暗躍の影、師匠の言葉
今まで最高の長さ!疲れた…。
暗く、春にもかかわらず僅かに湿気のある部屋は、窓ガラスは割れ、コンクリートがむき出しになっている。
不況の波に呑まれ、倒産し廃れたオフィス街にあるこの建物もまた、廃ビルなのだろう。
雲の切れ間から漏れる月明かりに照らされ、二人の女が現れる。
「で、どうかしらあの子は?」
十八になるその少女は、年齢以上に大人びていた。
「ええ、とても可愛かったわ。それはもう、食べちゃいたいくらいに。」
艶めかしく舌を回すその顔は捕食者のものだった。
「あら、フフフッ、でも貴女にはやらないわよ。それに、貴女にあの子が狩れるかしら?」
「どういう意味かしら、あの少年が本気を出しても、私を抑えるほどの力があるとは思えないのだけど。」
そう言って、相手を睨む。
「まあ、いいわ。能ある鷹は爪を隠す。せいぜい気をつけることねーーー生徒会長さん。」
そう言うと、少女は闇の中へと消えて行ったーーーーまるで、溶け込むように。
残された少女は、拳を握ると小さく呟く。
「黒崎………紫……!」
*
翌日、俺はいつもより早く起きていた。昨日のことが気になってい
たからだ。
(あの生徒会長……一体何者なんだ…?)
俺は、十年前のローブの男たちの姿が頭をチラついていた。
そんなはずないと、何度言い聞かせても不安を拭えなかった。
「みーどーりー君!朝だよー……って、どうしたのみどり君⁉」
「どうしたって…何がだ?」
「どうしたもないよ!みどり君がわたしが起こしにくる前に起きてるなんて……昨日から様子が変だよ…?大丈夫?」
「大丈夫だよ。偶々目が覚めただけさ。」
そう言ってはにかむと、雨美は顔を僅かに赤らめ「ご飯できてるよ!」そう言って出て行ってしまった。
……よくわからないやつだ。
下へ降りると、いつものように皆は待っていた。
そして、朝食を終え雨美と学校へ行こうとすると。
「緑、今日はすぐに帰ってくるんじゃぞ。」
いつにないその真剣な表情は師匠の顔だ。こういうとき決まって、 十年前に関係している。
俺は短く返事すると、雨美と一緒に家を出た。
*
わたしのお兄ちゃん…と言っても義理の兄であるみどり君は、わたしが六歳の時におじいちゃんが助けて養子にした。
みどり君は全然笑わない子だった。
いつも、悲しそうで…不安そうで…。
でも、おじいちゃんの稽古に混ざるようになると、段々笑うようになったんだ。
初めは、わたしの方が強かったんだけど、魔法の修行もしてたから、そのうちに抜かれて敵わなくなっちゃった。
でも…わたし知ってるんだ。
みどり君が、おじいちゃんと二人でこっそり魔法の稽古をしてるの。
わたしの魔法…水の派生、波を使う探索魔法で、空気中の魔法の波を感じ取ったんだよ…。
初めは、びっくりしたんだ。
だって、あの魔法属性だったから……でも…恐くて聞けないよ…
「みどり君は…もしかして、黒崎家の子なの…?」なんて…。
閑話休題
とにかく、みどり君が昨日から変だ。
昔みたいに不安そうに笑ってる。
それを見てると、胸が苦しくなるよ…
だから、早く元気だしてね!
ーーーお兄ちゃん!
*
登校した俺は、席に着くと不安から周りを警戒していた。
すると、前の席である聡は
「おはよっ!……って、なにしかめっ面してんだ!昨日から変だぞ、お前。」
そう言って、俺に喝を入れようと腕を振り下ろした。が…。
パシッ…!
「えっ…?…イテッ…」
「わ…悪い…。」
「い、いや…。俺も悪かった…。…スマン。」
俺は聡の手首を掴むと、反射的に力を加えてしまった。
周りが見えず、友達にさえ手を出してしまった自分に俺は嫌悪し恐怖した。
*
入学したてで、早く帰ることのできた俺は、一人で帰宅していた。
あの後、聡は俺に気を遣ったのか、俺に愛想を尽かしたのか話しかけてこなかった。
どちらにしても、俺はどこか安心していた…ホントに最低なやつだ。俺は。
家に帰るとすぐに、道場へと向かった。
道場は、全面板張りで柱が何本かみられる。
ここは、魔法によって全体がコーティングされているため、余程の魔法でない限り傷つくことはない。
その中央に、年齢を疑うほどの、覇気を纏った人物がいた…勿論、師匠だ。
*
俺は師匠の元へと向かう。
近づくに連れて、覇気は強くなっていった、常人ならば気絶していただろう。
すると…
ドンッ!!
俺は見えない波動のような何かによって、壁へ飛ばされる。
「ほう。」
師匠はニヤリと笑む。
なぜなら、飛ばされたはずの、俺がそこにいなかったからだ。
「幻惑か…いつからじゃ?」
「…入った時からですよ。」
そう言うと、俺は柱の影、否、闇から現れる。
「ふぉっほっほ、ワシも歳かのう?」
「いえ。まだ死なれては困ります。俺が貴方を超える前に…。」
俺は無機質に応える。
「ん?……そうじゃの…。ワシも弟子の誓いを見届けるまでは死ねぬわな。…まあ、座れ。」
師匠の覇気は何時の間にか消え、俺は警戒を解いた。
だからかもしれない、師匠が俺の様子がおかしな事に気付いていた事に、気づかなかった。
「昨日で、おぬしがこの海原家に来てから十年が経った。あの日、おぬししか助けられなかったことを、申し訳なく感じていた。しかし、おぬしが弟子にしてくれと言いに来た時、どこか救われた気がしたんじゃ。だから、ワシはワシの持てるすべての技術をおぬしに教えた…。」
突然の告白に俺は驚く。
「で、でも、俺はまだ、師匠一度も勝っていません!!」
「…初めにワシが言ったのを覚えておるか?強さは力ではなく、心の強さだと。おぬしもう十分、心は強くなった。もう、ワシの役目はここまでじゃ…。あとは、おぬしのやることじゃ!いつまでも、ウジウジしておるなよーー緑坊や!」
「……はいっ!」
十年前のように呼ばれた俺は、十年前とは異なり、ハッキリと力強く応え、十年前のあの日の事を思い出していた。
次は、十年前のあの日の話!
三日以内には書きあげたいです。
感想お待ちしてます。