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ある日、道端で。

そこから私の、気が遠くなるような日々が始まったの。人間って本当に遅くまで起きて、日が昇るよりも早く起きて...本当に大変。そんなに早く起きても寒いよ。まだ仄暗い森の中で枯れ木を踏み締めながら、私はほわぁっとのほほんとしたあくびをした。


早起きは三文の徳。でもこの諺は、あながち間違いではない。早起きをした私に、神様は甘いご褒美をくれたんだ。


「綺麗....」

私はいつもの場所から街を見下ろしていた。朝焼けの光に暗闇が包まれて、赤とオレンジ色の中間の太陽が雲の割れ目から姿を出したの。ヨハネスベリーよりもオレンジ色で、ピンクグレープフルーツよりも存在感が強くて。海は太陽の光を浴びてキラキラ輝くの。私はずーっとこの景色を眺めていたかつたのだけど、すぐ朝になっちゃった。青い空も綺麗なんだけどね..


私は街に向けて、すごすご歩き始めた。


「ゾロ、おはよう。」

「.....」

私は目眩がするようなエレベーターを切り抜けて、ゾロの家に到着した。

「勝手に入っていいから。」

先日ゾロは私に、部屋の合鍵を渡してくれた。人間の姿の私は受付でゾロが人間として使っている名前を言うと、特に何も言われずに入って、とマンションの中に入ることができた。



黒い狐の姿のままで、ゾロは寝ていた。大きなベッドの黒いカバーの布団と一体化していて、何だか可愛らしい。

「ゾロ」

私はボリューミーなその背中の黒い毛を撫でた。ゾロの背中はほんわか温かくて、こちらまで眠くなってしまいたくなるほどに毛並みが整っていた。

「....」

ゾロは小さく体を震わせて、ゆっくりと目を開けた。

「早いな。」

狐が喋るという珍奇な現象が起こった。ゾロはすっと布団から体を起こして飛び上がると、私の懐に飛び込んできた。私は両手でゾロの体を受け取ったの。何だか変な感じ。いつも見上げていた大きなゾロが私の腕の中にすっぽり収まっているんだもん。

「ゾロ、可愛い。」

私はウニのように黒く丸まるゾロの背中を撫でた。

「男に可愛い、と言って撫でるのはやめなさい。」

ゾロはぼやいた。でも、声は弾んでいたの。

「可愛い可愛い〜」

私はわざと声を大きくして、ゾロの頭をボールを磨くかのように捏ねくりまわした。

「よさんか。」

ゾロは笑っていた。



人間として生きていくことは難しいのか。私の人間修業はよくわからないまま幕を開けることになった。


私は街を歩いた。ローズストリートという、バラ色のレンガでできた教会のある大通りだった。市場があって、美味しそうなジャムや山積みのパプリカが売っていたの。どれも私の食べたことのないものばかり。でも、食べたいとは思わなかったの。どうしてだろう、カゴに入っている果物よりも、森の中にある果物の方がよっぽど生き生きしていたの。当たり前か。こっちは死んでいるんだものね。


街を歩けば人は群れている。狐みたいに、同じ色をしているわけではなく、様々な色の服を着てバラバラの方向を歩いて。どこへ皆向かうのだろう。こんなに雑踏があるにもかかわらず、私が感じたものは孤独だった。


「助けて!!」

誰かがそう叫んだ。バラバラだった足音が、この時ばかり息を揃えて止まったの。女性が叫んでいた。

「ひったくりよ!!」

女性は涙目のまま更に叫んだ。えっ!?と街中が戸惑いを隠せない。


私は走った。トートバッグを持った若い男が、坂道を滑るように降りていく。でも、私の方が速い。これでも野生動物だよ、人間に負けるわけないでしょ?私はあっという間に、男を追い詰めた。


私はいつの間にか狐に戻っていた。

「うわぁっ、く...」

私は爪を立てて、男の背中を引っ掻いた。男は悲鳴をあげたの。


「?」

私はとっさに、建物と建物の隙間に身を潜めた。耳を劈くような機械音が聞こえたから。その甲高い音は、私の自律神経の働きをめちゃくちゃにしそうだったの。サイレンっていうんだけどね...


私は建物の隙間から様子を伺っていた。うつ伏せで倒れた男のすぐ隣に、サイレンを鳴らした車が止まったの。私はその車のドアを開けて石畳につけた踵を、食い入るように見つめてしまった。


あぁ、私、この人が好き。って、本気でそう思ったの。



黒い靴に、紺色のかっちりとしていてポケットのたくさんついた服。それよりも透けるように白い肌と銀色の髪、毛細血管が見えるほどの明るい色をした瞳。この街に、こんなに澄み渡るほどの色素の薄い人はいなかったの。


私は彼を仲間だと思った。初めて会ったのに、どうしてだろう。

「犬だ、犬にやられ...」

「黙れ。」


私が1番最初に聞いた彼の声だった。アーモンドのような形をした鋭い目も少し張った頬骨もその細長い体型も、とにかく私を惹きつけるには十分すぎるほど素敵だった。テキパキと動いて男を取り押さえると、すぐに男の姿は車の中に溶けて行ってしまったの。



私は森に戻った。鳥も蛇もみんな眠りについていた。元気なのはお月様とフクロウとコウモリと、人間だけ。私はまた、いつもの場所で夢を見るの。でも、この日からはあなたの夢しか見ることができなかった。




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