13・白き都にて
――空が青い。
白くふわふわと風に揺られるように浮かぶ雲を有したこの空は地平線の彼方、この星の宇宙の向こうが見えそうなくらいに晴れ晴れとした青空だ。
だが、その青は造られた色。けして本物ではない。その青に浮かぶ雲も、茜色も、曇天も、様々な姿に移り変わるこの造られた空は、偽りしか映さない。
しかしそのものは空を見上げる。虚無の空を永遠と映す壁の向こうに、その外に、本物の空があることを信じて。
この願いは果たして抱いてよいものか。自身もあの空と冷たき物達と同じ、造られし存在である事に違いはない。違うとすれば……この空に向けた夢だけだ。
鋼鉄で造られた心なき冷たき物達が、守護せし箱庭の街。白き塔の列なる街の中央にそびえ立つ、一際大きな塔の中。窓の外に広がる偽りの空に向けて、そのものは、一人手を伸ばす。
――けして見ることは叶わぬ、偽りなき空を求めて。
◆ ◆ ◆
「相変わらず、ここは真っ白。あっちを見ても真っ白。こっちを見ても真っ白。白、しろ、シロ。なんて面白味のないところだろうね」
白一色の街の中を一人歩く黒き者がそう周りを見渡しながら言う。さしずめ白い街の中を動く黒いシミのようなそれは相変わらず顔にも黒い仮面をしている。もう説明しなくても分かるくらいに怪しさ全開の仮面であった。
「白色って膨張色だから無駄にでかく見えて落ち着かない。ここは黒色にしてみない? 心が落ち着くよ?」
収縮色まみれで普段より小さく見える仮面がそんな事を言っている。相変わらず周りに誰もいないというのに、一人喋りながら白い道路の真ん中を堂々と歩く。
仮面がいる場所はもちろん〈白塔の都〉だ。辺りは白い四角い建物が連なり、中央には空の上にどこまでも続く一際大きな塔がある。今のこのダンジョンはどこから噂を聞きつけたのやら、勇敢か、はたまた命知らずか、そんな冒険者達がこのダンジョンに殺到している。以前来た時は静かであったこの街も少し歩けば、戦闘でもしているのだろうか? どこからか爆発音が聞こえてくるほどだ。
「まったく……この街の何がいいんだか? あるのは白いビルと酷いおもてなししかしてくれない、対して面白くもない冷たい兵士達しかいないってのに……不思議だね」
そんな仮面もなぜここにいるのか。仮面はこの街に興味などなく、もう来ないと言っていたというのに。
「……あ、もしかして、今の癪に触った?」
そんな仮面の目の前に、現れたのはあの白い人だ。三体の白い人が仮面の行く手を塞ぐように現れた。彼らの手に持つ銃はぴったりと仮面を捉えた。
「仕方ないじゃん。本当なんだもん、君たち愛想ないし――」
そう言う仮面など無視して仮面に向けて銃は発射される。光を圧縮したかのような青白い三つの光線が飛ぶ。
「あぁもう! 人が喋ってる時に邪魔しちゃダメって習わなかったのか?」
仮面はその光線を軽々とかわす。
「ねぇ? 君たち一応喋れるだろう? なら少し俺と話をしてみないか? 意外と分かりあえて戦う必要とかないかもしれないよ?」
そう仮面がいうも、帰ってくるのは沈黙だけであった。いや、返事の代わりにまたしても光線が飛んで来るだけだ。
「あははっ……やっぱり君たちとは話しても無駄ってことかな? それとも俺の声は聞こえていない? まぁいいよ、なら……」
迫り来る光線をヒラリとかわす。後ろで地面が溶ける中、それに構うことなく仮面は袖口からリボルバーを取り出す。左手に持ったそれを白い人達に向けた。
「スクラップにしてもいいってことだよな!!」
そう言って全弾撃ちこむ。……が、すべて見当違いの所に飛んで行くのは必然であった。
「…………ちょっとタンマ。今のは間違えた」
やっちまったと言う感じを出しながら、仮面は右手を出して白い人たちに止まるように指示する。だが白い人達が止まるわけがない。
「待ってて、お願いだから! ああああ!! やべっ間違えて装填動作しちまったああああ!!」
そう慌てる仮面の足元に銃弾が六発、乾いた音をたてながら落ちていく。いつもなら袖口から出た銃弾は、そのまま綺麗にシリンダーに収まって装填できる。だが今回はシリンダーに収まる事なく、仮面の足元に無慈悲にも落ちていった。
「これだから癖って嫌だよねぇ……する必要がない時も癖でしちゃうから」
足元に銃弾が転がり、装填されていないリボルバーを手に持った仮面。その仮面の目の前には今にも攻撃しそうな白い人が三体。
その内の一体が、光線銃の銃口を仮面に向ける。この隙を逃さぬように、目の前の侵入者を滅しようとする一撃を放とうと、引き金に指をかけた。
――ガンッ。
その時、何かが当たる音が響く。それは仮面に銃を向けていた白い人の方から鳴り響いた。音の原因を探ろうとする他の二体の白い人がそのレンズにありえない光景を映す。
それはその白い人の光線銃が“何か”に撃たれたのか、穴が開いていた。そこからビリビリと電気が迸り、光線銃は爆発。持っていたその白い人も巻き込まれた。
「君たちはいいよね。ロボットだから癖とかなさそうだし」
またも何かが飛んできた。それはもう一体の白い人の顔に付けられたレンズを割る。もう一発飛んで来てそれはレンズが割れた白い人の光線銃に当たり、先ほどの一体と同じ結末を辿った。飛んできた方角を無事な一体は見る。するとそこには片手に銃ではなく剣を持つ仮面の姿。
「やっぱり俺はこっちだな。どうも銃は苦手なようでね。いつもはちょっとズルしないと正確に撃ち込めないからさ」
そう言った仮面は地面に落ちる一つの銃弾を蹴り上げた。宙をクルクル舞う銃弾。その小さな銃弾を、手に持った剣で弾いた。弾かれた銃弾は薬莢が付いたまま飛んでいき、無事だった白い人の顔面に撃ち込まれた。
「こういうのなんて言うんだっけ? あぁホームラン? 違うか」
何かを思い出そうとしていた仮面に、青白い光が飛んで来る。すぐさま回避した仮面は前を見た。さきほどレンズを破壊した白い人がこちらに光線銃を向けて立っている。その側にも爆発に巻き込まれてもなお動こうとする二体の白い人。
「しぶといねぇ……それにしてもカメラは破壊しただろ? なんでこっちを狙える?」
仮面があたりを見渡す。すると通りの一角、白い建物の壁に取付けられたそれを見つめた。それは仮面の姿を捉えているのか、仮面が動くと追従するようにレンズを動かす。
「……この街の監視カメラと映像をリンクさせてるのかな? ならこっちの位置は特定できるか」
その監視カメラを見ていた仮面にまた光線が飛んで来る。それを回避した後、仮面は袖口より銃弾を一つ取り出す。仮面は走って絶え間なく続く光線を避けつつ、それを先ほどと同じように剣で弾く。銃弾は狂うことなく監視カメラを貫き、監視カメラの動きを止めた。
「……おっと、まだ動くか」
だがそれでも白い人の動きは止まらず、仮面を狙い続ける。他にも監視カメラがあるようだ。
「でもまぁ、それを見つけるよりお前を倒した方が早そうだな」
ニヤリと笑った仮面の手にキラリと光るものが落ちた。また飛んできた光線を避けて、仮面は白い人に向けて走る。その速さは人間でも、そして機械でも捉えきれなかった。
「ほーらこっちだ!」
一瞬にして消えた仮面に一瞬動きを止めた白い人。だがすぐに位置を特定する。白い人の真後ろであった。
「ちゃんと聞く耳を持っているなら答えてくれてもいいのに……。まぁいい。――この前は井原がいたからほんの少しの本気も出せなかった。でも今なら出してもいいよな!」
仮面の手にはキラリと光る宝石のような物。それは青く半透明だ。それを躊躇なく剣の柄で勢い良く割った。
「――今紡ぐは虚無なる言の葉。……応えよ、そこに在りし視えざる存在よ」
飛び散った石の破片が落ちる中、仮面がくるりと剣を回す。それに応じるように飛び散った破片が風に乗るように辺りを舞う。
「光り輝く闇夜の陽、日々移ろうその身に宿りし水無の海が一つ――〈波の海〉」
きらめく破片が舞う中、仮面が後ろを振り向いた白い人を横薙ぎに斬った。その斬撃が周りにいた他の二体の白い人を巻き込む。その衝撃は凄まじく、辺りの白い建物のガラスを割ったほどだ。
「白き物言わぬ物達に、さざ波の終わりを告げよう」
目の前にいた白い人は胴体から真っ二つにされて倒れていく。近くにいた二体もまた二つに体が別れていた。
「……まぁこんなもんか」
倒れ去った白い人達を前に、仮面は静かに剣をしまう。そのまま去ろうとしたその時――
『自爆モード、オン。3……2……1――』
「えぇっ!?」
まだ壊れていなかったのか、一つの白い人が割れたレンズからチカチカと光を点滅させてそんなことを言う。そしてピーと言う起動音と共に爆発。他の二体もそれに誘爆され爆発。一帯は爆発の海に飲み込まれた。
「もう! いきなり爆発するとか……びっくりしたじゃないか!!」
そんな文句が爆発した所から少し離れた場所から聞こえてくる。爆発の黒い煙から離れた所にはいつの間にか仮面がいた。
「爆発するならするって言ってよ……言ってたか。まぁとにかくびっくりしたよ、君もそう思うだろう?」
突然、仮面が誰かに話しかけるように隣を見た。だがそこには誰もいない。
「……返事をしてくれてもいいのに、シャイなんだから。それとも、もうここにはいない?」
辺りを見渡すように仮面はキョロキョロと見る。だが辺りには先ほど爆発した白い人の残骸しかない。
「んーさっきまで何かいた気がしたんだけどなぁ……俺の気のせいだったか? まぁいいや、また来るから気が向いたら話しかけてくれよ!」
そう、誰かに向けて仮面が言うと歩き去って行った。
◆ ◆ ◆
『…………』
近くの四角い建物の屋上に人影が現れる。それはこの場を去って行く黒い人影を静かに見下ろしていた……。