プロローグ
アイドルは魔法で出来ている。
歌唱力がズバ抜けて高くなくとも、踊りがキレッキレでなくとも、トークさえ未熟でも、アイドルはステージの上で星になる。一等星のごとく煌めく。
魔法をかけるのは、限りなく広いアリーナを埋め尽くすファン……もといブースターたちだ。プリント法被を纏い、額に鉢巻、両手には高輝度のケミカルライト。
ノドが張り裂けんばかりに合いの手を入れ、全身でライトを振る。
精一杯の応援が、輝きの魔法となる。
「ウリャオイ!! ウリャオイ!! ウリャオイ!!」
かく言う僕もブースターの一人、魔法使いというわけだ。今年で三十路になるので二重の意味で魔法使い。なんてね。
二階席の最前列から、僕は、全霊のエールを贈る。
「ウリャオイ!! ウリャオイ!! ウリャオイ!!」
おっと……歌詞の一番が終わったし、リブートしなきゃ。
最も眩く輝くUOのケミカルライトは、一曲と保たずに発光力のピークが過ぎる。それ故、タイミングを見計らって「追い焚き」が必要となる。
僕は、衰えたUOを足下のナイロン袋に捨て、腰に提げたシザーバッグから新品を取り出す。そして眼前の手すりへと叩きつける!
(※この間わずか2秒!)
衝撃により、仕切られた内部の液体が混ざり合い――
カ ッ ! !
世界は閃光に包まれた。
なにこれ僕の知ってるUOじゃない! ここまで光るモンじゃねぇ。
いや、客席へ向けて放たれるステージライトの直射を受けてしまったか?
「……」
咄嗟に閉じてしまった視界を、おそるおそる開く。
そこは横浜アリーナではなかった。
〇 限りなく広い
〇 めっちゃ人いる
× アイドルのコンサート会場
なんていうか、パルテノン神殿の中みたいな……? デカい石柱が整然と並んでいて、僕の足下には直径5メートルくらいの魔法陣っぽいやつが描かれている。
群衆はみな白人で、中世ファンタジーに出てくる貴族や神官のような格好をしていて、誰もが僕に視線を注いでいる。ポカンと呆けた表情で。
いや僕だってポカンだよコレ。なんスかねコレ。
「なんスかねコレ」
そのまま口に出してみる。
答えは返ってこない。やっぱここは英語か? 高校を卒業して以来、使ったことなんて殆どねーぞ。なんて思っていると、
「ゆ」
ゆ…?
「勇者だッ!!」
モロ白人の司祭っぽい老人が、目ん玉ひんむいて叫んだ。モロ日本語で。
途端に、堰を切ったように群衆がざわめき始める。
「見ろ! 光の剣を持っているぞ!」
「ひぃ、ふぅ、みぃ……まさかの八刀流だ! 信じられない!」
「まさに戦場から召喚されたのではないか。汗だくだ」
「しかし傷ひとつ負ってはいない。返り血すら」
「やはり異世界の英雄、顔つきが違う」
あの、ちょっと……。
もしかしてアレですかね。
最近流行りの、異世界に召喚されちゃうってやつ。
勇者? 英雄? ご冗談を。履歴書に書ける特技とか珠算3級くらいですよ?
「ハハハ……」
乾いた笑いが洩れる。横アリくらい高い天井を仰ぐ。受難を憂いて神を呪う。
その時、タンタンタンと甲高い音を立てて何者かが駆けてくる気配。
(うしろ?)
振り向くと同時に、視界いっぱいに少女の顔が飛び込んできた。
いや、身体ごと飛び込んで来てる。ノーブレーキで激突だ。ウアア――ッ!!
「勇者さま――っ!!」
黄色い声が響く。
豪奢なドレスを着た少女のすてみタックルを受け、僕の意識は刈り取られる。
推しのアイドル「はるる」にめっちゃ似てた。
ような気がする。
ガクッ。
(つづく)