表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

第10話:アビーナ王女とメイドのモモ

 翌、終戦から二十日。

 マツブシからの使者を迎え、和平条約の締結へ向けた協議に入る。

 開催地はオウカ城(仮)こと、民宿「うみねこ亭」である。サクラメント側でテーブルに着いているのは、僕とサクラとショウ、それから外相を務めるオーランドという男(めっちゃガタイが良い)。パッソとベンケは後ろに立ち、護衛の任に着いている。

 彼の国の高官たちと対面するのは三度目で、もうだいぶ顔見知りだが……約一名、どうにも異様な雰囲気のマドモアゼルが同席している。

 サクラと同等以上の豪奢なドレスを纏い、頭には犬耳、ツリ目で性格キツそうな女だ。ファーのわさわさ付いた扇で口元を隠し、品定めするような眼差しを向けてきている。

(胃がキリキリするぞ)

 かつての友人に強引に連れてかれた合コンを思い出す。

 マドモアゼルの背後には気弱そうな犬耳メイドが一人、緊張した面持ちで控えていて、そっちのほうが断然タイプなのだが――それはそれとして。

 ウォッホン! というオーランドの咳払いを皮切りに、両国の会談が始まる。

「では、今回の協議を始めたいと思いますが」

 組んだ両手をテーブルに置き、マドモアゼルを一瞥してオーランドは続ける。

「そちらのご婦人は?」

 この一言に、マツブシの高官の一人が過剰反応する。ガタリと勢い良く席を立ち、興奮した様子で捲し立てる。

「貴様ァ……このお方をどなたと心得る! マツブシ国が第一王女、アビーナ=レイズ=タイラー様にあらせられるぞ!」

「こ、これは失礼」

 オーランド、お前……使えねぇな。

 外相なら知っとこうよ。

「よい」

 アビーナ王女はパチンと扇子を閉じ、瞼を伏せる。

「この者は新任の外相であろう。よく来ていた前のはどうした」

「……前任者は、開戦を止められなかった心労で、自ら命を絶ちました」

「そういうことであれば、責は我らにある」

 なんとフォローしてくれるとは。けっこうイイ奴なのかも。

 席を立った高官は、ばつが悪そうな顔で静かに着席する。形勢不利となった場の空気を誤魔化すように、早口ぎみに別の高官が言う。

「前回までの協議の内容を確認したい。我らマツブシ国は、賠償金として一兆八千億ブロス相当を分割して支払う。相違ありませんな?」

「はい。年間に二割ずつ支払っていただきます」

 澱みないオーランドの返答に、マツブシの高官は渋い顔をする。

「年間一割ではまかりならんか」

「すでにお話ししたとおり、こちらの損耗は大きいのです」

「二割でよい」

 また、アビーナ王女だ。

 鶴の一声で、高官たちは何も言えなくなる。彼女は、サクラメントに味方するため海を渡ってきたのだろうか。

「今回は、こちら側から提案がある」

 蜻蛉を捕まえるように、畳んだ扇子をぐるぐる回しながら――眼光鋭くアビーナ王女は続ける。

「我らの誠意の証として、妾を人質とするがよい」

「ふぁっ!?」

 思わず声が出た。

「何を不可思議がる。戦国のならいであろうが」

「あっ、いや、その……なんでもありません」

 あまりに堂々としてるから人質とは露ほども思わず。

 アビーナ王女から受ける印象は女狐のそれだ。こんなタマ人質にしても化かされるだけじゃないか? むしろ、それを狙って送り込もうとしてるンじゃ?

 なんて疑心暗鬼になっているうち、協議はトントン拍子に進んだ。和平条約の内容はあらかた固まっており、今回は最終調整という段なので、それほど話し合うこともなく。あれよという間に会談は終了し、マツブシの高官たちは足早に帰国していく。――アビーナ王女とメイドを一人残して。

 オーランドとベンケも見送りに出たため、応対するのは昨晩の面子だ。

「ようやく邪魔者が消えたのう」

 アビーナ王女はぐぐっと背伸びをして、ちらりとサクラを見る。

「八年ぶりくらいかの? 我が友サクラよ」

 思わせぶりなウインクに堪え切れなくなったサクラが動く。会談中はおすましで黙していたが、ここで感情を爆発させる。

「アビぃナちゃあぁ~~~~~~ん!!」

 リビングデッドのように両腕を前に出して、顔をぐしゃぐしゃにて、アビーナに抱きつく。アビーナは、母のように優しくサクラの頭を撫でると、僕のほうへと向く。

「改めて自己紹介しよう。アビーナ=レイズ=タイラーじゃ。よろしくたのむぞ」

「ええと、僕は――」

「そうそう、それが気になっておった」

 例の扇を広げ、アビーナがショウに尋ねる。

「この場におるということは、ただ者ではないと察するが……何者じゃ?」

「勇者です」

 ショウが即答する。

 絶対説明不足でしょ、それ。

「なるほどのう」

「納得すんの!?」

「なに、我が国も勇者を召喚しておったのじゃ。そちらにおってもおかしくなかろう」

 ……!?

 元の世界から来た人間が、僕以外にもいる?

 思い当たるフシはあった。先の戦争で、マツブシの海軍大将・ポナフォイにくっついていたセーラー服の女の子……捕虜としてオウカに抑留されてたはずだけど……もうマツブシ国への送還を済ませてしまったな。

「あ、あのっ」

「なんじゃ、勇者よ」

「マツブシが召喚した勇者は、その後、どうなりました?」

「ふらりと何処かへ消えてしまった、と聞いておる」

「そうですか……」

 話してみたかったな、色々。

「世界は思うより狭い。またまみえることもあろう」

 それにしても、とアビーナは「うみねこ亭」の内装を見回す。

「本当に思ったより狭いのう。この城は」

「アビーナちゃんも、しばらくここに住むんだよ♡」

 上目遣いでサクラが微笑む。アビーナはサクラの前髪を整えながら、

「妾は、そなたといっしょなら竪穴式住居でもよいぞ」

 どこか耽美さを孕んだ口調で囁く。

「えへへ。じゃあ、これからは三人だね♪ あっ、パッソを入れたら四人かぁ~」

「……? なんの話じゃ?」

「えっと、今は、勇者さまといっしょに寝泊まりしてるの!」

 サクラの一言で、アビーナの形相は一転する。

「なんと破廉恥なッ!!」

 双眸を見開き、おぞましいものを目にしたようにヒステリックに叫ぶ。


女子おなごは女子どうし、男子おのこは男子どうしで好き合うべきじゃ! それが自然の摂理であろう!」


 なるほどね。

 急に面白くなるのやめてくれません?

「ショウさん、この世界でiPS細胞の研究って進んでますっけ」

「何をおっしゃっているのか、私には分かりかねます」

「ですよね」

 僕がヘラッと笑うと、閉じた扇でアビーナにぶたれた。

「話を聞いておるのか、下郎!」

「勇者です」

「どっちでもよいわ。ともかく、サクラとの同棲はアビーナ=レイズ=タイラーが許さぬ! 今後、サクラは妾と二人で寝るのじゃ。よいな?」

「えーっ」

 不満の声を上げたのは、外野のパッソだ。

 あいつは女王の護衛が任務だから、僕から離れることになるのが嫌なんだろうけど……仕事しよっか。

「お気遣いなく」

 ショウがパッソを脇に抱え、口を塞ぐ。

 じたばた暴れる女児は、やがて観念してぐったり脱力した。

「ひとつ、訊いてもいいですか」

「申してみよ」

「追い出された僕は、どこへ行けば?」

「そんなのは知らん」

 チラッとショウを見ると、

「屋根裏の物置が余っております」

 ズバッと無情な回答をくれた。

 こうして放逐された僕は、頭に三角巾を被り、顔をマスクで覆い、箒にちりとり、木製バケツ雑巾付きというフル装備でもって――屋根裏へと続く梯子の前に立っている。

「見よ、これが勇者の姿だ」

 自嘲ぎみに呟いてみるものの、ドラクエ無印よろしくパーティは僕一人。

 なんともやるせない。

「わたしも手伝いますから、元気出してください……ねっ?」

 いた。振り返れば、そこにパーティメンバーはいた。

 フリルカチューシャを頭に乗せ、エプロンドレスを纏った犬耳メイドだ。ショートヘアで見た目ボーイッシュだが、常に半歩下がって立つ、控えめで女性的な印象を受ける。

「キミは確か……アビーナ王女の」

「はい。メイドのモモと申します」

 両手でハタキを持って、モモは一礼する。

 かわいい。

「あ、どうも。公称勇者の明智寛太です」

「カンタさん……素敵なお名前ですね」

 名前を褒められたのは初めてかもしれない。ちょっぴり僕はときめく。

「手伝ってくれるのはありがたいけど、アビーナ王女から離れていいの?」

「アビーナ様がそうしろと」

 なーる。なんだかんだ気が利く王女様だ。

 と思った矢先、それが間違いであると知る。

「女子は女子どうし、男子は男子どうしで、部屋を共にすべきと」

「……ん?」

 いやいや。…うん? は???

「僕は男だ」

「はい」

「キミは?」

「はい♡」

 僕は頭を抱える。

「なぜだ」

 不粋かもしれんが訊く。だって納得いかん。

「アビーナ様は、城内のメイドを全てつまみ食いされてしまわれたのです。皆、骨抜きにされ、メイドとして仕事をまっとうできなくなり……そうして、わたしがメイドになりました」

「キミはクマノミか何かか」

 そして、メイド付きの日常が始まった。



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ