第5話:敵襲(後編)
早さ、速さ、疾風さ。
スピードに優れることは、他のいかなる要素も捻じ伏せられるということ。ククリ=オカモトの率いる兵は「疾風迅雷」を信条に作戦を遂行し、かつてヒガナ国の革命を成した。今回も同様だ。
ククリ自身はのんびりした所作に見えて、全体の合理性においてスピードを見出す。あらゆる面で合理化し、使えるものは使い、捨てるものは捨て、さながらフォーミュラ・ワンのピットクルーのように振舞う。
ククリ=オカモトにチューンされた精兵500は、今まさに、行軍を再開した。
「ブーツの風魔法を起動しろ」
先陣を切るククリが、坑道から出ると同時に後続へ指示を発する。
ここまで温存してきた切札だ。ブーツの中敷きにルーンの刻まれた晶石板を仕込み、インスタントかつ使い捨てで使用する。風の加護を得ることで、駿馬以上の速度で行軍が可能となる。
デメリットは、莫大な費用が掛かるという点だ。一回の使用でせいぜい数分しか効果が持続しないところ、人数分×回数分を用意している。ちなみに晶石板1枚で良質の馬1頭が買える。晶石資源の乏しいヒガナ国にとっては限界ギリギリ(というか限界突破)の予算を割き、マツブシ国から融通してもらった晶石をもって運用している。
だが、それもサクラメント国を占領してしまえば万事解決だ。
晶石資源はもちろん、世界で最も進んだ魔法学も手中となる。
「1回分は温存しておけよ。城に取りつく際、必要だ」
「皆、承知しております」
「わかっちゃいるが心配性でな」
「それも承知しております」
苦笑まじりに側近が答える。
ククリは大きく頷くと、風魔法を発動させて大きく跳び出した。風の加護を得てからは、走るというよりジャンプの連続といった感じだ。精兵たちもククリに続く。
脇目も振らず、まっすぐに首都へと駆け上る。
半刻もせぬうちに首都オウカの南城壁が見えてくる。直前の村を過ぎたところで、1回分を残し晶石板は使い切った。現在発動している風魔法の効果は、首都オウカの外壁に取りつくまで持続するだろう。ペース配分は完璧だ。
「同志ククリ、あれを!」
側近が指差す先には、南城壁の門。それが開門されたままの状態になっている。罠だろうか? いや、マツブシ国から提案された「ハンニバル作戦」――それを予知できる人材がサクラメント国にいるとは思えない。こちらは精兵1000人を犠牲にして自殺行為じみた行軍をしてきているのだ。純粋に南側からの攻撃はないと思い込んでいるのだろう。
直前であちらさんも気づいたようで、ようやく衛兵が出てくる。閉門は間に合わぬと踏んだのか、数十人ほどの兵士が門前に展開される。
――その程度で止められると思うなよ。
「作戦を変更。このまま南門から突入する!」
それが一番、速い。
側近を初めとして精兵たちが鬨の声を上げる。
風魔法で加速されたスピードに乗せ、何人かが人間砲弾よろしく力任せに突っ込む。数人の犠牲が出たが、展開された衛兵は微塵になって吹き飛ぶ。
堀に掛けられた橋の上に立つ、一人を残して。
「押し通る!」
側近の同志が前に出て、最後の衛兵を屠るべく斬撃を――
(イヤな予感がする)
待て。とククリが口にするより早く。
側近の同志は、まっぷたつに両断されていた。
どころか宙で灰塵と化して燃え尽きる。
「全軍、止まれ!」
ククリの号令で、ヒガナの中隊はブレーキを掛ける。
最後の衛兵は、異質というべき存在だ。明らかに次元が違う。
熊のように大柄で、炎をまとった片手剣を手にしている。体格に見合わぬ細身の剣だが、切れ味は言わずもがな。噂に聞く『桜花一文字』というやつだろう。
ククリ側近の兵を斬殺した後、衛兵は、剣をポイと堀に捨てる。それもそのはず、衛兵の周囲には何本もの『桜花一文字』が突き刺さっているのだ。炎の魔法を発動させた斬撃を、使い捨て方式でやろうというわけか。――なんと贅沢な。
「俺の名はベンケ。サクラメントの元・勇者だ」
衛兵が名乗る。付き合っている暇などない。
「この男は、俺が引き受ける。お前たちは行け」
「しかし……同志ククリ」
「時間が惜しい!」
ククリは腰の鞘からククリナイフを抜く。間を置かずベンケに肉迫する。
「まぁ、ゆっくりしてけよ……ヒガナの英雄さんよ!」
ベンケは橋に刺さった二本を抜き、二刀流で応じる。ダマスカス合金でつくられた特別製のナイフをもってしても、魔法発動中の『桜花一文字』を受け止めることなどできはしない。ベンケから炎の斬撃を引き出した後、寸でのところでバックステップを踏み、躱す。
そのククリの頭上を、二人の同志がジャンプしていく。
だが、ベンケという男には筒抜けだったようだ。振り切ったかに思われた斬撃の勢いを、タクトを振るように円運動に置換して放り投げ、跳び越えようとしたヒガナ兵を串刺しにした。同志は一瞬で炭となり、灰となり、風にさらわれていく。
「まだまだぁ!!」
ベンケが「次の二本」を手にする。だが、魔法が発動するより早く、ククリはナイフを投擲する。ベンケが弾いた隙に懐から2枚の晶石板を取り出し、続けて投擲。弾かれ砕ける寸前に風のルーンが発動し、ベンケの巨体は後方に吹っ飛ばされる。
同志たちから歓声が沸く。
ヒガナの中隊は堂々と南門から首都オウカに侵入し、城を目指す。
「オウ……ヒガナの英雄さん、アンタは行かないのかい」
「生憎と、最後の晶石板をお前に使ってしまったものでな」
起き上がった騎士ベンケを前に、ククリは煙草を一服する。行軍中は控えてきたため格別に美味い。
「そりゃあ残念だ」
「残念……? 何が残念だというのだ」
「なあ、ヒガナの英雄さんよ……『ゴキブリホイホイ』って知ってるか?」
知らない。知らないが、確実にヤバいものであることは理解できる。なぜなら騎士ベンケは嘲笑っているのだ。まるで勝利を確信するように。
――その時、城のほうで爆発音が鳴った。
「派手に爆死しやがってンなぁ。善良なオウカ市民を巻き込んでなきゃいいが」
「何だ、貴様、何をした」
ん、とベンケは足元を指差す。
そこには砂が撒かれていた。…否、ただの砂ではない。硝子片のようにキラキラと輝いている。しかも粘着質の糊みたいなモノまで一緒だ。
「晶石の粉末……?」
「ご名答。そして南門を抜けた先の石畳には、まぁこれに時間を割いてたンだが、ルーンを転写する細工をさせてもらった。ご丁寧に踏んでいってもらって感謝するぜ」
「貴様……わざと南門から」
煙草がポロリと指先から落ちる。
「アンタらが風魔法をブーツに付与し、機動力をもって革命を成したのは聞き及んでいた。今回も使ってくるだろうことは予測できた」
ベンケは憐憫の情を浮かべて続ける。
「南門から城までは随分と離れている。城を攻略するためにゃ、道中一回は風魔法を足すことになる。――そこで転写されたルーンが、踏んでいった晶石の欠片を媒体に、風魔法と同時に発動するわけよ」
炎のルーンがな。騎士ベンケが締め括る。
くわんと意識が遠くなるのをククリは感じる。
炎と風は同時に生まれ、炎は風によって大きくなる。自然の原理だ。
つまり、そういうことだ。
「俺たちの負け、か」
ふぅと嘆息し。
ヒガナの英雄は、煙草をもう一本取り出した。
(つづく)