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第3話:首都オウカ

 翌日、僕は首都オウカの散策を申し出た。

 百聞は一見に如かず。口頭での説明は受けても、僕はまだ、サクラメントという国を肌では感じていない。ハッキリしていないこともけっこうある。インフラ・経済・宗教……その他諸々。しっかりこの眼で見ることが必要だ。

 しっかりこの眼で――。


「じ、じろじろと見るな!」


 ガイドを務めてくれることになったのは、王立第一騎士団のパッソ団長だ。めっちゃガーリーな私服に身を包んでいて、昨日との落差がすごい。髪もストレートに下ろしている。

 僕より3つ4つは年下だと思うが、今日のナリだとさらに若く見える。


「似合ってないなら、そう言え!」

「あ、いえ……似合ってます!」

「ホントか!?」

「イエスマム!」

 反射的に僕は居住まいを正す。

「そうか」

 あっ、ちょっと嬉しそう?

 団長は小さく咳払いして表情をニュートラルに戻す。

「改めて、自己紹介させてくれ。私の名前はパッソ。王立第一騎士団の長をしている」

「僕は、明智寛太といいます。カンタでいいです」

 名乗ってから、じわり笑いが込み上げてくる。

「どうした?」

「いえ、名乗ったのが、こっち来てから団長が初めてだったもので」

「パッソでいい。そうか……つまり私は、カンタにとって初めての女というわけだな」

 ……。

「なっ、なんとか言え!」

「自分で言って赤くなるならやめときましょうよ」

「~~っ、うるさい! いくぞ!」

 団長改めパッソに手を引かれ、城門を出る。

 今朝になって知ったが、サクラメント国の首都オウカはゆるやかな丘陵状になっていて、オウカ城は頂上にある。地図で見たときは瀬戸内に近いものを感じたが、山を切り開いてつくった感は神戸をイメージさせる。

 城と城下町とを繋ぐ石畳の坂道を、僕は何度も躓きそうになりながら駆け下りていく。――その道は、街のメインストリートに接続している。通りの両側には一定間隔でポールが立っていて、てっぺんにはランタンが乗っている。

「ガス灯だよ。山から天然ガスが採れるんだ」

 もっとも人家ではローソクが現役だがな。パッソは補足する。

 やがて、僕たちはメインストリートに入る。往来はかつての渋谷くらい賑やかで活気に溢れている。いくつも露店が出ていて、青物からアクセサリーまで何でもござれだ。

「すごいですね」

 小学生並の感想が口を衝く。

「国内の各地から商人が集ってくるんだ。商いをしている者にとって、オウカに店を構えるのは一つの夢だよ」

 ためしに何か買ってくかい?

 パッソが銀貨2枚をくれる。

「これ、どのくらいの価値なんですか」

「そうだな……流行のブーツが買える程度だ」

 もしかして銀本位制だったりするのかな?

 コインを握り、ざっと露店を見回す。――おっ、良い店発見。

 僕は銀貨1枚を使い、上等なリボンを購入した。

「童顔とは思っていたが……まさか女装趣味があるとはな」

 ドン引きされとるぞ、僕。

「違いますよ。これは……」

「えっ……もしかして、私に?」

「ポニーテールにしてるときも、リボンには拘ってるみたいだったので」

 ボッというSEが聞こえてくるほど、瞬時にパッソは赤くなる。

 耳の先まで、まるで火入れした鉄だ。

「よく見てるんだな」

 相当恥ずかしいのか、僕から目を逸らして、半ばふてくされたような表情で彼女はリボンを受け取ってくれた。お釣りは僕にくれるらしい。

「カンタ」

「えっ、ちょ!」

「文句あるか?」

「ないです」

 僕は即答する(だって怖いもん)。恋人よろしく腕を絡めてくるパッソに無抵抗のまま、ストリートを抜けて広場に出る。大きな噴水があって心なしか涼しい。この場所を中心にいくつもの通りが延びていて、それらは首都の外へと通じる門と繋がっている。首都オウカそのものが高い城壁に囲まれているのだ。

 広場の出店でジャンクフードを買って、遅い昼食をとることに。噴水プールの縁にふたりで腰掛け、あつあつのケバブサンドを頬張る。

「どうだ、オウカの街は?」 

「思ったより……というか、殆ど魔法っぽいモノないんですね」

「市民にとっては馴染みのあるモノではないな」

 まず魔法学を修めていることが前提になる。とパッソは語る。

 なるほど。中世ファンタジーでも、世間に魔法が溢れてるなんてのは考えてみればあまりなかったような気がする。

「それから、人間が生きていくのに食糧が必要なように、魔法の行使にも『晶石エーテルストーン』と呼ばれる媒体が必要なんだ。これがお高い」

 無限に使用できるわけでもない、か。

 だいぶ、この世界の魔法について輪郭がつかめてきたな。


「よし! 魔法をもっと身近に感じる場所へ連れてってやる」

 ペロリとケバブサンドを呑み込み、パッソはまた僕の手を引く。

「まだ僕、食べてるんですけどォ!?」

「遅い。そんなんじゃ突然の有事に対応できないぞ」

 そういう問題!?

 強引に引き摺られ、僕は狭い路地へと連れ込まれる。曲がりくねった道をしばらく進むと、一目で武器防具屋と分かる吊り看板が見えてくる。

「アソコだ」

 馴染みの店なのだろう、旧知の友人宅に上がるようなふてぶてしさでもって入店し、パッソはそのまま奥へと進む。僕の手を握ったまま。

 最奥の扉を開けるや、どっと熱気が流れ込んでくる。カーンと鉄を打つ音が大音量が響く。どうやら鍛冶場になっているようだ。

「ガッツ、例のやつは順調か?」

「オウ。あと数日もすりゃ完成だ――」

 そこでチラリと顔を上げた鍛冶屋の男は、振り下ろさんとしていたハンマーをぽろりと落とす。唖然と丸くした双眸はすぐに細まり、涙が浮かぶ。

「パッソちゃん、ついにやったンだな……ついに男つかまえたンだな……!」

 そこでパッソは、手を繋ぎっぱなしな現状に気づいたようだ。振りほどくように手を離され、僕は軽く脱臼しかける。

「その、ちがっ……」

 もじもじ指繰りしながらパッソは視線を泳がせる。

 本当に不器用だな、この人。

 そっとしておこう。

「えーと、鍛冶屋さん」

「ガッツと呼んでくれ」

 一転、鍛冶屋の男はニカッと歯を見せて笑う。いくつか欠けている。彼の年齢は六十代後半くらいで、なんていうかドワーフっぽい風貌をしている。

「じゃあ、ガッツさん。鍛冶屋と魔法って何か関係あるんですか?」

「オウ、カレシさん。さては一般ピーポーだな?」

「はい」

 ホントにね。祭り上げられてるけど一介のドルヲタだから僕。

「パッソちゃんのいいひとだから、特別に説明してやろう。…オイ、騎士団から発注受けてるやつ一本もってこい!」

 若い別の鍛冶が、両刃の片手剣をガッツに手渡す。

「コイツが騎士団ご愛用の剣『桜花一文字』だ」

 ガッツは剣の柄をぐっと握り、念じるような素振りをする。途端に刀身部分が燃え上がり炎の剣となった。まるで桜の花びらを纏っているようだ。

 面食らっている僕にパッソが解説する。

「鍛え直す際に晶石エーテルストーンの粉が塗されているんだ。そいつが魔法を発動させる」

「パッソちゃん殺生だよ、それは俺がこれから説明しようとだな……」

 抗議するドワーフちょっと可愛いぞ。

「悪い。つい、な」

「ウォッホン! 晶石は後付けで貼り付けてあるだけだ。魔法の使用は1回限り。また使えるようにしたきゃ、鍛冶屋の出番ってわけさ」

「ところがこのオヤジは、例外を作ろうとしてるんだ」

 ガッツがさっき打っていた剣を指差し、パッソが言う。

 その剣は、ベンケくらいでなければ振れなさそうな両手剣ツヴァイハンダーである。剣の腹にはルーン文字のようなものがいくつも刻まれている。

「あくまで趣味だぞ」

 予防線を張ってから、ガッツが語り出す。

「『桜花一文字』については晶石を塗してあるだけで、本体の強度に一切の問題はない。しかしコイツは最初から晶石を組み込み、さらには花火玉のような多層構造にしてある」

 淡々と喋っているようで、愉しげだ。

 この人は鍛冶バカなのだろう。

「連続して魔法を使うことができる反面、強度に難アリだ。デカくして誤魔化してはいるが、実際はせいぜい儀礼用ってとこだろう」

「このデカさで」

「趣味で作ってるつったろ」

 パッソのツッコミを一言でいなし、ガッツは両手剣にハンマーを打つ。カーンと鳴るリズムに乗せて、歌を口ずさみ始める。酒場で聴くような陽気な歌だ。

 歌はすぐ鍛冶場全体に波及した。いつも作業しながら歌っているのだろう。ハードそうだが明るい職場だ。こういう職場に就職したい。

(――!)

 気づけば、隣でパッソも朗々と歌っている。その歌声に、僕は……輝きを感じていた。

 僕も混ざって2コーラス歌ってから、3コーラス目に突入した鍛冶職人たちに別れを告げる。

「あーたのしかった!」

 噴水の広場へ向けて歩きながら、パッソが大きく背伸びをする。

 ご満悦の表情だ。これパッソのいつものコースに付き合わされただけじゃ……まいっか。ためになったのは事実だ。

「今日はありがとう、パッソ」

「ん……あらたまって言われると、ちょっと照れるな」

 今日一日、照れてばっかに思えるんですがそれは……。

「ホントはこの後、お前と飲み明かしたいんだけどな。戦時下ゆえガマンだ」

「酒豪なんだ?」

「おうとも」

 違うな。すぐ酔っ払って絡み酒する人だ。めんどくさい人だ。賭けてもいい。

 とりあえず今日は被害を受けず済むことを祝おう。心の中で乾杯。


 噴水の広場まで戻ってきて、帰宅(城)するべく丘の上を見上げれば――城のまわりに何本もの桜が群生していることに気づく。三分咲きといったところか。

「ふふ、気づいたか」

 隣で得意げにパッソが笑う。

「首都オウカの由来があれだ。今や城のまわりを飾るだけしか残っていないが……桜は我らがサクラメントの国木であり国花。国旗も桜の花びらをモチーフにしている」

「なつかしい」

 この世界に来て2日目だというのに、桜を見て郷愁を感じるのは日本人の性か。

「近くまで行ってみても?」

「お前から、今日一番の興味を感じるな」

 否定はしない。

「いいだろう。少し足場が悪いから覚悟しろよ」

 そこは「注意しろよ」だろう。まだ死にたくはない。

 ――十数分後。

 城の外周にやって来ると、そこは柵もなく、数歩先は断崖絶壁というデンジャラスゾーンであった。シャレになってない。 これは マジで やばい。

「どうした腰がひけてるぞ」

「なに面白がってンだ……」

 いつのまにかパッソへの敬語は僕の中で終了している。

「ほら、見てみろ。いい景色だぞ」

「……」

 確かに、絶景だ。

 暮れなずむ首都オウカを、その先にある港町を、海原を――一望することができる。大パノラマだ。水平線に沈みかけている夕陽も美しい。

「そしてアレが、この国で一番大きな桜だ」

 パッソが指した先には、根のはり出した巨木があった。ミュータント桜という名前がふさわしかろう。他が三分咲きという中、気が早いのかコイツだけ満開だ。

「サクラメントの守り神といったところだな。この桜だけ一年中咲いてるんだ」

「そう……」

 足が震えてまともにレスポンスできない僕。

 そんな僕をほったらかして、パッソはまた、歌い始める。

 レクイエムだろうか、どこか悲しげな歌だ。

 でも、歌声は慈愛に満ちている。

「……歌、すきなんだね」

 僕がそう漏らすと、ふっとパッソは歌声をフェードアウトさせる。

「小さい頃は歌手を目指してた」

 どうして今は、とは訊けなかった。

 過去のことだが、僕もまた夢破れた者の一人だ。

 黙していると、パッソのほうから語ってくれる。

「ほら、私、高音が出ないからさ。楽団でも劇団でも評価されないんだ」

「わからんちんどもには言わせておけよ」

「えっ?」

 もう、僕のスイッチは入ってしまった。

 止まれない。止まらない。止まってなるものか。

「高音が出なくても、鍛冶場で歌ってるパッソはすごく楽しそうだった。今は少し悲しそうだけど、包み込むような優しさがある。どちらにせよ気持ちがこもってる。その声はファンに届く」

「ファン……?」

「未来のファンたち。ちなみにファン第一号は僕だ」

「ばか。からかうな」

「からかってなんかない!」

 伝説の木の下で告白するシチュエーションが昔の恋愛SLGであったな、と、ふっと思い出す。

「お願いがあるんだ。この戦争が終わったら、僕と――」

 僕の一世一代のスカウトは、


「お取込み中、失礼いたします」


「「ひゃあ!?」」

 桜の枝の上に忽然と現れたニンジャによって遮られた。

 まんま時代劇に出てくるようなビジュアルだ。

(ニンジャ!? ニンジャナンデ!?)

 混乱する僕。パッソは一度の深呼吸で平静を取り戻す。

「落ち着け。あれは、私が放っていた斥候だ」

 曰く、昨晩の円卓会議が終わってからすぐに任務を与えていたらしい。山側の様子を探らせていたのだそうだ。

「それで、どうだった」

「はい。予想どおり、中隊以上の規模でサクラメントに向かっております」

「いつぐらいに来そうだ?」

「それが……」

 ニンジャが続きを口にしようとした、その時。城内の見張り台から早鐘が鳴り響く。

 ハッとして海のほうを見遣ると、水平線を埋め尽くす大船団がうっすらと確認できた。――たぶんマツブシ軍の本隊だ。

「なるほど、今がその時か」

 海とは逆方向、山側をパッソは一瞥し、獣の笑みを浮かべる。

 僕がプレゼントしたリボンで髪をポニーテールに結う。

「覚悟はいいか。カンタ」

「できちゃいない」

「いい面構えだ」

 そして、戦が始まった。

 


(つづく)

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