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コロ

作者: じゃこ

 飼っていた犬が死んだ。名前はコロという。十三年も生きたから、寿命だったんだと思う。思えば随分馬鹿な犬だった。「お手」と言いながら手を差し出すと、その差し出した手を舐め、「お座り」というと、こちらを見上げながら千切れんばかりに尻尾を振った。何も教えていない状態でこれなら仕方ないが、いくら教えても最後まで反応は変わらなかった。休日丸一日使って芸を教え込もうとした父が、夕食時に苦笑いを浮かべて「コイツは駄目だ。」と言っていたのを思い出す。その横でコロは、おいしそうに餌にがっついていた。そんな血統書も無い、何処かから貰ってきた雑種の不細工が、家族三人大好きだった。だがコロはもう、「お手」にも「お座り」にも答えてくれない。その事実が、たまらなく悲しかった。


 「ねぇ、真理は知ってるぅ?」休み時間で、友人の由紀との何気ない会話。内容は嫌いな教師への愚痴、コンビニで出た新製品のお菓子への感想と様々である。この時間が私は好きだ。しかし、コロが死んで間も無い今、その会話にも、何となく身が入らない。「え、何が?」思わず聞き返してしまう。「ちょっとぉ、聞いて無かったのぉ?だからぁ。」由紀が弁当のコロッケを箸でつまみながら続ける。「ペット、生き返らせるって方法。」思わず手をつけていたおかずを、箸ごと落としてしまう。ケチャップが少し机に飛び散ってしまった。「ちょっとぉ、真理ったら汚ぁい。」


 コロが死んだのは由紀にも話していた。涙ぐみながら話す私を、背中をさすりつつ慰めてくれたのは記憶に新しい。「あの後ねぇ、私調べてみたのぉ。」自分の仕事を誇るように続ける由紀と、呆れ顔の私。その気持ちは単純に嬉しかったが、オカルトなんかを簡単に信じる由紀がなんだか可笑しかった。「私もブログで見つけたんだけどねぇ。ほら、これこれぇ。」そう言いながら由紀が差し出してきた携帯のディスプレイに映っていたのは、猫のぬいぐるみを抱いたうれしそうな男の写真。「えっと、一応コロは生き物だったんだけど。」顔立ちの整った、可愛いぬいぐるみよりも確実に不細工なコロであったが、ぬいぐるみの方がいいと思ったことは一度も無かった。というより、比べた事も無かったように思う。「知ってるよぉ。文章の方も読んでみればわかるってばぁ。」ブログの見出しには、『メグちゃんが帰ってきた!』と、デカデカと書かれていた。


 自分の部屋で、由紀が見せてくれたブログをもう一度読み返す。何でも、儀式のような手順を踏んだら、ぬいぐるみに死んだ飼い猫の魂が宿っていたというのだ。案の定、かわいそうな人扱いなコメントが多数寄せられていた。実際、私だってそう思う。馬鹿馬鹿しい。そう思いながら、私の目線はベッドの上に置かれた犬のぬいぐるみの方に行っていた。


 手順はこうだ。死んだペットと同じ種類の動物のぬいぐるみの背中を開き、その中にペットの一部を入れる(ブログの男は猫の毛を入れていた。)。そして、背中を縫って閉じた後、ペットが一番長く居た場所に一日ぬいぐるみを置いておくというものだ。ぬいぐるみの背中を開いて、飛び出してきた綿を少し奥に押し込みつつ、拾ってきたコロの毛を数本入れる。こんな与太話、信じた訳ではない。馬鹿馬鹿しいという思いは変わらない。だが、こんなオカルトを試すくらいには、私はコロが好きだったらしい。コロのお気に入りだった、リビングのソファの上にぬいぐるみを置きつつ、私はそう思った。


 「どうどう?生き返ったぁ?」昼休み、由紀が無遠慮に聞いてくる。「やるわけ無いじゃん、あんな馬鹿馬鹿しいの。あんなの、ブログ見て欲しさに書かれたデタラメだってば。」何となく「やってみた」というのが恥ずかしくて、必要以上に否定する。「ちょっとぉ、真理ったらひどぉい。」大げさなリアクションをとる由紀を、これまたわざとらしく慰めつつ、私の意識はリビングのソファに向いていた。結局、その日は一日中何にも身が入らなかった。


 何処にも寄り道せずに真っ直ぐ帰ってきて、息もつかぬ間に直行したリビングで、私はぬいぐるみを抱き上げた。乱れる息を深呼吸で落ち着かせる。一日コロの特等席を占拠したぬいぐるみはと言えば、抱き上げてもピクリとも動かない。コロを抱き上げれば、それはそれは嬉しそうに尻尾を振ったものだが。やっぱり、あんなものデタラメだったのだ。溜息をつきながら、ぬいぐるみを抱いて部屋に戻る。部屋に入り、やや乱暴にベッドの方へぬいぐるみを投げると、「キャンッ!」と、何処かで聞いたような声が聞こえた気がした。


 ぬいぐるみを立たせて正面から向き合いつつ、何となくぬいぐるみの方に手を差し出してみる。「お手。」私以外に答える声がある筈も無く、声はそのまま壁に吸い込まれていった。何をやっているのだ、私は。あんなもの幻聴だ。気のせいだ。もうコロは、何処にも居ないのだ。そんなことを考えて涙ぐむ私を慰めるように、ぬいぐるみは差し出された私の手を舐め始めた。驚いてぬいぐるみを突き飛ばしそうになるのを、必死にこらえる。「コロ、なの・・・?」恐る恐るぬいぐるみを覗き込む。名前に反応して、千切れんばかりに尻尾を振るぬいぐるみ。勝手に動くぬいぐるみに恐怖を覚える事を、私はもうしなかった。間違いない。名前を呼ばれただけでこんなに嬉しそうな反応をする犬を、私は他に知らない。コロだ。コロが帰ってきたのだ。


 それからの日々はとにかく楽しかった。可哀想な子扱いされるだろうと、コロを知っている友達や、両親にさえも黙っているのが少し苦しかったが、ぬいぐるみに宿ったコロはそんなことを忘れさせてくれた。我を忘れて羽虫を追いかけたり、私の部屋の前でちょこんと座って帰りを待ってくれたり、かつてと変わらぬ仕草がただただ愛らしい。餌を食べない事と、部屋から出してやれない事が少し悲しかったが、コロはコロだ。あの間抜けで愛らしい家族が帰ってきたのだ。


 朝のテレビ画面は、いつもと変わらないニュースを映し出していた。国会議員の脱税疑惑、何処其処で行われたゴルフの大会での日本人の成績、殺人事件。これまたいつもと変わらず、大して気にする事無く家を出る支度を進める。リビングを出る直前、目に入った被害者の顔を何処かで見た気がするが、これもまたいつもと変わらない気のせいだろう。どうせ芸能人の誰かと似ているとか、そんなところだ。それよりも、電車の時間まで少し時間がある。コロを撫でてから行こうか。


 「ちょっと真理ぃ、今朝のニュース見たぁ?」教室に入るや否や、由紀が駆け寄ってくる。由紀から出る話題がニュースだなんて珍しいが、どうせゴルファーの中に好みの顔を見つけただとか、議員の顔が教師の誰某にそっくりだったとか、そんなところだろう。こういうくだらない会話は、私自身そう嫌いではない。「何の?」机の上に鞄を置きながら答える。席まで私の後を着いてくる由紀が、コロを連想させる。「殺人事件よぉ、殺人事件!」興奮した面持ちで由紀の顔が迫ってくる。「殺人事件?」そう言えば、そんな報道もあったっけ。だが、はっきり私の記憶に残ってないあたり、そう珍しい手口でも、連続殺人や家の近所といったような、話題性に富んだ話でもなかったと思うが。「被害者よぉ被害者!これ、これぇ!」由紀が私の眼前に出してきたディスプレイには、何だか見覚えのある男が映っていた。朝テレビで見た顔だ。「ほらぁ、猫のぬいぐるみのブログのぉ!」言われてようやく思い出した。あのブログの男だ。


 『ネット上でのトラブル?被害者男性の奇妙な言動』との見出しの記事の内容は、おおよそこうであった。殺された男のブログに書かれたオカルトじみた言動と、それに伴うネット上での口論。それが原因で殺されたのではないかというのが記者の考えらしく、日常生活での男の言動とトラブルが詳細に書かれていた。「死んだ後でこんな風に粗探されるのってかわいそうだよねぇ。」との由紀の言葉とは違う所に、私の意識は向いていた。何でも男は死ぬ数日前に、「死んだ飼い猫に殺される」と、友人に訴えていたらしい。もちろん友人は男の言葉を真面目に取り合わず、その後のこの報道に驚いたという内容である。知人が証言する、所謂いわゆる『生前は変な奴だった』のような一例として取り上げられたこの一文が、私の中で引っかかった。


 そう言えば私は、あの毛入りのぬいぐるみのことを何も知らない。

こういう、「後は想像に任せます」みたいな終わり方が結構好きだったりします。技術が伴わないと単なる手抜きにしか見えない悲惨な結果になりますが。手抜き以外に見えるならば幸いです。

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