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※身内用小説です。
(あらすじからの続き)
私、リナリア・ティガーは彼の姿を再確認し、硬直する。
どうやら、彼がここに居る事によっぽどのショックを受けたようだ。
体がこの状況について行けていない。
頭では、そう冷静に分析している私。
だが、一向にスピーチに移らない私に、生徒達は違和感を抱き始めている。
ざわざわと、周りがひそひそと耳打ちしたりする様子がここからなら十分に見渡せる。
しばらくして、ようやく体が言うことを聞くようになり、何事も無かったかのように突然スピーチを始める私。
それに合わせて、生徒もひそひそ話を止め、私のスピーチに耳を傾けている。
ーーそれからの事は、よく覚えていない。
気がつけば、入学式が終わっていた。
「リナリア嬢? 帰るよ」
と、後ろから声が掛かり咄嗟にビクッと肩が震える。
それを誤魔化すように、笑顔を作って振り返り、何でもないように応える。
「はい。なくた様」
手を差し出され、その手の上に手を被せ立ち上がる。
その姿は、誰もが羨む光景であろう。
何故なら、今私の手を握って歩いているなくた様は、家柄も良く、見目も良く、成績も良い。そんな、彼はこの学園のプリンス的存在なのだそうだ。
……その、彼の婚約者となれば、私のこの学園での未来は目に見えている。
家柄の事もあり、私の体には、迂闊に手を出せないので目に見えるイジメは無いだろうが、きっと、此処でもひとりぼっちになるのだろうと1人落胆する。
1人には慣れているから別に良いのだけど……と強がりを心の中で言ってみる。
だが、そんな私にも友達が居なかった訳でも無い。
それは、1年前の事ーー。
1人が退屈で嫌になっていた私は、こっそり庶民のフリをして1人で町を出掛けていた。
そこは、世間知らずな私には未知の世界で、とても心踊った事を覚えている。
そんな時、彼に声を掛けられた。
「ねぇ、君。良かったらちょっと俺と遊ばない?」
今思えば、怪しい誘いだったなと思い、思い出し笑いをクスクスとする。
「ええと……」
と私が返事に困り、オロオロしてる間に手を引かれ、気がつけば近くの喫茶店に入っていた。
「ごめんな〜、君が可愛くてつい」
と悪びれもなくへらへらと笑う彼。
「あっ、そうそう。俺の事は、ぺりえって呼んで」
「……はぁ」
混乱している私には、それが精一杯の返事だった。
結局、ぺりえのマシンガントークに押されっぱなしのまま、その日はお別れした。
また、会う約束をして。
また、会いたい。なんて好意的な言葉を、言われ慣れていない私は感激した事を覚えている。
それから、会う機会は増えていった。
徐々にだが、私もぺりえの言葉に相討ちを打ったり、冗談を言ったり出来るような仲になっていた。
「これが、友達ってものなのかしら?」
と、意気揚々に私はぺりえに聞く。
「…………」
すると、急に彼は黙りこくり、難しい表情になる。
やっぱり、友達だと思っていたのは私だけなのか……と1人落胆する。
「あの……」
「今気づいたんだが」
同時に声が被る。
ぺりえには、私の声が聞こえ無かったらしいので、そのまま彼の次の言葉を待つ。
「……俺はリナリアを愛している」
「…………ふへ!?」
と、思わず間抜けな声が出た。
「俺はリナリアを愛している」
もう一度、確かめるようにぺりえは言った。
「…………」
何と応えて良いのか分からず黙りこくってしまう。
これって、愛の告白ってものなのかしら……?
そんなものされた事もした事も無い私は、ただただ羞恥に耐えるばかりだった。
それから彼は会う度に、愛してる、好きだ等と連呼してくる。
さすがの私も、この頃には受け流す程度にあしらっていた。
きっと、私を騙してるんだわ、と。
そんなある日、彼は私の痛い所をついてきた。
「なぜ、リナリアは俺の瞳を見ない」
その声色は、苦しそうで辛そうだった。
いつも、飄々とした彼からは想像も出来なかった。
「…………」
私は、怖かったのだ。
彼の本当の想いを知ってしまう事が。
その、能力に気が付いたのは随分幼い頃。
確か、なくた様と初めてお会いした時だったかしら?
「初めまして。お目にかかれて光栄でございます。リナリア・ティガーと申します」
とドレスの裾を掴んで丁寧におじぎをする。
「どうぞ顔をお上げになって下さい」
その声で、顔を上げる。
この頃から、なくた様は落ち着いていてとても年相応には見え無かったのを覚えている。
「……!」
これが、始まりだった。
今まで誰の瞳を見ても、何も無かったはずなのに、彼の瞳を見ると彼の感情が脳に流れ込んでくる。
その感情は、無だった。
私は、怖くなった。
無ほど怖いものは無い。
だけど、同時に私は思った。
なくた様と仲良くなれたら、きっと他の感情も見せてくれるのでは……? と。
それに、仮にも婚約者様なのだから仲良くしたいじゃない。
それから、事あるごとに私はアルバート家へ遊びに行った。
なくた様は相変わらずだが……。
「なくた様、今日はアップルパイを作ってみました。良ければどうぞ」
何時ものように、アルバート家へ遊びに行った際、丁度アップルパイを作ったので、差し入れとして持っていった。
皿を用意して貰い、取り分ける。
なくた様が食べ始めるのを待って、私も食べ始める。
「美味しい〜」
と、私がまず感想を述べる。
味見はしていたので分かってはいたが、やっぱり美味しい!
そーっと、なくた様を横目で見る。
「……うん、美味しい」
いつも通りの声色だが、口元を見ると微妙に口角が上がっている……気がした。
恐る恐る、瞳を覗いてみる。
流れ込んで来た感情は、美味しい。
今まで、何度も食事を、ご一緒したけれど、特に何の感情も見せ無かったなくた様から美味しいという感情が流れ込んで来た。
私は、その時思わず泣いてしまったのを覚えている。
「なぜ、泣いている」
彼の瞳は困惑という感情を訴えてきた。
「なくた様には、ちゃんと感情があるんだって、嬉しくなって……」
涙ながらに言ったので、ちゃんとなくた様が聞き取れてかは分からない。
今思えば、感情が無い人間なんて居ないだろうと思うが、幼い私はひどく安心したのだった。
……という、良い出来事もあったのだが、この力はあまりにも辛い力だった。
楽しい、嬉しいだけの感情だけでは無く、権力、金、嫉妬、怒り、悲しみ……という負の感情までもが伝わるからである。
お陰で、大人達には、失望する事が多々あった。
そして、私は決心した。
もう、この力は使わないと……。
だから、もしぺりえの瞳を見てしまうと、今までの言動が嘘か本当か分かってしまう。
彼の本心なんて知りたくもないし、知る必要もない。
「ごめんなさい」
そう、言うしか無かった。
この力について、説明をした所で、信じてくれるかも分からないし、話す理由もない。
暫くの沈黙が続く。
「ごめん」
そう小さく呟いたかと思うと、ぺりえは無理矢理私の顔を上げさせる。
ーー目が合ってしまった。
すぐに視線を逸らしたが、意味は無かった。
一瞬だったにも関わらず、この目に焼き付いて離れてくれないのだ。
ーー愛してるーー。
確かに、この感情が伝わって来た。
力を使ってしまった事に罪悪感を覚えると同時に、安堵の気持ちも湧いてくる。
ぺりえは、嘘を付いていなかった。
本当に、私を愛してくれていた。
その気持ちが、純粋に嬉しかった。
……だけど。
「ごめんなさい、ぺりえの気持ちに応える事は出来ないわ」
「どうして?」
「私には、婚約者が居るの。だから、もうぺりえとは会う事は出来ないわ」
それから、私は彼と会う事は無かった。
思い出してみると、彼を友達と言っていいのか分からないが、少なくとも私は友達だったと思っている。
はっ!!
と、さっきの出来事の記憶が蘇って来る。
そうだ、彼がここに居たんだわ……!!
彼が居ないかと、挙動不信に辺りをキョロキョロ見渡す。
「リナリア嬢、どうかした?」
「え!? いえ、何でも……」
苦笑いを浮かべながら応える。
ーーその時だった。
「リナリア、会いたかった!!」
とその声の人物はこちらへ勢いよく走って来て、私を抱き締めた。
「ぺりえ……」




