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第9話:夢を見るから、人生は輝く。

 かくして戦争は終結した。

 マツブシ軍は武装解除した後に捕虜となり、彼らのガレー船はオウカ騎士団に接収される。強引に停泊してあるマツブシの船を係留するため、港にまで出ると、近海に所属不明の船舶が何隻か見受けられたが……掲げられたサクラメントの国旗を見るや、何処かへと去っていった。おそらく漁夫の利を狙った第三勢力だろう。

 今回の戦争――マツブシの乱においては、兵の消耗こそ最小限に抑えられたものの、それ以外の消耗は甚大だ。特に「ホイホイ作戦」に投入した晶石エーテルストーンは、騎士団が備蓄していた総量の七割に達する。

 加えて、釣り野伏せの布石として炎上させた城の修繕費、宣戦布告を受けてから漁業関係を停止させたことによる損害、その他諸々。

 請求する賠償金は膨れ上がり、戦後処理のため来訪したマツブシ国の高官とやりとりをする中で、さすがに一度での返済はムリという話になった。マツブシはすでに隣国を二つ(小国ではあるが)吸収していて、一括払いできる国力がないわけではないけれど……併合された国への皺寄せを思えば憚られる。

 いずれは、それらの国を独立まで導きたい。

 目指すはEUのような共同体だ。

「共栄圏構想……ですか?」

 首都オウカ北区のとある宿にて。

 僕が口にした戦後のビジョンに、ピンときてない様子でショウが問う。

「植民地とは違うのでしょうか」

「一方的な搾取じゃなくて、文字どおり共に栄えようってこと。入国を自由にして、通貨を共通にして、ヒトもモノも自由に行き来できるようにする」

「フム」

「お互いに持っている技術も供与し合う。何歩か劣る国には、未来への投資として『まず与える』――それが僕の言う共栄圏です」

「併合してまったほうが早い気もしますが」

「それでは怨恨が残ります」

「さすがは勇者さま」

 ベッドへ腰掛けた僕に、例によって壁際に立つショウが熱いまなざしをくれる。恭しく頭を下げられ、僕は慌てて付け加える。

「元いた世界に前例があるんです。僕はただ、先人がやってきたことをトレースしているだけで……」

「先人の知恵を理解し、我が物とす。紛れもなく貴方の力ですよ」

 窓から射し込む月明かりがショウを照らし、イケメン度数に磨きをかけている。同性の僕でもドキッとする。

「いやあ、その、照れますね……へへ」

「さっすが、あたしの勇者さま!」

「グボォ!?」

 QSK(急に サクラが 来たので)

 ミサイルよろしくサクラが突っ込んできて、僕はシーツの上に押し倒される。続けて、こしこしと猫のように頬を擦りつけてくる。

 やめてくれ。はるるの顔でソレは僕に効く。…あっ、鼻血出てきた。

 何を隠そう――ここ、民宿「うみねこ亭」は、今やオウカ城(仮)である。黒コゲになったオウカ城(本物)の修繕が終わるまでの間、王家が借り上げている。衛星都市の別荘に移らず城下に留まるのは、心配をかけた国民へのアピール効果を狙ってだ。

(サクラには、身近に会いに行ける王様であってほしい)

《有明セブンティーン》のはるるのように。

 テロのリスクがないといえば嘘になるが、「うみねこ亭」には第一騎士団の精兵も詰めている。中でも一番近くからサクラを護衛するのは、その騎士団長様だ。

「サクラちゃんずるい! カンタはパッソのだよ!」

 オウカ騎士団・第一騎士団長、パッソ=トビ。

 ご覧のとおり女児である。齢は九つくらいだろうか、可愛らしくほっぺを膨らませ、水玉柄のパジャマ姿で地団駄を踏んでいる。――その小さな腕に抱えられているのは、鞘に納められた身の丈ほどの《桜花一文字》。

 第零術式なる魔法でポナフォイを破った彼女は、なぜか十数年ほど身も心も退行していた。僕のことは覚えている(?)ようだが、記憶も大部分がリセットされている模様。それでも剣の腕前は衰えておらず、どの騎士も身長一四〇センチの彼女に勝てない。ガチンコでやって勝てない。

(まるで、強くてニューゲームだ)

 第零術式についてショウに尋ねてみたが、今はまだ話せないとはぐらかされた。よっぽどの機密なんだろうか。

「王女、いえ……女王陛下。そろそろ就寝なさっては」

 そのショウが悩ましげに提言する。

「明日はマツブシとの会談も控えております」

「う~~~ん、じゃあ、今日も勇者さまと寝るぅ」

 こしこしを停止したサクラは、僕に身体を預けてくる。ネグリジェ姿の女王陛下を抱いている僕は、何だ。ただのアイドルヲタク平民だ。こんなことが許されていいのか。しかも連日だ。

 初夜(特にナニしたというわけではない)こそ全身が震えて不整脈になりかけたが、慣れとは恐ろしいもので、甘えん坊の妹といっしょに過ごしている感へシフトしてきている自分がいる。

(それも、はるる似の顔さえ見なければ……の話だ)

 視線が行かぬよう意識的に逸らした僕は、パッソと目が遭う。

 女児団長は歯を見せてニィッと笑い、

「パッソが子守唄を歌ってあげる!」

《桜花一文字》を抱えたまま背面跳びでベッドイン。サクラとは逆サイドに着シーツする。

「おいおい、そこは女王陛下の隣だろ」

「いいのっ! まとめて守ってあげる!」

「えーと、パッソさん?」

 一昨日まで部屋の角が定位置だったろ。

 救けを求めてショウを見遣ると、やれやれのポーズが返ってくる。

 そして、静かに退室していく。性別比の拮抗が崩れた空間に、かくして明智寛太は取り残された。

 

 ~♪


 ほどなくして、ごく自然な入りでパッソが歌い始める。

 それは、あの日、桜の木の下で聴いたレクイエムだった。声に女児特有の「天使さ」がプラスされ――あの日に増して胸に刺さる。

「キミは、やっぱり歌が好きなんだね」

 ワンコーラス歌い切ったところでパッソは中断し、

「うん!」

 元気よく応える。

「カンタと約束したもん。歌姫になるって!」

 その一言で、時間が止まったような気がした。

「……覚え、て?」

「カンタのことだけは、しっかり覚えてるよ」

「じ、じゃぁ……あの日、城下町をまわったことも?」

「覚えてる。このリボンを買ってくれたことも」

 パッソは言って、結わえたままのゴールデンポイントに手を遣る。どこか愛おしげに。

「これって、恋の力だよね♡」

 言っちゃった! と無邪気に転げるパッソを横目に、僕は、視界が滲むのを感じる。

 パッソが生きているという実感が湧いたのだ。ようやく。

「……カンタ、泣いてるの?」

「目にゴミが入っただけだよ」

 使い古された言い訳を口にして、僕は涙を拭く。

 さっきのパッソに倣ってニッと笑みを浮かべる。

「歌姫パッソ、期待してるぞ。舞台に立つ日は近い!」

「はい隊長!」

「僕のことは支配人と呼べ」


「「はい、支配人!」」


 重なった声はサクラだ。

「まだ起きてたのか」

「支配人、あたしも舞台に立ちたいであります!」

 サクラは寝惚け眼で敬礼する。

 はるるが僕のユニットに……いやいや!

「サクラ、きっとキミも輝ける。太陽のようなムードメイカー枠だ」

「わぁい! サクラちゃんもいっしょだー!」

 パッソが上機嫌で続きを歌う。どこか明るくレクイエムが台無しだが、これはこれで味があるンじゃないか? ぼくも死霊なら、馬鹿みたいに明るいレクイエムで鎮魂されたい。

 フルコーラス終えた後、すぅすぅと安らかな寝息が聞こえてくる。

 熟睡しているのはサクラだ。鎮魂されてしまったか。

 ――無理もない。女王に即位してからというもの、教皇庁の爺様たちから一日中マナー研修なり帝王学なりを叩き込まれている。一日が受験生ばりの密度だろう。

 なんて心中で合掌していると、パッソもコテンと寝入ってしまっている。子どもか。

「右手にはるる。左手にチャイドル」

 なんてね。

 苦笑いが洩れる。

 共栄圏構想の先、僕には一つの野望がある。全てはそのための布石と言っていい。

 野望、それは「はるるの思想を実現する」こと。すなわち、アイドル産業によって世界平和を成すこと。あっちの世界では一介のドルヲタだったが、今の僕には「勇者」という肩書と国家の後ろ盾がある。

 ……なれるはずだ。はるるを擁する《有明セブンティーン》の仕掛人、秋山孝のようなアイドルプロデューサーに。

「支配人に」

 ぎゅっと拳を握り締める。

 まだ、はっきりとした輪郭はつかめない。原因ははっきりとしている。センターの不在だ。サクラは見た目こそ「はるる」だが、中身はナンバー2として脇を固める「ゆうゆう」に近い。パッソは高い歌唱力を持っているが、歌やダンスが上手いことはセンターの要件じゃない。

 センターの要件は……上手く言語化できないが、晴海はるか、が必要なのだ。思わず応援したくなる天性の資質が。

(絶対に見つけてやるさ)

 この世界に来て、やっと僕の人生がアツく燃え始めている。酸化するマグネシウムみたいにキラッキラなんだ。

 そう、神童と呼ばれたモーツァルトでさえも言っていたじゃあないか。

 僕はまぶたを閉じて、偉人の言葉を思い浮かべる。


 ――夢を見るから、人生は輝く。



(つづく)

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