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第2話:円卓会議

 勇者宣言から半刻もしないうちに、僕は「円卓会議」に招かれた。

 アーサー王物語にあるアレだ。騎士の称号を持つトップたちが一つの円卓を囲んでいるやつ。サクラメントにおいては「円卓会議」こそが国会として機能しているのだとショウは言う。位置づけは、王を補弼する機関だ。

 ショウと共に議場に入ると、僕たちを除いた全員――20名ほど――がすでに着席している。商工会議所のワンフロア丸々といった広さで、天井は無駄に高い。かっこいいタペストリーが飾ってあったりして荘厳な雰囲気を醸している。

 扉を開けた際の軋みで、円卓メンバーの視線は一斉に僕へと注がれている。正直、緊張する。卒論のプレゼン以来だな、このプレッシャーは……胃がキリキリする。

「さ、勇者さま」

 ショウに促され、僕は円卓の上手、一番奥に座らされる。

 隣の椅子にショウも座り、円卓に空席はなくなった。

 たぶん僕が腰掛けているのは、本来はサクラの席なんだろうな。背もたれにキレイな細工が施されてるし。ちなみにサクラは「円卓会議はめんどくさいからヤ」と部屋に籠城中だ。城の中で籠城とはこれいかに。

「ほーう、アンタが噂の勇者さまか……ひょろっちそ-だが大丈夫か?」

 小馬鹿にするような笑みを浮かべたのは、円卓に着く者の中で最も大柄な男である。椅子からはみ出すほどの巨躯だ。隣がちょっと迷惑している。金髪碧眼、白銀の鎧に身を包んでいる。

「口を慎め、ベンケ」

 その隣から一睨みして窘めたのは、同じくシルバーメイルを纏った小柄な女だ。…否、ベンケと呼ばれた男と並んでいるからそう感じるだけで、実際はそれほど小柄でもないだろう。アジアンビューティーな長い黒髪をポニーテールにまとめている。

「勇者の携えるという〝光の剣〟をもってすれば、貴様などチリ一つ残らんぞ」

「おーこわ」

 ベンケという名の巨漢は、わざとらしく凍えるように身を震わせてみせる。ガチャガチャと五月蠅く鎧が鳴る。

 ――ゴッホン!

「これより第6340回、円卓会議を始めます」

 ショウが大きく咳払いをしてから円卓会議の開会を宣言する。

「今回の議題は、第6324回から引き続き、マツブシ国の動きと首都オウカの防衛について」

 ガントレットに覆われた手を真っ先に挙げたのは、ベンケだ。

「勇者殿の意見を聞きたい」

 単刀直入だ。まだ自己紹介もしてないのに。

 ベンケの態度はぶっきらぼうで不遜だったが、円卓に着く者はみな、水を差さずに僕の発言を待っている。

「え、えーと」

 ちらりと隣を見遣ると、ショウが助け舟を出してくれる。

「勇者さまは、こちらの世界に来られてから一日も経ってはおりません。まずはサクラメント国の置かれた状況を説明しなくては……」

「然り」

「勇者とはいえ全知全能の神ではないのだ。当然であろう」

「これだから第一騎士団は『脳みそ筋肉』と呼ばれるのだ」

「ひひひ」

 ベンケの向かいに座す司祭っぽい老人たちが、口々に非難を浴びせる。

「くっそ宗教庁のボケ老人ども、手のひら返しやがって!」

「戦況については、王立第一騎士団長・パッソから説明させていただきます」

 ベンケの右隣、例のポニテ女騎士がハリのある声で告げる。

(……今、戦況と言った?)

 サクラメント国は、どこかの国と戦争状態にあるということか。

 僕は、思考を軍略SLGにシフトさせる。アレだ、野望シリーズだ!

「対岸のマツブシ国が宣戦布告をしてから半月……マツブシ軍は内海沿いに大規模な砦を新たに築いており、見せつけるかのように軍備を増強しています」

 女騎士団長パッソは、大きな革製の地図を卓上に広げる。凸形の駒を、カジノのディーラーが使うようなトンボでもって配置していく。

「半月の間に、内海中域におけるガレー舟での交戦は三度。前哨戦といった感じで、マツブシ軍が本隊を動かす様子はありません」

 フム……。

 もし僕が黒田官兵衛なら、どう見る?

「あとは、第二騎士団が送り込んだ間者からの報告によれば、マツブシ軍の別動隊が東進しているとか……」

「東進? 彼奴らは世界征服でも目論んでおるのか?」

「大陸の東には強国バルジバルがあるのだぞ。マツブシの国力で同時に相手ができるはずはない」

「ならば何故」

 ざわめく宗教庁の司祭たち。

「どうだい、勇者殿……アンタならどう考える」

 背もたれに巨体を預け、椅子の前脚を浮かせてベンケが言う。

 弁論の原稿は頭ン中でまとまった。僕の知る「世界史」に落とし込んで考えれば、この戦いからはハンニバル戦争の臭いがする。

「みなさん」

 僕が一言発すると、水を打ったように議場は静まり返る。

「みなさんは、海側に気をとられているような気がします」

「ほう?」

「マツブシ軍のあからさまな動き……内海での小競り合い……すべてが注意を引くための行動だったとすれば、本当に警戒すべきは南側です」

 パッソ団長が目を丸くする。

 軽く腰を浮かす。

「山脈の向こう側から、ヒガナ国が攻めてくるというのか?」

「ハッキリそうだとは言えませんが……」

「バカな。あっちは険しい山で、とても行軍できる地形じゃない」

「誰もがムリだと考える。思考の外にある。だからこそ最大の奇襲になるんです」

 そのムリをぶっちぎって勝利を収めたカルタゴの将を、僕は知っている。

「たぶんですけど、山脈の向こう側にあるヒガナ国とマツブシ国は密かに同盟を結んでいて……」

「っ! 東進しているマツブシ軍は、遠回りをしてヒガナ国に兵を送っている……?」

 パッソ団長が口元にガントレットを当てたところで、前脚の浮いていた椅子をベンケがガツンと落とす。

「なるほど筋は通ってる。急いで南側の軍備を増強しよう」

「待ってください」

「あ……?」

 僕の弁論はクライマックスを迎える。

「こちらが間者を送り込めるのだから、あちらの間者もこちらの国内にいるはず……あからさまな軍備増強はせず、水面下で対策しましょう」

「ってーと、どうすりゃいい?」

「ベンケ。それくらい自分で考えろ」

「へっへへ。すまねぇ」

 パッソ団長の冷たいツッコミに、ベンケは愛嬌のある笑いを浮かべる。

「例えば、そうですね……徴税とか、鉱山を採掘する労働力の派遣と見せかけて、罠を仕掛けていきます。あと山沿いの集落には悪いですが、河をせき止め冠水させて湿原でもつくっておきましょうか」

 加えて、村人にクロスボウでも配っておこうかな。

 矢先には糞を塗らせよう。

「えげつねぇ。アンタ本当に勇者かよ」

「勝てば官軍っスよ」

 いつになく頭が冴えている。

 本番には強いんだよな、僕って人間は。

「勇者さま、ご助言ありがとうございました」

 僕の意見は全面的に採用されることになり、翌日から作戦が開始される運びとなった。

 ベンケ曰く、今回みたいな明るい雰囲気で円卓会議を終えるのは久々であるそうだ。

「いやー恐れ入ったぜ、勇者さまよォ!」

 議場を出た僕は、また騎士ベンケに絡まれている。いじめっ子ホールド(強引に肩を抱くやつ)は正直やめてほしい。鎧とか鎖帷子とか痛い。

「まだ、結果を出せたわけじゃないですから」

「いや! オレには分かるっ! アンタは正しいっ!」

 酔っ払いかよ。

「そのへんにしておけ。勇者は疲れてるんだ」

 ベンケの額にガントレットのチョップを入れ、パッソ団長は、どこか歯切れ悪く続ける。

「あの……その、な。勇者さま。もし余裕がある時でいいんだが」

「? なんでしょう」

「……私と、剣術の稽古に付き合ってくれ!」

 まるでプロポーズでもするような勢いで、彼女は言う。

 同時にベンケが心底げんなりといった表情を浮かべる。

「まーた始まった。惚れやすい上にクソ不器用なんだよ、団長殿は。素直にデートしてくれって言えばいグホォーー!!」

 今度は手加減なしのチョップがベンケの顔面に叩きつけられた。哀れガシャリと膝を着き、そのまま受け身もとらず倒れ伏す。

「や、約束だからな!」

 逃げ去るようにパッソ団長は行ってしまった。気絶したベンケを残して。

 さあ、どうしよう。

「勇者さま」

「あ、ショウさん」

 絶妙なタイミングですね。見てたンですか。

「えっと、僕の寝床なんですが……」

「はい。ご用意しておりました」

「なんで過去形なんスか」

「サクラ王女の意向で、なくなりました」

 わっけわかんねー!

 あっ、これがVIP待遇ってやつね!

 なわけねーだろ!!

「勇者さまには、王女の部屋で寝泊まりしてもらいます」

「……マジVIP……」

 なんだか、すごいことになっちゃったぞ。

 僕は頭を抱えた。



(つづく)

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