12・噂の影
「申し訳ないであります……ボクのせいで」
「リンリーのせいじゃない。だから謝るな」
この一連の原因は自分であると思ったリンリーが申し訳無さそうに仮面を見上げる。そんなリンリーに気にするなと言うようにまた頭を撫でてやる仮面であった。
「悪かったって……金ができたら返すからよー」
ルーサは仮面からの鉄槌を食らったのか、痛む頭を抑えつつバイクを弄っている。仮面の報酬金がつぎ込まれたのだ。これでバイクは直りませんでしたとなれば、きっと仮面は許さないだろう。
「だからあっしは言ったじゃありませんか、仮面さんの報酬金は使ったらダメっスよって……」
その隣では呆れる〈魔導人形〉の助手がいた。相変わらずひょろ長いボディを持った助手は、どうやらルーサの事を止めていたらしい。だが彼の知らぬ間にお金はパーツへと変貌していたそうだ。
「すまないっス、仮面さん。お金ができたら必ず返しに行かせますから……」
「絶対だからな? 約束だぞ?」
仮面が念を押すように言う。踏み倒されるのは初めてではないが、だからと言ってされていい訳ではない。一応今はお金に余裕はある。少しぐらいならば待つ余裕もあるが、あまり長引くようであればまた催促に来なければならないだろう。
「まぁそれより……君は俺の報酬金延期させといていつまでここにいるんだ? 〈白塔の都〉に行きたかったんじゃないのか?」
金はまだ払われいない達成した依頼。その依頼は〈白塔の都〉を見つける事であった。だが、ルーサは発見したというのにあの〈白塔の都〉に行く素振りを見せない。これでは本当に見つけた仮面の努力は無駄になってしまう。
「仕方ないだろう……俺だって行きたいがな、あそこは最高難易度の場所じゃないにしても、行くのが面倒な場所だ。〈掲示板〉での情報を見ても……行く前に死んじまう」
「確かにそうでありますね……あの一帯は中級以上の冒険者以外は近づかないように治安局としても勧告をしておりますし……」
ルーサの言葉にリンリーも頷く。確かにルーサの言う通りであった。彼は冒険者でない。そんな彼がダンジョンに挑むのは難しいだろう。
「お前が俺の護衛をしてくれるんなら話は別なんだがなぁ……」
バイクを弄っていた手を止めてルーサは仮面をちらりと見る。確かに仮面が手伝えば彼は安全にあの〈白塔の都〉に着くことができるだろう。
「嫌だね! 俺を護衛にしたければまず金を払ってくれ!」
が、この申し出を仮面はきっぱりと断った。前の依頼の報酬金が支払われていないというのに、次の依頼など受けるなど、よほどのお人好しでなければ受けないだろう。仮面の制作に関して色々と世話になった恩人であるがそれとは別なのだ。
「じゃあ仮面が〈白塔の都〉に行くことはないか? 俺は付いてくだけにするからさ!」
「邪魔だ付いて来るな! ……言っておくが、俺はもうあの街には行かないからな」
「えっなんで……」
なぜという表情でルーサが仮面を見る。あの幻のダンジョンと言われた〈白塔の都〉だ。現に見つかってからというもの、あの場所には冒険者が殺到している。
「俺は依頼で探しただけだ。元々あの場所には興味なんかないからね」
「嘘をつけ、本当は行きたくてしょうがないだろう?」
「それは君だろ、ルーサ」
「ちっ……お前が行かないならしゃーない。他を当たるか」
そう言ってルーサは考えこむように腕を組む。どうやって金を出さずにあの場所に行くかを考えているようだ。
「あの、本当に興味が無いでありますか? 幻のダンジョンでありますよ?」
すると隣にいたリンリーが不思議そうに仮面を見上げていた。
「幻って言われてもね~……冒険者達には胸躍るような場所なのかもしれないけど、俺は冒険者じゃないからな」
「えぇっ冒険者じゃないんですか!?」
冒険者でないと聞いてリンリーは驚く。無理もない。リンリーは仮面と出会ったのはダンジョンでしかも敵を圧倒的な力で倒した存在というものであった。きっと名のある冒険者に違いないとリンリーは思っていたのだ。だが同時に納得もしていた。それは仮面の情報を探しても見つからなかったからだ。冒険者でない仮面を、冒険者の枠組みから探しても見つかりはしない。
「だからこういう事が起こってるんだよ」
仮面がルーサを指さしながら言う。冒険者であればギルドで依頼を受けるのが普通だ。これがギルドの依頼であればこんなことは起こりはしない。
「な、なるほど……しかし本当に口約束でありますか? せめて紙の契約書もないのでありますか? それさえあれば治安局のほうで……」
「……記録は残さない主義でね。残念ながらないんだなーこれが」
「そうでありますか……」
そう言われてリンリーは少しがっくりと肩を落とす。仮面の手助けをしたかったようだが、その肝心の本人が手助けとなる材料を作っていないから仕方ない。
「なんか俺が悪いみたいになってるんだが……」
「実際にそうッス、ルーサ」
「俺はただ虎っ子の願いを叶えたくてだな……」
「ならさっさと手を動かすッス。あっしとしてもあの街には行きたいんですからね」
そうルーサに言ってから助手は仮面達の方へと近づいてきた。
「そういえば二人はこの噂をご存知ッスか?」
「噂?」
仮面とリンリーが首を傾げた。そんな二人を見て助手は手を振って光るモニターを宙に出す。その画面に映し出されたのはこの都市の情報掲示板であった。その中のダンジョンに関する情報を集めたものが現れる。
「ほら見てくださいッス。なんでも〈白塔の都〉には幽霊がいるって噂があるんすよ」
「幽霊? それってモンスターじゃなくて?」
「多分違うと言われてるッス」
映しだされた情報には確かに幽霊の目撃情報があった。だがその報告数は少なく、眉唾ものであるとされているようだ。
「どうやら人によっては見れないようなんス。だからこんなにも報告数は少ないんッス。でもあっしはきっと見れるッス! あっしはこの幽霊を見に行きたいんス。もちろんあっしのような〈魔導人形〉の仲間を探しに行くッスけど!」
なぜそこまでして自分は見れるという、自信があるのか分からないが助手の熱意は凄い。
「……機械なのに超常現象を信じるのか……」
そんな機械の体を持つ助手に思わずそう呟く仮面。だが助手の存在自体が摩訶不思議な魔法を用いられた〈魔導人形〉という超常現象である。きっと何か引かれるものがあったのだろう。
「ボクもその幽霊さんが気になるであります! あぁ……この地上の警邏任務に回されなければもしかしたら〈白塔の都〉の任務に行けたかもしれないのにぃ……」
「仕方ないッス。期間が終るまで大人しく待つッスよ」
悔しそうにするリンリーにそう声をかける助手。リンリーはこの前の任務……仮面が助けた時の事が影響しており、現在はこの街の警邏任務に回さられている。危険な目にあったからかこういう処置がとられたようだ。
「にしても幽霊……幽霊ねぇ……」
助手とリンリーが幽霊や〈白塔の都〉の話を熱心に話し合っている中、仮面が何かを思い出すようにブツブツと独り言を言っていた。
そんな彼らの会話を聞いていたルーサが手を止めて叫んだ。
「あぁー俺も〈白塔の都〉に行きたい! どうにかしないとなぁ……次の〈改変〉までいつだっけ?」
「次の改変は二週間後であります」
「それまでに行かないとまた幻のダンジョンに元通りッスね」
助手の容赦無い言葉にルーサはまた落ち込んだ。今回は運良く見つかった〈白塔の都〉だが、それまでは幻のダンジョンと言われていたのだ。次の改変が来ればまたダンジョンの海の中に消えてしまうかもしれないだろう。
「仮面! 頼む! 俺を連れてってくれよぉぉぉ!!」
「だから金を払えと言っているだろう!」
青年の泣き落としなど通じるはずもなく、仮面はルーサの頼みを一蹴する。もう諦めるか金を作るしかない。
「まったく……付き合いきれないな。俺はこれで失礼するよ」
「仮面さん申し訳ないッス」
「君は謝らなくていいんだよ」
大きな図体をペコペコと曲げて謝る助手に同情しつつ、仮面はルーサの研究所を後にした。
「それじゃボクも警ら中なのでこれで失礼しますね!」
仮面が去った後、リンリーも立ち去ろうとするが……
「あぁー!!」
「なんだ虎っ子……いきなりどうしたんだよ」
大声を出したリンリーを驚いたルーサが見る。そこにはどこかしまったと言ったような表情をしているリンリーが居た。
「名前……聞き忘れた……」
「名前?」
「さっきの人です! 仮面をしたあの人! おじさんは知らないですか!?」
「俺はおじさんって歳じゃねーよ! ……仮面の名前ねぇ――俺も知らないな」
まだまだ若い見た目だがおじさんと言われて、さらに落ち込むルーサであったがきちんと答えた。そういえばとルーサも思い出す。仮面の名前を知らない事に。
「まぁ別に名前なんてどうでもいいじゃねーか。仮面って呼べばいい」
「えぇー……」
どこか不満そうな表情のリンリー。そんなリンリーにルーサはやれやれと言ったように言う。
「そんなに名前を知りたきゃ本人に聞け」
「……うぅ、そうでありますね」
次こそは名前を聞くと決意するように拳を握るリンリーであった。




