十年前
なんとか、間に合いました。
十年前ーーー
「おーい。お姉ちゃーん…。どこー?」
「ほら、はやく!こっちだよ、緑!」
西洋の建築様式を用いた建物、広い庭には色様々な花が咲いている。ここは黒崎家本家だ。
そこに立つ、黒く巨大なその樹は、ずっと昔からあるもので、燃えることはなく傷つくこともない、黒崎家の象徴。家紋のモデルだと聞いている。
「ここだって!時間なくなっちゃうよ!」
楽しそうな声が聞こえるものの、僕にはその姿を確認することはできない。
このもどかしさに、ふてくされ始めていた。
「もう…しょうがないなぁー………わっ!!」
「うわぁ!!」
姉は突然後ろに現れると、驚かして来た。
「…ん?なーに、泣いてるの?」
「だって…だって……。」
「ごめん、ごめん。お姉ちゃんが悪かったからさ。ねっ。よしよし。」
そう言って、頭を撫でてくれた。僕はまだ、子どもだった。
お姉ちゃんは、天才だ。僕にだってわかる。
黒崎家では、五歳から本格的な魔術を学ぶけど、その時既に、中学課程までを理解して、黒崎家の秘術…闇属性の上位魔法を学び始めていた。
両親は大変喜び、一族始まって以来の神童に期待を寄せた。
一方の僕は、五大属性を扱うことができず、その血のおかげで、闇属性のみは使えていた。
そんな僕は一族から、責められず、家族としての愛情はもらっていたが、七大名家、黒崎家の人間としては、扱ってもらえなかった…。それか、僕には辛かった。
でも、唯一僕の力を信じて止まない人がいた。それが、お姉ちゃんだ。
お姉ちゃんはいつも僕を元気付けてくれる。今日だってそうだ。お姉ちゃんは、稽古で大変なのに、休み時間になると、すぐに来て遊んでくれる。
そんなお姉ちゃんが、自慢で、尊敬して、大好きだった!
*
お茶会があり、火野家の人が来るらしい。世間に知られていない僕は、いつもなら部屋に隠れてるけど、今日は違う。
黒崎家は、火野家とは初代から、海原家とは先代大和じい様とまでは交流していたので、当然、僕のことも知っている。
しかし、憂鬱だった。火野家の一人娘、なつちゃんが、僕は苦手だからだ。
お父様の隣にお姉ちゃんは立つ。その隣に僕は心中そわそわしながら、並んでいた。
すると、火野家当主…なつちゃんのお父様となつちゃんがやって来た。僕は、すぐにお姉ちゃんの後ろへ隠れる。
お父様は、呆れたように笑い。なつちゃんのお父様は苦笑い。なつちゃんは、呆れたように僅かに睨む。
お姉ちゃんは、そっと、手を握ってくれて、大丈夫。そう、微笑んだ。
始まったものは、お茶会とは名ばかりに本命は、次期当主の親交を深めること。
僕は、未だにこの場に馴れることのできず、不安に俯いていた。ふと、隣を見るといつものお姉ちゃんはいなかった。
神童、黒崎紫。
八歳とは思えないほど大人びた振る舞いでこの場を支配していた。
一方、なつちゃんもお姉ちゃんとまではいかないも、僕と同い年とは思えないほど落ち着いていた。
二人の姿を見て、僕はどこか寂しかった。
*
いつもなら、お茶会が終わると、
お父様たちが話し始めるので、子どもの僕たちは三人で遊んでいた。でも、今日は違った…。お姉ちゃんもお父様たちと一緒だった。
残された僕は、なつちゃんをチラチラ見ながら困っていた。
「緑、そんなんでいいの?」
「な…何が…?」
「すべてよ!全部!確かに紫さんはすごいよ!でもね、緑も黒崎家の人なんだよ!それにいつか、わたしにもお父様たちのようになるんだよ!」
「で、でも…僕は期待されてないし……五大属性は使えないし……どうせ、なにもできないよ…無駄だよ…。」
なつちゃんは、苦虫を噛み潰したような顔をすると、自分を抑えるように僕に背を向ける。
「本気でやってもいないのに、できないって諦めてたら、本当に何もできなかった時に、きっと後悔するよ…。だから、あたしは七大名家、火野家次期当主の誇りにかけて絶対に諦めない!」
そう言うと、なつちゃんは行ってしまった。
なつちゃんが、稽古で伸び悩んでいるのを知ったのは後の事だった。
*
あの日、あのお茶会からお姉ちゃんの様子が変だ。
元気が無くて、考え込んでいるようだった。
心配だったけど、僕はどうしたらいいのかわからなかった。
そうしてしばらくたった、ある日。
僕は、夜中にふと目が覚めた、ザワザワと樹が風に揺れ身震いがした。 僕はトイレに行くことにした。
月は紅く、不気味に輝いていた。
トイレを済ませると、部屋に戻ろうとするが、そのあまりの静けさ…まるで、誰もいないような静寂を感じたが、恐怖からとにかく、部屋に戻りたかった。
何時の間にか風は止み、闇が深まる。
僕の部屋は、階段を上がった右手の奥、お姉ちゃんの部屋は左の奥だ。
僕は、ドアノブに手をかける。
ガシャン!!
反対側、そう…お姉ちゃんの部屋から、窓ガラスの割れたような、大きな音がした。と同時に、僅かに魔法の発動を感じた。
僕は室内を扉の僅かな隙間から覗く。
そこには、黒いローブに身を包んだ二人の男に取り押さえられたお姉ちゃんがいた。
ガラスで切ったのか、頬には切り傷があり、苦しそうに顔をしかめていた。
僕は、急いで誰かを呼びに行こうとするが、身体が動かなかった。
あの姉が負っているこの状況を理解することができず、ただ、驚き戸惑っていた。
男の一人が、電話を始めた。そこで、やっと状況を理解した僕に恐怖が襲って来た。
幼い、世間を知らない僕にとって、お姉ちゃんこそが、最強だった。だからこそ、その姉が敵わない相手に、僕ができることがあるのだろうか。
もう冷静にはいられなかった。
そのため、僕は後ろから来る存在に気がつかなかった。
ドカッ!
鈍い音がして、僕は室内へと蹴り飛ばさられる。
驚きよりも痛みが勝り、僕は涙を浮かべて、顔をあげる。
そこには、驚く姉と男たち、入り口には僕を蹴ったであろう、青年がいた。
「ぎ、銀さん。どうしたんすか…そのガキ。」
銀と呼ばれるその青年は、銀色の前髪をかき上げると睨みつける。
「てめぇら、見られてたんだよ。だから、あれだけさっさとしろと言ったんだ。」
殺気を含んだ、氷のように冷たいその雰囲気に男たちは息を呑む。
「まあ、いい。そのガキを殺せばいいだけだらな。」
そう言うと僕と目が合う、途轍もない恐怖に襲われた。
「まって!今、殺すっていうなら、わたしはここで自殺する!」
銀はお姉ちゃんを見ると。
「…いいんだな?覚悟はできてるのか?」
「…構わない。」
「フッ…いいだろう。」
そう言って、銀は楽しそうに笑った。
「おい!俺は準備があるから、先に行く。てめぇらは連絡を待て。余計なこと、すんじゃねぇぞ!」
そう言って、銀は窓から出て行った。
銀がいなくなると、男たちは安堵した様子で、僕を睨みつけてきたが手は出さなかった。
そうして、沈黙が続いていたが
「緑。お姉ちゃんね、緑はわたしより強くなると信じてるよ。緑にはね、緑だけの力だってあるんだから。……だからね………緑にあげる。」
お姉ちゃんは短くつぶやくと、黒い光が僕を目掛けて飛んでくると、僕の中へと入って行った。
「あ…熱い…。」
まるで、栓を取ったように湧き上がる何かに戸惑う。
「てめー、なにしやがった!」
そう言って、男はお姉ちゃんを叩く。
すると、もう一人の男が、
「おい!ほっとけ!時間だ。」
そう言って、男たちはお姉ちゃんを立ち上がらせ、窓へ向かう。
僕は恐怖を殺して男の足を掴む。
「はぁはぁ……待って!どうして連れて行くの……!」
「なんだガキ、邪魔なんだよ‼」
腹を蹴られる鈍い音がして、僕はうずくまる。
「やめて!!緑は関係ないっていってるでしょ!」
「……ふん、おい!いくぞ!」
そう言うと、男たちはのお姉ちゃんの腕を引く。
お姉ちゃんは首だけこちらに向けると
「緑、強くなって!強くなって……あたしを……あたしを助けてね…。約束だよ…!」
そう言って、微笑んだ顔はとても悲しかった。
そして、窓から男たちはお姉ちゃんを連れて出て行った。
何もできなかった。そんな自分が情けなかった。
僕は、ずっとなつちゃんの言葉が、頭の中を巡っていた。
(結局、なつちゃんの言うとおりだったんだね…)
涙が頬を伝う。僕は、朦朧とした意識の中、涙をこぼしていた。
*
「銀さん!連れてきました!」
黒崎家を見渡せる丘の上に銀たちは立っていた。
「おい!」
そう言うと、林から紫と同い年の女の子が現れた。
紅い月に紺色の髪が照らされ妖しげな雰囲気を醸し出していた。
「さっさとやれ。」
銀は少女に言い放つ。
「まって!何をする気?」
「なーに、ちょっとおとなしくしてもらうだけさ。」
男たちが抑えると、少女が紫の前に行き囁くが、
「…っ!?」
「…無駄よ。わたしに貴女程度の闇の魔法は効かない。」
紫は蔑むように言う。
少女は悔しそうに、歯を食いしばる。
「フッ、ならばしょうがない。多少予定は狂ったが計画の第一段階を始めるとしよう。」
銀は、紫に目を向ける。
「…ごめんなさい…緑…。」
そう言って、魔法を発動させる。
その先には、黒崎家本家があった。
*
涙が止まらなかった。
僕はお姉ちゃんの部屋に倒れたまま、動けずにいた。
身体は熱を帯び、体内で何かが蠢いていて、蹴られたところは赤く腫れ上がっていた。
すると、魔法の発動を感じる、同時に大きな爆発音がし、身体に強い衝撃が奔る。そこで、僕は意識を失った。
*
紫が発動したのは、火の上位魔法、【紅蓮】だ。
当然、このクラスの魔法は火野家の人間でも使えない者もいるのだが、神童には容易いものだった。
紫にとって、この計画は賭けだった。
そう、計画の第一段階は、【黒崎緑の力を目覚めさせる】ことだった。
神童の立てた推測では、この五大属性の魔法で攻撃を与え窮地に追いやることで、覚醒するはずだった。
しかし、一歩間違えばこの先の計画はすべて狂ってしまうばかりか、愛しい弟を失ってしまうため、紫は気が気でなかった。
だか、やはり緑はやってくれた。紅蓮は、緑を除いてすべてを焼き尽くした。緑の立っているところだけは、まるでかき消されたかのように、火が及んでいなかった。
「第一段階はクリアだ。てめぇら、帰るぞ!」
銀が声をかけると、男たちは銀を追いかける。
紫はもう一度緑を見ると林の中へと消えて行った。
月が黄色く輝いていた。
*
何もない、真っ白なところに僕は、立ち尽くしていた。
突然声がする。
ーーチカラ貸してやるヨーー
だれ…?
ーーココデ死なれても困るからなーー
だれなの…?死ぬって?
ーー今のオマエじゃ、死ぬぞーー
何を言ってるの?早くここから出してよ!
ーーフッ、せいぜい生きて、我を楽しませてクレーー
僕は、空間ごと闇に呑まれていった。
すると、さっきよりハッキリとした声が聞こえる。
ーーお前のチカラで生き延びてみろーー
*
僕は、気がつくと焼け野原、否、黒崎家跡に立っていた。
見覚えのある巨大な樹は、燃えることなく黒々とそこに立っていた。
(さっきのは…?)
しかしもう、僕の心と身体は限界を超えていた。
突然、身体の痛みが襲い、再び意識を失った。
*
目が覚めると、目の前には見覚えのない天井が目に入る。
僕は、身体を起こそうとするが、痛みで動けなかった。
心臓に手を当て、生きていることを確認する。
すると、お医者さんたちが入ってきてようやく病院にいることを理解する。
その後あれこれ調べられた僕の元に、大和じい様となつちゃんのお父様がやってきた。
僕は大和じい様に助けられたようで、黒崎家は焼き尽くされており、皆行方不明…ということらしい。
僕は色々と聞かれたが、お姉ちゃんの部屋で倒れて、その後何かあった気がするけれど、よく思い出せなかった。
「緑坊や…これからどうするんじゃ?」
「………。」
「もう、黒崎家滅んだ。敵の目的はおそらく嬢ちゃんで、あとは邪魔だったのじゃろう…。このまま一人、敵に怯えながら生きるのもありじゃろう…。そこで提案なのじゃが、黒崎の名を捨ててワシの元に…海原の元に来んか?」
*
二ヶ月後、俺は海原家の道場にいた。
あの後じいちゃんに甘えることにした俺は、黒崎の名を捨て、黒崎緑は死んだ。
そして、じいちゃんに拾われた捨て子ということで、海原家の養子となった。
一週間、二週間と経つに連れて徐々に受け入れ始めた俺は、大切なものを失わないため、約束を果たすためにじいちゃんの弟子となった。
そして今、計画は第二段階へと動き始めていた。
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