第10話:アビーナ王女とメイドのモモ
翌、終戦から二十日。
マツブシからの使者を迎え、和平条約の締結へ向けた協議に入る。
開催地はオウカ城(仮)こと、民宿「うみねこ亭」である。サクラメント側でテーブルに着いているのは、僕とサクラとショウ、それから外相を務めるオーランドという男(めっちゃガタイが良い)。パッソとベンケは後ろに立ち、護衛の任に着いている。
彼の国の高官たちと対面するのは三度目で、もうだいぶ顔見知りだが……約一名、どうにも異様な雰囲気のマドモアゼルが同席している。
サクラと同等以上の豪奢なドレスを纏い、頭には犬耳、ツリ目で性格キツそうな女だ。ファーのわさわさ付いた扇で口元を隠し、品定めするような眼差しを向けてきている。
(胃がキリキリするぞ)
かつての友人に強引に連れてかれた合コンを思い出す。
マドモアゼルの背後には気弱そうな犬耳メイドが一人、緊張した面持ちで控えていて、そっちのほうが断然タイプなのだが――それはそれとして。
ウォッホン! というオーランドの咳払いを皮切りに、両国の会談が始まる。
「では、今回の協議を始めたいと思いますが」
組んだ両手をテーブルに置き、マドモアゼルを一瞥してオーランドは続ける。
「そちらのご婦人は?」
この一言に、マツブシの高官の一人が過剰反応する。ガタリと勢い良く席を立ち、興奮した様子で捲し立てる。
「貴様ァ……このお方をどなたと心得る! マツブシ国が第一王女、アビーナ=レイズ=タイラー様にあらせられるぞ!」
「こ、これは失礼」
オーランド、お前……使えねぇな。
外相なら知っとこうよ。
「よい」
アビーナ王女はパチンと扇子を閉じ、瞼を伏せる。
「この者は新任の外相であろう。よく来ていた前のはどうした」
「……前任者は、開戦を止められなかった心労で、自ら命を絶ちました」
「そういうことであれば、責は我らにある」
なんとフォローしてくれるとは。けっこうイイ奴なのかも。
席を立った高官は、ばつが悪そうな顔で静かに着席する。形勢不利となった場の空気を誤魔化すように、早口ぎみに別の高官が言う。
「前回までの協議の内容を確認したい。我らマツブシ国は、賠償金として一兆八千億ブロス相当を分割して支払う。相違ありませんな?」
「はい。年間に二割ずつ支払っていただきます」
澱みないオーランドの返答に、マツブシの高官は渋い顔をする。
「年間一割ではまかりならんか」
「すでにお話ししたとおり、こちらの損耗は大きいのです」
「二割でよい」
また、アビーナ王女だ。
鶴の一声で、高官たちは何も言えなくなる。彼女は、サクラメントに味方するため海を渡ってきたのだろうか。
「今回は、こちら側から提案がある」
蜻蛉を捕まえるように、畳んだ扇子をぐるぐる回しながら――眼光鋭くアビーナ王女は続ける。
「我らの誠意の証として、妾を人質とするがよい」
「ふぁっ!?」
思わず声が出た。
「何を不可思議がる。戦国のならいであろうが」
「あっ、いや、その……なんでもありません」
あまりに堂々としてるから人質とは露ほども思わず。
アビーナ王女から受ける印象は女狐のそれだ。こんなタマ人質にしても化かされるだけじゃないか? むしろ、それを狙って送り込もうとしてるンじゃ?
なんて疑心暗鬼になっているうち、協議はトントン拍子に進んだ。和平条約の内容はあらかた固まっており、今回は最終調整という段なので、それほど話し合うこともなく。あれよという間に会談は終了し、マツブシの高官たちは足早に帰国していく。――アビーナ王女とメイドを一人残して。
オーランドとベンケも見送りに出たため、応対するのは昨晩の面子だ。
「ようやく邪魔者が消えたのう」
アビーナ王女はぐぐっと背伸びをして、ちらりとサクラを見る。
「八年ぶりくらいかの? 我が友サクラよ」
思わせぶりなウインクに堪え切れなくなったサクラが動く。会談中はおすましで黙していたが、ここで感情を爆発させる。
「アビぃナちゃあぁ~~~~~~ん!!」
リビングデッドのように両腕を前に出して、顔をぐしゃぐしゃにて、アビーナに抱きつく。アビーナは、母のように優しくサクラの頭を撫でると、僕のほうへと向く。
「改めて自己紹介しよう。アビーナ=レイズ=タイラーじゃ。よろしくたのむぞ」
「ええと、僕は――」
「そうそう、それが気になっておった」
例の扇を広げ、アビーナがショウに尋ねる。
「この場におるということは、ただ者ではないと察するが……何者じゃ?」
「勇者です」
ショウが即答する。
絶対説明不足でしょ、それ。
「なるほどのう」
「納得すんの!?」
「なに、我が国も勇者を召喚しておったのじゃ。そちらにおってもおかしくなかろう」
……!?
元の世界から来た人間が、僕以外にもいる?
思い当たるフシはあった。先の戦争で、マツブシの海軍大将・ポナフォイにくっついていたセーラー服の女の子……捕虜としてオウカに抑留されてたはずだけど……もうマツブシ国への送還を済ませてしまったな。
「あ、あのっ」
「なんじゃ、勇者よ」
「マツブシが召喚した勇者は、その後、どうなりました?」
「ふらりと何処かへ消えてしまった、と聞いておる」
「そうですか……」
話してみたかったな、色々。
「世界は思うより狭い。またまみえることもあろう」
それにしても、とアビーナは「うみねこ亭」の内装を見回す。
「本当に思ったより狭いのう。この城は」
「アビーナちゃんも、しばらくここに住むんだよ♡」
上目遣いでサクラが微笑む。アビーナはサクラの前髪を整えながら、
「妾は、そなたといっしょなら竪穴式住居でもよいぞ」
どこか耽美さを孕んだ口調で囁く。
「えへへ。じゃあ、これからは三人だね♪ あっ、パッソを入れたら四人かぁ~」
「……? なんの話じゃ?」
「えっと、今は、勇者さまといっしょに寝泊まりしてるの!」
サクラの一言で、アビーナの形相は一転する。
「なんと破廉恥なッ!!」
双眸を見開き、おぞましいものを目にしたようにヒステリックに叫ぶ。
「女子は女子どうし、男子は男子どうしで好き合うべきじゃ! それが自然の摂理であろう!」
なるほどね。
急に面白くなるのやめてくれません?
「ショウさん、この世界でiPS細胞の研究って進んでますっけ」
「何をおっしゃっているのか、私には分かりかねます」
「ですよね」
僕がヘラッと笑うと、閉じた扇でアビーナにぶたれた。
「話を聞いておるのか、下郎!」
「勇者です」
「どっちでもよいわ。ともかく、サクラとの同棲はアビーナ=レイズ=タイラーが許さぬ! 今後、サクラは妾と二人で寝るのじゃ。よいな?」
「えーっ」
不満の声を上げたのは、外野のパッソだ。
あいつは女王の護衛が任務だから、僕から離れることになるのが嫌なんだろうけど……仕事しよっか。
「お気遣いなく」
ショウがパッソを脇に抱え、口を塞ぐ。
じたばた暴れる女児は、やがて観念してぐったり脱力した。
「ひとつ、訊いてもいいですか」
「申してみよ」
「追い出された僕は、どこへ行けば?」
「そんなのは知らん」
チラッとショウを見ると、
「屋根裏の物置が余っております」
ズバッと無情な回答をくれた。
こうして放逐された僕は、頭に三角巾を被り、顔をマスクで覆い、箒にちりとり、木製バケツ雑巾付きというフル装備でもって――屋根裏へと続く梯子の前に立っている。
「見よ、これが勇者の姿だ」
自嘲ぎみに呟いてみるものの、ドラクエ無印よろしくパーティは僕一人。
なんともやるせない。
「わたしも手伝いますから、元気出してください……ねっ?」
いた。振り返れば、そこにパーティメンバーはいた。
フリルカチューシャを頭に乗せ、エプロンドレスを纏った犬耳メイドだ。ショートヘアで見た目ボーイッシュだが、常に半歩下がって立つ、控えめで女性的な印象を受ける。
「キミは確か……アビーナ王女の」
「はい。メイドのモモと申します」
両手でハタキを持って、モモは一礼する。
かわいい。
「あ、どうも。公称勇者の明智寛太です」
「カンタさん……素敵なお名前ですね」
名前を褒められたのは初めてかもしれない。ちょっぴり僕はときめく。
「手伝ってくれるのはありがたいけど、アビーナ王女から離れていいの?」
「アビーナ様がそうしろと」
なーる。なんだかんだ気が利く王女様だ。
と思った矢先、それが間違いであると知る。
「女子は女子どうし、男子は男子どうしで、部屋を共にすべきと」
「……ん?」
いやいや。…うん? は???
「僕は男だ」
「はい」
「キミは?」
「はい♡」
僕は頭を抱える。
「なぜだ」
不粋かもしれんが訊く。だって納得いかん。
「アビーナ様は、城内のメイドを全てつまみ食いされてしまわれたのです。皆、骨抜きにされ、メイドとして仕事をまっとうできなくなり……そうして、わたしがメイドになりました」
「キミはクマノミか何かか」
そして、メイド付きの日常が始まった。
(つづく)