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第8話:魔狼と鳳凰

 ――ギョウコウ。

 一騎打ちを申込まれたのは、思いがけぬ幸いだ。

 切っ先を向けられたパッソの後ろで、慣れない甲冑に身を包んだ僕は考える。

 城を放棄する(どころか火を放つ)計略について追認を得るため――あくまで追認を得るため即位させたサクラが、勢い余って予定にない演説までかましてくれた。矢でも飛んできたらどーすんだ。とにかく、サクラの演説によって戦場はフリーズし、交渉を差し挟める間隙が生まれた。でもって敵の大将格から一騎打ちの申し出とくる。

(三国志でいう、孫策と太史慈のようなドラマになりゃいいけど)

 さすがに望み過ぎか。

 どちらにせよ、大将同士の決闘で終わるなら、余計な人死には増えない。戦後のヘイトは最小限に抑えられる。――あくまで「勝てば」の話だ。

 殲滅戦を続行し、遺恨を残すものの確実な勝利をとるか。

 あるいは戦後を見越したギャンブルか。

 戦国武将の島津をトレースした「釣り野伏せ」まで立案しといてアレだが、現状、僕なら後者だ。選択の余地があるなら後者を選ぶ。

 ただ、それは……僕の前に立つ彼女に、パッソに多大な負担を強いることになる。命運を委ねることになる。

「カンタ、迷うことはない」

 僕の躊躇いは見透かされていた。

 まっすぐ敵将へ視線を注いだまま、パッソは続ける。

「ただ言ってくれればいい。――勝て、と」

 その口ぶりから伝わってくるのは、確かな自信。

 僕はパッソという女を侮っていたのかもしれない。

 今年で三十路になる、無駄に齢を重ねてきた僕とは違って……彼女は二十代にして騎士団の長にまで上り詰めたのだ。ジャンヌダルクのように士気高揚のためリーダーに据えられている、そればかりではないと感じさせてくれる。

 彼女の剣技に賭けよう。

「近い将来……戦争のない世界を実現する。その時、キミは歌姫だ」

「私は、『勝て』と言って欲しかったのだがな」

「ああっ、その、ごめ……!」

 持ち前の要領の悪さを発揮してしまった。

 これだから三十路を前にしてもカノジョができない。

「ふふっ、冗談だ。最高の鼓舞をもらったよ」

 いたずらっぽく笑い、パッソは前に出る。

 すらりと抜剣し、切っ先を立てて掲げる。

「その一騎打ち――オウカ第一騎士団長、パッソ=トビが受けよう!」

 慇懃に敵将へ返答する。

 城壁の上にいるサクラも、これを黙認する。サクラメントとマツブシの戦争は、今まさに、ワン・オン・ワンへと持ち込まれた。この場にいる全員が歴史の証人だ。

 ふと、僕の隣に立つ騎士が「十年前の再現だ」と呟く。

「過去にも一騎打ちが?」

「まだ両国が国交を保っていた頃、親善をかねた剣術大会が開催された。その決勝でぶつかったのが、今、対峙している二人さ」

 当時の結果はパッソの圧勝だったと聞き、少し僕は安堵する。

 両陣営の篝火に照らされる中、決闘者デュエリストが得物を構える。マツブシの将軍・ポナフォイは大剣を上段に。対するパッソは、やや細身の《桜花一文字》をフェンシングよろしく中段に。

 これが先の剣術大会であったなら、現場は歓声に包まれていただろう。

 だが、行われようとしているのは極小単位化された「戦争」なのだ。皆、固唾を呑んで見守っている。

「……我が一撃を、片手で受けると?」

 敵将ポナフォイは、挑発的な笑みを浮かべる。

「十年前もそう言って負けただろ」

「十年前とは違う、ということだ!」

 一転、ポナフォイは鬼の形相となり、その上腕二頭筋が風船のように膨れ上がる。鎖帷子がはち切れ、肩まわりの鎧が吹き飛ぶ。露わになったのは野獣にように毛むくじゃらの腕だ。頭に乗っけた(生えてる?)犬耳と合わさって最強に見える。もとい、まんまファンタジーに出てくる獣人である。

 変化はポナフォイの肉体だけに止まらない。足もとの石ころが重力に逆らってふわりと浮き上がり、耐えきれなくなったように砕け散る。

 魔法だろうか? いや、もっと単純でまったく別種のモノだ。

 あえて言うなら、そう――闘気。

「奥義、雲耀剣」

 ビリビリと空気が震える。

 チタン合金だろうが何だろうが、ぶった斬ってしまいそうな気迫だ。

「よくぞ、ここまで練り上げたな」

 パッソが《桜花一文字》に刻まれたルーンを発動させる。刀身は紅の炎に包まれ、桜の花弁のごとく火花を散らす。

 互いに必殺剣を構えたまま、二頭の竜虎は睨み合う。

 僕は、ポナフォイの「雲耀剣」なる技を知っている気がした。今回の戦争で用いた「釣り野伏せ」と同じく薩摩由来の剣術……新撰組も畏れた、示現流だ。二の太刀要らずと言われ、最初の一撃から全てを懸けて斬りつける先手必勝の流派。

(想像どおりなら、ヘタに受ければパッソが死ぬ――!)

 実際、示現流の初太刀を受けようとした武士は、自身の刀の峰を頭に食い込ませて絶命しているのだ。これはマジでヤバい。

 闘いの火蓋が切って落とされる前に、僕は声を上げる。

「躱せッ!」

 叫びは、ポナフォイの野太い声と重なった。

「――参る!」

 明らかに一足一刀の間合いの外から、助走をつけて斬りかかってくる。パッソは一瞬「受け」の姿勢を見せたが、すぐキャンセルして横っ飛びに躱した。

「キィエーイ!!」

 文字どおり雲耀の速さで振り下ろされたポナフォイの剣は、大地を割り、衝撃波を噴出させる。確かに凄まじい威力だが、昔のアニメでも言っていた。当たらなければどうということはない。

 加えて、パッソが跳んだのは、ポナフォイが眼帯を付けている側である。当然そちらは死角になっている。頭だろうが腹だろうが狙い放題だ。観戦する僕はKOを確信したが、勝負は一筋縄にはいかなかった。

 ポナフォイは太刀筋を返すことなく、パッソの跳んだ方向に、剣の腹でもってフルスイングしたのだ。重い甲冑を着た状態では、牛若丸のように軽やかに跳躍することなどできない。つまり、強振すれば当たる。当たるのだ。

 背中から殴打されたパッソは、前のめりに吹っ飛ばされるものの、受け身をとってすぐに持ち直す。そして再び対峙……「ふりだしに戻る」だ。

「なるほど……だいたい覚えた」

 パッソは懲りずにフェンシングの構えをとる。

 笑みはなく。射抜くような鋭い眼光で。

「何を、覚えたというのだ」

「雲耀の速さかな」

「莫迦な」

「バカかどうか……今度は受けてやるよ……来なっ!」

「その意気や良し。今一度、雲耀剣をその目に焼き付けるがいい!」

 再度、ポナフォイが上段に構える。

 必殺の一撃を放たんがため、不可視の必殺ゲージが溜まっていくのを感じる。闘気が漲り、溢れ出しそうな気配がした時――ポナフォイが動く。

「キィエーイ!!」

 だめだ、パッソ。例えスピードに対応できたって、意味不明なくらいのパワーだもの。まともに受けちゃ死ぬのは歴史が証明してる。初太刀は外さなきゃ!

 祈るように、というか実際祈っていた僕は、また予想外の展開を目にする。

 雲耀剣が繰り出された――と思った次の瞬間には、ポナフォイの得物は地面に転がっていたのだ。

(……!?)

 疾すぎて何が起こったのか分からなかった。

 ただ、結果としてポナフォイは武器を失い、パッソの剣先が喉元を捉えている。

 勝負アリだ。

「どういう」

 呆けた顔でポナフォイは言う。

「円の動きに乗せて力をいなした。合気というヤツだ」

「俺の『気合』が『合気』に敗れたというわけか……」

 ポナフォイは瞼を伏せ、すぐにカッと開眼する。

「だが、負けぬ!」

「……何?」

「剣術の試合ならば決着だろう。だが、俺たちが身を置いているのは戦争だ」

 生きるか死ぬかだよ。

 そう口にした途端、ポナフォイが「変身」する。雲耀剣を繰り出すときのそれとは次元が違う。全身の筋肉が膨張し、甲冑を吹き飛ばし、骨格さえも四足獣化していく。

 後ずさったパッソの前で、マツブシ海軍大将は一匹の巨大な狼となった。

 まるで北欧神話に出てくる魔狼フェンリルだ。

「グルゥオオオオオオ――!!」

 鋭い牙の並んだあぎとを開き、パッソの喉笛めがけ襲いかかってくる。もとい、頭を丸ごともっていきそうな勢いだ。

 パッソは《桜花一文字》を横薙ぎして牽制するが、


  バキン!


 冗談のように、難なく刀身を噛み千切られた。

 続けざまに体当たりを受け、パッソは大きく後方に飛ばされる。僕の視界で、彼女の背中が大きくなっていき――あっ、これ直撃するやつだ。

「うっぷ!」

 鈍く重い衝撃。

 受け止めきれず、僕もいっしょになって後ろに倒れる。

「……すまん、カンタ」

「これも甲斐性ってやつよ」

 甲冑越しには柔らかさも体温も感じないが、ポニーテールに結ったパッソの髪から良い匂いがして……ちょっぴりドキドキする。

「団長ォ!」

「加勢します!」

 僕たちの前を塞ぐように騎士が抜剣して構える。

 が、即座に窘められる。

「一騎打ちは続いている」

「しかし……!」

「見ろ」

 パッソが促した先では、ポナフォイだった巨狼が天へと咆哮している。すでに人語を喪失している様子だが、それでも他を襲うような素振りはない。じっとその場に留まり、宿敵のリングインを待っている。

「そういうことだ」

 起き上がったパッソは、髪を結ったリボンを解く。

 そして、僕は、彼女からそれを手渡される。

「カンタが持っていてくれ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! まさか刺し違える気じゃ」

「心配するな。私は死なない。何度でも蘇るさ」

 野球界のミスターみたいな台詞を吐いて、パッソは手ぶらで歩き出す。

「……『私』をよろしくたのむ」

 意味深なコトバの意図を訊く前に、パッソの全身から蒼い炎が噴き出した。

 敵の攻撃? 違う、身体の内から放出されている炎だ。蒼炎は甲冑を溶解させ、あっという間に一糸纏わぬ姿となる。スレンダーな彼女の全身には、幾何学紋様が光の線となって走っているのが分かった。――「ルーン」だ。

「第零術式、火の鳥」

 僕は、科学忍法か何かを見ているのだろうか。

 否、これは魔法だ。しかも自爆系のやつだ。誰が見たって分かる。

「パッソ、行くな!」

 僕の叫びに、彼女は寂しげな笑みで応える。

 そして、翼のように腕を広げて一気に駆け出していった。足の裏にもルーンを仕込んでいたのか、爆発と共に急加速し――一羽の鳳凰となって特攻していく。

 魔狼フェンリルも牙を剥いて迎え撃つ。

 両者は激突し、瞬間、世界は無音になった。

(聴覚をやられて音が消えたンだ)

 そう理解した時には、衝撃波に見舞われて吹っ飛ばされている。甲冑を着ていなかったら木の葉のように宙を舞っていたことだろう。

 意識が断絶した後、気づけば僕は、焼け野原に這いつくばっていた。

 砂に塗れた顔を上げると、爆心地には一人の少女だけが立っている。齢は二桁に満たないだろうか、生まれたままの姿で、長い黒髪を熱風に靡かせている。

「目が覚めると、いつもこの景色」

 灼けた夜空を仰ぎ、少女が呟く。

「――また、戻ってきちゃったんだね」



(つづく)

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