第1話:勇者やります。
――「はるる」こと、晴海はるか。
人気アイドルグループ《有明セブンティーン》のセンターにしてリーダー。
ちょっぴりドジで芋っぽい雰囲気が、保護欲+男なら誰もが持つ「好きな子にイタズラしたい男子小学生の気持ち」を駆り立て、グループ内人気投票で3年連続1位という快挙を成し遂げる。
他のメンバーを推しているブースター(※有明セブンティーンのファンをスポーツ観戦にならい、そう呼ぶ。)でも2推しは彼女であることが多い。
そんな綺羅星の中の一等星が……その顔立ちの精緻さが分かるほど近くにある。
目を覚ました僕の視界には、微笑を浮かべた「はるる」が映っている。後頭部にはほどよく柔らかい感触。どうやら膝枕されているみたいだ。札束を積んだTOでさえ、こんな経験したことないだろう。
(握手会のときの1/2、いや1/3くらい近い……)
コンサート会場で倒れた僕を、はるるが介抱してくれたのかな?
ああ、いい匂いがする。やっぱり天使だよ。一生ついてくよ。
「はるる……」
「ちがうよ勇者さま」
銀のティアラを頭に乗せたはるるが、ニッコリ笑う。
「あたしはサクラ。サクラ=サク=サクラメントだよ♪」
× はるる
○ さくく?
「ここはあたしの部屋」
(ファッ――!?)
思わず、反射的に身体を起こしてしまう。
のぞき込んでいた顔に、ゴチンと額をぶつけてしまう。
「いったーい!」
「ご、ごめん」
僕は、天蓋付きの豪奢なベッドに寝かされている。同様にアンティークでセレブ感あふれる室内は薄暗く、壁に灯された燭台の火のみが光源となっている。
同じベッドの上には、お姫様然とした恰好の、はるるによく似た女の子。他には……部屋の入口に細身の男が立っている。魔術師っぽい黒色のローブを纏っていて、長い黒髪、切れ長の目をした三十代くらいのイケメンだ。
「あの男は、あたしの付人で主席魔導士のショウ。部屋に入ってくるなって言ったのに、ほんとデリカシーないの!」
「王女お一人では危険です」
「あなたが呼び出した勇者さまでしょ!」
「召喚の儀が成功したとは、まだ確信を持てませんので」
「心配性なんだから」
サクラとやりとりをしてから、ショウという名らしい男は僕のほうへ向き直る。そして深々とお辞儀する。
「失礼しました……王女から紹介に与りましたショウと申します。突然のことで困惑されていると存じますが、どうか、この国をお救いください」
勇者さま。ショウもまた、孕んでしまいそうなホスト声で僕のことを呼ぶ。
国を救う? クソイベンターの僕が?
「無理だ」という言葉がノータイムで喉元までせり上がってくる。が、口を衝く前にぐっと抑える。
慇懃なショウの眼差しから汲み取れるのは、強い期待だ。サクラに至っては、僕がはるるに向けるような目をしている。
「……まずは、この国のこと教えてください」
ようやっと口にできたのはNOと言えない日本人の言葉だった。
ショウは鷹揚にうなずき、語り出そうとして――
「あのねあのね、この国はサクラメントっていう名前なの!」
サクラに遮られる。ガマンできない子どものように、というか実際、はるると同じで十七、八くらいの少女なのだが、早口でサクラは捲し立てる。
「そして、あたしがお姫様! サクラ姫って呼ばれてるんだよー!」
ベッドから下りたサクラは、舞踏会のようにくるくると回ってみせる。ドレスの裾がふわりと花弁のように浮かぶ。
「サクラ……姫とショウさんは、アジア系っぽいですけど、さっき見た人たちは白人ばかりだったような」
「人種のことをおっしゃっているのですね」
なぜかショウは確認し、続ける。
「サクラメントの建国は1000年ほど前……外から来た〝ゲンジ〟の男が、その英雄性をもって現地の者たちを束ね、国を成したのです。元来その地に根付いていたのが金髪碧眼の民。黒髪の者たちは〝ゲンジ〟の血を引いております」
なんかモンゴル帝国の成り立ちみたいだな。
源義経がチンギス・ハーンだって説もあるし。
「サクラメントは世界地図のどのへんにあるんです? 北欧あたり?」
「はいっ!」
尋ねると、サクラは待ってましたとばかりに地図をベッド上に広げる。すげぇ、革製の地図とか初めて見た。宝の在り処とか記されてそう。
(どれどれ……)
それは、世界地図というよりは周辺国地図というべきモノだった。分かるのは、サクラメントの北西には海が広がっているということ。東から南にかけては険しい山脈が広がっているということ。海は内海で、向こう岸には別の国があるようだ。
なんとなく瀬戸内っぽい。縮尺は不明だが。
「あたしたちがいるお城はここ!」
僕の隣にぺたんと座り、サクラは地図を指差す。遠足でも行くのかっちゅーウキウキさだ。
「もっと広い地図はないの?」
「んー、あるっけ?」
サクラが振り返ってショウに訊く。
「残念ながら」
ショウは慇懃にお辞儀をして答える。
「えっ、ちょ待ってくださいよ。冗談でしょ」
アメリカは? ロシアは? 支那は?
身を乗り出す僕に、ショウは苦笑いを浮かべて、
「混乱しているのですね……申し訳ありません。まだハッキリ申し上げておりませんでした」
傅き、続ける。
「貴方様は、この世界とは異なる世界から、我々の魔術により召喚されたのです。――救国の勇者として」
「いやいやいや、僕はコンサート会場でクロロホルムか何か嗅がされて、拉致られて来たンでしょ? そういうドッキリなんでしょ?」
「そのようなことをする道理がありましょうや」
「ないですね……」
「改めて、お願い申し上げる。どうか、この国をお救いください」
「……」
僕は頭をガシガシ掻いて、胡坐をかいて腰を落とす。腕組みをして黙考する。
「やっぱり荷が重いです」、そう言って断ろう。
ショウは良い人だ。サクラも、ちょっと頭弱そうだけど良い子だ。素直に断れば、きっと元の世界に帰してくれる。元の世界に帰って僕は――僕は、はるるを追いかけるんだ。
「?」
なんとなしにサクラを見つめてしまう。サクラはもじもじと恥ずかしがって目を逸らす。
あとは、そうだな……アルバイトやってお金貯めて、また、はるるのコンサート行って……。
「ああ、くそっ」
未だかつて、僕の人生で、ここまで他人から期待されたことがあっただろうか?
4月1日生まれの僕は、小学生の頃は心身ともにクラスメイトに劣っていた。
中学、高校と引き摺ってイジメの標的になっていた。
大学からアイドル追っかけるようになって、ダチ公は増えたが、一緒に「求める」ことはしても「求められる」ことはなかった。
――ふと、頬に柔らかな感触。
サクラだった。啄むようなキスをもらったのだ。
蝋燭の火に照らされているから、というだけではないだろう。サクラは顔を真っ赤にして言う。
「勇者さま」
サクラの顔が、はるると重なる。
僕は、その一言で覚悟を決めた。決めてしまった。我ながらトチ狂った覚悟だ。だけど。だけど、ここで「NO WAY」を口にしたら、この先もNO WAYになっちまう気がするンだ。そう思うのだ。
「サクラ。ショウさん」
拳をぎゅっと握って宣言する。
「やってやりますよ……勇者!」
(つづく)