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第7話:マツブシの戦い

 ――ドンッ! ドドンッ!

 船上から夜空へ打ち上がった花火を見ても、サチコの胸中に感慨らしきものは湧いてはこなかった。お祭りで思い出すのは、ぼっちの記憶だけだ。

 ましてや、この花火は「人殺しの合図」である。

 マツブシ軍とサクラメント軍の両艦隊・前衛が交戦に入ったのを確認し、後方の旗艦から打ち上げ指示を出した。夜空に咲かせた大輪は、丘陵状になった首都オウカを越えて、南側の山にまで届くだろう。――それで、強襲部隊が動き出す。

 照明弾に偽装しているとはいえ、花火に「他意」あることが気づかれる可能性はある。首都の背後をとられている状況に感づく者が出るかもしれない。

(だが、時すでに遅しだ)

 サチコは眼鏡のブリッジをくいと押し上げる。

 花火の明かりの下――海上に展開されているサクラメント側の隻数からして、大部分の兵力が割かれているのは明白。強襲部隊から首都を防衛すべく反転しようものなら、こちらは正攻法でもって殲滅するだけ……西方に名を轟かす「海のマツブシ」は伊達じゃない。ハナから相手は全戦力をぶつけるしか選択肢がないのだ。

(孫子曰く、昔の善く戦う者は、先ず勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つ可きを待つ)

「そいつは知っているぞ。孫子兵法というやつだな」

 サチコの呟きを、一際派手な甲冑の騎士が拾う。

 頭から柴犬のようなケモノ耳を生やしたその男は、騎士というよりチンピラ風の顔立ちで、海賊みたいな眼帯をしていて……しかしマツブシ軍の頭目である。

 名を、ポナフォイ=モーゲン=タイラーという。

「……意外、という顔をするなよ。哀しくなるだろ。これでもオレは海軍大将だぞ」

「そうでした。すみません、ポナフォイさん」

 マツブシを建国したという「ヘイジ」なる者たちが、異世界から流されてきた、サチコのよく知る一族ならば、孫子を知っていても不思議ではない。

 ぺこりと頭を下げた姿勢で考えていると、ぐいと視界が急上昇する。

「ひゃあ!?」

 飛び込んできたのは、心底呆れたようなポナフォイの顔。ポニーテールをつかまれ、引っ張り上げられたのだと気づく。

「や、やめてください! パワハラですよっ!」

「ああ、すまん。つかみ易そうだったもんでな」

 パッと手を離してポナフォイは続ける。

「サチコ、貴様は軽々しく頭を下げるな。貴様はマツブシにとっての『光』――勇者なのだ」

「そのわりに扱い粗いですよね」

「うぉっほん! まぁ、なんだ……俺の性分は一朝一夕には変わらん。あきらめろ」

 サチコがジト目を向けると、ばつが悪そうにポナフォイは視線を逸らし、海原を見渡す。

 何海里か先では、すでに第一陣がサクラメントの艦船と交戦中だ。砲火の音がここまで木霊してきている。

「……順調そうだな」

「はい」

 ハンニバル作戦の成功を確信したのは、それから半刻が過ぎた頃である。丘の上にある首都オウカの城に、火の手が上がったのだ。

「ポナフォイさん」

 旗艦の甲板で、隣に立つ男をサチコは見上げる。

 ポナフォイは大きく頷き、雄々しく声を張り上げる。

「勝ち鬨を上げろ!」

 その号令は、伝書を使うことなく波及し……夜の海に、マツブシ軍の「エイエイオー」が響く。サクラメント軍のガレー船は次々に艦首を返し、退却していく。

「哀れなものだな」

 苦虫を噛み潰したようなポナフォイの表情を、サチコは見てしまう。敵軍の将として俯瞰して呟かれたのではなく、さながら落ちぶれた友へ向けられたよう。

 いつだって実直で、豪気で、正々堂々で。

 そんなポナフォイ=モーゲン=タイラーだからこそ、心酔させてくれるのだ。ちっぽけな自分の人生をくれてやろうという気になるのだ。

(――この人を、ぜったいに殺させない)

 たとえ彼の信条に背こうとも、作戦を企画し、彼に勝利を捧げる。それが「山中紗智子」という少女が見つけた生き甲斐であり、また同時に、憧憬の隣に立ち続けるための手段でもある。

「追撃しましょう」

「分かっている。分かっているとも」

 ポナフォイは一旦瞼を伏せてから、次の瞬間には狼の眼になっている。

「ここからは狩りの時間だ。…今、楽にしてやる」

 全ては描いたシナリオどおり。伝書梟を飛ばすまでもない。

 敗走するサクラメント軍のしんがりを何隻か沈めつつ、マツブシ軍は進撃する。入港した敵本隊を追って、強引に割り込むカタチで着艦。波止場に展開されたサクラメント軍と再び交戦となる。

 これを退け、旗艦を含めたマツブシの全ガレー船が入港――サクラメント本土への上陸を果たす。

「海上では決着をつけられず、か」

 タラップから港へ下りながら、ポナフォイが呟く。「そうでなくては」と言わんばかりの上機嫌だ。

「何か言いたげだな、サチコ」

 ふと立ち止まって振り返り、参謀に対して怪訝な眼差しを向ける。

「敵の敗走……かなり統率がとれています。城が落ち、パニックになっていてもおかしくないのに……」

「それだけ指揮官が優秀ということだ。さすがは、我が生涯のライバルよ」

 ポナフォイは不敵な笑みを浮かべる。

(パッソ=トビ……オウカ第一騎士団長)

 サチコの胸に、もやもやとした感情が広がる。生まれて初めて嫉妬を感じているのだ、とサチコは自覚する。

「あのっ……!」

「うん?」

「残党狩り、わたしもごいっしょさせてくれませんか」

「バカをいうな。戦場は何が起こるか分からん、命の保証はできんぞ」

「何が起こるか分からない、だからこそ! 船に残っていては力になれません!」

 詰め寄るサチコに、ポナフォイは眉をヒクつかせて唸る。

「一理ある。一理あるが、しかし……」

「わたしもマツブシの武士です」

 心にもない台詞だった。

 でも、それで彼の傍らにいられるなら。

「……いいだろう、同行を認める。ただし、俺の傍から離れるなよ」

「はいっ!」

 サチコは、今日一番の笑顔で答えた。

 海軍大将ポナフォイが上陸し、マツブシの軍勢はいよいよ進撃を再開する。無人となった港町を一直線に進み、首都オウカの北門を目指す。強襲部隊による占領が成功していれば、門は閉じているはず。行き場をなくした残党は狩られるのみだ。

 予想は的中し、閉門した北門と堀を背後に、サクラメント軍は陣を敷いていた。

「大詰めだな」

 ポナフォイが脇にサチコを抱えて言う。サチコの脚があまりにも遅いので、かなり無様な格好となっている。サチコは幸せだったが。

「背水の陣……フツーなら警戒するところですが」

 相手はこちらの策にハマって背水となっている。諸葛亮孔明がいるわけもないから、怖がる必要はない。

「最後のあがきよ。死に水はとってやらんとな」

 ポナフォイは全軍に抜剣を指示する。


 ――その時である。

 マツブシ軍の右翼・左翼が炎に包まれたのは。


「何事だ!?」

「そ、側面から奇襲を受けています!」

 炎は、サクラメント軍が標準装備する剣、「桜花一文字」による魔法の斬撃だ。

「くっ、これでは三面挟撃になるぞ!」

「……ッ」

 サチコは唖然とする。

 先行させた斥候隊からは、敗走する敵が分かれたという連絡は受けていない。最初から伏兵を置いていた? そんな……それじゃあ……。

「相手は残党なんかじゃありません!」

 脇に抱えられたまま、サチコは身体をえび反りさせて続ける。

「敗走を演出して、わたしたちをおびき寄せたんです!」

「一杯食わされたというのか? バカな! 現に城は燃えて――」

 ポナフォイは言葉を失った。

 サチコも釣られて、彼が見上げる先へと目を遣る。

 そこには、赤く染まった夜空を背にして佇む、一人のプリンセスがいた。フリルたっぷりの豪奢なドレスを纏い、北門の上に――正確には縁の上に立っている。

 春何番かの風にセミロングの黒髪をなびかせ、凛々しく。

 まるで勇者のように。


「わたしは、サクラメント国の女王、サクラ=サク=サクラメントです」


 プリンセスの声が戦場に響き渡る。

 敵味方全ての兵が戦闘を中断し、彼女を注視する。

「女王……!? 王女ではないのか?」

 ポナフォイの疑問に答えるように、サクラは右手の甲を掲げる。そこには淡いコロイド光が輝いている。コロイド光は星雲のように広がって戦場を呑み込む。まるでオーロラの中にいるようだ。

「あれは、まさしく『ゲンジ紋』……ッ」

「ゲンジ紋?」

 サチコのオウム返しに、ポナフォイが小声で答える。

「我が国の王が持つ『ヘイジ紋』と対を為す、サクラメント国における王位継承の証だ」


「今、戦いの趨勢はサクラメントにあります。マツブシのみなさんは、速やかに投降してください」


「デタラメだ! 落ちのびた姫君のハッタリに過ぎないッ!」

 声を荒げて噛み付いたのは、ポナフォイである。

「城を焼かれ、命からがら逃げ出した小娘の戯言よ!」

 ポナフォイ=モーゲン=タイラーは正しい。

 釣り野伏せを許した戦況不利の中、トドメとばかりに敵は士気の爆上げを図っているのだ。彼の対応は軍をあずかる指揮官として正しい。

 だが、サクラメントの女王はひるまない。


「城へ火を放つよう命じたのは、わたしです」


 まるで荒唐無稽だ。荒唐無稽だが、それを裏付けるようにサクラメント軍は動じていない。――放火は最初から作戦のうちだった。だからこそ、マツブシ軍は釣り野伏せにハマってしまった。サチコも気づくことができなかった。


「城が焼け落ちたから、どうしたというのです。民たちのいる場所が、サクラ=サク=サクラメントの帰る場所なれば!」


 勝ち鬨にも似た雄叫びが、サクラメントの兵たちから上がる。国のリーダーが出張ってきて鼓舞しているのだ。当たり前だ。

(このままでは……)

 サチコは爪を噛む。

 策がないわけじゃない。しかし、それはサチコにとって絶対に許容できない策だ。苦し紛れの代案をサチコは提示する。

「女王を矢で射ましょう。そうすれば――」

「相手は大義を得て、俺たちを容赦なく根絶やしにするだろうな」

 脇に抱えられていたサチコが下ろされる。

「貴様はよく働いてくれた。こんなことを言える資格もないが、名前のとおり、幸せになってくれ」

 ポナフォイは独りで前に出る。正面のサクラメント軍と単騎で対する。

 ――ああ、なんということだ。彼は心得ている。戦況を打開するために最良の選択をする。その命をベットして。

 だめです、ポナフォイさん。わたし、幸せになんて、なれません。

 そもそも名前、「幸子」じゃないし、ポナフォイさんなしの幸せなんて。

 サチコの伸ばした右手は虚空を切る。


「我こそは、マツブシ海軍大将、ポナフォイ=モーゲン=タイラーなり!」


 サクラの倍以上の声量で名乗りが響く。


「サクラ女王の計略、敵ながら天晴れ! 敬意を表する!」


 ポナフォイはグリーブの踵を揃え、背筋を伸ばす。

 よくもぬけぬけ、とサクラメント側は思っているだろう。これも駆け引き。


「現在の戦況はこちらの不利! しかし、最後までやり合うならば、お互いにただでは済まない! そこで!」


 ポナフォイは抜剣し、その切っ先を突きつける。

 延長線上には、オウカ第一騎士団長・パッソ=トビの姿がある。かねてから愚痴で聞いていたとおり、細身の女騎士だ。女性の兵は他に見られないため一目で分かる。

 ――そして、交渉の口上が締め括られる。


「一騎打ちを提案する!」



(つづく)

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