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第4話:敵襲(前編)

「あの女の臭いがする」

 巨大なガレー船の甲板に立ち、夜の潮風を浴びて、男が呟く。

「サクラメント国、第一騎士団長……パッソ=トビの臭いだ」

 後ろに立つ眼鏡の少女は、はためくマントを迷惑がりつつ「分かるんですか?」と投げやりに訊く。

「あたぼーよ! ヘイジの血を引く俺様には、お狗様の加護がある」

 犬歯をむき出しにして男は不敵に笑う。犬歯というか牙、というか彼自身が犬である。――訂正しよう。そこらへんにいるガラの悪いチンピラに柴犬の耳としっぽを付けた感が、男の、マツブシ海軍大将・ポナフォイのビジュアルである。

「あの女とは、かつて一度、斬り結んだことがあってな。臭いはその時に覚えた」

 ポナフォイは憎々しげに、左目の眼帯の上からカリカリと爪でひっかく。

「負けたやつですか」

「うるせえ」

 眼鏡の少女にゲンコツが見舞われる。

 口は災いの元である。

「マツブシとサクラメント、二国間で親善のため開かれた剣術大会……あの時の屈辱は忘れられん」

「……それで目を?」

「いや、これは自宅で転んだ際にやったケガだ」

 こんな上司で大丈夫かな、と眼鏡の少女は思う。

「そんなことより、状況はどうだ」

「はいはい」

 ちょっとは自分で考えてくださいよ。

 内心思いながら、少女は携帯用の望遠鏡をのぞく。

「サクラメントのガレー船は、三十隻は出てますね。あちらの全戦力と言っても過言ではないでしょう」

「ふっふっふ、そうでなくてはな。こちらも全海軍戦力を動かした甲斐がないというもの」

「作戦どおりですね」

「すべて貴様の手のひらよ」

 ポナフォイは信頼の笑みを少女に向ける。

「ハンニバル作戦、だったか? 貴様の異世界の知識は、今回も我らを勝利に導くだろう」

 サチコ。と少女の名を口にする。

 少女は小さく居住まいを正し、敬礼する。

 日本で一般的な紺色のセーラー服が、黒髪のポニーテールが、風になびく。

「この命、マツブシのために」

「うむ」

 ポナフォイは鷹揚にうなずき、海上へと身を翻す。

「海戦なら我が軍の練度が上だ。やられぬ程度に手を抜きつつ、彼奴らを引きつけてみせよう」

「それで十分です。ヘタに強く当たって、こちらの被害が出てはいけませんので」

「あくまで時間稼ぎ……それもよかろう」

 ポナフォイの人生において、戦いは正々堂々がポリシーであった。

 しかし、異世界より召喚されたこのサチコという少女は、これまで誰も考えつかなかった奇策を湯水のように思いつく。それが勝利という結果を出している。実際、マツブシ国周辺の陸つづきの隣国を半年で2つ平定している。――次はサクラメントだ。

「俺は、もはやマツブシにとって古い人間なのかもしれんな」

「なに憂鬱になってるンですか、ガラでもない。これから戦いですよ」

「ああ、そうだな」

 ロートルにはロートルの戦いがある。

 サチコの作戦に乗って、あの女を追い詰めたら、最後は正々堂々の一騎打ちを申し込もう。ポナフォイは心に決める。

「全軍、陣形を維持したまま緩やかに前進。『花火』の打ち上げ準備も進めておけ」

「了解」

 サチコは即座に伝文を作成し、鳩の脚に結わえて飛ばす。

「ヒガナ国は、上手くやってくれるでしょうか」

「信じるしかあるまい。もっとも、失敗ならばこっちは退却すればいい」

 そうだろう?

 少し自嘲めいた海軍大将の問いに、サチコは「はい」と再敬礼で応える。

 ――さっきの「マツブシのために」という言葉、あれは嘘だ。本当はマツブシ国なんてどうなっても構わない。ただ、この男さえいてくれたら。

 サチコは心中で呟く。

(この命、ポナフォイさんのために)


   §


 藍色の空に上がった一発の花火を見て、ヒガナの英雄ククリは思う。

 ――ただ綺麗であると。

 マツブシ国には良い花火職人がいると見える。平和な世であれば純粋に楽しむこともできよう。しかし、これは作戦開始の合図だ。

「……」

「同志ククリ」

「分かっている」

 側近のヒガナ兵に促されるまでもなく、理解している。

 彼は今、ヒガナとマツブシの混成軍を率いるリーダーだ。

 ククリ=オカモト。ヒガナ国の旧政権を打倒した革命軍の中心人物であり、現政権の運営をメンバー任せにして、常に最前線で活動している。チェ・ゲバラめいた男だ。見た目もよく似ている。

「マツブシ軍属の兵を、ここへ」

 サクラメント領、グンカン鉱山――その坑道内に待機させた混成軍の兵から、マツブシ国より派遣されてきた者をククリは召集する。

「フム、五十人といったところか。だいぶ減ったな」

 当然だ。そうなるようにわざと険しいコースを選んでいる。山に慣れたヒガナの民ならともかく、海辺育ちのマツブシ人には辛かろう。

「ご苦労だった」

 ククリは、おもむろに腰のククリナイフを抜き、

 マツブシ兵の一人を斬殺する。

「――っ!?」

「何をするんだ!? マツブシは同盟国だぞ!」

「そんなことをして、後でどうなるか……分かっているのか!?」

 剣を抜くマツブシ兵たち。

 だが、その背後にはヒガナ兵が詰めている。

「奇襲作戦をより完璧なものとするためには、貴様らマツブシの力が必要だ」

 ククリナイフを一振りしてククリは血を払う。

「それは海側にいる『貴様ら』であって、今ここにいる『貴様ら』ではない」

 また一人、マツブシ兵がククリによって斬殺される。

 一撃で急所を突かれ、即死だ。

「俺のチームに貴様らは不要。足手まといでしかない」

 また一人が死ぬ。

「首都オウカを占拠したら籠城し、ヒガナからの援軍を待つ」

「マツブシを裏切るというのか!」

「最初からその手はずだ。数刻持ちこたえれば、海まわりから援軍が駆けつける。その援軍はマツブシ海軍のケツにつく」

 心底気怠そうにククリは続ける。

「占拠された王都に火の手が上がり、ヒガナとマツブシの国旗が掲げられ、混乱するサクラメント軍はマツブシ軍に刈り取られる。勝利に酔って気が緩んだマツブシ軍は、後ろからヒガナ軍に刈り取られる」

 ――ってワケだ。

 やれやれとククリは嘆息する。

「戦争はつれぇよなぁ。俺もつれぇ。さっさと終わらせて平和な世の中にしようぜ……だから安心して逝け」

 マツブシ兵の後方にいる同志へ、ぱちんと指を鳴らして合図を送る。

 数分と経たず、手際よく五十人を屠った後、

 ククリの兵たちは行軍を開始した。



(つづく)

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