たちが今回の任務の護衛役だという。
「治安局の奴らがメインの護衛役だ。俺らはあくまで補助の護衛にすぎない。なんでも〈白塔の都〉の環境的に、もしものときに俺らが居たほうがいいんだとよ」
「……へぇー」
井原の説明に納得したように仮面が頷く。以前ルーサ達が話していた。あの街には魔素がないと。魔力を保ち続けなければならないこの世界の人間には、あまり近寄りたくない場所である。
その点、流れ者である井原たちは魔力を持たない。故にその魔素がないということに対してデメリットはない。メリットもないが。とにかくそういう理由で彼ら井原たちは雇われたのだろう。
しかし、治安局までもがこの調査隊に関わっているということは、この調査はその重要度が高いようだ。
「……井原、ちょっと聞いていいか? なんであいつらもあそこにいるんだ?」
その緑と紺色の人垣の中に、そのどちらの色でもない者がいた。褐色の肌にドレッドヘアー、さらに機械腕が目立つ、作業着を着た青年。ほかでもない、ルーサである。その隣には〈魔導人形〉の助手。
「なんだ、知り合いか? あの若い兄ちゃん達はどこからかこの調査隊の話を聞いてきてな、ほぼ無理やり調査隊に入った奴だ。まぁ、隣の〈魔導人形〉を見るに一度〈白塔の都〉に行った奴だからって事で許可されていたな」
「あいつ……」
ずっと行きたい行きたいと言っていたルーサだ。第一仮面に依頼を出したからこそ、この調査隊が出てくるまでにした原因の元でもある。このチャンスを見逃すわけがない。
「ところで仮面、お前も一緒に来ないか?」
「なんで?」
「どうせ、これから行くつもりだっただろう」
仮面を見てにやりと井原が笑う。確かに仮面はこれから〈白塔の都〉に行こうとしていた。何やら考え込んでいた仮面だが結論が出たのか、一つ手を叩いて井原に言う。
「ま、付いていくだけな。どうせ俺は冒険者じゃないから隊には入れんし」
「それで十分だ」
仮面の返事に井原が笑って返す。その笑みに仮面もまた笑みを返した。
◆ ◆ ◆
「おお、この景色も久々だな。なぁ我が助手よ!」
「そうッスね! あっしにとっては故郷に帰ってきた感じなんでしょうが、生憎と記憶が無いのが残念ッス」
調査隊が〈白塔の都〉に到着した。思い思いに辺りを見渡す中、二度目になるルーサとその助手は懐かしむようにしている。
「しっかし、仮面のあんちゃんまで調査隊にいるとは思わなかったぞ」
「俺はメンバーじゃない。大体お前も何やってんだ、俺への借金返済はどうした?」
「まぁまぁ落ち着くッス。この調査が終わればあっし達にもお金が払われるッス!」
ただ彼らも〈白塔の都〉目当てにこの調査隊に参加したわけでないようだ。その報酬金を仮面への返済に当てる予定らしい。
「まぁ、見てろって。俺が珍しくて金になるもんを見つけてやんよ」
「あっしも仲間と幽霊を見つけるッスよ!」
自信とやる気を漲らせたルーサとその助手であった。
「……幽霊、といえば」
仮面が小さな声で呟く。辺りには調査隊の人々が調査地点を目指して歩いている。その人混みから、少し離れた場所から付いていくように仮面は歩く。
「君は相当、人の背を追っかけるのが好きなんだね」
その声は特定の誰かに向けられた声であった。小さな声であるが、耳を澄ませば聞こえる声である。だが、どうせあの仮面の独り言、と他の者達は気にもしない。ただひとりを除いて。
『別に好きではありません。対象を観察するのに都合が良いだけです』
仮面の言葉を否定するようにその声が聞こえてきた。その声は特殊な魔力電波で、仮面以外には聞こえない声であった。
「ま、分かる気はするよ。でもあまりやり過ぎるとストーカーの烙印を押されちゃうよ?」
『実体験をお持ちのようですね』
「誰がストーカーをしていたって言った? とにかく姿を現してくれ」
仮面の隣に光が集まるようにして、それは現れた。青い光を放つ、人の子供のような姿をしたそれに、顔はない。その表情の見えない顔を仮面に向けた。
「やぁ、この前は突然消えちゃうからびっくりしたよ。でもまた会えて嬉しいよ」
『そうですか』
仮面の嬉しそうな言葉に、幽霊は素っ気なく返す。
「つれないね~。でもまたこうして来てくれたってことは少なくとも嫌われてはいないってことでいいんだよな?」
あの時は突然消え去った幽霊であったが、またこうして姿を見せてきた。
『私はただ観察をしにきただけです』
「……そっか」
そんな幽霊はただただ機械的な素っ気なさで答えるのみだった。なぜまた現れたのか理由が分からないが仮面はこれ以上聞こうとしないのか、相打ちをうつだけで終わる。
「仮面さん、そんな離れた所で何やってんスか?」
調査隊の中にいた助手が離れて歩く仮面に気がついたのか、振り返って声を掛けてきた。
「んー世間話」
「世間話って……一人でですか?」
仮面を目が存在していれば訝しげな目で見ていそうな助手であった。仮面もまたこちらの方角を見ている助手を見る。仮面の隣には幽霊がいた。だが〈魔導人形〉である助手であっても、幽霊の存在を見ることはできないらしい。
「お前、残念だったな」
「はい?」
一体何の事か分からず、首をかしげる助手の背をぽんぽんと叩きつつ、仮面は調査隊の列へと戻っていった。
白き街を歩く団体、その団体の後ろから幽霊が付いて来ている事を、仮面以外に知らない……。




