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黒き仮面剣士の異界道中  作者: 彩帆
第一章 白塔の幽霊と黒き剣士
10/35

10・指し示すもの

 ――何やら騒がしい。


 そう感じたのは少し前。いや、感じたという表現はかのものには相応しくない。認識した。普段は大人しいカーディアン達の反応があったのだ。彼らが動くということはこの街に侵入者が入ったということ。彼らはこの街を守る為に存在しているのだから。いや、それだけの為に彼らは、守るものが無くともこの無人の街を守るように設定されている。


 彼らが動くのは三百三十時間五分四十七秒ぶりだ。侵入者は時折現れるがこんなにも早くに次の侵入者が現れるとはかのものには予測できなかった。


 ――またその侵入者を見に行ってみようか。


 思い描いたいくつかの選択肢にその行動が出された。しかし、きっと彼らはかのものを認識できないかもしれない。また気づかれずに終わるかもしれない。


 だがどうやら、かのものの興味が勝ったようだ。このどこまでも冷たい街の中で動く、暖かさを持つ者達に。


 白い白い丸い部屋。中央に置かれた白い台座から、淡い意思を持つ光が飛び出していった。









 ◆ ◆ ◆




「もう無理……これ以上は走れん……」


 仮面が疲れたように息を切らして地面に手を付いている。彼らはあの“白い人”から無事に逃げたようだ。しかし逃げただけでこの〈白塔の都〉にいる限り彼らに見つかれば、また追ってくるだろう。


「……ありがとうな仮面。しかしどうしたものか」


 水筒を取り出して水を飲む仮面を労いつつ、井原が辺りを見渡す。先ほどよりも中心街に入った場所なのか、見上げる建物ばかりでどことなく圧迫感がある。そしてどこまでも白い。辺りを見渡せど、この〈白塔の都〉から出られる出口らしきものはない。


「どっかにもう一つ〈転移門(ワープゲート)〉があるはずだ、それを探せばなんとかなると思うけど……」


 落ち着いたらしい仮面が立ち上がり、井原と同じように辺りを見渡す。だがその見渡し方は少しだけ違っていた。


「…………まぁ分かっちゃいたが、この魔力電波のせいで周囲の状況が何も分からん」


 仮面はそうつぶやきながら顔に付けられた仮面を抑える。普段ならば周囲の状況は手に取るように分かる仮面であるが、この街に流れる魔力の乗った電波のせいで何も分からないようだ。でなければ先ほどあれほどのように“白い人”の接近を許さなかっただろう。


「……なんだ、そっちの端末もダメなのか。他の隊員は別として同じエリア内にいる仮面とも通信不能……。しかもダンジョンに関する情報系統までダメとか……」


 井原が透明な腕輪から飛び出た光る板――モニターを操作しながら言う。ダンジョン内では様々な通信や情報手段が遮断されるとはいえ、ダンジョン内でも使える機能はある。だがこの〈白塔の都〉ではそれすらも使えないようだ。これだけでこの〈白塔の都〉は明らかに他のダンジョンとは違う、異質なダンジョンだと分かる。


「まったく……気味が悪いね」


 仮面が頭を抱えつつ、背筋が凍るほどに綺麗な空を見上げた。この街の異常さは分かっていた。これ以上ここに居れば狂ってしまえそうだ。……狂う前に死ぬかもしれないが。


「……おい、仮面! またあいつらだ!」


 井原の指し示す方を見れば、確かにあの白い人の姿が数体確認できた。


「おいおい……まだハーフタイムは終わってないってのに」


 そう言いつつ仮面は井原とともに静かに走り出す。まだ彼らはこちらに気付いていないようで、無駄に動き回ればそれこそ見つかるだろう。


「どうする? またお前が走るか?」


「嫌だね、井原重いからあんまり走りたくない」


「なっ!?」


「えっ君、自分が重いって知らなか――いてぇ! 走りながら叩かないでくれ!」


「うるせぇ! とにかく走りたくはないんだな。ならここから逃げるにはどうすればいいんだよ」


 隣を走る井原に叩かれた頭を抱えながら仮面が走る。そんな二人が建物の角を曲がった時、それはあった。


 四角い箱のようなものだった。その箱には四つの黒色の丸く平たい車輪のようなモノが側面に付いている。箱には窓と扉が付いていた。どうやら中に乗り込む事ができるようだ。その中にはソファのようなモノがいくつか見えた。見た感じ四人は座れるだろう。


 そしてその箱の色は白ではない。濃い緑色だ。色が違うというのもあるが、明らかにこの街のモノでも――この世界のモノでもない。


「……なぁあれなんだっけ? 見たことあるんだけど忘れた。井原は分かる?」


「“車”だ! 丁度いいあれに乗り込むぞ!」


 井原が車と呼んだそれに近づいていった。扉には鍵が掛かっていなかったのかあっさりと開き、そして左側の前の席、操舵輪がある席に座り込んだ。どうやら操作は井原がするらしい。その隣の席に仮面が乗り込んだ。


「よし、鍵はあるな……あとは動いてくれるといいんだが……」


 井原が刺さっていた鍵を回す。すると大きな音が辺りに響き渡り、乗っていた仮面たちに振動が伝わる。どうやらこの車とやらは動くらしい。この車、きっと異界からの流れモノだろう。時に壊れていて使い物にならないものが多いが、この車は故障していないようだ。


「よっしゃーそれじゃさっさとドライブと行こう!」


 仮面が子供のように興奮気味に叫ぶ。久々か、はたまた初めて見るこの車にどこか高揚しているようだ。


 ――だが。


「おい、井原? どうした?」


 一向に出発する気配がない。車は動かず、ただただ原動機の音が鳴り響く。


「なぁ……仮面、これどうやって動かせばいいんだ?」


 仮面の方を見た井原の顔は、とても困惑していた。


「……どうってそんなの簡単に……あれ? どうすればいいんだっけ?」


 仮面もまた頭を抱えた。この仮面にとって悪環境に先ほどよりもボーとしている頭で考える。この車とやら、仮面も存在を知っていた。目の前で走る光景もどこかで見た記憶がある。だがどうしてか、その動かし方を知らない。いや、動かしたことはなくとも少しは知識があったはずだ。しかし冴えない頭はその知識を引っ張り出してこない。


「やべーぞ! おい! あいつらこっちに気づきやがった!」


 井原の慌てた声に仮面は考えることを止めて後ろを向く。そこには先ほど見たあの白い者達の姿が、道の角より現れていた。


「井原今すぐ動かせ! 君は〈流れ者〉なんだろ!? これくらいちょちょいのちょいで動かせるだろう!?」


 仮面が隣に座り、操舵輪(ハンドル)を握りしめて、後写鏡(バックミラー)に映る白い影に怯える井原を急かす。確かに井原は異世界人だ。それにこの歳だ、元の世界で車の一つや二つは動かしたこともあるかもしれないが……


「はぁ!? 無理だ! 俺の異世界歴何年だと思う? 二十数年だぞ!! 車なんて運転もしたこともねーよ!」


「嘘だろ!? 俺よりも異世界歴長いのかよ!?」


 まさかこんな所でこんな時に彼の異世界歴を知ってしまうとは。見た目からの年齢で三十を超えた辺りの彼が、二十数年この世界にいるということは車が運転できないのにも納得がいく。ほぼこの世界の住人と言っても間違いではないだろう。


「お前こそ〈記憶持ち〉だろ!! ほら今こそ前世知識を役に立たせる機会だぞ!!」


「俺あっちでは十七歳までしか生きてないよ! 運転したことがあるのは自転車だけなんだよ!!」


 仮面もまたあちらの世界で車など運転したこともない。なにせ仮面の記憶は十七歳という年で終わっているのだ。あの国の基準でなら運転している方がおかしい。


「まじかよ! 使えない転生者だな!」


「君もだろうが! 使えない転移者め!」


 おかしい。この世界以外の知識を持っているはずの者が二人もいるというのに、未だに車を一ミリ足りとも動かせないでいた。もう自分達の足で走ったほうが早そうだ。


「あぁそうだ! ペダル! ペダルを踏むんだ!」


「そうか! それか!」


 仮面が思い出したとばかりに言えば、井原が言う通りに足元にあった二つある片方の、それらしきものを踏み込む。――だが車は動かない。


「おい動かねーぞ!」


「そっちのペダルじゃないんじゃないか!?」


 仮面が焦るように言う。鏡に映る白い影がもうそこまで来ている。もうすぐあの光線銃の射程範囲に入りそうだ。それまでになんとしてもここから素早く離脱しなければならない。


 しかし、無慈悲にも車は動かない。井原がもう片方のペダルを踏んだというのにだ。


「なぜだ!! なぜ動かない!!」


「今思い出すから! というか井原、君も何か思い出せ!」


「思い出そうにも、前の席の女の子は可愛かったくらいしか思い出せねーよ!」


「そんな思い出は要らないよ!! あ、そうだ! これだ!」


 仮面が席の間に取付けられた棒に手を伸ばした。Pという形の模様に合わされたその棒を、Rと描かれた模様の横に移動させる。――すると車は動き出した……後ろ向きに。


「なんで後ろおおおお!?」


「悪いー井原ーこの文字なんて意味か忘れてたわー」


 後ろ向きに急加速した車は、そのまま近づいてきた白い人達を引き倒しながら動く。あわや建物の壁にぶつかりそうになった所で、井原がもう片方のペダルを踏んで急停止させぶつかることは免れた。


「仮面! なんてことしてくれるんだ!? 俺の寿命が縮まったぞ!!」


「転生へのカウントダウンが縮まったからいいだろ?」


「そうなるかなんて博打だろうが! それにお前らのような曖昧な記憶しか持たん奴らにはなりたくもない!」


「ひっどいなぁ……こっちだって全部思い出せるならそうしてるっての……」


 井原の言葉に仮面がしょげながらも先ほど動かした棒を動かす。車は今度こそ前へと進んでいき、先ほど引いた白い人達を踏みながら進む。まさしく踏んだり蹴ったりである。


「とにかくここから逃げるぞ」


 後方からまた新たな白い人が数体現れ出ていた。井原達を乗せた車は加速して、その場から徐々にその場から離れていく。


「やべー俺、乗り物とか苦手だったの今思い出した……」


 最初こそは後ろに高速で流れていく景色を楽しんでいた仮面であったが、すぐに弱々しい声と共に気持ち悪そうに手元に手を当てた。元々この街の環境に合わなかった事も重なり、今の仮面は最悪の状態だ。


「……おーい井原……」


 そんな状態の仮面に井原は何も言わない。いや先ほどからとても静かだ。井原の方を見れば、前方を見つめたまま、固まっている。ちなみに今運転はもちろん井原がしている。先ほどからペダルを踏み込んだままなので、車のスピードは上がるばかりだ。


「い、井原!! 返事をしろ! というかスピード出すぎだ!!」


「んなこと言われても、分からねーよ!」


 完全にパニクっている井原であった。普段の彼はここまでパニックにはならない。そうでなければ隊長と呼ばれる人物にはならないだろう。だが今の状況は井原人生の初の運転。免許もない者が運転しているのだ。……この世界に免許を取る規則は無いが、彼らのように無免許運転は絶対にしてはならないと言っておこう。


「……なんだ、無免許運転はダメってか?」


 仮面が弱々しくも相変わらず減らず口を叩く。彼らの前方にあの白い人達が作ったバリケードがあった。あれを突破するのは難しそうだ。道は大通りでその先がバリケード。左右になんとかこの車が通れる細道がある。バリケードにツッコむか、それとも細道のどちらかに行くかの選択だ。


「おい井原! あの細道に曲がれ!」


「細道!? ど、どっちだよ!?」


「どっちでもいいって! このままだとバリケードに……」


 車のスピードは早い。早く決めなければ細道を通りすぎてしまう。どちらに行くべきか。そのどちらの先にもきっと白い人はいるかもしれないがバリケードほどではないと考える。バリケードよりも安全な道だと考え、そのどちらかに曲がる指示を井原に出そうとしたその時。


「……なんだ?」


 白き大通りの真ん中。丁度バリケードの手前辺り。そこに何やら光る何かが現れた。それはどこか人の形を為したもので、その手がとある方角を指差している。その方角は……細道のどちらでもない。仮面はその光のものと指し示す方角をじっと見つめた。


「おい、仮面! どっちでもいいなら左に行くぞ!」


「待て井原! 曲がるな!」


「なっ!? 曲がるんじゃなかったのか!?」


 そんなやり取りをしている間に細道を通りすぎてしまう。ちらりと見えた細道にはしっかりとバリケードが張られていた。あのまま細道に逃げたとしても、ダメだったかもしれない。


「おいおいおいおい!? どうするんだぁ!? このままだと蜂の巣にされるぞ、仮面!?」


 彼らを乗せた車は壁のようなバリケードの方へと進んでいく。バリケードには何体もの白い人が銃口をこちらに向けていた。


「……そうだな、井原。まぁここはあの幽霊を信じてみようぜ」


「はぁ? 幽霊?」


 仮面が幽霊と呼んだあの光、井原には見えていないらしい。彼はずっと前方を見ていたというのに。


「まぁ、いい。とりあえず左のあそこ……分かるな? そこに行け! 死んだら幽霊になってそいつに文句言いに行こうな!」


「あぁもう、どうにでもなれ!」


 井原が指示通りに操舵輪を回す。それによって車は曲がり、仮面の言った場所に向けてさらに加速をする。いくつもの光線が車を狙うように飛んでくる。車の側面や屋根にかすったのか、車体のあちこちに穴が空く。それでも車はなんとか動き、バリケードに近づいた。


「そのまま突っ込め、井原!」


「おらあああああ!!」


 車は勢いよくバリケードにぶち当たる。すると大きくメキメキと音を立てながらバリケードをぶち抜き、その向こう側へと車は通り抜けていった。どうやらそこのバリケードだけ強度が弱かったらしく、車と当たった衝撃で穴が開いたようだ。


「うおおおおおお!!」


 井原の驚きのような歓声と共に、車はバリケードを離れそのまま走っていく。後ろではどこかポカンとした白い人達が走り去る車を眺めていた。


「……井原うるさい、吐くぞ」


 先ほどの衝撃が凄まじかった。その影響もあるのか、仮面が青い表情をしていそうなほどに気持ち悪そうにしている。


「待て吐くなよ! 吐いたとしても俺にかけるなよ!?」


 井原が必死に言いつつ、それでも前を見たままである。そこで気がつく。その道の先が――無いことに。ここは高所にでもあるのか、その先は崖のようになっており、下にまた街が広がっている。


「うわああ!? 止まれ止まれ止まれええええ!?」


 井原が必死に車を止めようとするが……間に合わなかった。そのまま車は道の先を飛び出し、宙へと躍り出る。


「ヤベーよ……なんかトラウマが……って、あれは!?」


 ずっと手を口元に当てている仮面が何かを下に広がる街の建物の中から見つけ出す。彼らが落ちているその下、大きな細長い建物の屋上。その上に何やら見覚えのある光と模様が見えた。


「……行くぞ、井原」


「はぁ!? おい!?」


 見つけた瞬間、仮面の動きは早かった。具合が悪いとは思えない身のこなしで、扉を開けて車の外に出る。もちろん井原も外に引っ張りだす。そして車を足場に井原連れながら、飛んだ。向かうのはもちろんあの建物の屋上。


 急降下するように屋上へ……そこにあった〈転移門(ワープゲート)〉にへと彼ら二人は落ちる。彼らが屋上の地面に激突する前に魔方陣が発動し、一瞬にして別のどこかへとワープしていった……。




 ◆ ◆ ◆ 




 二人が消えた後、しばらくして大きな音を立てて車が地面にへと落ちた。車体のあちこちに穴が空き、落ちた衝撃でほとんどがひしゃげており、もう走ることはできないだろう。


 そんな廃車と化した車の近くに、そのものは現れた。


 光の集合体が人の形を成したもの。仮面が幽霊と呼んだものだ。


 どこか車を見た後、あの建物の屋上を見るように上を見上げる。表情は分からない。ただ人の形をしているだけで顔は無いのだから。


『……ふふっ』


 ――だがどこか……嬉しそうであった。







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