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黒き仮面剣士の異界道中  作者: 彩帆
第一章 白塔の幽霊と黒き剣士
14/35

14・白き都の幽霊

 あの幻のダンジョンが発見されてから今日で一週間。今だこの街の人々はダンジョンに姿を現した〈白塔の都〉の話で持ちきりだ。

 白き石畳の広場。その中央には何人もの人々を飲み込んでは行き先に案内する巨大な光る門。ダンジョン内へと続く〈転移門(ワープゲート)〉があるこの階層には、〈白塔の都〉へと向かう冒険者達がひっきりなしに出入りしていた。


「……みんな揃って観光ですか。確かにあの街の風景はこの世界とはかけ離れてるから、観光には悪くはないか」


 そんな冒険者達を見て、一人呟いて一人で納得するように頷く者。人垣から離れ、近くに植えられた木の影に潜むようにして立つ仮面であった。


「観光する場所にしちゃ少し治安が悪いと思わないのか? 冒険者ってやつは揃いも揃って命知らずが多すぎるよ……まぁ人の事はあまり言えないか」


 そんな風にして呆れる仮面であるが、その呆れはどこか仮面自身も含まれていた。


「……そろそろ終わるみたいだな」


 仮面が門から視線をずらす。そこには門とは違う人垣があった。その先にはどこかステージを思わせる作りをした踊り台。魔法による照明がそこに立つ人物を照らしていた。


「みんなー! 今日はマオのライブに来てくれてありがとぉー!!」


 淡いピンク色の掛かった白銀のツインテールの上に乗っかる可愛らしい猫耳としっぽを揺らし、くるりと大きな桃色の瞳は目の前の人たちを映す。ヒラヒラとした春の陽気のような衣装に身を包んだ猫の獣人がスポットライトを浴びていた。


「うおおー!! マオちゃん!!」


「マオちゃん今日も可愛かったよおおおお」


 そんな彼女の声に、見ていた者達が歓声を上げる。


「さすが受付アイドルのマオちゃんかな? 相変わらず凄い人気だな」


 それを遠くで眺めていた仮面が感心するように呟く。先程までこの場ではこのマオという子のライブが行われていた。受付アイドルのマオ。彼女はギルド公認アイドルとして売りだされたのはつい最近のことだ。

 ギルド連合組合が作り上げた情報通信網〈ギルドネットワークシステム〉、通称〈GNS〉が稼働してからというもの、冒険者達はネットを通して依頼を受ける事ができるようになった。

 試験運用中であるためこの都市だけでしか出来ないことだが、この都市の冒険者達の殆どがその方法を用いて依頼を受けている。そのため、従来のようなギルドの支店に行きそこで依頼を受けるという事が少なくなった。


 つまりは……今までギルドで冒険者達を笑顔で迎え、依頼の確認などをしていた受付の者達の仕事がなくなったのだ。今の受付達の仕事と言えば、時たま現れる高難易度の依頼を受けに来る冒険者の対応ぐらいだろうか。〈GNS〉登場前に比べると明らかに仕事が減っている。


 その影響で受付という仕事を辞めた者達が後を絶たない。この影響を重く見たギルドは対策を立てた。


「それがあのアイドルって……もう少しマシな案はなかったのかな?」


 仮面が呆れながらステージの上で手を振るマオを見る。彼女はいずれ居なくなっていたかもしれない受付という役職を無くさぬために、ギルドが立てた対策である。普段は受付カウンターから出てこない彼女らをこうして表舞台に立たせる。そして……


「最近画面ばかりを見ながら依頼を受けてない? たまには私達とお話しながら依頼を選びましょうよ! ギルド支店にてあなたの受付嬢、マオが待ってまーす!」


「うおおー! 俺行くよ! 必ず行くよおおおお!!」


「俺もマオちゃんから依頼を受けに行くうううう!!」


 マオの声に観客たちが一斉に声を上げて答える。その熱気と歓声は遠くにいる仮面にも届くくらいだ。


「……まぁ効果はあるみたいだけど」


 受付アイドルマオの登場により、今まで人が来なくて久しかったギルド支店に冒険者達が寄るようになった。その殆どはマオ目当てではあるものの、受付という役職が今も残っているのは彼女のお陰だろう。


「みんなありがと! 受付カウンターで待ってるからね! あぁそうそう! ダンジョンの〈改変〉まで残り二週間を切ったよ! みんな分かってると思うけど〈改変〉三日目にはダンジョンへの入場禁止になるし、もし〈改変〉に巻き込まれたら地上に戻って来れなくなるかも!? そんなのマオはイヤイヤ! だからみんな、できれば〈改変〉の三日前には地上に戻ってくるんだよ? マオとの約束なんだから!!」


 マオがアイドルとしてだけでなく、きちんと受付という仕事をしてから歓声を浴びつつ舞台袖へと消えていった。


「……いやー今日のステージもすごかった。彼女のような逸材を見つけてきたプロデューサーはさすがとしか言えないかな?」


 観客たちが少しづつ解散してくステージ。その裏でマオと話すハーフエルフの青年。彼がマオのプロデューサーらしく、彼女を労うように会話をしているようだった。


「いやールーサ、今日のマオちゃん最高でしたッスね!」


「ああ! そうだな!」


 そんな会話が聞こえてきて、人垣の方を見るとなんとルーサとその助手の姿があった。二人共手にはサイリウムやうちわを持っていた。


「……あいつら何やってるんだ」


 そんな二人の姿に思わず目が外らせなかった仮面であった。まさか受付アイドルの影響が彼らにまで広がっているとは。ライブの行われるこのフロアは中層にある。それ故か上層からも下層からも人が集まるのか、ここにいる人間の半分程は普段は見かけない住人達も含まれていた。恐るべし、アイドルの力。


「おっともうこんな時間。そろそろ行かないとね」


 そう呟いた瞬間に仮面の姿は消えた。木陰の闇に消えるかのように。







 ◆ ◆ ◆



 今日の空は相変わらず晴天だった。いつもの白い街を照らす太陽の光がギラギラと光る。


「相変わらず本物そっくり……これって雨も降るのか?」


 白い細長い建物の上。その屋上で空を見上げる仮面が一人。またしてもこの〈白塔の都〉にやってきた仮面は興味深そうに空を見ていた。


「まぁいいか。さぁてと……そろそろ出てきてくれるとありがたいんだけど」


 仮面が声を上げて辺りを見渡す。屋上には仮面しか居らず、誰も居ない。だが今の仮面は明確に、誰かに向かって話しかけていた。仮面は今日一日何処へ行くともなくこの街をブラブラとしていたのだ。時に白い人の相手をしたり、時に冒険者達にちょっかいをしにいったり、そんな風にして動く仮面に何者かが付きまとっていた。


「いつまでもストーカーされて見張られちゃ流石の俺も疲れるんだ。俺のファンだろ? サインでもしてやるから出てこいって」


 そんな仮面の言葉に誘われたのかわからないが、目の前に光の集合体が突如として現れる。それは徐々に人の形をなしていき、気づけば半透明な人型が宙に浮かんだ状態で仮面の前に現れた。その幽霊は小さく、子供ほどの大きさをしている。


「やぁこんにちは。君が噂の幽霊ちゃんかな? 会いたかったよ」


 仮面の下にある口が嬉しそうに笑う。仮面の目的は最近情報掲示板などで騒がれていた、この幽霊の存在であったようだ。


「……どうした?」


 仮面が不思議そうに幽霊を見る。仮面が話しかけてからというもの幽霊は何も話さない。ただそこにおり、仮面を見ているだけだった。


「ねぇ? 何か話してくれないかな? それとも俺の声聞こえてない? やっほー聞こえてる?」


 仮面がさらに話しかけるも、幽霊は黙ったままだ。散々話しかけた後に、仮面が諦めかけたその時だった。


『…………――――、――――――』


 ――何かの“音”が響く。それを発したのはどうやら幽霊のようだ。その音を発した後、しばらく仮面の様子を見ていた幽霊であったがどこか諦めた様子で振り返った。


『……どうせ』


 そのまま消え去ろうとした幽霊を止めたのは仮面の“声”であった。まるで驚くかのようにして、幽霊がまた振り返る。そこには何か面白そうに微笑む仮面の姿。


『どうせ、あなたに私の声は聞こえません……って今言っただろ?』


 その瞬間幽霊が固まった。機械がフリーズしたかのように、一切の動作をしなくなった。だがその様子からすぐに立ち戻った幽霊が仮面にしっかりと顔のない顔を向ける。


『……なぜ? 人間が今の周波数を捉えた? それにその声は……ありえません。この魔力周波数を人間が捉えるなど……』


またしても幽霊が“音”を発する。その音に乗せられた言葉を仮面は理解していた。


「そうだな、普通の人間だったら無理だろう。たとえ高位の魔術師でも難しいだろうな。だが俺には出来る」


 自信満々に語る仮面の前に、幽霊はどこか警戒を強める。


『あなたは何者ですか? この私の声を聴いたあなたは只者ではない』


「ただのなんでもない。冒険者でない通りすがりの旅人だよ」


 そう仮面は答える。だが幽霊の声を聴いた仮面がただ人なのはありえない。かの幽霊の声は普通の声ではない。一種の特別な電波なのだ。魔力で造られたその音は特殊な装置などを持ちいらない限り、聞くことなど不可能である。

 過去の大いなる時代〈大魔導時代(マギナ・アエラ)〉の技術を用いられている為、さらにこの世界の者達では到底聞き取る事の出来ない音だ。


 だというのに……この仮面はその音を理解し、さらには自身の口から発してみせた。仮面の今の声は聞けば何の変哲もない普段の声である。普通の人間が聞けばそう聞こえる。しかしそう見せかけて今の仮面の声は、幽霊の発した声に近い。現に幽霊はその声をはっきりと人の発する声ではなく、電波として受信していた。


『……あなたは本当に人間であると?』


「ひっどいな……それじゃまるで俺が化物みたいってことか? 俺はれっきとした人間だし、この世界には俺以上に化物だと思う連中が沢山いるってば……」


 わざとらしい落ち込んだ素振りを見せる仮面。そんな普通ではない仮面に警戒を解かない幽霊。その様子を見た仮面が自身の顔を指しながら言う。


「それじゃあタネ明かしをしよう。実はこの仮面には特別な仮面でな、こいつがお前の声を受信して――」


『否、その仮面にそのような機能は備わっていない』


 自慢気に話していた仮面の言葉をばっさりと感情の見えない幽霊の言葉が切る。


『その仮面には確かに受信機としての機能はあります。ですが私の声を受信することは機能的にできません』


「……ははっやっぱりこの街の住人ってだけあるのかな? 見抜かれちゃったよ」


 そう言いつつ残念そうにする仮面。付けている仮面が受信機でないのならば、この者は一体どうやって幽霊の声を聞いているのやら。


『……対象の測定完了。魔力属性、風。魔力量、D判定。しかしこの異常な数値が不明。測定エラーがある模様。……修正次第再測定――』


「うわっ静かだと思えば何やってるの!? それ以上はダメ!」


 幽霊の呟きにどこか慌てた様子で仮面が止めようとする。幽霊に触れようと手を伸ばしたが、実態がないのか、仮面の手がすり抜けた。そんな仮面には構わず、幽霊は目の前の者の正体を掴もうと調べるが……


『……測定結果、エラー。原因は不明』


 どこか残念そうに呟く機械の声に仮面はホッとした様子だ。


「ダメだよ、勝手に人の事探ったら……。個人情報なんだからさ」


 どこか子供を諭すようにそう言って笑う仮面。本当に一体何者なのか。幽霊の測定では能力は普通かそれ以下の数値だった。だがその数値は何故か合わない。その原因を探ろうとしたが、失敗に終わってしまい、謎が深まるばかりでった。


 また黙りこくる幽霊を前に仮面がああそうだったと何かを思い出したように話し出す。


「そうそう、俺幽霊ちゃんにお礼を言いたくて君を探してたんだ」


『……お礼?』


 男女どちらもつかない機械的な声が何の事か分からないと言ったように言葉を返す。


「そう、あの時。俺ともう一人連れが車に乗って白い人に追いかけられてた時の事」


『……一致する条件が一つ。あなたとその一人がガーディアン達に排除されそうになった時でしょうか?』


「そうその時。……カーディアンって言うんだあの白い奴。まぁそんなことより、あの時は助けてくれてありがとうな」


 感謝の言葉を込めて仮面が言う。その言葉には先程のような嘘は含まれていなかった。だが幽霊はどこかきょとんとしたように仮面を見る。


『……私が礼を言われる理由が分かりません』


「えっでもあの時助けてくれだろう?」


『助け? 私はそのような事をした覚えはありません。ただ私は……私は……?』


 そこで言葉は止まる。幽霊は理由を検索するように思考していた。あの時の行動。今もう一度思い出せば幽霊でも不可解であった。

 彼らを助けることに何のメリットもなかったはずだ。ただ、ただ、壁の耐久力と車の衝撃力を計算し、あの一点が壊せるという結果が出た。その結果の検証をしたかっただけと幽霊は結論づけた。


『……あの障壁があの車ならば壊せるという結果が出ました。それを証明しただけです』


 そう答えるも、幽霊は分からないといった様子だ。


「ふーん。まぁいいさ、理由はどうあれ俺たちを助けてくれた事には事実だし、感謝しておくよ」


 そう言うと仮面は幽霊から背を向けた。


「ただそれが言いたかっただけ。用事が済んだし、俺はもう帰るよ」


 言うやいなやさっさと歩き出していく仮面。そして屋上から飛び降りて姿を消した。



『…………』


 残された幽霊はしばらくその場に佇んでいた。


『……分かりません。何もかも分かりません』


 仮面の事も、幽霊自身の行動も。仮面が去った後のこの場の言い表せないこの“もの”も。こんなことは初めてだ。

 目覚めてからというもの、全ては計算され、完全に理解出来るものであった。だが、初めて人と会話したからか、今回の事に関してはいくら計算しても答えが出ない。


 そしてまた、幽霊も消え入るように光を飛散させ姿を消す。消せない疑問を抱えたままに……。







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