15・完成したもの
「えぇ!? 幽霊に会ったのでありますか!?」
「まじッスか! どこで会ったのですか! 教えるッス!!」
リンリーとルーサの助手が興奮気味に叫ぶ。場所はルーサの家。相変わらず目に痛いほどの光に照らされた庭にはスクラップの山。その山に埋もれるようにして、存在する赤屋根の家とガレージ。そのガレージの中では作業をするルーサを余所に、リンリーとルーサが仮面を囲んで騒いでいた。
「さすがであります! 噂の幽霊を見つけて、しかも話をしてくるなんて!!」
「それほどじゃないって。たまたま運良く会えただけだからね?」
リンリーからの熱い眼差しをどこか困ったように受ける仮面。やっぱりこの話題を振るのはやめておいたほうが良かっただろうか? などと少し後悔していた。
「くぅぅ!! 悔しいッス! 最初に幽霊の存在を証明するのはあっしのはずだったのに!!」
そんな仮面を恨めしそうに見る助手。必ず幽霊に会えるという自信は、本当に一体どこから来ているのやら。
「これもルーサのせいっス! ルーサのせいで〈白塔の都〉まだ行けてないではありませんかっ!!」
「るっせーな!! 静かにしやがれこのポンコツ!!」
助手の怒りの言葉に、耳に覆いかぶさっていた音楽の流れるそれを取ってルーサが怒鳴る。ヘッドフォンなる物で今まで周囲の音を遮断して作業していたルーサの耳にも、助手の声が届いたらしい。
「お前が言うなッス! この迷惑騒音の元凶!! あっしは近所迷惑だからって散々言ったのに!! お陰でこっちは買い物に出ると近所のおばさん達に白い目で見られていたんスからね!! あっしは悪く無いのに!!」
助手が怒りを露わにしてルーサに言う。ルーサが音楽の流れる箱を使わないのは近所から迷惑がられ、ついには治安局が出てくる始末になってしまったからだ。
「あんな勝手なやつら気にすんなよ! だって以前は作業する際に出る音で揉めたんだぞ! それに関しては俺も同意だ、耳をつんざくような音だからな! だからノリのいい音楽をかけることによってこれを解決させたはずなんだよ!! そしたら今度は音楽がうるさいだと!? じゃあどうすればいいんだよ!!」
「防音装置作るッス! 防音壁か、それに準ずる魔法を!!」
「そんな金あったらパーツ買いたいっての!!」
彼らの声が静かな住宅街に響く。また苦情がくるかもしれない事など考えずに二人は大声を上げて喧嘩をする。
「お、落ちついてください! これ以上の迷惑行為は処罰の対象となるであります!!」
リンリーがなんとか二人の間に入って仲裁した。今回、治安局のリンリーがいるのは先程の騒音騒ぎの件で駆りだされたのだ。リンリーを挟んで二人は声を上げなくなったが互いに睨み合っていた。
「なーんか今日の二人は仲悪いねぇ」
「これも全部ルーサのせいッス」
「俺の何が悪い! 俺はな近所迷惑も考え、さらには作業が捗るように音楽をかけていただけで……」
自分は一切悪くないという態度でルーサは作業に戻る。そんな彼を助手ははぁと溜息を付いてうなだれる。もう殆どルーサに関しては諦めているといった感じだ。
「ま、頑張れ助手くん」
「うう……仮面さんの助手になりたいッス」
「お? 俺の助手になりたいの? なら毎日模擬戦の相手に……」
「やっぱやめるッス。あっしは戦闘できないんで」
「そりゃ残念」
デカイ図体に鉄の体を持つ助手であるが戦闘は出来ないらしい。見た目詐欺というやつか。
「あのーそのバイクってものは完成しましたかー?」
仮面と助手がそんな会話をしている中、リンリーがルーサに近づいて聞いていた。
「……あとここをいじれば……よし! できたぁ!!」
先程の声と打って変わって明るい声を上げたルーサ。どうやらその目の前にあるバイクが完成したらしい。
「ついに完成でありますか!!」
「一応な。これから走行テストをしようと思うんだが……」
ルーサがバイクを押し出して庭に出る。庭には沢山のスクラップがあるが、走行テストができるほどの広さはあった。
「丁度いい、仮面お前がやれ」
「はぁ? なんで俺が? 造ったのはお前なんだからお前がやれよ」
「こいつは魔力で動くんだが、俺の魔力量じゃ足りなくてな。あんちゃんなら俺よりあるだろ?」
「あのな、俺も初級魔法がギリ使えるほどしか魔力持ってねぇぞ?」
「……あれ? そうだっけ?」
ルーサが困ったようにバイクを見る。ルーサによって造られたそのバイクの燃料は魔力だ。魔力を流しこむことによって動く。だがまだ試作段階なのか、魔力量の調整が甘い。故に動かすのには少々燃費の悪いバイクで、結構な量の魔力を必要とする。
仮面の言うことが正しければ、仮面ではこのバイクを動かせない。もちろんそれ以下しか魔力を持たないルーサも、その助手もだ。
「……あの、それって中級魔法が使える魔力量があれば乗れるでありますか? ボクが乗ってみたいであります」
ルーサに話しかけたのはリンリーであった。確かにこのバイクはその中級魔法が扱える魔力があれば動かせる事が出来る。
「うん、それくらいあれば十分。だけど虎っ子、お前そんなにあるの?」
この世界にこのバイクを動かせる者は少ないだろう。この世界の住人の殆どが魔力を持っているとはいえ、平均して低く初級魔法が扱えるだけでも十分凄いほどだ。その上を行く中級魔法を扱う者はそう居ない。
「見くびらないでください! これでも元ですがAランク冒険者の子供であります! 自分もその血は受け継いでいるでありますから!!」
「……リンリーの魔力量なら問題ないぞ」
「そうか、なら任せるか。虎っ子の為に修理したようなものだしな」
リンリーの自身と仮面の言葉により、ルーサは一つ頷く。そしてバイクに跨ったリンリーに一通り操作方法を教え始める。
「とまぁこんな感じで、あとは転ばないように気をつけるんだぞ?」
「了解であります!!」
リンリーの体に宿っていた魔力がバイクに伝わる。そしてその魔力が燃料となり、バイクの心臓を動かす。ブルルといった大きなバイクの息遣いが辺りに響く。またはた迷惑な騒音である。
「では! 行くであります!」
それを取り締まるはずのリンリーがバイクを勢い良く発進させた。バイクは風を切りながら走る。一直線に。
「おい、虎っ子! 曲がれ!!」
「わ、わかってるであります!!」
そのまま一直線にスクラップの山に飛び込もうとしたが寸前の所でバイクは曲がる。とても危なかったしい運転だ。だが、だんだんと慣れてきたのか、一定のスピードを持って庭を周回し始めたリンリーを見て見学していた三人が一安心する。
「うん、とりあえずは大丈夫そうだな!」
「ですね、ルーサ!!」
先程喧嘩していたというのに二人して喜びの声を上げるルーサとその助手。喧嘩をするほど仲が良いというやつだろうか。
「……なぁ、テストはもう十分なんじゃないか?」
「それもそうだな、おーい虎っ子! バイクを止めて戻ってこい!!」
庭をグルグルと走り回るリンリーにルーサが呼びかける。だが、バイクは一向に止まらない。
「おーいリンリー! 止まれって言ってるぞー!」
「そ、それができないであります!!」
「えっどういう事だ!」
「教えてもらった通りにやっても全然スピードが落ちないであります!!」
慌てるリンリーの声がバイクから聞こえてくる。確かに、バイクはスピードを落とさない。それどころか徐々に速さが上がっているような気がする。
「やべっなんかミスったかもしれねぇ!」
「何やってんスかルーサ! ああそれよりどうするんですか!? このままじゃリンリーが……」
「任せろ!」
慌てふためく助手の隣を黒い影が通りすぎた。仮面だ。猛スピードで走り回るバイクに、仮面は身ひとつで走り寄ると、乗っていたリンリーをひょいと担ぎあげる。そして操縦者のいなくなったバイクを一蹴りして、スクラップの山へとぶつけて停止させた。
「大丈夫かリンリー?」
「え、あ、はい! 大丈夫であります……。また助けていただき、ありがとうございました!」
仮面がリンリーを降ろして確認する。リンリーの言う通り、怪我はひとつもなさそうだ。そのリンリーはどこか仮面を尊敬の眼差しで見ていた。
「あぁー!? 俺のバイクがぁ!?」
スクラップの山の方からそんな悲鳴が聞こえてくる。ルーサが倒れたバイクを見ながら、何事かを叫んでいた。
「また修理しなきゃならんのか……」
「まだ一からじゃないからマシっスよ。あとブレーキ機能はきちんと搭載するっス」
「わかってるっつーの」
少し壊れてしまったバイクを引きずってルーサがリンリーの元へとやってくる。どこか申し訳無さそうにリンリーの方を向く。
「悪かったな虎っ子。俺のミスで危ない目に合わせちまって」
「気にしないでください。それに乗りたいと言い出したのはボクであります。それにこの方に助けてもらいました!」
リンリーは笑顔でそういう。ルーサも済まなそうに笑みを返す。そのまま二人は何が原因かを話をしながらガレージへと向かっていく。
「……まぁこれでバイクは完成に近づいたッス。これでルーサの手が空いたからやっと〈白塔の都〉に行けるっス!」
助手が嬉しそうにそう言った。先ほど仮面の話を聞いたからか、今まで以上に〈白塔の都〉に行きたい意欲が上がっている。
「後はどうやってあの街に行く手段を見つけるかだけッス……。仮面さんが無理なら他の冒険者に……」
「それは今じゃ難しいだろうな。ほら、〈白塔の都〉には何にもない。観光できるくらいで金目になりそうなものすらない。現に今じゃ冒険者達の殆どが引き上げちまって寂しい場所に成り果ててる」
喜ぶ助手に水を差すように仮面が言う。確かにこの数日は冒険者達がいて賑やかだった〈白塔の都〉であるが、徐々にその冒険者の姿が居なくなっていった。それというのも、他のダンジョンに比べて金目になるものは殆ど無く、さらにはあの厄介なガーディアンたちが倒しても倒しても現れている。だが冒険者達が寄り付かなくなった一番の理由は他にある。
「それから、あのダンジョンには魔素がないからな」
ガレージの方からルーサのそんな声が聞こえてくる。彼はバイクの修理をしつつ、左の機械腕から光る画面を呼び出し、それを見ながら話を続けた。
「俺らは生きるのに魔力を必要としている。その魔力を作るのに必要な魔素が空気中にあるのが普通だが……あの街にはないって一昨日辺りに掲示板で騒がれていたな」
「そうなんスよね……魔素ってあの竜神様が創りだした神聖な物質ですから、それがない場所とか誰も近づかないっス……それ以前に、そんな空気がないような場所に誰が近づくかって話っスね……」
ルーサと助手がお互いに困ったようにがっくりと肩を竦ませる。どうやらこの世界の住人達はあの〈白塔の都〉には近づかないようになってしまったようだ。魔力を有する者達から魔力がなくなれば、それは死を意味する。魔素がなければ魔力が作れない為、あの街に行き長時間居ることは自殺行為といえよう。
「その件に関して詳しいことを治安局で調査予定であります。今騒がれているのは正式な情報ではありませんが、またあのダンジョンに行くのであれば注意する事をオススメいたします」
リンリーが仮面に向けて言う。掲示板の情報の出処は不明だが、治安局はその情報を否定していない。その辺りを見るに、この情報の信憑性は高いと言えよう。
「分かってるよ。大丈夫さ」
心配そうに仮面を見つめるリンリーに、仮面はとくに気にも留めていないとでも言うかのように笑いかけた。
「あぁクソッ……市場に流れてたあの街の物はいつの間にか消えているし。まったく何が金目の物がないだよ。絶対あるに決まってるだろ、例えばあの歴史書に載ってる偉大なる発明家の――」
「ルーサ! その人のは諦めるッス! 見つけたらダメッス!」
ルーサの言葉を慌ててかき消すように助手が大声を出す。いきなりの助手の行動にリンリーと仮面は助手の方を見る。
「どうかしたでありますか?」
「なんでもないッス! なんでもないですって! それよりほら、リンリーはそろそろ報告に戻った方がいいんじゃないっスか?」
「あ、そうでありました! それでは僕はこれで失礼するであります!」
三人に敬礼してリンリーは足早に去っていく。その背を見ながらどこかホッした様子の助手。そんな助手に手が伸びて肩を組まれた。
「怪しいねぇ……何か隠してるな?」
「か、仮面さん!? ほ、本当になんでもないッスよ」
助手が逃げようとするも仮面に肩を掴まれている為に無理だ。身長の高い助手であるが、縮こまっているため、安々と仮面に肩を掴まれてしまっていた。
「おーい、ルーサ。教えてくれないの?」
助手からは無理だと悟ったのか、ルーサの方を向く。
「……悪いな。今言ったらそこの助手に本当にキレられるから無理だ」
今だバイクの修理をしているルーサが背を向けたまま答えた。
「ふーん。まぁ教えたくないなら無理に言わなくていいよ」
そう言って仮面は助手を手放した。自身にも秘密を多く持つ。それ故あまり他人の事秘密にもとやかく言いたくないようだ。
「それじゃ俺もこれで失礼するよ」
「あぁまたな、あんちゃん」
「……俺の報酬金、忘れんなよ?」
「……あんちゃん、忘れてなかったか……」
少し残念そうなルーサを、どこか睨みつけるように見てから仮面が去って行った。