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黒き仮面剣士の異界道中  作者: 彩帆
第一章 白塔の幽霊と黒き剣士
16/35

16・幽霊とタルトンまん

 迷宮都市のギルド支部。今ではGNSによって人が少なくなったこの支部だが、あの受付アイドル効果で賑わいを見せていた。


「なぁこれなんだ?」


 人が群がる魔導式電光掲示板……から少し離れた場所。小さな掲示板の目の前に二人の冒険者がいた。その内の一人、若い冒険者が一つの青く光る依頼表を指差して、先ほどの言葉をいったのだ。


「そういえば教えてなかったな。この掲示板は指名手配されているような奴を掲示しているところだ」


 若い冒険者に教えるように少し歳を取った冒険者が言う。彼らの目の前にあるのは、指名手配犯専用の掲示板である。いくつもの張り紙には顔と賞金が書かれ、詳しい罪状などが載っている。


「へぇ~……馬車泥棒に、ダンジョン内でのカツアゲとかか。でも張り出しは少ないですね」


「そりゃ殆どは治安局の連中が捕まえてくれるからな。だから賞金稼ぎじゃなければ俺らの仕事じゃないさ。一応注意と目撃情報とかの目当てでここに掲示板があるんだ」


「なるほど~。ん? これは……」


 若い冒険者が一つだけ目立つ所に置かれた紙を見る。ここに貼りだされているのは、どれもこの都市周辺で起こった事件なのだが、これだけは違うようだ。


「中央地域って王国の方か……って、え!? 〈竜殺し(ドラゴンスレイヤー)〉!?」


 若い冒険者が驚く声を上げながら、食入いるようにその手配書を見る。一人の若い、いや子供だ、しかもスカートを着ており女の子である。その写真と共に、罪状にはしっかりと竜殺しと書かれていた。


「お前知らないのか? 二年くらい前に話題になってたろ? 創世竜様と同じ存在であるドラゴンを殺した子供の話」


「あ、ああ! そういえばそんな事があったな……」


 記憶力の乏しかった若い冒険者が思い出すようにその手配書を見つめる。この世界の神とはドラゴンである。創世竜と呼ばれているこの世界を作り出し、人々を生み出したドラゴンが信じられているのだ。その創世竜と同じ存在であるドラゴンとは、すなわち神に近い存在。故に、普通のドラゴンであっても信仰の対象である。……それを殺したとすれば、この世界最大の禁忌を犯したと言えよう。


「でもこんな子供が……? ありえませんって」


「何言ってんだ? この世界は十にも満たない歳で冒険者やってる奴いるんだから、むしろありえる話だろう?」


「誰だ?」


 若い冒険者が後ろから聞こえてきた声に振り返る。そこには全身真っ黒という、少し前であれば暑苦しい色合いであった服装をした者がいた。その顔も目元だけを隠す仮面によって、黒に塗りつぶされている。


「うわっ仮面!?」


「何その嫌そうな反応……。ちょっと仮面さん傷ついたよ?」


 若い冒険者の思わずな声に仮面はとぼけたように言う。


「お前は冒険者の中でちょっとした有名人だからな」


「わお、俺有名人なの? 俺目立ちたくないんだけどー」


 思わず顔を殴りたくなるような事を言っている仮面。そんな仮面に対して、歳を取った冒険者が冷静な態度で仮面と肩を組むと耳元で囁くように言う。


「……ダンジョン内を一人歩く不審人物。人知れず現れる神出鬼没の横取り犯。挙句にはなんだ? 花街で睡姦魔として噂され――」


「待て、ストップ! 情報掲示板の情報は全部ウソだから!! 最後のとか違う!」


「ははっ情報掲示板の情報が時に間違いがあるのは知ってるさ。だが、冒険者じゃない貴様はそれくらい怪しい奴ってことだからな」


 苦虫を潰したように口を歪める仮面の背中を叩きながら、少し歳を取った冒険者が離れていく。確かに周りを見渡せば、仮面の事をよく思っていないだろう者達からの痛い視線がある。


「ん? それならなんで仮面がここに? ここギルドですよ?」


 若い冒険者が不思議そうに仮面を見る。確かにここはギルドだ。冒険者じゃない仮面が来る場所ではない。


「今回の依頼主が報酬はギルドバンクから受け取ってくれとのことでね」


 ギルドバンクとは一種の倉庫だ。ギルド連合組合が提供するでギルドに登録している者であれば誰でも使えるのだ。その中に預けている物を、その預けている本人が申請すれば他の者も取り出しに来れる。今回の依頼の報酬の受け渡しが、たまたま依頼人の都合によりこのギルド支部を介して行われる事となったのだ。


「はいはい! そこの仮面さん、お待たせいたしました」


 ギルド支部内の人混みの一角が道を作るように割れた。そこから現れたのは緑の制服に着込んだ一人の獣人。猫耳とピンクの掛かった銀髪のツインテール。


「あ、マオちゃんありがとうね!」


 今や巷を騒がせる受付アイドル、マオ。そんな彼女に仮面は軽く話しかけた。彼女の大きな桃色の瞳は少しだけ嫌なものを見るように睨みつけ、手に持っていた白い包みを渡す。


「これも仕事ですから。……そこの部外者さんがギルドメンバーであれば、こんな面倒な手続きしなくてすんだんですけど? 他の子は権限がないからこの面倒な手続きはできないし……」


「あはは……ごめんよ。今度君のグッズ買うから許して」


 周りに聞こえないように聞こえてきた小言に、仮面は反省の色もなしに答える。そんな態度だからか、表情は笑顔なのだがマオの猫耳はピンと逆立っていた。


「……あの、仮面、いや仮面さんってもしかしてマオさんとお知り合いなんですか?」


 そんな二人に恐る恐る話しかけたのは若い冒険者だ。彼はもしかしたらマオのファンなのだろう。先ほどからマオの方をチラチラと見ている。


「そうそう、俺の専属受付嬢だよ」


「違いますよ~マオはみんなの受付嬢ですぅ! ただ仮面さんは冒険者ではないので手続きが一定の権限を持たない受付では処理できないものなだけです! だから仮面さんの対応を私がよくやっているだけですよ」


 仮面だけに見えるようにキッとマオが睨みつける。冗談冗談と口パクで仮面が伝えるも……


「さぁ仮面さん? 長い間お待ちいただいてありがとうございました! 次の仕事もあるのでしょう? マオがお見送りいたしますよ!」


 そう言ってマオが小声でさっさと帰れ、部外者と言いながら仮面の背を押す。


「相変わらず猫かぶってるねー」


「なんのことでしょう? 確かに私は猫ですよ? にゃー」


「うおおー! マオちゃんの鳴き声だあああ!」


「俺初めて聞いたあああ! 可愛いよおおお!」


 可愛らしいマオの鳴き声に辺りにいた冒険者達が大声を上げて喜ぶ。そんな少し騒がしくなったギルド支部内から仮面を押し出すようにマオが外へと消えていった。







 ◆ ◆ ◆






「おや? 今日はやけに素直に登場したな。探す手間が省けて良かった」


 〈白塔の都〉に降り立ってから数十分。入り口から離れた所に仮面が移動すると、その目の前に幽霊が姿を現した。辺りは相変わらず白い建物と地面が広がっている。そんな細長い建物に囲まれたここは公園なのだろうか? 広場があり、ベンチなど座る場所があった。


『…………』


 幽霊は姿を現したものの何も発さず、ただ仮面を見ていた。


「どうした? もう俺は現れないかと思ったか?」


『……確かに。あなたの要件は終了したはずです。なぜまたここに?』


 仮面の目的は幽霊に会い、礼をすることだった。それを達成した今、仮面がここにいる理由が分からない。仮面の行動を観察した結果、この街に入り込む他の人間たちとも目的が違うと思われる。なぜここにいるのか?


「そうなんだけど、君がなんだか気になってね。だから普通に会いに来た」


 そういって仮面は笑う。その笑みに、仮面の下に隠された意図を探ろうとするが、幽霊には分からない。


『理解不能。私に会うことに何の意味が?』


「単純に気になった、それだけ。まぁ立ち話もなんだし、座って話さないか?」


 一つのベンチを指差す仮面。仮面の意図が分からないが、話せば何か分かるかもしれない。幽霊は仮面の後に付いて行った。


「いやー今日もいい天気だと思わないか? 雲一つない空だ」


 ベンチに座った仮面が空を見上げて言う。今日の空も晴天だ。街の殆どが色味のない白色で埋め尽くされているが、空だけは違う。空は青だけでなく夕日の赤も映す。この街で唯一、表情のあるものだといえよう。


『この街の天気は事前に設定されたものです。明日は曇りと設定されています』


「……そういうの言わない、気分が台無しだよ」


 空気を読まない幽霊の話に仮面がそう返す。ベンチに座ることなく宙を浮いたままの幽霊は、空を上機嫌に見上げる仮面を不思議そうに見る。


『……造られた空を見て何が楽しいのですか? あれは映像、偽物であって本物ではありません』


「確かにそうかもしれないけど、綺麗だろ? なら本物だろうと偽物だろうと関係ないさ」


 仮面は鼻歌交じりにそう言うと、コートの内側に手を入れる。そこから何かを取り出した。それは白い包み紙に包装された手のひらサイズの丸い物。包み紙には木葉の模様が描かれている。


「丁度お昼だし、ここでランチだ。聞いてくれよ、運良くタルトンまんが手に入ったんだ」


 嬉しそうに幽霊に語りながら仮面が包みを開く。中から包み紙と同じく白くそして丸い物が出てくる。


『それは、なんですか?』


「タルトンまん。ハノココ商会ってギルドが販売していてエルリアスで人気の食べ物さ。この蒸した白い生地の中にはタルトンっていうモンスターの肉が詰め込まれているんだ。“肉まん”ってのに似てて……って君は知らないか」


 仮面がタルトンまんを二つに割る。その中から肉汁を溢れ出させるひき肉と野菜が混ぜ込まれたものが出てきた。


『タルトン――該当するモンスターデータを発見。正式名グリーンピッグ。通称タルトン。大草原地区全域に生息する豚のモンスターであり――』


「知ってる! 知ってるから解説いらないって!!」


 いきなり情報を呟き始めた幽霊に仮面が思わず遮る。解説を止めた幽霊を仮面はまじまじと見る。


「それにしてもよく知ってるね。君はここの街の住人じゃないのか?」


『この都市のデータベースにアクセスした結果、以下のような情報が出てきました』


 そう答えた幽霊になるほどと納得する仮面。そのまま手に持っていたタルトンまんを食べようとするが、何かを思い出したように再度隣に浮く幽霊を見る。


「……ねぇここって〈大魔導時代(マギナ・アエラ)〉時代の街だよね? 言ってみれば遺跡のような場所なのに、なんでそんな最新のデータがあるんだ? “タルトン”って名前は最近使われ始めたものなんだけど……」


 噂で聞いたことがある。タルトンという名称は二十数年前、とある冒険者がつけたあだ名が広まったものだと。なのになぜ大昔のこの街のデータベースにそのような情報があるのか?


『確かに、この街はあなた達が〈大魔導時代(マギナ・アエラ)〉と呼ぶ時代に造られた街だと推測できます。ですが、なぜこのデータが存在するのかは私には分かりません』


「……なんであるのか調べられないの?」


 仮面にそう聞かれ、少し間をおいてから幽霊は話し始めた。


『調べることは可能かと。しかし調べようとすればこの街のセキュリティが発動するでしょう。そうなれば今の私の存在は、一種のバグのようなものなのでセキュリティによって修正されます』


「……えっ? つまりどういうことだ?」


『今あなたの目の前にいる私は私の本体が操る映像のビジョンでしかありません。このビジョンはこの街のネットワークを利用して出現させています』


 今目の前にいる幽霊はまさに幽霊というもの。本体から抜けだした意思が創りだした幻の存在。その存在はこの街のネットワーク回線を利用して街のあちこちに移動出来る。今、こうして仮面の目の前に姿を現せるのも回線を利用しているからだ。


『ですが、セキュリティにとって私のこの存在は排除すべき存在です。もしもセキュリティに引っかかるような行動をすれば、ネットワークを利用できなくなります』


「……つまり、もう幽霊としてもう街には出てこれないってことか?」


『そういうことになります』


 この事態をもし、セキュリティが見つければ、今までセキュリティの穴をついて利用していたこれができなくなると言うわけだ。


『……それで、この都市のデータベースを調べますか?』


「しない。というかしないでくれよ! 幽霊ちゃんに会えなくなるからさ」


 そう言って仮面は手に持っていたタルトンまんの片方を口に放り込む。冷めてはいるが味は美味しいままだ。ふわりとした生地に包まれた肉の旨味と野菜の旨みが口の中で広がる。


「あー美味しい! ……食べたい?」


 美味しいそうにタルトンまんを頬張る仮面をじっと幽霊が見ていた。そんな幽霊にタルトンまんの残った片方を差し出す。


『私は食べられません』


 確かに幽霊は触れることすらできない。こんな状態では食べ物を食すのは無理だ。


「……そっか。残念だ、こんなに美味しいのに……食べられたら食べたかったよな?」


『否、機械に食事は不要』


「えっそうなの? でもルーサの助手は〈魔導人形(オートマギナ)〉だけど結構食べているんだけど……」


 ルーサの助手は機械の体を持つ〈魔導人形(オートマギナ)〉だ。一応機械であり食事をする必要はないが、食べる事ができ味も分かるらしい。そんなルーサの助手は好んで料理を食べているのを思い出した。


『確かに〈魔導人形(オートマギナ)〉は人間と変わらない存在に造られた物達です。ですが、私は違います』


「そう? でも話した感じ君もあんまり変わらない気がするよ」


 そう言われた幽霊が固まる。それというのも、先程から幽霊はどこか、仮面の手に持たれたタルトンまんから目を離していないからだ。


「やっぱり食べたいでしょ?」


『否、否、機械に食事は不要であり――』


「ならもったいないから俺が食べておくよ」


『えっ……あっ……』


 初めて感情が現れ出た声を出した幽霊に構わず、仮面が残っていたタルトンまんを口に放り込む。それをどこか残念そうに幽霊は見ているしかできなかった。


「ごめんね? 怒ったか?」


『……否。機械に食事は不要……それに私は食べられません。食べません……』


 肩を落として仮面を見ている幽霊の姿は落ち込んでいるように見える。そんな幽霊に仮面は思わず笑みがこぼれる。


「ほら、そういう所。……君は違うね。この街の住人なのにあのガーディアン達のように無愛想じゃないし、何より俺たちを助けてくれた」


 この街にいる人というのはあの白く鉄の体を持つガーディアン達くらいだ。だが、この幽霊という存在は彼らとは別のもの。確かにどこか機械的なところがあるが、ガーディアンたちとは違う。例えるならば〈魔導人形(オートマギナ)〉のような存在であろう。


「君って〈魔導人形(オートマギナ)〉かそれに近い何かで、どこかに君の本体があるんだろ? 動けないなら助けに行ってあげるけど」


『…………』


 仮面の言葉に、幽霊の存在が揺れ動く。それはまるで心の乱れのように波を打っていた。……だが、


『……助けなど不要』


「あ、おい! 待て!」


 幽霊の姿が突如として消え去った。仮面が呼び止めるも、すでに姿はもうない。


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