幕間:夜の闇のなかで
前略、《有明セブンティーン》はるるクラスタの皆様。
オオタ、ノザワ、ヤマグチ、えーとそれから……みんな。
元気してるかよ?
あれから4thライブはどうなった?
アンコール曲は未リリースの『純情☆オーナメント』だった?
それとも1stシングルの『駈けろ』か?
そっちの世界へ帰ったら教えてくれよ。
こっちで僕は、今のところ、それなりに元気してる。
はるるはいないけど、すごく似てる子がいてさ。
サクラっていう名前なんだけど。
今、隣で寝てるンだけど。
(勇者さま、まだ起きてる?)
話しかけてくるンだけど……。
(起きてるよ)
はるると同じ顔がすぐ近くにあるんだ。この状況で呑気に寝息を立てられるなら「はるる警察」にしょっぴかれてる。いや、実際別人だから不起訴か?
僕は寝返りをうち、サクラに背を向ける。同じシーツにくるまって向かい合わせではガマンできる自信がない。サクラ=サク=サクラメントは正真正銘のプリンセスで、お手つき死罪。生殺しってやつだ。
(そのままでいいから、聞いて)
僕の背中に指先が触れる。サクラがそっと身体を寄せてくる。
夜の闇の中、背中の感覚ばかりが研ぎ澄まされていく。ハートのBPMが高まる。
(あたしね、ずっと勇者さまに憧れてた)
重いエピソードが始まる予感がする。
ベッドに入るまで、あんなにはしゃいでいたのに。
こういうトーンで喋ることもできるのかと驚かされる。
(ちっちゃい頃から、あんまりお城の外には出してもらえなくて……あたしは部屋で本ばかり読むようになった。毎日毎日、朝から晩まで本を読んで、そのうち思ったの)
(姫騎士になって勇者を名乗ろう、とか?)
(ちがうよ! 物語の勇者さまが、あたしを攫いに来てくれるんじゃないかって)
(それ勇者じゃなくて誘拐犯)
「ゆう」しかあってねーよ。僕がツッコミを入れると、えへへとサクラは笑う。
一瞬だけ元のサクラに戻った。いや、違うな。どちらも本物なのだ。
(お父様とお母様が病気で死んじゃってから、勇者さまへの想いは強くなった)
(今も、攫ってほしいの?)
僕が訊くと、サクラは「ううん」と否定する。
(外の世界を見たいって気持ちは強いけど……今はサクラメントが大変だから)
(そりゃそーか)
(円卓会議で大事なことを決めてるのも知ってる。さっきはめんどくさいって言ったけど、ホントは聞きたくなかったの。人が死ぬとか、殺すとか)
あの場にサクラがいたら、僕は失望されていたかもしれない。
(なんでみんな、戦争するんだろうね)
(……)
それはキレイゴトだ。21世紀型ニッポンジンと同じ思考だ。――でも。
僕はこの時、ある言葉を思い出していた。去年、世界で同時多発テロが起こった年に、はるるがブログに綴った言葉だ。
『世界がブースターのみんなだったら、戦争なんてなくなるのに』
僕の中で、ひとつのビジョンが生まれる。それこそが、この世界に召喚された僕の使命ではないかとさえ思える。
「サクラ」
声を大にして彼女の名を呼ぶ。
「今すぐ、というわけにはいかないけど」
「? なあに勇者さま」
「僕が、戦争なんてアホらしいと思える世界をつくってみせる。約束する」
「……じゃあ、ゆびきりしよ?」
「いいよ」
乞われては仕方ない。
僕は身体を転がして、サクラと向き合う。
はるると同じ顔がそこにあった。
「――っ!」
ドクンと心臓が跳ねたまま、どこかへ行ってしまうのではないかと錯覚する。うっかり過ちを犯してしまいそうになる。なけなしの理性を総動員して衝動を抑え込み、ふとんの中から差し出されたサクラの小指に自分のそれを絡める。
「ゆーびきーりげんまん、うーそつーいたら、王家に伝わるセイクリッド・サウザンド・ソードのーます♪」
「後半知らないンだけどそれ」
「サクラメント流です♪」
「そう……って、なんでキス求める顔してンの、この子」
「えーっ。してくれないの?」
どういう流れだよ!?
「見つめ合ったら、もうカウントダウンは始まっているんだよ(ドヤ!)」
「おやすみ」
僕はサクラの顔面に枕を押さえつけ、再び寝返りをうつ。瞼を閉じる。
でも、ダメだ。はるるの……もといサクラのキス顔が脳裏に焼き付いて、自動的に反芻されている。心臓が悲鳴を上げている。不整脈を起こしているンじゃあないか?
「おやすみなさい、勇者さま」
この同棲生活は、DTの僕にはハートに悪い。戦争を終わらせるより前にくたばってしまいそうだ。「いのちだいじに」はリアル勇者の基本作戦ぞ!
明日になったら土下座してでも自分の部屋を手に入れよう。
決心し、僕は素数を数え始めるのだった。
(1…) ※もう間違えてる
(つづく)