第6話:勇者の計略
「カンタ、策をくれ」
逢魔時――敵襲を知らせる警鐘が鳴り響く中、桜の木の下でパッソが言った。
およそ頼られることのない人生を送ってきた僕にとって、その言葉は重い。生を実感できる重さだ。信頼を裏切ることなどできようか。
でも。
(人殺しを考えるのは、これで最後にしよう)
いや、最後にしてみせる。
僕はまず、海側にあてる兵力を削り、山側の兵力を増強するプランを提示する。
海側のマツブシ軍は、山側の奇襲が成るまでは時間稼ぎに徹するはずだ。大兵力を動かしているのは、こちらの兵力を割かせるために他ならない。艦隊の前衛はしっかり配備して、後衛は漕ぎ手だけのハッタリで出撃させておく。十分なトラップを設置する時間がない以上、山側からの侵攻には数をもって防衛する。
しかし、このプランは半分否定される。
「山側に多くの兵をあてても、おそらく突破される」
「ヒガナ国の兵士は、そんなに強いの?」
「剣術の練度でサクラメント国に勝るなど、ありえるはずがない。だが……ヤツらには特有の戦術がある」
パッソが語ってくれたのは、ヒガナ国の旧政権を打倒した革命軍のエピソードだった。
「――つまり、風魔法で瞬発的に高い機動力を得る、ヤツらの侵攻を止めるのは難しい。城壁だって高い位置にまで取りつかれる」
苦虫を噛む潰したような顔をしてパッソは続ける。
「実際、数年前に、そうやって王と王妃が暗殺されているんだ」
「……!」
サクラの言っていた両親の死は、病死なんかじゃなかったのか。
「サクラ姫には病死したと思い込ませてある。表向きには死んだことさえ伏せてある。このことは内密にな」
武田信玄と同じか。
戦国時代の武田家も、信玄の死を隠していたと聞く。
「そういうわけだから、節約した兵力は城内の防衛にまわすぞ」
「……それじゃ後手になる」
たぶん負けてしまう。
僕はいったん発想を回帰させる。
「やっぱり罠を仕掛けよう」
「仕掛ける時間がないと言ったのはお前だぞ、カンタ」
「だから、罠を仕掛ける場所を一カ所にしぼって……まとめて踏ませる」
「なるほど面白そうだ。どうやって誘う?」
「至極単純」
桜の匂いを鼻腔いっぱいに吸い込み、吐き出す。
「マヌケを演じるだけ。首都の南門を全開にしておく。それだけ」
ハンニバルが活躍した世界史はない。奇襲作戦は気づかれていないと相手は思っているだろう。マジで昨日まで気づいていなかったンだから。
「警戒されず、いかに自然に見せるかがキモだな」
「名付けて『ゴキブリホイホイ作戦』」
僕が作戦名を口にすると、パッソはプッと吹き出した。桜の上にいるニンジャまで笑うことないでしょ。
「害虫がホイホイかかるって意味」
「クックク……具体的な罠についてはショウに任せよう。世界最先端の魔法学で、とっておきのやつを仕掛けてくれるはずだ」
「この作戦にともなって、南側に住んでいる市民には北側への退避勧告を」
「ああ、分かった。サルトビ!」
パッソが樹上に目配せすると、ニンジャは「ハッ」と返事をして消える。
スムーズに事が進んでいる。タイムイズマネーだ。もとい現状タイムイズライフか。
「それで、襲撃をしのいだ後の対応だけど――」
「マツブシ軍にはいったん帰ってもらうか?」
「いや、叩き潰す」
「さすがは勇者さまだ」
苦笑まじりにパッソが言ったところで、どこからか「勇者さま!」と呼ぶ声。
この甘ったるい声色は、
「サクラ!」
名前を呼ぶと同時に、プリンセス顔面ダイブ(仮)を水月に受ける。勢いを殺し切れず、危うくサクラと心中しかけるが、ギリギリ崖の端で踏み止まる。
「勇者さま!」
「うん、勇者さま、です」
なんでこの子は突進したがるの……前世はイノシシだったの?
高鳴る胸のBPMは「はるるに抱きつかれたぜヒャッハー!」とかいう類のものじゃない。「命キケン!」ってやつだ。
「王女っ! いいかげんにしてください!」
頭上、城壁の上から、子守りに疲れ果てた三十代女性な感じにやつれたショウが顔を出す。――ちょうどいい。会いにいく時間が省けた。
「二人にお願いがあります」
ムダ話を抜きにして話を切り出していく。
「なんなりと」
「勇者さまのお願いだったら、なんでもしちゃうよ!」
頼もしい限りだ。
サクラ、その言葉忘れるなよ。
「ショウさんには、南門から入った場所に仕掛ける罠をお願いします。敵を引き入れて一網打尽にします」
「お任せを」
「サクラには……っと、その前に」
僕は尋ねる。
「移動しながら即位式ってできます?」
(つづく)




